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ぼくと死神


 この子は「カンちゃん」と言います。小さいけれど、死神です。
「死神」は、死んだ人の魂を、天国へ運ぶお仕事をしています。
 人には必ず、一人の死神がついていて、天国へ連れて行ってくれるのでした。

 カンちゃんは、死神一年生でした。
 死神になって初めての「お仕事」が、タカシくんです。
 タカシくんは元気な男の子。
 飛んだり跳ねたり転んだり。とにかく動き回るのです。
 いつもケガをしてばかりのタカシ君が、カンちゃんは心配でなりません。
 けれども死神は、人の目には見えません。声も聞こえません。
 カンちゃんは、はらはら見ているばかりでした。

 カンちゃんは、普通の男の子でした。
 ある時、車にはねられて死んでしまったのです。
 天国に行ったカンちゃんは、自分のように小さいまま死んでしまう子がいないように、そして、いても寂しくないように、死神になろうと思ったのでした。
 けれど「死神」は、見ているしか出来ません。
 カンちゃんは悲しくなりましたが、すぐに思いました。
 タカシくんがずっと元気なら、小さい子供を連れて行く事はないのです。

 雨の降る朝。
 タカシくんは具合が悪そうでした。
 カンちゃんは心配で、そっと顔を覗き込みます。

「あれ……誰?」

 カンちゃんは慌てて逃げ出しました。
 どきどきする胸を押さえて飛び出し、走って走って、家が見えなくなってから止まりました。
 大変です。
 自分の死神が見えるのは、もうすぐ死んでしまう人なのです。

 タカシくんは、まだ小さいのです。
 来年に使うランドセルを、買って貰ったばかりです。
 カンちゃんは一生懸命に考えました。
 どうしたら、タカシくんを助けられるでしょう。

 カンちゃんは町の神社に行きました。
「死神が何の用だ」
 鳥居の狛犬が、大きな声で言います。
「お願いです。タカシくんを助けてください」
「それは神様が決めたお役目だろう。果たさなければいけない」
 カンちゃんは仕方なく引き返しました。

 カンちゃんは隣町の教会に行きました。
「死神が何の用だい?」
 屋根の上からガーゴイルが尋ねます。
「タカシくんを助けてください」
「天の国は綺麗な所だろう。どうして行かせないのだい?」
 カンちゃんは、ため息をついて引き返しました。

 カンちゃんはもうひとつの隣町に行きました。
 古い神社の石段の上、狐のお爺さんが座っています。
「どうしたい? 小さな死神さん。そばにいなくちゃいけないよ」
「お爺さん、教えてください。タカシくんを助けたいのです」
「そうかい、そうかい」
 お爺さん狐は、深く頷きました。
「小さいの。お前さんが魂の手を取るまでは、まだ大丈夫。
 さ、戻って、左の肩に触れていてごらん、両手でね。
 その手を離さなければ、タカシとやらは死なないよ」
「本当に?」
「ああ、本当だとも。
 ただし、魂が足の爪先まで出たら諦めるんだよ。そこで連れて行かなけりゃ、迷子になるぞ」

 カンちゃんは急いで帰りました。
 タカシくんが寝ているそばに行って、そっと肩に手を載せます。
 ほんわり温かいのは、タカシくんが熱を出しているからです。
 カンちゃんは辛そうな顔を見ながら、両手を肩に載せ、じっと待ちました。

「さっきの……誰?」

 目を覚ましたタカシくんは、不思議そうにカンちゃんを見ました。
「お母さんは?」
「お薬、買いに。……ねぇ、誰? 何処から来たの?」
「ぼくはカンタ」
 タカシくんは、ぼうっとした顔で、カンちゃんを見ています。

「カンタくんは、何処から来たの?」
「お空の上だよ。タカシくんが生まれる時に、一緒に降りたんだ」
「一緒?」
「うん。それからずっと、タカシくんと一緒にいたよ」
「一緒……ずっと?」
「嬉しい時も悲しい時も、ぼくはタカシくんの隣にいたよ。
 だから大丈夫。具合の悪いのも、すぐに良くなる。ぼくがついているから」

 それから夜になるまで、カンちゃんとタカシくんは、いろんなお喋りをしました。
 大きくなったら何になりたい、とか、学校に行ったらどうしたい、とか。
 この小さな夢を叶えてあげたいと、カンちゃんは思うのでした。

 タカシくんの魂は、夜の間、出たり入ったりしていました。
 その度に、カンちゃんは見ないふりをして、手を動かさずにいました。
 首が出て肩まで出て、腕や腰まで出てきても、それでも手を離しません。
 時々、タカシくんのお父さんとお母さんが、顔を覗いてゆきます。
「朝になったら、病院に……」
 そう話しているのが聞こえました。

 これは朝までだ。
 カンちゃんは思いました。
 死神には判ります。朝までこのままなら、タカシくんは一緒に天国です。
 カンちゃんは心の中で「大丈夫」を言いながら、手を離さず、朝を待ちました。

 朝がやって来ました。
 カンちゃんは、タカシくんが目を覚ますのを待ちました。
 カンちゃんが見えなければ、もう大丈夫。けれど、見えるようなら大変です。
 一日か二日か。近いうちにタカシくんを連れて行かなければなりません。

「おはよう、タカシ。気分はどう?」
「うん、平気……あれ。お母さん、カンタくんは?」

 目を覚ましたタカシくんに、カンちゃんは見えませんでした。
 カンちゃんは泣きました。嬉しいのと、少し寂しいのとで泣きました。

 その後、カンちゃんは他の死神にとても怒られてしまいました。
「でも、気持ちは解るよ」
 最後に、「死神」はカンちゃんの頭を撫でて言いました。
「こんな事は、二度としてはいけない。
 お役目を守れない『死神』は、仕事を取り上げられてしまうからね」
 カンちゃんは頷きました。

 タカシくんを天国に連れて行く日まで。
 もう一度お話が出来る、その日まで。
 カンちゃんは「死神」でいたかったのです。

 それから今日まで、タカシくんはカンちゃんが見えないままです。
 それでも時々、嬉しい事や悲しい事があると、タカシくんは左肩に手を載せています。
 カンちゃんはそれが、カンちゃんに話しかけてくれているようで、とても嬉しいのでした。

おしまい


「ねぇ、おかさん。ぼくにも『しにがみ』、いるのかな」
「そうね。ほら、みんなに一人ずついるって書いてあるんだもの。きっといるわ」
「そっかぁ」
 男の子は、うーんと、と考えてから、自分の左肩に手を載せました。
「しにがみさん、しにがみさん。……おへんじ、ないね」
「あったらお母さん、困っちゃうわ。勇くんがもうすぐ天国に行っちゃうって事じゃないの」
「あ、そっか。
 じゃあ……しにがみさん、しにがみさん。ぼく、ずーっとげんきでいるから、あんしんしてね」
「いい子ね。さ、おやつにしましょ」

「……泣くなよ」
「だって……だってさ、あいつ、赤ん坊の頃、おいらを見て笑ってたんだ」
「そうだったな」
「だから、なんか……嬉しくて」


2003.01.01 written by Hazuki Koh

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