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夢の始まり・2


「砂漠の朝って、寒いね」
 身震いして、トーマは小さいくしゃみをした。空気の入れ換えも考えて、敢えて車の外で夜営したのだが……風邪をひかせてしまっただろうか。
「心配いらない。すぐによくなるさ」
 センキが、ぽんとみぎわの肩を叩いた。そのまま歩いて、トーマの前に膝をつく。口を開けて見ろ、とか、怠くはないか、とか色々訊いている。トーマはそれに素直に応え、センキの言うことに一々頷いていた。
「何を話したの?」
「別に。対処法と、男なら多少の我慢はできるな、って言っただけだ」
 対処法って何よ、というのと、男なら、なんて古すぎるわ、という感想が、みぎわを破顔させた。
「トーマ、蜂蜜舐める? 喉にいいわよ」
「舐めるっ!」
 子供らしく、トーマは目をきらきらさせて駆け寄った。蜂蜜の小瓶を差し出すと、何度も「いいの?」と尋ねてくる。全部いいよと答えると、本当に嬉しそうな笑顔が返った。
 可愛いな、と思う。もし弟がいたら、こんな感じなのだろうか。
 思えば、みぎわは末っ子で。何処に行っても末っ子だった。父の所でも、統悟の家に行ってからでも。自分より小さい子供を相手にすることなど、滅多になかった。周囲はいつも、大人ばかりで。
 構いたい、というのとも、少し違うと思うけれども……トーマを放っておけないな、と思った。
「楽になった?」
「うん。これ、とっても美味しい」
 頬にまで蜂蜜を付けていたので、みぎわは笑いながらそれを拭ってやった。トーマがくすぐったそうに笑う。それがまた可愛くて、みぎわも少し笑った。
 ふと、視線を流せば。
 センキは紙の地図を広げ、コンパスとにらめっこをしている。その口元に微かな笑みがあるのを、みぎわは見て取った。
 らしくないの、なんて。
 そう思ったのは気の所為なのだろうか。
 その笑みが、まるで嘲笑のように見えてしまったのは――。
「二人とも」
 軽く手招いて、センキが呼ぶ。はぁい、と返事も元気良く、トーマが駆け寄っていく。センキは先刻まで見ていた地図をトーマの前に示し、今日行くルートの説明を始めた。
「みぎわ」
 今行くわよ、と応えながら、首を傾げる。
 ……見間違い、だったのかしら。
 今はもう、いつもの通りのセンキだわ……。
「おねえちゃん、早くーぅ」
 ぶんぶん手を振って。トーマは元気いっぱいで、今日の冒険に胸高鳴らせている、と言うところだ。
「はいはい」
 髪を掻き上げて、みぎわは二人の傍に駆け寄った。

 テル・エル・バラータは、大和からそう離れた所ではないように感じられた。徒歩で三日から四日、というところだろうか。
「……こんな近くだとは思わなかったわ」
「あのなぁ」
 センキが呆れ混じりに言う。
「人里に近いから、掘り尽くされたんだろ」
「あ、そうか」
 センキが運転疲れしないよう何度か休憩を含めて進み、テル・エル・バラータに着いた時には、二度目の夜を迎えていた。
「朝になってからハンティングする?」
 みぎわの問いにセンキが答えるよりも早く、トーマが口を開いた。
「どうせ中は暗いんでしょう? だったら早くしようよ。……あ、おにいちゃん達が大丈夫なら、だけど」
 確かにテル・エル・バラータは、西暦末期の都市をそのまま利用していたこともあり、地下都市の典型的構造を持っている。たとえ日中にハンティングしたとしても、人工灯を頼りにしなければならないのは、夜と同じだ。
「みぎわ、いけるか」
 頷いてから、みぎわはセンキを覗き込んだ。
「わたしよりセンキよ。運転しっぱなしだったでしょう? 大丈夫なの?」
「大丈夫だ」
 反復を許さない口調で言って、センキは懐から何か取り出した。トーマの持ってきたアトラスタルだ。
 しゅるしゅるっと音を立てて、センキの手が崩れていく。アトラスタルは微かな光を放ち、側の岩盤に地図を浮かび上がらせた。
「……あれ?」
 みぎわは首を傾げた。事務所で見た地図と、違う気がする。
「テル・エル・バラータの内部だ」
 センキが言う。ぽ、と一カ所、赤い光が点った。
「何? ここ」
「判らない。地図に記されているんだ」
「ってことは、ここに宝物があるって事だね!」
 目をきらきらさせて、トーマ。
「可能性は高い」
 と、センキ。
「取られてる可能性はどうなの?」
 というみぎわの問いに、センキは
「その辺りは調べて貰った」
 何処からか、小さいチップを取り出し、アトラスタルの中に滑り込ませた。地図の上に、ぱぱっと緑の部分が広がる。
「今までに発掘が確認された、あるいは発掘済みの申請があった区画だ。マスターの調べだから、まず洩れはないだろう」
 緑の区域は、赤い点と重なっていない。では、未発掘の可能性が高い、ということだ。
 まさか、そこまで見越して、統悟は請け負った……わけではないだろう、いくら何でも。地図に何が記されていたのか、あの時点で知ることができたのは、センキだけだ。
「じゃ、行くか。二人とも離れるなよ」
 はぁーい、と片手を掲げて。
 トーマはすっかり御機嫌で、スキップでもしそうな勢いだ。
「わくわくするね、おねえちゃん」
 ハンティングも何度目かになれば、感激も薄れる。だが、トーマを見ていると、初めてハンティングした時のどきどきが蘇ってくるようで、何だか楽しい。
「みぎわ」
 とん、とセンキが肩を叩く。
「エネルギー・カプセル、余計に持って行けよ」
 どうして、と問う必要はない。
 センキがそう言った以上、持って行かなくてはならないのだ。何故ならば、それは、センキが持つ余裕がない、ということに他ならないから。
 一体、何を持ったのだろう。
 そう思いながら、みぎわはいつもの倍のエネルギー・カプセルを、鞄に詰め直した。

 まさに掘り尽くされた、という表現が相応しい光景だった。
 センキが投げた照明弾により、半径五メートル程度は視認できるほどに明るくなっていた。その光の下に照らし出されたのは、無惨にコンクリート壁を覗かせた、戦闘の後の如き街であった。
「思ったより酷いな」
 ため息をついて、センキは瓦礫のひとつを手に取り、諦めたように置き捨てた。
「センキも初めてなの?」
「盗り尽くされた所に用はないよ」
 しかし、トーマの持ち込んだアトラスタルが正しければ、『盗り尽くされた』という表現は間違いだ。センキと言えども、見落としというものはあるらしい。
「オレだって万能じゃないよ。この目に映るものには限りがあるさ」
 一歩踏み出す毎に、何処かが崩れるような気がする。時折届く崩壊の音は、非常に、とっても、すこぶる、心臓によろしくない。
「あれは壁の表面が剥がれ落ちてる音。そう簡単に、崩れたりしない」
 そうは言われても、怖いものは怖いのだから、仕方ない。みぎわは、トーマも自分と同じように辺りを見回しているのに気づき、彼の手を握った。柔らかく、温かい掌だった。
「大丈夫よ。センキ、こういうので嘘つくことないから」
「……でも、怖い……よね」
「わたしも一緒よ。だから、手を繋いでいようね」
「うん」
 きゅっと、込められる力。それが信頼の強さのように思えて、何だか嬉しい。
 手を繋いだことで安心したのだろうか。トーマはやがて震えを止め、高い天井を見上げたり、辺りを見回すような仕草を始めた。
「何だか……不思議」
「何が?」
「土の中にこんな広い所を作ることができたのに、どうして無くなっちゃったんだろうね、古代の文明」
 それは、みぎわも常に抱いている疑問だった。西暦の遺跡をハンティングする度に、思い出される最初の疑問。
 神の技術、ミレニア。
 無生物に息を吹き込み、人間そっくりに仕立て上げるだけの技術を持った西暦は、どうして滅んでしまったのだろう。これだけの街を捨て、死に絶えてしまったのは何故なのだろう。
「きっと、それを捜すためのトレジャー・ハンターなんだろう」
 背を向けたまま、センキが言った。
「捜すための?」
 トーマが復唱すると、センキは肩越しに振り返った。
「西暦が滅んだのは、理由はどうあれ、過ちを犯したからさ。オレ達はその過ちを知って、同じ事を繰り返さないようにしなくてはならない。……そういうことなんだろうな」
 文明がひとつ、滅ぶだけの過ちなんて。
 みぎわにはどうしても、想像ができなかった。戦争、貧困、病。そう言ったものは、今でもある。だが、どれも滅びるだけの要素があるとは思えない。滅びるまでの争いなんて、ばからしいにも程があるではないか。これだけの技術を持った古代人が、それを知らない筈はない。解らない筈がないのだから。
 地図で記されている赤い点は、どうやら壁の向こう側らしい。なるほど、壁で遮られていれば、その奥があるなどとは考えないだろう。もし考えたとしても、地下で壁をぶち抜けばどうなるのか、容易に想像がつく。
「でも、この向こうなんでしょう?」
 センキはアトラスタルを取り出し、何度か確認をしてから頷いた。
「よし、破ろう」
 一応は「大丈夫なの?」と尋ねてみる。センキは頷き、丁寧にアトラスタルをしまった。
「元々隠し部屋として作られた場所なら、ここをぶち抜いても大丈夫だ。この壁を支えにして作っている筈がないからな」
 持ってきたエネルギー・カプセルが役に立つ。壁の割れ目に詰め、無いところは適当に削って押し込んで準備をする。導火線を繋いで、センキがOKサインを出した。みぎわは愛用の銃を取り出した。
 一般に普及している光線銃だ。だが、この銃はみぎわの手に良く馴染んで、とても使い易くなっている。久々だからなぁ、なんて呟いてみてから構える。照準を合わせて、一発、二発。
 軽い発射音が反響し、余計に大きく聞こえた。エネルギー・カプセルが次々と爆発し、壁に大穴を開ける。
「おねえちゃん、スゴイっ!」
 トーマが感嘆の声を上げて、みぎわに抱きついた。
「あんな小さい的なのに当てられるなんて、スゴイね!」
 そ、そんな凄くもないんだけど……。
 褒められれば悪い気はしないものだ。照れ笑いをしながら、みぎわはトーマの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「センキ、行けそう?」
「ああ、思った通りだ」
 トーマが離れる。みぎわは、その手を取ってセンキの側へ――壊れた壁の向こう側へと進んだ。センキがハンドライトを点けると、辺りが見えるようになる。
「……扉」
「だね」
「だから、思った通りだと言っただろうが」
 シェルターの跡地などでよく見る、厳重で堅固な扉。その脇にあるパネルを開いて見ていたセンキは、横に首を振った。
「死んでるな、ここの機械は」
「じゃ、壊さないと入れない?」
 センキはしばし考え込む仕草をした後、扉に手をかけた。確かめるように、叩いたり撫でたりを繰り返す。
「……センキ?」
「おにいちゃん?」
「よし」
 何がいいのかさっぱり解らないでいる二人に、センキはにこやかに振り返った。
「人力で開けられそうだ」
 ……人、力?
「って、これを素手で開けるの?」
 そうだよ、とセンキは事も無げに言う。みぎわは呆気にとられて口も利けない。
「ぼく、頑張るよ!」
 トーマの力でどの程度の事ができると言うのか……。
 みぎわはますます呆れたのだが、その考えは間もなく撤回せざるを得なくなった。
 三人の力だけで、扉が開いてしまったのである。

「……変だな」
 センキは首を傾げてから、何度目かアトラスタルを取り出した。むき出しのコンクリート壁に、地図が浮かび上がる。赤い点と、現在位置を示す青い点は、ほぼ重なった状態だ。しかし、周囲をいくら見渡せど、それらしきものは何処にもない。
「更に下、ってこと?」
「おそらく」
 だが、下に降りる階段など無く、平坦な、むき出しのコンクリートがあるばかりだ。
 あの扉の向こうは、何処もこんな具合であった。装飾など一切ない、ただ空間であるだけの場所。ここが、単なる通路でしかないことを見せつけている。
「初期のRPGだな」
 ため息混じりで、センキが呟く。トーマは疲れたのか、みぎわの足元に座り込んで動かない。
「隠しボタンでもあって、押すと扉が開く?」
「そうだな、そんな感じだ。……それにしたって、ヒントのひとつくらい、あってもいいだろうに」
 ととん、と爪先で音を立てる。センキは苛立たしげに何度か爪先を上下させ、リズミカルな音を刻んだ。
「ん?」
 と、ととん。
「どうしたの?」
「音の響きが――」
 いきなりだった。
 床が、センキを中心にして崩れたのだ。あっと思う間もない。次々と崩落していく床に、みぎわも、トーマも巻き込まれた。咄嗟にトーマの腕を掴んだのは、上出来と言えるだろう。
 悲鳴くらい上げたかも知れない。がくん、と腕に痛みが走って、みぎわは我に返った。シャーッという、リールの回る音。手首を握る強い力。全重量が、その手首に集中する。
「セン――」
 ぱた。
 生臭くて鉄臭くて生温い液体が、顔にかかった。
「センキ?」
「手、放すなよ」
 喘ぐような息遣い。――みぎわは悟った。
「怪我したの!?」
 二秒の間。次に発せられた言葉は、既に明瞭だった。
「ワイヤーで切っただけだ。大したことない」
「でも」
「痛覚は遮断した。もう、痛みはない」
 ああ、そう言えば、手首を掴んでいるのは右手だ。義手である左手ならば、そのくらいの操作はできるのだろうか。
「ワイヤーを延ばして下りるぞ。……トーマは無事か?」
「うん……」
 苦しそうに応える声。みぎわは、少しほっとした。どうやら意識はあるようだし、特に怪我も無さそうだ。
 ゆっくりと、リールの回る音がする。何となく時間がかかったように思ったのだが、時計を見ればさほどの時間は経っていなかった。足元に床を感じ、みぎわは全身で息を吐く。センキが照明弾を投じると、辺りは昼のように明るくなった。床の穴が、はるか上方にある。あそこから落ちて無事だったとは。見上げてみて、背筋が寒くなった。
「あれで傷ひとつ無しか。さすが強運の持ち主」
 ワイヤーを巻き戻し、センキはこちらを見て苦笑した。彼の左手は、何本かの血の筋が刻まれている。手首にワイヤーを仕込んだブレスレットを填めていたセンキだが、それを出す際に手を巻き込んでしまったのだろう。咄嗟の事だ、無理もない。
「おにいちゃん、痛くない? 大丈夫?」
 そう言うトーマも、額に血が滲んでいる。落ちてきた床の瓦礫がぶつかったらしい。
「トーマこそ、大丈夫?」
 ハンカチで押さえてやると、トーマはにこりと笑った。
「平気。全然痛くないよ」
「そう?」
「うん。あ、おねえちゃん」
 求められて、みぎわは少し屈み込んだ。柔らかい手が、そっと頬を撫でる。
「血が付いてる」
「あ、ありがとう」
 こしこしと拭って、取れた、と満足げに笑う。つられて、みぎわも笑った。
 さて、と身を起こす。
「センキ、手、見せて」
「……血も止めたから、大丈夫だ」
「それでも、手当は必要でしょ。精密機械なんだから、雑菌でも入ったら大変じゃない」
 救急道具くらい常備なんだから、と。
 センキを座らせ、みぎわはポケットから携帯用救急道具を取り出す。袋を開け、布を取り出す。何度か延ばしてやると、延びきって包帯代わりになるのだ。
 丁寧に、固いくらいに巻き付ける。これから動くのだ。万一にも解けて何処かに引っかかりでもしたら、センキの命に関わってしまう。
「はい、お終い」
 ぽんと叩いて。痛覚を遮断したというのは嘘ではないのだろう。センキは、眉ひとつ、顔の筋肉一本さえ動かさず、ありがとうと言った。
「おにいちゃん、おねえちゃん」
 みぎわとセンキは、ほぼ同時に顔を上げた。少し奥まった所からトーマが顔と手だけ出し、おいでおいでをしている。
「どうした?」
 立ち上がりながら、センキが問う。
「何かあるの。何か……」
 全然要領が掴めない。みぎわは首を傾げながら、センキの後をついて行った。少し行った所で、センキの広い背中にぶつかる。抗議の声を上げかけたみぎわは、その肩越しに見えた光景に絶句した。
「……何、あれ……」
 まるで神話に出てくる祭壇のよう。
 花とオブジェで飾られたそこに、透明のケースがあった。そこに立ち目を閉じて、花を抱いている一人の少女。
 みぎわは、彼女に見覚えがあった。
「ター、シャ……」
 呟く声は、トーマのものだった。彼は目を見開き、何か信じられないものでも見るように立ち尽くしている。彼の持つペンダントに秘められた、あの立体映像。その少女が、目の前に現れたのだ。驚くのが普通だろう。
「……素晴らしい保存状態だ」
 感嘆のため息と共に、センキが吐き出す。
「みぎわ、見て見ろ。完全に冷凍保存された遺体だ。一〇〇年は前に作られている」
 遺体……これが?
 まるで今にも目を開き、笑いかけそうなほどではないか。
「おそらく宗教的に意味のある陵墓なんだろう。……ここまで綺麗に残っているものは、オレも初めてだ」
 近づいて検分しようと、センキが踏み出す。待って、とトーマがその腕を捕らえた。
「待ってよ」
「トーマ?」
 覗き込むと、トーマは硬い表情を浮かべ、きりきりとセンキを睨み付けていた。
「ターシャを、どうするの?」
「研究材料にするなり好事家に売るなり……いずれにせよ、ここから動かす必要がある」
「ダメだよ!」
 みぎわは驚いて、トーマを見つめ直した。
 ペンダントの少女が目の前に現れたからだろうか。その彼女を汚されるとでも思ったのだろうか。トーマは明らかな敵意を、センキに対して燃やしていた。
「ダメだよ。ターシャはここから動かしちゃいけないんだ!」
「何故」
 対するセンキの声は冷ややかだ。
「どうしてもだよ! ぼくはその為に――」
 言いかけ、トーマは痙攣の様な動きを見せた。冷たい声が、再び問う。
「その為に?」
「ターシャを守る為に、生まれたんだから……」

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