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夢の始まり・3


「トーマ? 何言ってるの?」
 トーマはゆるゆるとセンキから手を放した。引き寄せられるように、祭壇の少女に向かって歩き出す。
「ああ……そうだよ、思い出したよターシャ。どうして忘れていたんだろう」
 思わず追いかけようとし、だが、センキに止められた。センキは静かに首を振る。
「ぼくはターシャのしもべだった。この神殿を守るのが、務めだった」
 一歩一歩、トーマは祭壇に近づいていく。
「花が見たいって言うから、ぼくは外に出たんだ。君に届けるために。けれどここは閉ざされて……ぼくは長い間、さすらった。
 許してね、ターシャ。花を持ってくる事ができなくて――ぼく、は」
 意外に重い音がした。倒れ込んだトーマに、制止を振り払って駆け寄る。抱き起こした時、既にトーマの目は閉ざされ、ありとあらゆる機関の動きが停止していた。
「トーマ、トーマ!?」
 呼びかけて揺さぶっても、何の反応もない。
「無駄だ」
 みぎわは、立ったままのセンキを見上げた。見下ろす視線は、憐憫が一片すらないものだった。
「おそらくは、とうの昔に寿命がきていたんだろう。ここに来たいという想いだけで、保っていたんだろうな」
「……どういう事よ」
 まだ解らないのか? とセンキはみぎわの前に膝をついた。
「この子供が、レプリカントだったってことが」
 ……嘘。
「だって、だって食べたり飲んだり、眠ったりもしたじゃない! 怪我したら血だって!」
「人間と同じものを動力源にしている機種もある。眠ることで、躯体のダメージを軽減させる機種もな。有機部分には人工血液でエネルギーを供給させるものだってある」
「普通の子供みたいに、笑ったのよ!?」
「そんなものは、プログラムすれば容易い」
「でも……だって、そんな……」
 言い淀んでから、みぎわは顔を上げた。
「まさか……知ってたの? 最初から?」
 センキは軽く瞑目すると、立ち上がった。
「センキ!」
「ああ、知っていた」
 素っ気ない、たった一言の応え。
「じゃあ……じゃあ、ここに連れて来たのは――」
 彼の鑑定眼が必要だったのではなくて。
 最初から、この場所へ連れてくる為に。
「見る奴が見れば、レプリカントかそうでないかくらい、すぐに判る。躯体のダメージを見れば、稼働年数の見当もつく。壊れる寸前の躯体が、そうまでして来るからには何か理由があるんだろう、くらいは、想像できるさ」
 だから手を貸した、と。
 もしかしたら、統悟もそれを知っていて――?
 センキは、みぎわの腕から、奪うようにトーマを抱き取った。
「レプリカントにだって、想いがある。果たされない想いの痛さは、人間もレプリカントも同じだろう」
 祭壇の、少女の足元に。
 センキはトーマを横たえ、みぎわを振り返った。
「多分、任務を果たせない事によるストレスから身を守る術だったんだろうさ、記憶のすり替えは。それでも、任務を果たせずに壊れることは、嫌だったんだろうな」
 がさごそと、センキは鞄を開いた。拳大の球状の機械が、一斉に放たれる。マーカーと呼ばれる、トレジャー・ハンターの必須アイテムだ。この遺跡の発見者が誰であるのかを示す法的機械。これを撤去することも改竄することも、各都市共通で禁じられている。
「マスターが喜ぶな。これだけ完全に残っているものも珍しい。どの方面にも高く売れる」
「……やっぱり、ここは動かされるの?」
 センキは肩越しにみぎわを見た。感傷的、と怒られるかと思ったのだが、意外にもセンキの反応は違った。
「いや、このままだと思う」
「どうして」
「確かに博物館や美術館に陳列されてもおかしくない遺物だけれどな、これらは」
 言って、センキは右腕を広げた。
「だが、見て見ろよ。この部屋ひとつ運ばないと、意味がないだろう? 小さいパーツ持って行って、何の意味があるんだよ、この遺跡の中で。
 この部屋ひとつ地上に運ぶとなったら、かなりの労力だ。よもや、そんなバカな真似をする学者もいないだろうさ」
 では、さっきトーマに言ったのは、明らかな嘘と言うことになる。
 何故センキはそんなことを口にしたのだろう。トーマに、早く思い出させる為に……?
「トーマ……死んだって事なの?」
「有り体に言えばそうだな。機械にも死があるとしたら」
 センキはマーカーのひとつを、高々と放り投げた。
「見送ってやるといい。長い長い……一〇〇年以上の旅が、今終わったんだから」
 そんなこと、急にいわれても。
『おねえちゃん』
 そう言ってくれたのは、ついさっきだったのに。
 普通の人間のように、柔らかい手が――笑顔が。
 それが模造品だったなんて、到底信じられない。
 精巧なレプリカントを見てみたい、とは思ったけれど、こんな形を望んでいたのではないような気がする。
「……っく……」
 みぎわは腕で顔を隠した。見られたくなかった。

 トーマ。
 あなたは、幸せだった?

 地上へ出るのは、案外楽だった。元々、その場所は祭壇であったのだ。かの時代の人々がいちいち飛び降りて行くわけでもなかったのだから、他に出入りする場所があるのは当然である。
 地上はまだ、夜が明けていなかった。
「ああ、じき朝だな」
 言って、センキがみぎわを引き上げる。うっすらと、東の地平線が明るくなりつつある。
「……そうね」
 鼻でため息をつき、なぁ、とセンキは身を屈めた。
「機械の幸せって、知ってるか?」
「知るわけないじゃない」
「命令を貰うこと、それを果たすことだよ」
 みぎわは首を傾げた。センキがさっさと車に戻るのを、慌てて追いかける。
「何よ、それ」
 運転席に乗り込むのに続いて、助手席に腰を落ち着ける。それを待って、センキはエンジンをかけた。ホバーカーが、ゆっくりと加速を始める。
「機械ってのは、目的があって作られるんだ。車なら移動の為、コンピューターなら情報処理の為、そしてレプリカントは――」
 センキは一度、言葉を切った。問うような、僅かな間。
「レプリカントは、それを望む誰かの為に」
「誰かの、為に」
「そう。その誕生を望んだ、誰かの為に働くこと。それが機械の幸せ」
 機械の、幸せ。
「……トーマは、幸せだったのかな」
「さぁ。それはオレにはわからないけれど」
 そう応じてから、でも、と続けて。
「不幸ではなかったと思うよ」
「どうして?」
「あれだけ焦がれる主を、持てたのだから」
 花を見たいと、そう請われたから。
 だから一〇〇年を流離っても、帰りたかった。
 君の、元へ。
 ……そう思ったら、また涙が滲んできた。
「機械は主を選べない。だから、いい主人に巡り会えたのはいい事だったんだと、オレは思うよ」
「うん……うん、そうだね」
「それに」
 ごしごしと顔を拭ってから、みぎわはセンキを見た。
「なに?」
「終焉にあんなに優しくされて、嫌だったと言うことはないと思う」
 思わず、自分の膝に視線を落とす。優しく……できたのだろうか。自分はただ、自分の満足の為に動いたのではなかっただろうか。
「少なくともオレの目には、トーマも楽しんでいるように見えたよ。人間として楽しんでいるようにね」
「そう?」
「ああ。……知ってるこっちにしてみれば、悪いかも知れないが、滑稽にさえ見えたな」
 ああ、だから。
 だからあの時、嘲笑するような笑みだったのか。どうりで、らしくないと思った。
「命令を果たせなかったにしろ、主の元へ帰れたんだ。そう不幸せでもなかったんじゃないか?」
 そう。
 そう思えたら、少しは気が楽だろう。
 みぎわは微笑みを浮かべかけて、ふと、思考を立ち止まらせた。
「……ね、センキ」
「何だ?」
「機械は命令して貰う為に生まれるって、そう言ったよね」
「ああ」
「じゃあ、人間は? 何の為に生まれてくるの?」
 センキは。
 一際大きく瞬いて、しげしげとみぎわを見た。
「……前見て運転してよ」
 とは言え、障害物などない砂漠のど真ん中であるのだが。
「ああ、悪い」
 そこを律儀に謝り、センキは深々と息を吐いた。
「……そういう人生の命題は、オレじゃなくて、もっと年季を積んだ人にしてもらいたいよ」

 父の歌った子守歌。遠い遠いエルドラド。
 ――たどり着く場所があるのなら。
 それは一体、何処なのだろう。
 歩いてきた道に、意味があるのだとしたら……。

「臨時でボーナスを出してもいいくらいだな。よくやった、二人とも」
 統悟は報告を受けるなり、上機嫌で二人の肩を叩いた。センキは愛想なく応じ、みぎわはいささか元気がない。
「……何か、あったのか?」
「詳しくは報告書に」
「あ、そう。じゃ、目を通しておくよ」
 机の上の書類に目を落として。統悟はにこにこと、もう一度二人の肩を叩いた。
「……少し疲れました。今日の所は休んでもよろしいでしょうか」
「ん? ああ、構わないよ。明日はいつもの時間に来てくれ」
「わかりました」
 一礼して、センキは早々に事務所を出て行ってしまった。みぎわは何とはなしにその背中を見送り、次いでデスクワークに没頭する統悟に目を向けた。
「おじさん」
「……お兄さん」
「……わかったわよ、統悟兄さん」
 何だ? と、そこで改めて顔を上げて。子供っぽい意地だなぁ、とみぎわは変に感心してしまった。
「ちょっと訊きたいんだけど、いい?」
「クレジットカードの暗証番号なら、プライバシーだぞ」
「……そうじゃないわよ」
 ため息をついて、みぎわは手近の椅子を引っ張り、それを机の前に落ち着けた。統悟は怪訝そうにみぎわを見る。みぎわはその目を見つめ、口を開いた。
「ヒトって、何の為に生まれてくるの?」
 どんがらがっしゃん。
 非常に古典的な擬音を先立たせ、統悟が椅子ごとひっくり返った。
「……大丈夫? 兄さん」
「何とか……」
 よいしょ、と椅子を置き直して、おもむろに座り直す。乱れてもいない髪を撫でつけ、何事も無かったかのように書類を広げ、ペンを持ち直した。
「それで、何だって? よく聞こえなかったんだが」
 ……嘘つけよ。
「どうしてヒトは生まれてくるのかなって。生まれてくるのに、何か理由があるのかな」
 こっとん。
 持ち直した筈のペンが、机の上を転がる。
「さっきから……何なのよ、その反応」
「いや……みぎわらしからぬ質問に、驚いているところだ」
 あのねぇ。
 みぎわは憤りを通り越し、もう何も言う気になれなかった。
「何でいきなりそんな話になるんだ?」
「だって、センキに訊いたら『もっと年季を積んだ人に訊け』って」
 何でそこで俺かな、と統悟の笑みは苦い。
「人生の辛酸なら、むしろ俺よりあいつだと思うんだがなぁ……」
「そうなの?」
 うーん、と頭の後ろで指を組んで。統悟は何度か瞬きをし、改めてみぎわを見た。
「理由なんて、ないと俺は思うんだけどな」
「ない?」
「そう。生まれたいから、生まれてくるんじゃないのか?」
 ……よく、わからない。
「だからさ、俺やみぎわ、それに人間にしろ他の動物にしろ植物にしろ、生まれて来るのは何千、何万分の一って確率からなんだ。それは解るな?」
「うん」
「俺達は、勝者だから生まれてきている。十月十日の危険も乗り越えて、な。だから、生きてるだけで凄いんじゃないか? 特に意味なんて、必要ないと思うんだが」
「そう……なのかな」
 理由が無くて生まれてくる命。
 理由があって生まれてくる――作られた命。
 比べる方がおかしいのだろうか。比べてみようとする方が、どうかしているのだろうか。
 何があったんだろうなぁ、と統悟は頭を掻く。
「みぎわは、生まれてきた理由が欲しいのか?」
「そんなんじゃ、ないけど……」
 そうではない。そうではないのだ。だが、トーマの死に様を見て、何かが解ったような、解らないような気持ちになってしまっている。ただ、それだけで。
「自分でも、よく解らないのよ。どうしたいのか」
「それは難題だ」
 茶化すでもなく言って、統悟は背凭れに寄りかかった。ぎしぎしと椅子が軋む。
「思春期って奴かな」
「兄さん」
 咎めるような口調に、統悟は首を竦める。
「悪い。でも、要はそうなんじゃないのか? 大人の階段を前にしたって所みたいだな、みぎわ」
 ……もしかして、からかわれてないか?
 みぎわの胡散臭そうな顔に、統悟は違う違う、と笑った。
「別に、バカにしてるわけじゃないさ。少し感慨に浸っただけで」
「そういうのが『おじさん』って言うのよ」
「あー……今、ぐっさり響いたな」
 はっきりと苦笑して、統悟は机の上に肘を乗せた。
「俺はさ、みぎわ」
 統悟は目を伏せ、頬杖をついた。
「ヒトは、見るために生まれてくるんじゃないかと思ってる」
「見る為?」
「そう、見る為。世界の全てを……海の底や空の向こう、この世に残された古代の息吹なんかをね」
 見る為に。
 生まれてきた世界の「もっとたくさん」を知る為に。
「だから、この目で見ようと思ってるよ。こうして、ハンティングできなくなった今でもね」
 統悟は、ぽん、と自分の足を叩いた。日常生活はさておき、激しい運動や無理が多いハンターの仕事は、義足には向かない。
 かつてセンキの相棒は、この人だった。
 自らの手でハンティングできなくなった今でも、ハンターの仕事に携わっているのは……そういうことなのだろうか。
 見る為に。
 世界の全てを見る為に。
「まぁ、さ」
 統悟は頬杖を解き、みぎわの頬をぺしぺしと叩いた。
「自分が何の為に生まれたのか、捜すのも一興だぞ。俺と同じ結論を出すのか、センキみたいに夢を追うのか。人それぞれだからな」
「センキの……夢?」
「あれ、知らないのか? センキはかのエルドラドをライフワークにしてるんだぞ」
 エルドラド。
 全世界のハンターが目指す、至高の遺跡。不老不死を代表とする、西暦の粋が秘められたと伝えられる、伝説の遺跡。
「……本気で、捜してたんだ」
「ああ。あいつにとって、普段のハンティングはその手がかり捜しに過ぎないんだと。凄い話だろう」
 くつくつと統悟は笑う。けれどみぎわは、そういうセンキが羨ましいな、と思った。
 至高の遺跡。それを求めて、センキは生きていこうとしていたのだ。そこに何があるのか、みぎわにはわからない。けれどセンキは、そこに意義を見出したのだ。
「わたしにとってのエルドラドも見つかるかな」
「見つかるさ。さしあたって、今は父親捜し、だろ?」
 ――ああ、そうだ。
 みぎわは大きく頷いた。失われた過去は戻らない。あの光景が、幸せの時が、再現できるとは思っていない。それでも父を捜すのは、会いたいからで。ただ、会いたいからだ。
「そうね。わたしには……お父さんを捜すって、大事な『意味』があったんだわ」
「そうそう、その意気その意気」
 ひとり頷いて、統悟は書類を手に取った。
「疲れただろう。今日は、ゆっくり休みなさい」

「さすが、人間のことは人間に、だな」
 統悟だけになった筈の事務所に、低い声が響く。
「……またそういう言い方をする」
 統悟はため息混じりに言って、立ち上がった。
「立ち聞きは趣味を疑われるぞ、センキ」
「聴いたんじゃない、聞こえたんだ。オレはただ、忘れ物を取りに来ただけで――」
 はいはい、と統悟は取り合わない。センキもそれ以上の言葉は重ねず、軽く息を吐いたに止めた。
「みぎわも、そういつまでも子供じゃないって事なんだろう」
「……そうだな」
「お父さんとしては、感慨深いか?」
「やめろ、その言い回し」
 くつくつ笑い、統悟はセンキの肩に肘を乗せた。
「見守るだけは辛いな」
 センキは一瞬、統悟に視線を滑らせ、即座に転じた。
「親なんてのは、いつの時代もそうだ。守って守って、守っているつもりで、いつの間にか子供は大きくなってる。庇護なんて必要ないくらいに」
「……大丈夫。みぎわは自分のエルドラドを見つける。心配要らないよ」
 ぽんぽんと背中を叩いて、統悟は机の上の鍵を取り上げた。

 エルドラドはまだ遠い。夢は始まったばかりだ。
 ……まだまだ、これからだけど。


2000.07.15 update/2000.06.18 written by Hazuki Koh

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