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負の遺産


 ここはトレジャー・ハンターを擁する事務所。遺跡の発掘をハンターに依頼し、その結果生じる権利の一切を事務所が受け取る替わりに、何も出なくてもハンターに給料を払う、というシステムで成り立っている。
 その日は、そんな事務所の、ちょっとしたエアポケットな日だった。ハンティングが一つ済んだばかりで、所長の統悟とうごは申請書類の書き込みに勤しみ、ハンターの一人であるセンキは、義手の定期メンテナンスがあるとかで留守。そしてもう一人のハンター、坂上みぎわはと言えば、地図を広げて次のポイントのチェックに励んでいた。特に予定もなく、取り敢えず過ぎる日。そうなる筈であった。
「あのぅ」
 躊躇いがちにドアが開く。はぁい、とみぎわは顔を上げた。ドアに半分隠れるようにして、誰かが立っている。掠れた声が問うた。
「こちらに、ハンターのミワさんはいますか?」
 椅子から腰を浮かせかけ、みぎわは瞬いた。統悟の事だろうか。
「三輪は、確かにいるけど……ハンターじゃないわ」
「……三輪エリアス、というハンターを捜しているのだけれども」
 ああ、とみぎわは頷く。
「三輪統悟エリアスなら、ここの所長よ」
「良かった。やっと見つけた」
 ぱさりとフードが落とされる。鈍い色のそれから現れたのは、みぎわよりも少し年下かと思われる、少年の顔だった。
「僕は勇魚いさなグレイフォード。三輪さんに会わせてください」
 みぎわは忙しく瞬き、少年を見つめた。
「え、えっと……?」
「グレイフォードが会いに来たと言えば、解る筈です。会わせてください」
「どうした? 依頼か?」
 衝立の影から、統悟が顔を覗かせる。みぎわは振り返り、呼んだ。
「兄さんに、お客さん」
「俺に?」
 少年は統悟を認めると、ぺこりと頭を下げた。

 ここ大和は、オアシスの上に立つ街だ。必然空気が酷く乾燥する為、客のもてなしは冷水が常である。
 にも関わらず、この事務所で熱いお茶が振る舞われるのは、単なる統悟の趣味だ。
「しかしグレイフォードとは、また懐かしい名前だな。君のマスターは元気にしてるのかい?」
 みぎわはそれで、少年が誰かの使いであると知れた。統悟がハンター時代の知り合いだろう。
「申し上げにくいのですが」
 そう言って、勇魚と名乗った少年は顔を俯かせた。
「マスターは近年、身体を壊されました。今は起きる事も適いません」
 みぎわは反射的に統悟を伺った。苦い色が、義兄の顔にある。
「あのグレイフォードが、ね……意外だな」
「それで、我がマスターから、三輪さんにお願いが」
 統悟は怪訝そうに勇魚を見遣った。
「マスター・久遠くおんグレイフォードからのメッセージ、再生します」
 かちり、と。
 微かな音の後に少年の唇から零れたのは、つい今しがたとは全く異なる男声だった。
「『三輪さん、お元気ですか。御無沙汰しています、グレイフォードです』」
 みぎわは息を飲んだ。この少年……模造人間レプリカントだ!
「『突然に勇魚を遣わせて、申し訳ありません。実は至急、貴方に来て頂きたい案件があり、失礼を承知の上でお願いに上がらせました』」
 勇魚が両掌で、胸元に何か抱える仕草をした。その真ん中の空間に光がじんわりと滲み、たちまち地図を形作る。
「『自分は今、ここにいます。ここの住人の大半が、同じ病に苦しみ、命を落としています。多分、自分の身体を冒す病もまた、同じものでしょう。三輪さん、貴方のハンターとしての腕を見込んで頼みたいのです。この病の原因を、つきとめては貰えないでしょうか。このままでは、この町が死に絶えてしまう』」
 地図が消え、替わりに青い光が揺らめいた。何か、発光する物体を映したもののようだ。
「『ここを訪れるのは、貴方の損にはならない筈です。ここには、ミレニアがあるのです。ですがこの病故、誰も外に持ち出す事が出来ずにいます』」
 みぎわは、思わず目を瞠った。ミレニアと言えば、古代に作られたエネルギー体。見つければ、かなりの間、遊んで暮らせるだけの財が成せる逸品だ。それがこれだけの大きさとなれば、かなりの値打ち物と言えるだろう。
「違う……」
 低い呟きに目を向ける。統悟はじっとその光を見つめ、表情を歪ませていた。
「それはミレニアじゃない」
「兄さん?」
 不意に、統悟の手がみぎわの肩を掴んだ。ただただ吃驚するだけの彼女に、きつい口調で言う。
「すぐに病院の手配だ」
「え? な、なに?」
「とにかく急げ。お前も、そのまま病院で検査を受けるんだ」
「……一体、なに」
 焦れたように、統悟は握る力を強めた。
「あれは古代の負の遺産のひとつ、プルトニウムだ」
「え……」
「グレイフォードのいる町は、放射能に汚染されているんだ。こいつも」
 みぎわが視線を転じた先では、勇魚が最後のメッセージを読み上げていた。
「『またお会い出来るのを楽しみにしています。――久遠グレイフォード』」

 しかし、城塞都市の外の事にまで首を突っ込む程、都市の人間はお人好しではない。鋭い舌打ちをして、統悟が吐き捨てた。
「事なかれ主義の連中め。核の汚染が広がったら、都市単位の問題じゃなくなるってのに」
 古代の二の舞だぞ、と。だが、その記憶が風化してしまっているからこそ、あの時代が『古代』と呼ばれるのだ。無理もないと言えるだろう。
「それで、勇魚は?」
「施設に預けた。そうするより他に、俺が出来る事は無いからな」
 出来る限りの汚染を除去すると返答された、と統悟は言う。だが統悟自身、あまりそれを信じているようではなかった。放射能は生体部品に強い影響を及ぼす。あの勇魚が狂わず無事に着いたのは、奇跡に近い。
 奇跡と言えば、みぎわも統悟も汚染から免れていた。これは単に、接していた時間が短かったというのもあるのだろうが。みぎわ達に出来たのは自分達の検査、それだけだったとも言える。
「ま、仕方ない。あいつらをアテにするのはよそう」
 奥の戸棚から銃を取り出すのを見て、みぎわは驚いた。まさか、という思いが先に立つ。どんな時でも商売第一。金にならない事を嫌う義兄なのに。
「……行く気?」
 ああ、と応えは短く。銃の点検を始める微かな音が、そう広くもない事務所に響いた。
「だって……汚染されてるって」
「それでも、助けを求められたのは俺だ。一応、友人とは呼べないまでも知己ではあるわけだし、それなりに世話になった事も、した事もある。借りは、返せる時に返しておくのが普通だろう」
 それにしたって、と言って、みぎわは継ぐ言葉をなくす。命が云々というレベルを、統悟はとうに超えている。だから、行くと言っているのだ。一体、何が義兄をそこまで動かすのか。グレイフォードなる人物は、義兄にとって、それほどにも大事な人なのだろうか。そうでなくては、どうにも説明がつかない。
「グレイフォードは同業者だったんだ。彼もハンターでね」
 手袋を填める、軋みに似た音。
「腕は悪くなかったんだが、情に脆くて。捨てゴマを捨てゴマと見られない男だったな」
 嫌いじゃなかったよ、と。
 滲む苦さがなんであるのか、みぎわには判らない。判るのは、このまま行かせてはいけないという事。放っておいたら、統悟は帰って来なくなるかも知れないという事。
「行かないとそれなりに悔やみそうでね。取り敢えず、自分を納得させる為に行ってくる」
「ダメだってば! そんな事したらどうなるかくらい、解ってるんでしょう!?」
 片手で耳を塞いで。統悟はくつくつと笑う。
「……怒鳴らなくても聞こえるぞ」
「怒鳴らせてるのは兄さんよ!」
 ああ、わかったわかった、と。
 生返事をし、統悟は銃を収めた。そこにあるのは、ハンターの現役当時に戻ったような義兄の姿。
「センキには黙っていてくれ。じき戻るだろうから」
 こんな状況で、黙っているわけないではないか。そう思ってから、はっとする。つまり統悟は、一人で行くつもりなのだ。
 絶句するみぎわを見、統悟は小さく笑った。
「じゃ、行ってくる」
 それはあまりにも軽い一言。
 階段を降りる靴音で、みぎわは、ただ呆然と立っている自分に気づかされた。

「兄さん!」
 勢い、追おうと飛び出した所で、何かに衝突した。
「……どうした?」
 低い声が頭上から降る。
「センキ……っ」
 ぱちくりと瞬いた相棒は、みぎわを見下ろし、継いで階段を見遣った。
「さっき所長とすれ違ったけど、何かあったのか?」
 みぎわは慌てて説明しようとし、急いでセンキを事務所へと引っ張り込んだ。
「な、何だ何だ?」
「色々あったの大変なの! でも端的に言うとね」
「……うん」
「兄さん、放射能の汚染区域に一人で行ったの」
 センキの目が点になる。次の発言まで、コンマ数秒。
「……のバカ!」
 言うなり走って行こうとするので、みぎわは慌てて止めなくてはならなかった。
「待ってってば! 兄さんが何処にいるのか、センキ、判ってるの?」
 はた、と我に返った風情で。センキはみぎわを見ると、深く息をついて脱力した。
「みぎわに諭される日が来るとは思わなかった……」
「何よ、それは」
「で、エリーが居るのは何処だって?」
 エリーという聞き慣れない呼称が気にはなかったが、今はそういう事態ではないと思い直す。
「さっき、出かける前の兄さんに、発信機付けたの。ほら、いつもセンキが使ってるアレ」
「……偉い」
 ぱちぱちと拍手して、センキはすぐさまモニターを開いた。
「それにしても、よく発信機なんて思い出したな」
「わたしの事は置いて行くんだろうなくらいは、思ったから。でも、まさか一人で行くとは思わなかった」
「ま、結果オーライだな」
 ぽん、と軽い音を立てて、モニターが起動する。対象を示す赤い点が、大和から離れようとしているのが映し出された。
「感度良好。……さて、用意して出かけるか」
「出かける用意だけじゃ、きっと足りないわ。兄さん、そこにいる人を助けるつもりでいるんだもの」
「事情は車の中で聞く。来るなら急げ」
 その態度に不満が無いでもなかったが、取り敢えず連れて行く気があるのに安堵して、みぎわは大急ぎで用意を調えた。

 センキ御自慢のホバーカーは、今日も快調な滑り出しを見せていた。古代技術の生き残りだと言うそれは、反重力システムを使った特別な品だ。
「所長の地上車になら、すぐ追いつくな」
 そもそもの性能が違い過ぎる。その事実にちょっと余裕を感じながら、みぎわは口を開いた。勇魚が来た事、託されたメッセージの全てを語り終えるのを待ち、今度はセンキが口を開く。
「グレイフォード、とはね。また懐かしい名前だ」
 それは、統悟の台詞に酷似していた。
「センキも、知ってるの」
「オレは……十年前に一度会ったきりかな? 確か」
 それならば、センキはまだ子供だった筈。『確か』付きの話になるのも無理はない。
「ハンターだって言ってたけど」
「ああ。トレジャー・ハンターだったな」
 なら、仕事の上で知り合ったというところだろうか。
「それにしても、所長がそんなに必死になるとは」
「別に、必死って風でもなかったけど」
 むしろ、淡々としてさえ見えた。それだけに頑なで。統悟が何を考えて行動したのか、長いつきあいである筈のみぎわにも、よく判らなかった。判ったのは、そのグレイフォードという人が、統悟にとって生命を賭しても救いたいような人だった、ということだろうか。
「俺の記憶の範囲では、親しくなる要素なんて見あたらなかったけどなぁ」
 意外そうにセンキが言う。
「もっとも、俺が会った時が出会いだったのだから、早計な判断かも知れないが」
 果たして、十年単位を早計と言っていいものか。
「ああ、でも」
 何か思い出したのか、センキは言葉を継いだ。
「ひとつだけ似たところがあったな」
「なに?」
「模造人間を、道具として見られない」
 ――捨てゴマを捨てゴマと見られない男だったな。
 それは、統悟がグレイフォードを評した言葉。あの時に感じた苦みは、自分と照らし合わせての、皮肉さだったりしたのだろうか。
 あれ。でも、ちょっと待って。
 兄さんの知り合いに模造人間なんて、いたっけ。
 センキがそう言うという事は、それこそ現役時代の話だろうか。だとしたら、パートナーとして模造人間を持っているくらい、ありそうな話ではある。
 ハンドルを切る傍らで、センキは何か、操作をしていた。ぶつかる物の無い荒野だ。咎める必要は無いのだが。
「……何、してるの」
「ん? 通信の準備」
「通信? 何処に?」
 センキは軽く唸り、言葉を濁した。
「平たく言うと」
「うん」
「地域単位で放射能除去が出来る機関に、かな」
「そんな機関、あるの!?」
「あるにはある。から、これから連絡するんだよ」
 みぎわは呆気にとられたが、すぐに何か変だと思い至った。センキが知っているその方法を何故、統悟は採らなかったのだろう。相棒が知っている事を、義兄が知らないとは思えないのだけれども。
「ダブルジーへ」
 その声が現実に引き戻す。センキの使っているそれは、どう見ても、何の変哲もない無線機だった。
G・Gダブルジーへ。マスターに三輪統悟エリアスを擁す、こちらはセンキセンキ
 普通、無線であるならば多少の雑音は入るものだが、何故かその通信には、些かの揺らぎも入らなかった。
『おや、随分と久しぶりの声だ。元気だったかい? センキ
 揺らぎのないそれは、機械合成された声のように、みぎわには聞こえた。しげしげと見つめるみぎわを一瞥し、センキは軽く笑みを刻む。
「おかげさまで。マスター抜きで頼みがあってね。オレの顔じゃ利かないか?」
『用件次第だ。聞かせて貰おう』
「放射能の除去」
『ものは?』
「町ひとつ」
 それは豪気だな、と無線機の向こう側が笑う。
『理由は』
「今、マスターが向かっている。あの人は頑固でね、一度やると言ったらきかないんだ」
 機関に連絡とセンキは言ったが、その会話だけを聞くなら茶飲み話と大差ない。一体、何処に連絡しているのだろう。
『……統悟か。彼を失うのは、少し惜しいな』
「おい、少しか?」
 苦笑混じりにセンキが問えば、いや大分、との訂正が入った。
『わかった。処理部隊を向かわせよう。対処させる』
「恩に着るよ」
『なに、これも仕事のうちさ。たまには統悟ともども、顔くらい見せに来い』
「了解」
 つん、と軽い音がして、通信が切れる。
「というわけだ。やってくれるそうだよ」
 軽く笑うセンキに、みぎわはねぇ、と問いかけた。
「何処に連絡したの?」
「だから――」
「簡単に済む所なら、兄さんが連絡するでしょう?」
 ふ、とセンキは苦笑する。
「所長は、あそこに借りを作るのが嫌いなだけだよ」
「だから、その『あそこ』って何?」
 苛立った声が、半ばでしぼんだ。センキの顔が、いつの間にか厳しいものに変わっている。
「知りたいか」
「う……うん」
「じゃ、教えてやる。G・G、地球政府ガバメント・オブ・ガイアさ」
 みぎわは、シートからずり落ちそうになった。
「地球……政府?」
「そう。所長は現役時代、政府所属のハンターだったんだ」
 そんな話は初耳だ。そもそも、そんな機関が実在していた事自体、驚きに値すると言うのに。
 都市毎の政府や自治体は存在する。だが、それぞれが一個の国と言っていい程、独立した存在なのだ。大戦以前、同様の組織を作ろうとして失敗したという話も存在する。国単位の利害が絡むと、統合した政府など作れるわけが無いというのがその理由だった、筈。
「……嘘みたい」
 おいおい、とセンキは苦笑を隠さない。
「都市から出た事のない連中ならともかく、みぎわがそれを言うか? 共通通貨があるだろうが」
「あ、そっか」
 都市固有の通貨とは別に、共通の通貨が存在した。何気なく使っていたから言われるまで気がつかなかったが、それがある以上、都市間に働きかける何らかの機関があるのは想像に易い。
「オレは所長の相棒だった時分、くっついて出入りしていたんでね」
 なるほど、とみぎわは思ったが、では何故、統悟がそれに頼らなかったのかが気になった。もっともその問いは、センキにするよりも統悟本人にすべきだろう。
 ああほら、と。
 センキの声に視線を投げる。荒野に、見慣れた車体。
「やっと追いついたみたいだな」
 センキが二度程クラクションを鳴らした。当然、車は速度を落とすものと思われたのだが。
「……おい」
「兄さん、止まらないわね」
 それは状況を述べた以外の何物でもなく。対するセンキの応えは、ため息混じりだったが過激に過ぎた。
「止めるんだ」
「って、どうやって」
「どうでもいいから……タイヤでも撃ち抜けばいい」
 今度は、みぎわがため息をつく番だ。やれやれ、とは口の中でだけ。仕方なく、光線銃を引き出す。窓を開け、身を乗り出した。自慢じゃないが、射撃は得意だ。走っている車中から、同じく走っている車を狙った事など無いが、そのタイヤを狙うにしても、的としては充分な大きさと言える。まず、外しはしない。
「怪我しないでよ、兄さん」
「それ以前に、きっちり当ててくれよ?」
「まっかせて」
 ぱしゅ、と発せられた音は微か。急ブレーキの後で横転する地上車に、センキが小さく口笛を鳴らした。
「……大丈夫、かな」
「ま、あれぐらいで死ぬようなマスターじゃないのは確かだ」
 だといいけど、という声と入れ違いに、地上車から這い出す青年が見えた。もう一度、鳴らされるクラクション。こちらを見遣るその表情までは視認出来なかったものの、みぎわは大方の予想をつける事は出来た。
「ああ、怒ってる怒ってる」
 そしてどうやら、センキの予想も同じものであったらしい。笑い含みな言い回しに、みぎわも小さく笑って返した。もう一度、窓から身を乗り出す。
「兄さーん、無事ー?」

 連絡した旨を伝えると、統悟は
「余計な事を」
 と不快を示し、センキを睨みつけた。
「お叱りは後で重々」
「……貸せ」
「断りを入れるつもりなら」
「違う」
 返答が一言なのは、それだけ怒っている証拠だろう。奪うようにして無線機を取ると、統悟は低く呼んだ。
「G・Gへ。……三輪統悟エリアスだ」
『おお。御大のお出ましかい?』
「茶化すな」
 怖い怖い、と。洩れ聞こえるそれで、充分に茶化されているのが知れた。何となく、先刻とは違う声のように思える。口調も少しだが、くだけたもののようだ。
「用件だけ言う。そこに知人が居る。死に目にくらい会わせろ」
『……縁起でもない事を、どうしてお前さんはさらっと言っちまうかね。ま、いいだろう。もう手配はしてるそうだから、じきにそっちに着くだろうさ』
「わかった」
 言うなり、統悟は叩き付けるようにして通信を切ってしまった。……こんな義兄は珍しい。
「……ったく。壊れたらどうするんです、所長」
「壊れて構わないだろ、そんな物。後生大事に持ってた事の方が、俺には意外だよ」
 ふん、と鼻で息を吐いて。どうやらこの事が、余程腹に据えかねているらしい。
「こういう時に便利かと」
「捨てろ。必要ない」
「そんな事、ないと思うわよ」
 思い切って口を挟むと、案の定、きつい視線で睨まれてしまった。
「だ、だって……おかげで兄さん、命懸けずに済んだじゃない」
 はぁ、と。
 髪を掻き回しながら、統悟は深い息をつく。
「そうじゃないんだ」
 遠く、爆音に似た音が届いた。空を仰ぎ、そうでないと知る。あれはヘリコプターの音だ。おそらくは、手配された処理部隊。
「そうじゃないって?」
 視線を戻しながら尋ねる。統悟は、片手で顔を覆うようにして、俯いていた。
「……ハンターとして、って言われたからな」
「え?」
「見込まれたんなら、腕で勝負したいじゃないか」
「まさか、それだけで?」
 と呆れたように言ったのは、センキだ。
「そんなわけ、ないだろう。勝算がない事はしない主義だ。知らなかったのか、お前達」
「知ってる、けど……」
 みぎわは思わず、センキと顔を見合わせた。
「兄さん、どんな勝算があったの?」
 指の間から、ちらと向けられた視線。
「……教えられるか。企業秘密だ」
「何よ。それならそうって言ってくれれば、わざわざ助けになんて来なかったのに」
「だから、必要ないと言っただろうが」
 憤然と。
 顔を上げた統悟はふいと横を向いたきり、なかなか動いてくれなかった。

 それから今日に至るまで、みぎわは久遠グレイフォードなる人物と、対面出来ずにいる。かつては死を待つだけとされた汚染による病も、センキの義手にも使われている技術――生体組織と機械を融合させる技術――によって、あくまで「死なない」程度にだが、回復させる事が可能だった。ただし、それも『本体』の具合に因るのだ。
「ま、死ななきゃそのうち会えるさ」
 とは統悟の弁である。その軽い言い様は、あの日の真剣さが嘘のようで。ともあれ、一応つっこんでおこうかと口を開きかけたそこで、みぎわは別な声に遮られてしまった。
「その言い様、少し失礼に過ぎませんか」
 施設から無事に戻ってきた勇魚は、どういうわけか事務所に居着いてしまっている。手が足りないのは事実であったから邪険にするのも得策ではないと、統悟は考えているらしいのだが。
「ひとつ君に教えておこう、勇魚。グレイフォードは君のマスターであって俺の主ではない。解るか?」
「そんな事わかってます。それでも、病床にある人に対して、失礼だとは思わないのですか」
「本人に言ったわけじゃないんだから、大目に見て欲しいね」
 ……もしかして兄さん、事務所に玩具が欲しかったんじゃ? もしかしてストレス溜まってた?
 そう思ってしまうのは、穿った見方だろうか。
「そんなにグレイフォードが気になるのなら、こんな所に居ないで病院にでも行ったらどうなんだ?」
「あっちには千紗都ちさとが居ますから。こちらを手伝えとマスターの命令です」
 時々耳にするその名は、グレイフォードが所有するもう一台の模造人間なのだと、センキから聞いた。勇魚とは対照的な、おっとりした少女型模造人間だと言う話で、勇魚に言わせると、彼女では遣いが務まらないから自分が来た、という事らしい。
「それはそれは、ご苦労さん」
 そこで嫌味な笑顔でもすればまだ可愛げがあるものを、統悟は顔の筋肉一本動かさずに言うものだから、どうにも勇魚の気に障るらしい。
「三輪さん、大体、貴方はですね――」
「ただいま……って、またやってるのか、あいつら」
 帰ってきたセンキに、みぎわは苦笑を向ける。
「ほんと、勇魚ってよく出来てるよね」
「育て方だろ」
 ほら土産、と。センキは買い物袋から林檎をひとつ、取り出した。
 一度、そのグレイフォードという人に会ってみたい。そう思うみぎわだった。機械である筈の模造人間。今まで自分が会ったのは彼で二台目だが、そのどちらも主に格段の思い入れがあるように振る舞って見せた。前に出会った模造人間は、既に主が故人だったから、それがプログラムに因るものか否か、判断出来なかったのだ。
「いつか、お見舞いに行きたいわね。早く面会出来るようになるといいんだけど」
 そう言うと、勇魚はほら、と統悟を指さした。
「これが普通の人間の反応と言うものです。三輪さん、貴方は何処か壊れているんです」
「……勇魚ぁ。人間は壊れないよ? 普通」
 一応のツッコミに、いいえ、と頑なに首を振る。
「絶対、壊れています。早く修理に出しましょう」
「はいはい」
 ぽん、と手元に林檎を放る。受け止めた勇魚は、不思議そうにみぎわを見た。
「センキのお土産。食べていいよ」
「……いただきます」
 食べてると静かだ、などと。
 統悟の余計な一言で再び舌戦が始まるまで、数分。

 事務所に新しい仲間が増える事になった、らしい。


2005.04.30 update/2002.05.03 written by Hazuki Koh

Background:Cloister Arts

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