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クラウニスト征旅譚


「ああ、駄目だよ若旦那。これじゃあ半分どころか、十分の一さえない」
 その言葉に、彼は勢い良く脱力した。カウンターに、がつんと額を打ちつける。
「って……おい、冗談だろう? 俺はもう、半年以上クラウニストやっているんだ。測量士サヴァイアの店があるって言うから、わざわざ遠回りして来たのに」
 睨めつけてくる視線に、中年の店主は全く動じなかった。だってねぇ若旦那、と倣うようにカウンターへ肘をつく。
「何を祈念したか知りませんがねぇ、よっぽど難しいんでしょうよ、その願い。気長に、年単位で頑張ることを勧めますよ」
 有難くも無い忠告を背に店を出る。足取りが重く、投げやりだったことは否めない。
 店の正面、通りに面した柵の上に、少女がいた。やや装飾過多な白い服は、魔法を編みこんだ特別製のものだ。その肩に映えるとびきり大きな紅玉の飾りは、召喚士の証。その上、少女自身が火精であるかのような容貌をしていた。
 波打つ金色の髪は肩先まで伸び、紅玉の上を何度か撫でている。瞳は、その紅玉と等しい紅。よく日に焼けた小麦色の肌は健康的で、顔立ちは愛らしいの一言に尽きる。あと五年もすれば、それは美しい少女となるに違いなかった。
 しかし、その唇から発せられた言葉は辛辣に過ぎた。
「ダメだったんでしょう? だから言ったのよ」
 返す言葉もない青年に、更なる言葉を投げつける。
「だいたいね、始めてたったの半年で叶うような願いなら、普通、自分で何とかするわよ。あんた、ほんっと甘い子ね」
 どう見ても十歳は違う。そんな二人連れの会話にしては、ちぐはぐな印象があるだろう。ともすれば親子とも言える年齢差が、二人の間にはあるのだ。にも関わらず、少女は頭ごなしに青年に言葉をぶつけ、青年は叱られる子どもさながらに不貞た表情さえ見せる。
「さ、気は済んだでしょ」
 少女はひらりと柵から飛び降り、青年に先立って歩き出した。
「今日中にあの峠を越えないと野宿よ。そうなったらミーシャ、あんたに不寝番してもらうからね」
 青年は特に返答しなかった。ため息をつくのと肩を竦めるのを同時にやってのけ、終わりにしてしまう。
 少女に先導されて歩く姿は、それなりに滑稽だ。白を基調とした少女とは対照で、青年は全体的に黒を基調としていた。剣の鞘まで黒いのは、単に趣味であるのかも知れない。髪も瞳も等しく黒く、顔立ちはこの国の民に比して、凹凸の乏しいものだった。黙っていると無愛想な印象がある。それも手伝って、一見、何を考えているのか判らない。見様によっては、何処ぞのお嬢さんを護衛する剣士に見えなくもなかった。
 奇妙な二人連れは、麗らかな午後の田舎道を進んだ。その存在だけでも、充分に目を引くと言うものだ。
「お嬢ちゃん、召喚士サマナーかい?」
 だから、このように声をかけられても不思議はない。最初に青年が振り返り、次いで少女が振り返った。金色の髪が、僅かに翻る。
「そうよ。何か困ったことでも?」
 自分は隣の村の人間なのだが、とその男は前置いた。中肉中背で、頭部が大分禿げ上がっていたが、そう年を取った風ではない。せいぜい三十代というところだ。
「あの丘の向こうの村だ。雨も降らず井戸も涸れ、困っているんだ。雨雲を呼んでくれんかね」
「いいわ」
 少女は二つ返事で請け負った。腕を組み、男を見上げる。
「報酬はいくら?」
「アディ」
 咎めるような口調は、連れの青年のものだった。
「何よ」
「クラウニストは無料奉仕だ」
「おや、お嬢ちゃんはクラウニストかい」
 男の表情が、ぱっと明るくなる。資金に心許なかったのが、その表情から窺えた。
「なら話は早い。さぁさ、一緒に来てくれ。……そっちの人は、兄さんかい?」
「まさか。似てないでしょう?」
 少女がにべもなく言い放つ。そうだね、と男は曖昧に笑った。
「あれはあたしの被保護者よ」
 男の笑顔が、途中で引きつる。普通、青年と少女であれば、保護者と被保護者の関係は逆だ。
「お嬢ちゃん……?」
「余計な詮索は無しよ」
 少女は軽く唇を尖らせ、不快を示した。
「さぁ、案内して。何処に雨を降らせればいいの?」
 変な連中に声をかけたかも知れない、と男は一抹の不安に駆られた。
 だがしかし、村が困窮しているのは事実だ。山ひとつ向こうにある大きな街に行って召喚士を探すつもりであったが、隣村で見つかったのは運がいい。一刻も早く、雨が降らせられるのだから。
「こっちです。ああ、馬車を拾ってきましょう」
 何とはなしに敬語になったことに、男自身は気がつかなかった。
 駆けていく男を見送ってから、少女は青年を見上げた。表情の乏しい黒い瞳が見下ろしている。
「心配することは何もないわよ。……なぁに? 詐称したって言いたいの?」
「クラウニストは無料奉仕だ」
「解りきったこと、繰り返さないでくれる? ちょっと路銀が心許ないなって思っただけじゃないの。あたし一人ならともかく、こぉんな図体でかいのが一緒なんだから」
 それに関して、彼は何も言えない。黙り込むのを見て、少女は笑った。
「いやだ、本気にしたの? 冗談に決まってるじゃないの。あんたのことは、ミハイルからくれぐれもって頼まれているんですからね。投げ出すわけがないでしょう」
 ほら、と少女は手を引いた。先刻の男が、馬車を連れて戻ってくる。
「お待たせしました、お嬢さん」
 頷きかけた少女は、ああ、と声を上げた。
「あたしは『お嬢さん』じゃないわ。召喚士のアディ・ルオンよ。覚えていて頂戴」
 はぁ、と男は呆気にとられた風だった。ちら、と青年に視線を走らせる。
「彼はミーシャ、ミーシャ・ミハイロフ」
 言ってから、少女は青年の右側に立った。
「彼もクラウニストよ。困ったことがあったのなら、何でも相談して」

 クラウニスト。
 それは、この国、ブリターナー連合公国――『魔法公国』とも呼ばれる――に生きる『伝説』のひとつである。都であるトロヤノヴァにある、サーザ神殿で願をかけた者の総称だ。
 願をかけた者は、クラウンと呼ばれる王冠型の指輪を授けられ、それぞれ旅に出、他人の為に力を尽くし奉仕をする。願いに見合うだけの善行が積めればクラウンは外れ、これをサーザ神殿へ持って行けば、願いが叶うというのだ。
 願いに見合うだけの善行と一口に言うが、達成するのはそうそう簡単なものではないからだ。更に、クラウニストは労働を金銭に換える事を禁じられる。生活の一切を、隣人の善意に頼らねばならないのだ。厳しい条件であるのは否めない。
 それでも、世の中には『神の奇跡』に縋るより方法がなくなった者も、少なくはない。こういった者達がクラウンを求め、クラウニストとして世に出ていく。クラウニストの存在は、ブリターナーに在れば、一度は目にするものだ。
 だが、その過酷な条件から、達成できる者は稀だ。
 かくして、願いを叶えたクラウニストは、伝説と化す。良かれ悪しかれ、口伝に、お伽話に、名を残すことになる。

 道の状態は最悪だった。
 幌馬車は酷く揺れ、喋ろうものなら舌を噛みそうであった。必然、乗っている者達は無口になる。
 青年――ミーシャは、左腕に少女――アディを抱き、右腕に長剣を抱いて、身動ぎひとつせず馬車の隅に陣取っていた。乗客は、彼らの他に三人ばかりいたが、先刻の男はそこにはいなかった。彼は御者台の方にいるのである。
 ――これだったら、御者台の方が、まだいくらかマシだったな。
 あるいは、馬を借りるか。これ程の悪路であると知っていたならば、馬を駆った方が楽であっただろう。アディは乗馬が得意ではないが、自分が抱けば済む話だ。
 ミーシャは、腕の中のアディを窺った。濃い睫を伏せ、一見、眠っているようにも見える。口調や態度はさておき、アディは幼い少女でしかない。クラウニストとしての苛酷な旅に耐えるには、体力がついていきかねるのだ。休めるうちに、休んでいた方がいい。
 抱き直し、ミーシャ自身も軽く目を閉じる。休める時に休んだ方がいいのは、彼も一緒だ。
 ……目を閉じると、数年を過ごした村が、鮮やかに甦ってくる。
 冬をようやく凌げるという程度の、壊れかけた小屋。剣と魔法の稽古に興じた森。師とも父とも仰ぎ、敬愛した老魔導士リーディアン――。
『息子よ』
 彼もまた、自分を息子と呼んでくれた。
『行くがいい。行って、その手に掴んで来るがいい』
 景色は暗転する。真っ暗な場所に、切り裂くような光が射す。
『あんたが、ミハイルの最後の弟子ね?』
 光、あるいは炎そのもののように鮮やかに。少女に会った瞬間、炎の精霊を見たと思った。
『そう、間に合わなかったのね……いいわ。なら、あたしがあんたの保護者になってあげる』
 ……誰だ?
『あたし? あたしはアディ・ルオンよ。ミハイルの友達』
 爺さんの友達? それにしては、随分と……。
『あんた、名前は?』
 名前? 俺に名前なんてない。皆は「異邦人フォーリナー」と呼ぶけれど。
『「異邦人」なんて呼びづらいわね……よし。ミハイルの最後の弟子だったんなら、彼の名前を貰いましょ。ミーシャでいいわね』
 勝手に決められたのだが、取り立てて文句を言う事でもなかった。何より、敬愛していたミハイルの名を貰うというのは、悪くない。
『ミハイル・ミハイロフ、ミーシャよ。名前負けしないようにしなさいよ』
 何故だろう。
 見た目は幼い少女なのに、彼女は母のように、姉のように感じる。
 腕を広げて守っているつもりになりながら、自分は、いつも彼女に包まれている――。
 不意に、がくんと馬車が揺れた。止まった衝撃なのだと気がついたのは、瞬きを三度してからだった。
「着いたよ、アディさん」
「……酷い道だったわね」
 アディはミーシャの腕から這い出した。大きく伸びをしてから、軽く髪を撫でつける。
「今日はもう遅いから、休んでください。宿はこっちで見つけますから」
「お願いするわ」
 ほら、とアディが手招きする。ミーシャは何の感想も洩らさず、剣を手に立ち上がった。

 用意されたのは、宿屋の一室だった。宿屋と言っても、こんな辺境の小さな村を訪れる人も稀と言うことで、村長の家が、宿屋を兼ねているという話であった。
「確かにね。こんな屋敷は持て余すでしょうし、ロクに来やしない旅人の為に生活を賭けるのも、変でしょうからね」
 合理的だわ、とアディはしきりに頷いている。ミーシャは特に返答せず、隣の寝台に腰を下ろした。二人でひとつの部屋をあてがわれたわけだが、今までも二人一緒であったから、別段不便は覚えない。
「でも、どうして雨が降らなくなったの? 見たところ、急に人口が減った風でもないけれど」
 ブリターナーは、精霊の加護から見放された地と言われている。人々の祈り無くては、風も吹かず、雨も降らず、大地は稔りをもたらさない。故にこの国の民は、ほぼ全員が、多かれ少なかれ魔力――自然を御す力――を持って生まれ、それを行使する事によって生命を繋ぐ。祈りが多ければ天候は安定するが、生物の住まぬ地はひたすら荒れ、雨も降らなければ風も吹かない状態になる。裏を返せば、人が住む土地での日照りや干魃は、有り得ないのだ。
「……実は」
 ミーシャ達を連れて来た男は、ため息混じりに吐き出した。
「少し長くなりますが、いいですか」
「構わないわ。話して頂戴」
 では、と男は椅子を引いた。
「この村の出で、都の学院に行った男がありましてね……」
 彼の話をまとめると、こうだった。数年前、その男がふらりと村に戻って来た。天候士ウェザリストの称号を得て帰ってきた男を、村人は歓待した。気をよくした男は、最初のうち、村の為に天候を御した。だがある時から、気まぐれに天候を変え始めたのだ。家をも吹き飛ばすような強風を吹かせたかと思えば、曇天続きにさせ、作物へ日光を与えなかった。そして今、雨を止めてしまったのだという。
「典型的な大馬鹿野郎ね」
 アディの評価は、情けも容赦も、一片さえなかった。
「いるのよね、そういう勘違いした奴って。たかだか天候士の分際で」
 男とミーシャの視線に気がついたのであろう。アディは口を押さえ、明らかな作り笑いを浮かべた。
「なるほどね、そういうことなのね。それで、あたしに雨を降らして欲しいって頼んだのね」
「そうです。召喚士は天候士の上位。お嬢……いやいや、アディさんは、その歳で召喚士の称号を帯びている。さぞや、と思いまして」
「否定はしないわ。おべっかは嫌いだけど」
 切って捨てる口調。男は一瞬、気分を害したような表情を閃かせた。
「と、とにかく、よろしくお願いします」
 転ぶように、男が部屋を出ていく。アディはそれを一瞥してから、空いている方の寝台に、勢いよく腰を下ろした。
「ミーシャ、どう思う?」
「そうだな……経緯はさておき、元を断たないと、こういうことは意味がないと思う」
「よろしい。あたしも同意見よ」
 うーん、と腕を組んで。そういう仕草は、年齢不相応だ。
「雨を降らすのは当然として、その天候士とやらを成敗すれば徳も溜まりそうね。村の皆も助かって、一石二鳥……三鳥かしら」
 ちら、と視線が流れる。ミーシャは、ため息混じりにそれを見返した。
「で、俺は何をすればいい」
「話が早くて助かるわ」
 ぽん、と寝台から寝台へ移る。深く座っていたミーシャと、ひとつの寝台の上で向かい合う格好だ。
「あたしが雨雲を喚ぶから、その間にミーシャ、あんたがその天候士、やっつけて来てよ」
「また、酷く適当だな」
「信用してるのよ? あんたの腕は」
 アディはくすくす笑って、寝台の上に寝ころんだ。
「それ以前に、相手の場所さえ知らない」
「村の人に訊けばいいわ。教えないってことはないでしょう」
 確かに、それだけの嫌われ者なら、誰でも居所を知っているだろう。この同じ屋根の下にいる村長なら、言わずともがな。
「じゃあ、そっちの首尾は任せたわよ。あたしは明日の為に寝るから」
 ぱぱっと服を脱ぎ捨てて、寝台に潜り込む。ミーシャは二度、瞬いた。
「おい、アディ。あんたの寝床はあっちだろう」
「何処だって一緒でしょ。あんたがそっちに寝てよ」
「……しょうがないな」
 脱ぎ捨てられた服を拾い上げ、軽く畳む。この辺は、師匠の躾が良かったと言うべきなのだろうか。
「おやすみ、アディ」
「……おやすみ」
 ミーシャはもう一度、アディが横になっているのを確認してから、灯火を消した。

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