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クラウニスト征旅譚・2


 翌朝は、やはり昨日と変わらぬ曇天だった。
「確かにこれは、気が滅入るな」
 実際、滅入る滅入らない以前の問題なのだが。
 予想したとおり、訊いただけで、簡単に天候士の居所は知れた。ルイス、という名であるらしい。
「アディ、無理はするなよ」
 それに対し、嘲笑が応じた。
「誰にものを言ってるのよ。あたしはアディ・ルオン。千年に一人の逸材と言われた召喚士サマナーよ」
「……じゃ、行ってくる」
 ミーシャが外に出た時点で、既に空気が重く、湿っていた。アディの喚び声に応じて、水の精霊達が集まってきているのだ。
「さすが」
 一言呟いてから、窓を見上げる。確か、あの辺りが泊まった部屋の筈。
 アディなら、万に一つの失敗もないか。
 頷いて、ミーシャは心持ち、足を速めた。天候士ウェザリストルイスのいる家は村の外れ。そんなに早く相手の術を破れるとは思わないが、着く前に降り出しては、少々面倒だった。

 途中、二度ほど道を尋ねて、どうにか降り出す前には件の天候士の家に着くことができた。
 それにしても、結構な所に住んでいるじゃないか、と思う。村はずれもいいところの、森の入り口。一見、狩りの為に使う小屋か何かのように見えなくもない。だが、周囲に他の民家も無いから、あれで間違いないのだろう。まぁ、自分が師ミハイルと住んでいた家に比べれば、まだマシの方だ。
 道からその家へと一歩踏み出した、その時だった。
「何用か」
 内心はさておき、ミーシャは極力ゆっくりと、落ち着いた所作で振り返った。自分が辿って来たその道に、男が立っている。ミーシャよりも若干ながら若いだろうか。黒みの強い茶の髪に、薄い青の瞳をしており、その薄い色の瞳が、何とはなしに冷たい印象を与えた。
「村の人間じゃないな。誰だ」
「旅の者だ」
 嘘ではない。だが、胡散臭さを招くには充分な一言であったらしい。男は、あからさまに訝る表情になった。
「旅の人間が、何用だ」
「天候士ルイスとは、お前か」
 嫌な空気が漂った。どうやら、人捜しは終わりのようだ。
「……なるほど。村の連中に頼まれたか」
 心当たりはあった模様。
「頼まれたのは俺じゃないけどな」
「ふん? まぁいい。オレは簡単には殺せないぞ」
 別に殺すつもりはないんだが、とミーシャは内心で呟いたのだが、口には出さなかった。それは言う必要が無いというものだ。要するに自分は、この男を叩きのめしてやれば良いのだ。後の仕事は、アディのものであるのだから。
 ミーシャは剣の柄に手をかけはしたものの、抜きはしなかった。見たところ、ルイスは丸腰でだった。体格も華奢なもので、自分より余程非力そうだ。鞘でひと殴りでもしておけば良いか。そう思ったのだ。
 彼は完全に失念していた。その程度で済む相手ならば、この村の人々が手こずり、外に力を求める筈がないのだ、という事を。
 空気が重くなってくるのが、肌で感じられた。最初の一滴が頬を叩く。
「……そうか。お前の仲間とやらか」
 ルイスはそう言い、軽く唇を湿した。唇の両端が持ち上がり、三日月を形作る。
「構わぬか。いっそ好都合だ」
 ――なに?
 反射的にミーシャが身構えた瞬間。雷光が、二人の影を際立たせた。

「……何ですって?」
 カップから立ち上る湯気が、アディの視界を曇らせた。その向こう側で、村の男は顔を青くしたり赤くしたりしている。
「つまり、ルイスは天候士だけじゃなかったって事なの?」
「ええ、はい、まぁ……」
 音立ててアディが立ち上がる。
「どういうことよ……聞いてないわよ!?」
 男は要領を得ないことを呟いていたが、アディは構わずに部屋を飛び出した。外は、既に土砂降りと言えるだけの雨が降っている。
「冗談じゃないわよ。預かりものなのに!」

 激しい雨がミーシャを叩いていた。痛い程の豪雨。それも、ミーシャとルイスの周りだけだ。
「どうだ、恐れ入ったか天候士の力! このように局地的に降らせることも可能なのだ!」
 口に雨が入り、喋るのも辛そうである。だが、ミーシャは敢えて口を開いた。
「どうせ局地で降らせられるなら、俺の上にだけ降らせればいいだろうが!」
「そんなのには、恐ろしく集中力がいるのだっ!」
 ……威張って言って欲しいものではない。
「威張って言うな! 要するに、二流なんだろうが、あんたは!」
「二流と言うな!」
 雨足が強くなる。目も開けていられぬ程だ。
 どうせなら雹でも降らせた方が効果的だろうに、それさえも力量の範囲外なわけだ。
 ミーシャはがっかりした。これじゃあ笑い話ではないか。アディにも笑われてしまう。いずれにせよ、とっとと片を付けて、少し暖かくして休んでしまいたい。
「御託は適当にして……」
 ミーシャは手探りで剣の柄を掴んだ。何とか目を開いてルイスを見ようとし――目を疑う。ルイスは、そこにはいなかったのだ。
 ――逃げたのか?
 そうではなかった。次の瞬間、ミーシャは腕に激痛を覚え、身体を傾がせた。ぬかるんだ地面の上に倒れ込む。
「く……っ?」
 顔を叩く雨の量が、急に弱くなった気がする。否、気の所為ではない。確実に、降りは弱くなっていた。刻一刻と、顔に当たる雨の量が減っていく。
 腕をつき立ち上がろうとしたそこに、風を切る音がした。反射的に身を翻し、ミーシャは見た。飛来したのは、氷柱のような氷の刃だった。
「そらそら、避けぬと刺さるぞ!」
 二撃、三撃と襲うそれを、どれも辛うじて避ける。あんな勢いで刺さった日には、致命傷になりかねない。
 どういうことなんだ、これは。ルイスは天候士ではなかったのか。
 避けながら、ミーシャは自問した。要するに、彼は天候士だけではなかったのだ。魔法士ソーサラーの力も得ていたのだろう。だからこそ、村人は手を出しあぐねたのだ。
「そういう情報は……事前に欲しいっての!」
 辛うじて剣で跳ね飛ばした刹那、続いて襲った刃がミーシャを刺し貫いた。腹部に、氷の刃が突き刺さる。
 高笑いが聞こえた気がしたが、すぐさま中断された。地に倒れながらミーシャが見たのは、跳ね飛ばした氷の刃が、ルイスの頬を掠めた瞬間だった。
「ざま――」
 みろ、と続けたかったのだが、痛みがそうさせてはくれなかった。ばしゃん、と踏み出す音。
「……見たところ、さした魔力もないようではないか。こんな男が」
「あいにくだが」
 痛みを堪え、ミーシャは吐き出した。
「俺は異邦人フォーリナーだ。魔法なんて使えねぇよ……」
「異邦人だと?」
 ルイスがせせら笑った。
「なるほど、堕天者フォーリナーか。稀にいるとは聞いた」
 手が伸ばされる。ミーシャはそれを見ながら、避ける事ができない。
「堕天者は魔法を会得することが出来ぬと言うが……本当かどうか、調べてみたいものだ」
「無駄よ」
 ゆっくりと、ルイスが視線を転じる。
「おや……可愛らしいお姫様の登場だ」

 雨は、もう殆ど止んでいた。濡れた地面を不快に思いながらも、ミーシャは起き上がる事が出来ない。
「騎士を救うお姫様の図、かな?」
「いいから、ミーシャを放しなさいよ。そうしたら、命までは取らないから」
「面白いことを言う。お嬢ちゃんが、俺を殺す?」
「別に面白い話でもないわよ」
 アディが、愛想の欠片もなく言い放つ。
「力が上の者が勝つのは、道理でしょう?」
「違いない」
 ルイスは嗤った。
「では、とっととお嬢ちゃんを片づけて、いろいろと調べてみることにしよう」
「だから、無駄だって言ってるでしょ? 堕天者でも、魔法は使えるようになるわよ。何でも訓練と努力次第。もっとも、召喚魔法だけになるけどね」
「……物知りのお嬢ちゃんだ」
 鼻白んだように。
 ルイスは明らかに不快になっていた。突然現れた少女が、訳知り顔に話すのだ。面白くないとしても、当然かも知れない。
「さぁ、解ったらミーシャを放しなさい」
「さもなくば殺す、か? やってみるがいい」
 せせら笑うものを、アディは冷淡に見遣った。
「ああ、そう」
 ルイスが訝る表情を浮かべたのも、一瞬だった。不意に喉元を押さえ、蹲る。
「貴……様……っ」
「ミーシャ、無事?」
 そのままルイスを捨て置き、ミーシャの側に膝をつく。ミーシャは、内心酷く慌てた。
「汚れる……アディ」
「怪我人は、そんなこと気にするもんじゃないの」
 傷口を見て、ふむ、と頷く。
「すぐに治るわ。……痛くないから、大丈夫よ」
 そんな、子供でも諭すみたいに言わずとも。
 続いて酷く情けない気分になりながら、ミーシャはアディを見つめた。魔法を使ったのだろう。痛みはすぐに和らぐ。
「……悪い」
「謝ることじゃないわ。あたしも甘かったってこと」
 ミーシャは身を起こし、次いで蹲ったままのルイスを見遣った。
「あれは?」
「起きあがれやしないわよ。体内の水を著しく――」
 アディの言葉は半ばで否定された。ルイスは憤怒の形相で顔を上げ、よろめきながらも立ち上がったのだ。
「……寝てた方がいいのに」
「黙れ小娘! ……召喚士風情が、偉そうに」
「叫ぶと辛いわよー」
 その言葉通り、ルイスは激しく咳き込んだ。
「どうするつもりだ? アディ」
「放っておくわよ。運が良ければ生き延びるでしょ」
 そうか、とミーシャは立ち上がった。
「なら、戻るか」
「そうね」
「待てと言うに! このまま帰れると思うな!」
 氷の刃が飛来する。ミーシャが剣を抜こうとするのを、アディが制した。
「止まりなさい」
 ぴたり、と。音まで立てそうな勢いで、刃は止まった。そのまま地面に落ち、砕け溶けてなくなる。
「な……」
「あんたが天候士と魔法士を兼ねているように」
 アディは振り返り、面白くもなさそうに言い放った。
「あたしは召喚士と魔法士を兼ねているの。それだけの事よ」
 まさか、と。低く、ルイスは呻いた。
「そんな使い手は聞いたことがない! 伝説の魔女以外には!」
 ミーシャはアディを見下ろした。アディは、別段何の感銘も受けたようではなかった。
「その魔女は、何て名?」
 ルイスは酷く驚いた表情を見せた。ミーシャはアディを見たが、こちらは何の表情の変化もない。
「解ったら、大人しく寝ている事ね。……死にたくなければ」
 ルイスの目が血走る。その形相に、ミーシャは一瞬竦んだのだが、アディはやはり落ち着き払った様子で、淡々と見ているだけであった。
「小娘……」
「やる気なら、容赦しないわよ。ミーシャは大事な預かりもの。それを怪我させてくれたんだもの。相応のお礼は、しなくちゃないものねぇ」
 冷たい風が、ミーシャの頬を打った。否、それは風ではない。大気に含まれる水が動いたのだ。
「それで? やるの? やらないの?」
 ルイスはぎりぎりとアディを睨んでいたが、ややあって白目を剥いて倒れ、そのまま動かなかった。少なくとも、ミーシャが見ている間は、そのままだった。

「あーあ。結局俺は、いいところ無しか」
 麗らかな街道を歩きながら、ミーシャがぼやく。そうでもないわよ、とアディは笑った。
「結局、クラウンが溜まったじゃないの」
「そりゃ、そうだが……」
 いつもいつもアディに助けられてばかりでは、いつまで経っても被保護者の名は返上できないだろう。焦るつもりはないが、このままでいいとも思えない。
「それより、ひとつ訊いてもいいか」
「なに?」
「『伝説の魔女』って、何だ?」
 アディはミーシャを一瞥し、街道の先を見遣った。
「大した話じゃないわ。昔、そう呼ばれた女がいたってだけのことよ。二十年は前かしら」
「アディみたいに強かったのか?」
「……そうね」
 それ以上、アディが何も言わなかったから、ミーシャは尋ねるのをやめた。
「さて、次の村まではどのくらいあるかな」
 地図を広げながら、何処とはなく沈んだ調子のアディを見遣る。
 ミーシャは知らない。その『魔女』の名が、アデリシアというものであったこと。アディと同じ、金髪で紅い瞳を持つ者だったことを。
「夕方までに着いて頂戴ね。あたし、野宿は嫌よ」
 やっと元の調子に戻ったかな、と。
 ミーシャは知らず笑いながら、地図を広げて見せた。


2001.04.30 updata/2001.05.06 written by Hazuki K.

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