TOP > Site map > 傍観する詐欺師 > 幻想水滸伝2

ホットミルクの香り


 おつかれさま、と。
 初めて声をかけられたのは、いつだっただろう。
 別に疲れてないし、この程度で疲れると思われると心外だし、声をかけられたいわけでもなかった。
 他の連中と違って、自分は好きでここにいるんじゃない。そうしろと言われたからだ。どうせ、戦いが終わるまでのつき合い。馴れ合う必要なんて感じない。
 だから放っておいた。何を言われても、適当に流して。

 ――彼女からは、陽ざしの匂いがする。

「ねぇ」
 くるりと回って見せて。
「似合う?」
「何が」
「あー、気づかない? これこれ、リボン替えたの。どう?」
 リボンを替えて、どうしてくるくる回って見せる必要があるんだろう。
「前のと、何か違うのかい」
「違うんだってば。同じだったら、替えるコトないじゃない」
 それはまぁ、そうなんだろうけれど。
 桃色のそれは、確かに彼女の雰囲気にぴったりで。ただそれでも、前のと何が違うのか、僕には判らない。
「似合うんじゃないの?」
 適当に流すつもりの言葉。だけど。
「そう? ほんとにそう思う?」
 教えて欲しいのは、僕の方。
 どうして、そんな風に笑える?

「外に行こうよ。ずーっとここに立ってたって、暇でしょ?」
 ここの連中は変わった人間ばかりだけれど。
 それでも、僕に話しかけようなんていう変わり者は稀で。
 稀の中でも、特別に稀なのが僕を引っ張り回してくれる。煩くて何度も手を払うのに、それでも。
「待てってば」
 なぁに? なんて笑顔で振り返って。
 僕がどんなに怒っているか、苛立っているか、君はちっとも解ってない。
「僕は、つきあうなんて一言も言ってない」
「うん、聞いてないよ」
「だったら」
「だめ? わたしね、一度ルックと散歩してみたかったんだ」
 たったそれだけに付き合わされる、僕は一体何だ?
「散歩だったら、ライセと一緒にすればいいじゃないか」
 そう言ってみたけれど、全然動じない。
「だめだよ」
「何で」
「だって、ルックと一緒に歩いてみたかったんだもの」
 ……そんな風に、言われた事なんて無い。
「どうして」
「きっと、違って見えるよ。本拠地の中も、外も、全部。一人より二人だもん」
 振り解けなかったのは、慣れてない所為だと思った。言われ慣れていなくて、驚いただけ。
「ライセはね、足元ばっかり見てるの。だからかな、花が咲いたり草が芽吹いたりするの、よく見つける」
「ふぅん」
「わたしはね、空ばっかり見てるの。お天気の事なら任せてよ」
 ねぇ、と覗き込む目。
 空ばかり見ていた所為だろうか。まるで太陽を閉じこめたみたいに、きらきらしていた。
「ルックは歩く時、何処見てる?」
「……前以外を見てたら、転ぶだろ」
「そっか、そうだね」
 こんな言われ方をしたら、普通は腹を立てるものなのに。
 どうして。

 そうして君は、僕の毎日に浸食する。

 息を切らせ、壁に身を預ける。不調は戦いの前から感じていた。だからこそ、あいつが出ているのだと判った。ならば、自分が出るのが当然だと思った。
 戦いに軍は昂揚している。自分を気に止める人など無い。
 だが、それでいい、とルックは思った。こんな不様な所、好き好んで人に見られたいとは思わない。今はただ、一刻も早く内なる嵐が過ぎ去るのを待つだけ。
「ルック」
 舌打ちをしなかったのは、そうするだけの余裕が無かっただけの事。
 億劫に思いながらも振り返ったのは、そうしないと気づかれると思ったから。
「……大丈夫?」
「何が」
「具合、悪そうだったから」
 ――ほら。
 どうして君には、見透かされてしまうんだろう。
「別に」
「そう? ……まぁいいか。はい、これ」
 差し出されたのは、陶器のカップ。瞬き顔を上げると、彼女は日だまりの笑顔を見せた。
「ホットミルクなの。疲れが取れるよ」
「……飲めるのかい? それ」
「ひどいなぁ、温めただけだから大丈夫だよ。ライセもフリックさんも飲んだし」
 ライセはともかく、フリックが飲んだのなら身の危険はないだろう。
 それはそれで酷い事を思いながら、ルックはカップを受け取った。冷え切った指先が、じんわりと熱くなる。それだけで、全身の強張りが解けていく気がした。
「今夜は早く寝るのよ。きっと疲れてるんだから」
 軽い足取りで駆け去るのを見送ってから、そう言えば礼のひとつも言わなかったな、と思ってみる。
 まぁ、いい。それは明日の朝でも遅くない話だろう。
 温かな湯気を上げるカップに口をつけようとし、ルックはおもむろに噎せ返った。見た目は完璧に白いホットミルクからは、ひどい焦げた臭いがしていたのだ。何とか無理矢理にも飲んでみる。味は、ごく普通のミルクで。
 きっと、何度も温め直したのだろう。
 焦がしてはやり直し、やっと上手くいったのだろう。
 そう思ったら、ついつい、笑ってしまった。
「ありがとう」
 誰もいない廊下に、ぽつりと響く声。
 それは風に巻かれて、誰の耳にも届かなかった。


update:2002.02.12/written by Onino Misumi

Background:Studio Blue Moon

TOP < Site map < 傍観する詐欺師 < 幻想水滸伝2 > 一枝の宴
>>メール>>掲示板>>メール