TOP > Site map > 傍観する詐欺師 > 幻想水滸伝2

一枝の宴


「今時分、いいものが見られるんだ」
 そんな事を言い出したのは、当然ながらここに詳しいビクトールだった。
「昼間もいいが、夜が一番だな。どうだ、行かないか?」
 まさか軍の全部が繰り出すわけにもいかないが、気の合う数人だけで出かけるのを咎める必要もないだろうと、有り難くも軍師殿のOKが出たので、そのお祭りは敢行の運びとなった。

「はぁ?」
 だから、と継ごうとするのを遮って、彼は不機嫌甚だしく言い放った。
「どうして僕が、わざわざそんな所に足を運ばなきゃならないんだ?」
「ナナミが、ルックも誘おうって」
 端正な顔が、むっとした形に歪む。最近、何かと言えば連呼されるその名に、ルックは明らかな不快を覚えていた。それは、僕を動かす為の呪文か何かか?
「だから、行こうよ。お弁当とかお酒とか、持って行くし」
「……夜のピクニックかい?」
 こっくりと、年齢を十程差し引いた仕草で軍主が頷く。
「そんなものだって、ビクトールが言っていたよ」
 何か違うぞ、それ。
 思うルックだが、そうとつっこんだところで、この天然軍主に通用するとは思えない。どうしてやろうか、と思った矢先だった。
「あー、やっぱり駄々こねてる」
 とうとう来た、とライセは思い、そしてルックは、何で来たんだ、と思った。最強呪文・ナナミの御登場である。
「ねぇ、行こうよ。きっと楽しいよ?」
「だから僕は……」
「行こうよー。行くって言ってくれるまで、ずーっと騒いでるからねっ!」
「……わかった」
 陥落まで、ものの数秒。
 ルックの腕を取って御機嫌なナナミと、不機嫌極まりない顔で上着を取り上げているルック。「あの二人はデキてるぞ」なんていう軍内の噂を知っている軍主としては、これの何処がそうなんだろうと思わずにいられないところであった。
「ライセ、次に行くよー」
「あ、うん」

「……は?」
 目をぱちくりさせる彼など、非常に珍しいと言えただろう。
「だからね」
 と。とても律儀で正直者な軍主は、先刻と寸分違わぬ台詞を繰り返した。
「今日の夜、城の外に行かない?」
 彼は思った。この状況を見て、どうしてそんな台詞が出てくるのだろう、と。ここは軍師や将軍らが詰める場所で、現在はハイランドと戦う為の情報収集に忙殺されている。そういう状態なのに。
「……あの、ライセ殿」
「それがね」
 ライセは、至極マイペースのまま言葉を継ぐ。ぽかんとしている周囲の空気など、全くこれっぽっちも意に介していないのだ。もしかしたら、このくらい図太く(あるいは鈍く)ないと軍主なんてやっていられないのかも知れない。
「ビクトールが、ここからも二人くらい誘えって言うんだ」
 元・傭兵砦の猛者を思い浮かべ、彼は軽い頭痛を覚えた。その陽気さで傭兵連中を引っ張ってきた人だ。ビクトールにしてみればごく当たり前の発想だったのだろうが、今はそんな悠長な事を言っている場合では無い、筈。
「それにね、シュウさんも行っていいって」
「ほぅ」
 とは、後ろに居た某将軍の声で。
「つまりは適当に息を抜けと言う事でしょうな」
 うん、と軍主は頷く。
「だから、行かない?」
「私は――」
「良いのではないか?」
 その声に、思わず背筋が伸びた。軍主が振り返り、結果として開けた視界に父の姿が入ってくる。
「後は私が見よう。もう、何日も外の空気を吸ってはいまい」
「父上」
 反論するべく呼びかけた声は、あっさりと受け流されてしまった。
「リドリー将軍、悪いが息子のお守りを頼めますか」
 そういう事でしたら、とかの将軍が席を立つと、軍主がほんわりと笑顔になった。
「じゃあ、ここからはリドリー将軍とクラウスの二人だね。ぼく、ビクトールに話しておくよ」
「かたじけない、ライセ殿」
 ううん、と首を振って、軍主は参加メンバーを指折り数える。クラウスは軽く息を止め、勢いを付けて吐き出した。

 よく引っ張り出せたなぁ、などと。
 殊更に暢気に言われ、その「引っ張り出された」面々は、それぞれに渋面を浮かべていた。
 結局、ライセ曰く『夜のピクニック』に参加したメンバーは、発起人のビクトールに、付き合わされたフリック、ライセ、ナナミ、レキ、ニナ、ルック、それにクラウスとリドリー(参加決定順)という取り合わせだった。
「思ったより少ないですな」
「まぁな、何せ急な事だし時間も時間だ。多すぎるよりはいいかも知れんさ」
 ビクトールが案内したそこは、城から徒歩で二、三十分という所だった。湖から渡る風が、少しばかり肌寒い。
「ほら、あそこだ」
 指さす先を見て、誰ともなく声が洩れた。崖の上から生えていたのは一本の樹。それも、今が盛りと咲き誇る花樹だった。月明かりの下、ほのかに光ってさえ見えるそれは、白い小さな花が枝々を埋めていた。根は岩を這い、ひとところ開けたそこに、その花に群れた枝を屋根のように張り出している。
「すごーい……ビクトールさん、あれ、何て花?」
「さぁなぁ。ここに、昔っから生えてる木らしい」
 昔から? と疑問を呈したのはクラウスだった。その割には、これと同種の樹木が見あたらない。
「ああ。ずーっと昔、奇特な職人が創った種類なんだとさ。盛りのまま、すぐに散っちまう。接ぎ木でしか増えないが、それだって簡単には根付かないんだと」
「何だか勿体ない話ね。あんなに綺麗なのに」
 とは、ニナ。
「いや、ある意味、潔いと言える」
 そう評したのはリドリー。
「武人としては、そうありたいものですな。散る時は潔く」
 そうですね、と応じたのはクラウスだけで。
「見に来る甲斐くらい、ある花だろう?」
「うんっ!」
 その様を見て、フリックが軽い苦笑を浮かべた。
「花なんて解るのか?」
「解ったから連れて来たんだろうが」
 いい加減にしなよ、と割り込んだのは、某国の英雄。
「せっかくだから始めよう。ビクトールにしては洒落た趣向だけれども」
 一言余計だ、と言いながら持って来た荷物が広げられ、ほんのささやかだけれども、宴が催されたのだった。

 ねぇ、と。
 その呼びかけに、ルックは顔を上げた。ついさっきまで輪に交じっていたナナミが、小首を傾げて自分を見下ろしている。
「一人で居て、寂しくない?」
「別に。来たくて来たんじゃないし、酒が飲めればいいよ」
 空気が、しゅんと沈んだ。無理に連れて来ていて何を、とルックは思わずにいられない。そもそも楽しむつもりではなかったのだ。ある意味で初志貫徹。言葉を換えて首尾一貫。
「……隣、いい?」
「好きにすれば」
「うん」
 ちょこんと隣に腰を下ろす。ルックはちらりとナナミを見、すぐさま宴の直中へと視線を戻した。たったあれだけの人数なのに盛り上がれるらしく、車座になっているそこは、とても賑やかに見えた。闇と静寂の中そこだけが切り取ったように明るく見えるのは、点した灯りの所為ばかりではないだろう。
「……ね」
 躊躇いがちの呼びかけに、ルックはそちらを見もせず応じた。
「なに」
「迷惑、だった?」
 らしくない声に視線を向ければ、常の彼女らしくなく小さくなっているわけで。
 何でそうなるかなぁ、と思う。本当に嫌だったら、一緒に来たりなどしない。そこまで寛容な自分ではない事を、彼女はとうに知っていると思っていたのに。
 ま、仕方ないか。あのライセの、義理とは言え姉なんだから。
「……別に」
「ほんと? ほんとに、怒ってない?」
「どうして怒る必要が?」
 それまで沈んでいたのは何だったのやら。ぱっと笑顔になって、ナナミは良かった、と言う。ルックは、そっと気づかれぬようにため息を吐いた。
 そうやって笑顔を振りまくのは狡い。非常に狡い。だったらこんな面倒にもつきあってやろうかと、そんな気になってしまうじゃないか。
「どうしたの?」
「別に」
 首を傾げたナナミは、あ、と両手を打った。
「ね、あの花、少しだけ持って帰れないかな」
「え?」
「だって、あんなに綺麗なんだもの。持って帰って、みんなにも見せようよ。ね、ね?」
 ちょっと待て、と何とはなしに背筋が冷えた。いくら灯りを点しているとは言え、あの樹まで満足に届いているとは言い難い。加えて、岩肌に張り出したあの樹を登るのは、昼日中でも困難を極めるだろう。そそっかしいナナミが、無事に成し遂げられるとは到底思えない。
「……やめた方がいいよ」
「あー。今、出来ないって決めつけたでしょうっ!」
 憤然とする彼女を見、さすがにしまったと思ったが、もう遅かった。
「いいもん、ルックには頼まないから。わたし一人で取ってくる」
 ――結果としてどうなったかと言えば。

「気が乗らないようですな」
 はっと、クラウスは顔を上げた。
 よくもまぁこれだけの人数で盛り上がれると呆れる程に、そこは賑やかに過ぎていた。そんな中で、コボルトの将軍が自分を見つめている。
「いえ……」
「連日でしたからな。疲れてもいるのでしょうが」
 コボルトの表情は判りづらいが、それでも、彼が笑いかけているのは判った。
「遊んでいてもいいのかと、そう思われるのも無理はない」
 その言葉に、どきりとした。実際、そう思っていたから。こんな事をしていていい筈がないと、道々何度も思ったから。だが、これは軍師が認めた事、軍主が決めた事。誰より父が是とした事。自分が否とは言えない。
「実際」
 そう先立たせ、リドリーは一度、手にしていた杯に口をつけた。そう言えばあまり減っていないなと、ぼんやり思う。
「我々は王国を追いつめている。だが、追いつめているだけに過ぎない。決定的な痛手を与えたわけではない」
 賑やかさは人一人分の隣にあるにも関わらず、ここがまるで、切り取られたように感じられた。将軍の声が、いやにはっきりと響いてくる。
「それは王国に属していた貴公達が、誰より感じている事でしょう。まだだ、こんなものではない、と」
 リドリーは杯を傾けた。干されたそこにひとひらの花弁が舞い込み、ぴたりと貼り付く。
「それでも」
 何とはなしにその花弁を見てから、クラウスは視線を上げた。リドリーは何かを、ひたと見据えている。自然にそれを追い、クラウスはもう一度、リドリーの面を見た。眩しそうに細められた瞳。
「きっと勝てるでしょう、ライセ殿がいる限りは。そう思わせる何かがライセ殿にはある。コボルトもウイングホードも、貴方達人間も。全部を引き込んでしまったのですからな。それこそが、もしかしたら時代の流れというものなのかも知れない」
「時代の、流れ」
 ふと思いついたように、リドリーが酒瓶を手にする。気がつき、クラウスは自分の杯を差し出した。
「だが、まだまだ未熟。そうであって然るべき歳。その未熟さを支える事こそが、我々に課せられた使命やも知れぬなら」
 満たされた酒杯に、微か、月影が映り込んだ。
「倒れるわけにはいかぬ」
 杯の中に、細波が揺れた。
「張りつめた糸は脆いもの。クラウス殿、そうではありませぬか?」
 ああ、そうなのかも知れない。
 揺れる酒杯を見つめながら、そうクラウスは思った。そうかも知れない。自分達は転向者。最初に盾となるべき者。そんな風に思って、倒れても構わない覚悟でいたような気がする。支えている者達が倒れたら彼がどうなるのかなど、考えもしなかった気が。
「ライセ殿が創る新しい国は、どんな国になるんでしょうな」
 そう笑って、リドリーは杯に口を付け、それが干されているのに思い至ったらしく、少しだけばつの悪そうな顔をした……ような気がした。
「どうぞ」
 差し出された杯と瓶の口が触れる、その細い細い音が、耳に涼しく響いた。

 その直後、だった。
「きっ……ゃぁぁあああっ!」
 ごろごろごろごろ、どすん、と。
 輪の直中に転がり込んだそれは、クラウスとリドリーを薙ぎ倒す格好で止まった。
「いったたたた……」
「……リドリーさん、大丈夫?」
「クラウス、生きてるか?」
「ってか、その前に……」
 ふるふると頭を振って起き上がるそれに、レキが歩み寄り、しゃがんだ。
「何してたんだい? ルック」
 ぎろりと睨み上げたたものの、痛みなのかそれ以外の何かなのか、迫力が今一つのルックである。
「別にやましい事は、何一つしてないよ」
「そうか。『出来なかった』の間違いじゃないんだね?」
 どうしてそうなる、と言いかけ、ルックはすぐさま腕を解いた。そこで、きゅ〜っとばかりに目を回しているのは、軍主の姉君。
「……ナナミ、大丈夫?」
 これでは先刻と名前が入れ替わっただけである。覗き込む弟に、ナナミはへーきへーきと手を振って見せた。
「それより、ルックは大丈夫?」
「……何とかね。そっちは?」
「あ、無事みたい」
 にっこりして、ナナミは持っていた枝を差し出した。
「お土産。みんなにも見せてあげようよ、ね?」
 呆れたようにため息をついたのは、フリックで。
「この中を取りに行ったのか? 無茶をする」
「でもでも、みんなにも見せたかったんだもん」
「それでつきあったのかい? 君にしては随分な大安売りをしたものだね」
「……黙れ」
「ほぅ……白い花かと思ったが、薄い紅色だったようですな」
「あ、本当だ」
「……思ったより小さい花なのね。もうちょっと大きいかと思った」
「寄り集まってこその美しさなのかも知れません」
「そうそう。一輪一輪は結構ちっぽけなもんなのさ、こいつは」
 口々に言い合って。一枝の戦利品を肴に、宴はもう少しばかり続いたのだった。

 これは? と。
 問う父に、クラウスは笑いかけていた。その枝のもたらされた経緯を思うと、顔が緩んでくる自分がいる。
「ビクトール殿は、それを見せたかったのだそうです。ひ弱な花ですが、集まって咲く様は見事でしたよ」
 ほぅ、と感心した風に言うのを見、言葉が自然と口をついて出た。
「父上も、見に行きませんか」
「そんなにも、美しかったのか」
「はい」
 既に随分と散っていたように思う。出来れば、父にもあの花を見せたいと思った。あの花の下で思った事を、話してみたい。
「リドリー将軍が言っていました。潔い散り方をする花だと。武人として、斯くありたいと」
「そうか……悪くはないな」
 たとえ散っていたとしても、次の春には同じ花を見られるだろう。そうであるのなら、また次の春に、行って見てもいい。
「私が、ご案内します」

 擦りむいた肘が、鈍い痛みを訴えていた。赤く滲むそれを見て、大きな瞳を潤ませている人がいる。
「……痛い?」
「そりゃ、痛くなかったら死んでるよ」
 うう、と言葉を詰まらせる。少し意地悪が過ぎただろうかと、淡い後悔が浮かんで消えた。
「……いつか」
「え? なぁに?」
「また、行こうか。今度は……二人で」
 その意味を、彼女は解ってくれただろうか。くれたと、ルックは思った。
「うん!」

 その花は、次の日には散ってしまっていたと言うけれど。
 次の年には、また。


update:2002.04.18/written by Onino Misumi

Background:Studio Blue Moon

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