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影踏み


 どうも、奇妙に思える事がある。

 いきなり、後ろ頭に衝撃を受けた。振り返り、それがウイングホードに蹴られたのだと知った。
 俄に反応出来ずにいると
「なんでぇ、鈍いでやんの」
 いきなり蹴られた上に、何故そんな言われ様をされなければならないのか。呆気にとられているうちに加害者は姿を消してしまう。そんな事が、再三。

「あ、ボリスさん。今日もいいお天気ですね」
 気さくに話しかけられるのは、何も、一人に限った事ではなかった。
「散歩ですか」
「ええ。ほら、犬の散歩は大事でしょう」
 ではまた、と。
 一度二度と顔を合わせるうちに気がついた。この人は「犬の散歩をしている自分」を、見せようとしているのだと。

 どうにも、奇妙なのだ。

「お疲れ様っ」
 どん、とばかり目の前に置かれたのは、皿。パイの載った皿だった。
 ライセ殿の姉君だった。元気の良い娘さん。面倒見も良さそうであったが、自分に気を遣う理由が解らない。
「ありがとうございます」
「お礼はいいから、食べて食べて。こんな遅くまで働いてると、お腹空くでしょう?」
 ほっくりと温かいパイは、どう見ても作りたて。こんな時間に、とは、むしろこっちの言う事だった。
「おいしい?」
「ああ、はい。美味しいですよ」
 そう? と笑った眦に涙があるのに気がついた。
「あのね」
 ころりと落ちた涙がエプロンに染みる。付いていた煤が、少し滲んだ。
「そのパイ、リドリーさんも好きだったんだよ」
 父が?
「息子にね、食べさせてあげたいって」

 日だまりの中、ライセ殿がベンチを叩く。首を傾げれば、もう一度。自分の隣をぱたぱたと叩いている。どうやら、座れ、という事のようだ。
「……どうも」
 ううん、と首を振って、空を仰ぐ。天気が良くて、そこはとても暖かく、気持ちが良かった。
 何か尋ねられるのだろうか。そう思って待ってみても、ライセ殿は何も言わない。ただ空を見ている。
「何か?」
 尋ねてみても、ライセ殿は笑顔を浮かべるばかり。どうしたら良いか迷っていると
「気持ちいいよね」
 と、一言だけ返された。頷くと、満足げに空を見上げ直す。……何だろう。
 やっぱりここは奇妙だ。そう思わずにいられない。筆頭がライセ殿だろう。何を考えているのか、どうも掴めない。
 父は、ここでどんな風に過ごしていたのだろう。どんな風に兵を率い、どんな風にこの少年と語らったのだろう。
「よくね」
 ぽつりと。
「リドリー将軍と、ここで話した」
 ライセ殿は、空を見上げたまま。
「父と、ですか」
「うん」
 嬉しそうに笑うそこに、姉君の涙と同じ、翳りがあった。
「リドリー将軍は、みんなをよく見てたから。たくさん教えて貰った」
 何をどう話したかまでは、ライセ殿は話さなかったけれど、何となく判った気がした。
 それは例えば、犬の飼い方とか。
 ウイングホードと話した事だとか。
 姉君の料理の事とか。
 きっと、そんな他愛のない事。

 父と離れて何年になるだろう。旅に出て見聞を広めると、そう誓って別れてから、どれだけ経っただろう。
 訃報を貰ってから駆けつけたのだ。生きている父に会えるわけがなかった。言いたかった事、聞きたかった事、全部が届かないままに消えた。
 その筈だった。

 それは犬の飼い方を記した、些細な紙片だったり。
 自分を蹴る足の、ささやかな期待だったり。
 小さな皿に盛られた、夜食のパイであったり。
 日だまりに用意された、二人がけのベンチだったり。
 ――父の、においがする。

 あの人は父に何を言われたのか、どんな話をしたのか、訊いてみよう。
 今度、背中越しに殺気を感じたら、避けてみよう。
 それから、それから。

 父が置いていった、日だまりの影。一歩踏み出して、それを踏む。まるで影踏み。
 それが、だんだんと楽しみに感じる自分がいる。


update:2005.04.30/2003.06.15 written by Onino Misumi

Background:Studio Blue Moon

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