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手を伸ばして、繋ごう。


 それは、メルギトスとの戦いを前にした、小休止とも言える日だった。デグレアの将二人は揃って剣を預けると誓ってくれ、後は派閥の返事を待つばかり。麗らかな天気も手伝い、緊張した情勢であるのを忘れそうになる。
 そんな中で、今日も今日とて兄弟子殿は、一言の元に断じてくれていた。
「君はバカか? 緊迫した情勢は変わりないのに、どうしてそう暢気でいられるんだ」
「そうは言うけど」
 妹弟子は口ごもる。この雲行きの悪さとは対照的な、現実の空の青さが何とはなしに恨めしい。
 場所は、食堂に面したテラス。「お天気がいいから」と、この屋敷の女主人が外でも食事を出来るよう、用意していたのだ。いくつか小さいテーブルがが点在し、めいめいに着席している。
 誰か助け船を出してはくれないだろうか。
 ちらりとだけ、トリスは周囲の様子を窺った。この会話が聞こえていない筈がないのだが、誰もこちらを気に留めた様子はない。『聞こえて』はいても、『聴いて』はいないのかも知れなかった。
 意を決し、抗弁を試みる。顔を上げると、鋭い視線が自分を射ており、決した心が挫けそうになった。数千の敵よりひとりの兄弟子、である。
「張りつめていたって、疲れるばっかりでしょ? そんなんじゃ、決戦の時に戦えないわ。息抜きだって必要よ」
「君は何かしているより、息抜きの方が多いだろう」
「うっ。それはぁ……」
「反論があったら聞こうか。もっとも、できるならの話だが」
「むぅ……」
「解ったら、装備の確認をしてくるんだ。それから召喚術の復習をして、万一にも失敗の無いように備えておく。いいな」
 トリスが膨れる。いつもの事なので、誰も止めるどころか、いっそ微笑ましい気持ちで(内心)見守っていたのだが。
「ネスの意地悪。昨夜はあんなに優しくしてくれたのに」
 瞬間、様々な物音が立った。カップの割れる音、食器を取り落とす音、椅子から落ちる音。口笛を吹いた人も、いたりなんかして。
「君はバカか? どうしてそんな幼稚な反論しか出てこないんだ」
 対照的に、ネスティは動じる様子がない。
「だって、ネスがあんまり違うから」
「僕はいたって変わりない。それは君の主観だ」
「そんなことない」
「優しいかそうでないかは主観の話だろう」
 ――いや、それ以前に……『昨夜』に一体何が!?
 周囲の空気は、妙な方向にずれた。
「主観も客観も関係ない」
「大ありだ。大体、君はいつも感情で物を言っている。もう少し冷静になったって罰は当たらないぞ」
「そんな強く言う事、ないじゃない」
「君には、強いくらいで丁度いいだろう」
「そ、そんなことない」
 だんだんと、トリスの返答には張りが無くなってきていた。まずい、と思った者が、どのくらいいたものか。
「あたしだって、考えてる。考えて行動してるわよ……」
「……トリス?」
「何よ、ネスのバカ! 人の気も知らないで!」
 トリスは椅子を蹴倒さんばかりに立ち上がると、捨て台詞ひとつで駆け去った。後に残されたネスティはと言えば、一瞬、視線でその背を追っただけ。ひとつ息を吐き、中断させられていた食事を再開させる。何とも言い難い空気が、辺りに漂った。

「少し言い過ぎじゃないのか」
 そう言ったのは、怖いもの知らずの新参者だった。
「何の話だ」
「いくら君が兄弟子でも、言い過ぎではないかと言ったんだ」
 よせ、と低く止めたのは、その主君。
「ですがルヴァイド様」
「他人に口を出されたくない事もあるだろう」
「ですが……」
「彼は今までそうしてきたのだろう。違うか」
 それはイオスに対してではなく、どう聞いてもネスティに向けられたものだった。
「今までがそれで良かったからと言って、これからもそれで良いとは限らないのではありませんか」
「お前の言う事は正しい。だが、それは外から口を出す事ではない」
 ですがと言いさして。けれども、イオスはそれ以上を継げなかった。本当は、ルヴァイドの方が余程言いたい事があるだろうに、何故そうしないのだろうと訝る。
「そうだな」
 そう言ったのはリューグ。ただし、その同意はイオスに対してではなく。
「来て二、三日の奴が口出す事じゃねぇよ」
「なんだと」
 うららかな陽射しの下、不似合いな冷たい空気が流れる。
「リューグ」
「黙ってろ、バカ兄貴」
 言い置いて、リューグはイオスに向き直る。
「いいか。トリスの良さは上っ面だけじゃ解んねぇんだよ。それを、知った風に説教するんじゃねぇ」
 しかし、この「黙ってろ」と言われた兄が、ちっとも黙ってはいなかった。イオスが反論するよりも先に、
「へぇ。じゃあリューグ、お前はトリスの良さが解っているんだね」
「そりゃ……って、何言わせる気だ、バカ兄貴!」
「そうか、リューグはトリスが好きだったんだね。早めにそう言ってくれれば、いくらでも協力したのに」
「なっ……」
 髪に劣らず顔を真っ赤にしたリューグ。にこやかなロッカ。対処に迷っているイオス。周囲は無責任にも、成り行きを見守る方向で一致している。その中で、先刻まで渦中の人だったネスティが「一切関知せず」の姿勢を貫いているのが、いっそ怖い。
「ネ、ネスティさん、おかわりはいかがですか?」
 恐る恐る問いかけたレシィに、ネスティは短く「いや」と応じただけで席を立つ。
「おぅ。済んだんなら、こっちつきあえよ」
 フォルテが軽く手招く。同席はシャムロックだ。ネスティは断る風だったが、フォルテが椅子を引いたので仕方なくそこに座った。
 テーブルの上には、まだ所狭しと料理が並んでいる。
「アメルとレシィが料理上手で助かったよ。野菜の皮も剥けないような誰かさんと一緒だと、まー食生活が貧相で」
 フォルテさま、とシャムロックが窘めるように言う。事実だろ、とフォルテは皿の料理をつつく。うそ寒そうに周囲を見るのを、忘れずに付け足して。
「……何も用が無いのなら、失礼するが」
「まぁ待てって。せっかちな奴だな」
 ほら、とフォルテは適当な皿をネスティの前に置いたが、ネスティは食事を済ませた上に味覚が一般的ではないので、一瞥しただけに止まる。
「じゃ、単刀直入にな」
 ある程度の予想はしていたのだろう。フォルテは気にする様子を見せず、早速口火を切った。
「あんまりトリスを苛めるなよ。戦いの前でカリカリしてんのも解るが、それはお前さんだけじゃないんだぜ?」
 反射的に反論しようとしたネスティを制し、フォルテはもう一言、転がした。
「各方面への影響ってのが、甚大なんだからよ」
「各方面?」
 意味を酌みかねるネスティに笑いかけてから、フォルテは行儀悪くフォークでシャムロックを指した。
「こいつなんかさっきから、追って行きたくてうずうずしてるんだ」
「フォルテさま!」
 ネスティはひとつ瞬き、シャムロックを見た。確かにこの騎士は、平素からトリスと仲が良い(と言うか、トリスと仲の悪い人物など、ネスティは全く思い当たらない)。だがしかし、眼前で真っ赤になっている彼は、単に「仲が良い」では済まされないもののような……?
「さっさとしねーと、宥め役どころかフォローのきっかけまで取られるぞ」
「何を」
 続けようとして、ネスティは「それ」と示された方を見た。先刻に引き続いて、ロッカとリューグは何やら言い合いを繰り広げており、その傍らでイオスが途方に暮れている。そこから数歩離れた席では、ルヴァイドが我関せずの体で、だが確実にスピードを上げて食事を平らげにかかっていた。
「全員が全員とは言わないがな。ぼーっとしてると、横からかっさらわれても知らねーぞ?」
「……あんな粗忽者を気に入るような――」
「物好きが世の中には、結構いるみたいだな?」
 シャムロックは
「トリスさんは粗忽なんかじゃありませんよ」
 と、ややずれた反応を返したが、ここまで来ればネスティにも充分だ。にやにやしているフォルテは面憎いが、どうやらそうも言っていられない事態らしい。
 無言で席を立つ。そのまま去ろうとするネスティに、そう言や、とフォルテは問うた。
「昨夜って、何があったんだ?」
 別に、と前置いて、ネスティはさらりと言った。
「一緒に寝ただけだが」
 瞬間冷凍した空気の中、軽く首を傾げた彼は、訝りながらも食堂を出た。さしあたって、妹弟子を宥める事が彼の急務であったから。

 部屋にも二階にも庭園にも姿が見えず、ネスティはため息をついた。さて、何処へ行ってしまったのやら。いっそ戻った方が、行き違いにならないかも知れない。
 ふと。
 赤い暖簾が目に入る。ああ、と思った。あれは確か、シオンの屋台。昨夜の後片付けでもしているのだろうか。……だが、どうやら客がいるような。
「――から、つい」
 あ、と足が止まる。この声は。
「朝ご飯を食べ損ねた、というわけですね」
「そうなんです」
 ずるずると蕎麦を啜る音を先立たせ、そう応じる。その声は、聞き間違えようのないもの。
「大体、ネスもネスなんです。あたしの顔を見れば小言ばっかり。最近は丸くなったかなって、そう思ったのに」
 丸くって何だ、丸くって。
 ……確かに、以前は彼女に辛く当たった。苛立ちをぶつけた事もある。今はそうしていないのも事実だ。だがそれは、決して甘やかしているのではなく――。
「戦いの前で、ネスティさんも高ぶっているんでしょう。トリスさん、貴女ももね」
「あたしがですか?」
「お腹が空いていて、気が立っていたんでしょう?」
「酷いなぁ、大将」
 あはは、と笑いが続く。それが急速にしぼんで、「でも」と呟きに変わった。
「昨夜、本当に久しぶりに……ネスが優しくて。あたし、調子に乗り過ぎちゃったのかも知れません」
「と言うと?」
「昨夜、ネスティが一緒に寝てくれたんです。小さい頃、本当にどうしようもない時だけ、そんな風に優しくしてくれて。昔に戻ったみたいで、あたし嬉しくて……嬉しくて」
「ネスティさんがどう思うかまで、考えなかった?」
 短い沈黙。
「もしかしたら、うんと迷惑だったかも知れないですよね」
 ……そんな事、無かった。
 自分も懐かしかった。自分も嬉しかった。同じ様に、不安を抱いていたから。懐かしいぬくもり、安心できる鼓動。そんなものは生涯得られないと思っていた、あの頃。それが腕の中にある事が、当時の自分にとって、どれだけの歓びだったか! 溺れてしまいそうな自分を、同じ桎梏に繋ぎたいという自分を抑えるのは、容易ではなかった。よく覚えている。
 だから昨夜は、行幸と言っても良かったのだ。もしもトリスが来なかったなら、自分は眠れなかったかも知れなかったから。桎梏への欲求は感じなかった。ただ純粋に傍にいるだけで良かった。心から、安らいだ。
 どうしてそれが、伝わらないのだろう。
「そうですね」
 そのシオンの声に、ネスティははっとした。
「やっぱり、シオンの大将でも迷惑だと思います?」
「そんな事は。ですがトリスさん、貴女は言葉で確かめてみましたか?」
「言葉?」
「ええ、言葉です。貴女がどうして息抜きを必要と思ったのか、誰の為なのか、それをネスティさんに言いましたか?」
「言えるわけが……」
「ほら、それがいけません」
 笑いを含んだ声が遮る。トリスは、むぅ、と黙り込んだ。
「伝えようと思わないと、伝わるものも伝わりませんよ。こんな些細な事で擦れ違って、そのままで良いのならば別ですが」
 それは自分自身にも言える事だ、とネスティは思った。傍にいるのが当たり前で、慣れて、昨夜みたいに甘えられるとまた余裕を感じて、言葉で伝える手間を惜しむ。
 自分も不安だったんだ、と。その一言で、良かった筈なのに。
「もっとも、トリスさんの予想通り、ネスティさんが迷惑がっていたという事も、ありえますが」
「むぅ……決心が揺らぐじゃないですか」
 笑ってから、シオンは静かに言う。
「貴女が思っている事を、ありのままに伝えればいいんですよ。本当にどうしようもなくなったら、またいらっしゃい。特盛りでご馳走しましょう」
「……うん」
「さて。アメルさんとレシィさんに、醤油をお譲りする約束でしてね。お願いできますか?」
「あ、はい」
「ちょっと量が多いですが、大丈夫ですね。ネスティさんもいらっしゃいますから」

 二人は並んで歩いていた。どちらも何も言わない。時折、袋の中で触れ合う瓶が、澄んだ音を立てるくらいだ。
 トリスは、ネスティがいる事に酷く驚いたようだったが「探したぞ」と言うと、黙り込んでしまった。ネスティ自身は、この沈黙を気まずいとは思わなかったが、トリスの方はどうだっただろうか。
 言うべきは自分だろうか。隣を歩く気配を感じながら、そう自問してみる。この場合、口を開くべきは自分だろうか。
 言葉にするのは、動作としては酷く簡単で、そして気持ちとしては酷く難しい。自分達の距離が微妙だから、尚更。
 兄妹弟子で、同じ罪を背負う同士で、共に戦う仲間で……誰よりも近い「他人」。言わなくても通じて、言わなければ通じない。手を伸ばせば届いて、けれど伸ばさなければ届かない、微妙な距離。
 それを縮めたいのか広げたいのか、今の自分は判らないけれど。
「トリス」
 がちゃん、と瓶が鳴る。
「なっ、なに?」
 その様が、何だかおかしくて――愛しくて。そう、きっとこういう気持ちを『愛おしい』というのだろう。
「……早く来い。みんな心配してるぞ」
 差し出した右手と、それを取る左手。今の自分達には、多分、こういうのが一番似つかわしい。

「あ、戻ってきた」
 窓際に鈴なりで、皆が二人を見守る。二人の間にある空気は、別段いつもと変わったようには見えない。
「レシィ、確かに昨夜、トリスは部屋に居なかったんでしょう?」
「た、確かじゃないですけど……朝起きたら、いらっしゃらなかったのは確かです」
「俺様が見るに、ありゃあ何も無かったんじゃないのか?」
「同感。あれはオトコとオンナの雰囲気じゃーねーな」
「フォルテ!」
「うぐぉっ!」
「……でもさ、一緒に寝たってネスティは言ってたんだろう?」
「はっ、大方、寝ただけだったんだろうさ」
「『だけ』って……」
「はぁ、ネスティさんならありえそうで、笑えませんねぇ」
「いくら彼でもそれは……」
「あのね、ネスティだからこそありえるのよ」
「後で聞き出さなきゃいけませんね♪」
「アメルさん……どうしてそんなに楽しそうなんですか」
「ねー、みんなで何の話?」
「……君にはまだ早いと思うよ」
 口々に好き勝手を言う中に、ただいまー、の声が響く。いつもの明るい声に、一同は思うのだ。
 あの男は何にも言わなかったんだろうけど。
 どうしてああも、彼女を機嫌良くさせられるんだろう。


update:2002.02.04/written by Onino Misumi

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