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アイコトバ。


「あの花をね、あたしの世界では『桜』って言うのよ」
 そんな事を話したら、キールはナツミの世界に興味を持ったようだった。違う世界に同じ物があり別な名を持っているというのは、ある意味、非常に興味深い事でもある。それを、この知識欲旺盛な少年は、つぶさに捉えてしまったのだ。
 まぁ、いいか。
 ナツミはそう思う。閉じこもられたりするより、ずっといいだろう。それに、自分はこの少年召喚師と、少し話がしてみたかった。いい機会だ。

 そんなこんなで、ふたりは繁く言葉を交わすようになった。もっとも、内容は非常に散文的だったのだが。

「そう言えば、ラミに字を教えて貰ったんだって?」
「ああ、うん。読めるけど書けないって、あとあと不便かと思って。せめて自分の名前くらい、書けるようになりたいじゃない?」
 そうだな、と。低く応える彼は、何だか少し不機嫌そうに見えた。そう思ってから、あれ、と思う。キールは、そんな表情の出る方では無いのに。一緒にいる間に、いつの間にか判るようになっていたのだろうか。
「じゃあ、書いて見せてくれるかい?」
「え?」
「書けるようになったんじゃないのか?」
「……多分、書けると思うけど」
 何処から出したのやら、キールはペンと紙を差し出す。屋根の上、しかも適当な台が無いのだ。かなり書き辛くはあったが、どうにか書き終える。それを見たキールは、さらりと訂正を入れた。
「こうだよ」
 けれども、何処がどう違うのか、ナツミにはよく解らなかった。ラミの書いたあのたどたどしい文字と、眼前のキールの筆が、明らかに違うという事以外には。
「もしかしてキール、字が上手?」
「どうして君は、そういうどうでもいい事ばかり……」
 言って、キールはふと、思いついたような表情になった。
「君の国の文字で『ナツミ』はどう書く?」
 え? と首を傾げて。ナツミはそのまま書き付けようとし、思いとどまって尋ねた。
「三種類あるのよ」
「三種類?」
「そう。漢字と平仮名と、片仮名。どれがいい?」
 どれ、と言われても、キールが判断できる筈がない。一番簡単なもの、と答えたキールに、ナツミは片仮名で自分の名を書いて見せた。継いで、もうひとつの名を書き付ける。
「これが『ナツミ』で、こっちが『キール』よ。ね、結構簡単でしょ」
 ナツミの書いた紙を見つめ、キールは口の中で、二つの名を転がすように唱えた。そうしてからナツミを見る。
「もしかして、あんまり字が得意ではなかったり?」
「失礼ね」
 けれど、言葉ほど怒った訳でもなく。小さく笑って、それで終わりにしてしまう。
「ねぇ、これって暗号に使えないかな。オプテュスとの戦いに備えて」
「……何処に暗号をやりとりする必要があるんだい?」
「うーん、それもそうか」
 でも覚えたら、秘密の手紙のやりとりだって出来るじゃない? と。
 笑って言って見せると、キールは少し、呆れたような顔をした。
「秘密の手紙って……」
「たとえば……ね、こんな風に書いたら、キールには読めないでしょ?」
 膝の上で、字を綴る。キールは二度瞬いて、その紙を見つめた。
「同じ様に、この世界の人達は日本語――あたしの国の言葉なんて知らないでしょ。大っぴらに秘密のやりとりが出来るじゃない」
「だから僕は、その必要が何処にあるのかと訊いているんだが」
「面白いだけじゃ、だめかなぁ」
 ただ『面白い』というだけで異界の文字を覚えさせられるなら、それはフラットの面々にとって人災以外の何だろう。
「面白いと思うんだけどなぁ」
「……相談して決めるんだね」
 はぁい、と伸びをしながら。ひらりと落ちた紙を、キールが拾い上げた。

 それから、しばらく経って。
「キールっ!」
 ドアを蹴破る勢いで、ナツミが踏み込んだ。迎える側は、至極落ち着いたもの。
「どうしたんだい? ナツミ」
「どーしたもこーしたもないわよっ! これ!」
 ぎっちりと拳に握り込まれたのは、小さな紙片。
「どうしてこんなもの、ラミちゃんに預けたのよ!」
「どうしてって?」
「だって……」
 言い淀む彼女に、彼はにこりと笑いかける。
「秘密のやりとり、してみたいって言ってただろう?」
「う、そ、それはそうだけど……それにしたって」
「大丈夫。君と僕以外に、それが読める人間はここにいないから」
 そうじゃなくて、と。ナツミは、もう何が何やら、という状態に陥っている。いわゆるパニック状態だ。
「あたし、キールに漢字は教えてない筈……」
「ああ、それは」
 机の抽斗から、キールは一葉の紙を取り出して、広げた。
「シルターンの文字と、同じみたいだったからね」
「あ! それ……」
 広げられたのは、あの夜、屋根の上で書いた文字。あの時の、ちょっとした戯れの言葉。どうせ読めやしないだろうと、そう高を括った、あの。
「嘘ぉ……」
 怒りと照れと、その他わけの解らない感情でいっぱいで、ナツミはもう、自分は倒れるのではないかと思った。
「遅い返信で悪いけれど。でもそれは、ナツミも悪いんだよ。なかなか教えてくれないから」
 それとも、敢えて言葉にして欲しかったかい? なんて。
 物凄く意地の悪い笑みだと、ナツミは思った。

 でも、これはしょうがない。
 どんな理由であれ、先に伝えてしまったのは自分なのだから。


update:2002.02.12/written by Onino Misumi

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