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For the Last Time 〜護界召喚師×4〜


「第1幕」

 らしくないな、と自分でも思う。
 橋本夏美は、ほぼ無人となった教室で、一人静かにため息をついていた。何気なく過ぎる、平和な日常。友達とも後輩とも、それなりに上手くやっていると思うし、何が嫌なわけでもない。
 ただ、決定的に欠けているモノがある。
 ここには、彼がいない。彼らがいない。
「はぁ……」
 自ら願った結果だった。帰りたいと願ったのは、他でもない自分。それでも、折に触れて思い出されるのが、酷く切なかった。
 ――嫌だ!
 常にない声音で叫ぶ声が、今でも耳に残っている。
 ――君の側が、僕の居場所なんだ。
 うん、あたしもそうだよ。帰ってきてからもずっと、そう思ってる。思ってるよ。
 ――いつかきっと会えると、約束してくれ。
 約束したの。でも、どうやったら会いに行けるの? また喚んでくれるの?
 あたしの作った、エルゴの王の結界を越えて。
「……会いたいなぁ」
「誰に?」
 不意の声に、夏美は飛び上がらんばかりに驚いた。慌てて振り返る。
「なぁんだ、深崎かぁ」
「なんだ、とは御挨拶だな」
 柔らかく笑ったのは、特に親しいわけでもない、クラスメートの一人だった。いつの間に教室に来ていたのか、夏美は全然気がつかなかった。ジャージ姿なところを見るに、部活帰りだったのだろうか。
「まだ帰らないのかい?」
 その問いに、胸の奥がちりちりと焦げていくような気がした。
 ――やだな。
「あ、うん。ちょっと考え事」
「そう」
 そのまま立ち去ってくれる事を期待した夏美だったが、彼は期待に添ってはくれず、夏美の座る前の席で、椅子を引いて座った。
「深崎こそ、帰らないの」
「そうだな」
 軽い応え。添えられた微笑に、夏美はますます、変な気持ちが募った。何とも言い難い気持ち。強いて言うなら、焦りに似ているだろうか。
「最近、橋本が元気が無いって」
「誰がそんな事?」
「さぁ、誰だろうな」
 ――嫌だ。
「もしかして、気にしてくれたとか? 深崎って、優しいんだねー」
「そうでもないよ。人は選ぶ」
 ほんの僅かな、間。
「どういう意味?」
「深い意味はないよ」
 どうだろう、と夏美は思い、そして唐突に気がついた。
 ――嫌だ。あたしは今、何を思ったんだろう。
 深崎の声が、キールに似てるなんて。
 ああ、でも。そう思って聞くと、喋り方とか似てるかも。ため息を吐くように喋る感じとか……。
「橋本?」
「え? あ、何でもない。じゃあ、あたし帰――」
 言いかけた声に、チャイムが重なった。その思わぬ大きな響きに、口を噤ませる。
「……響くね」
「そうだね。誰もいないし」
 最後の余韻が、鈍く教室に響いていく。どちらともない無言。行かなくちゃ、と思う反面、何故か身体は動かなかった。
「橋本」
 ――ナツミ。
「なに?」
「僕は――」
 ――僕は。

 どぉん、と。
 突然の鈍い音と衝撃。夏美は、咄嗟に耳を庇って座り込んだ。継いだ風圧が、身体を傾がせる。
「橋本!」
 大きな手が、肩を掴んだ。大丈夫か、と問う声に応えようとし――息が止まる。

 だって。
 ああ、だって、嘘でしょう? これは夢?

 癖のある髪、白いマント。
 ごく僅かしか動かない表情が、和らいでいて。
「ナツミ」

 これは、夢?

「キール……キールっ!」
 縋るように抱きついた。泣きたいくらいに懐かしい、リィンバウムの風の匂いがする。
「ナツミ……遅くなってごめん。でも、これからはずっと一緒だからね」
 うん、と肩先に額を押し当てて。ごめんね、ごめんね、と何度も口にする。あの時、差し伸べられた手を振り払ったのは、自分だったのに。
「もういいよ。また、こうして会えたんだから」
 うん、と頷いて、はた、と我に返る。そろそろと振り返った先では、クラスメートがぽかんと立っているわけで。
「あ……深崎、これは、あの」
 どう言って誤魔化したら、と頭がぐるぐる回った。そして彼女のやった事はと言えば。
「深崎っ!」
 がし、と腕を掴んで。
「君は今、何も見なかった! いい!?」
「え、あ……うん」
「あ! ちょっと待って! やっぱり見て!」
「……ナツミ、落ち着くんだ」
「そう、橋本。少し落ち着いて」
 これではどっちが何なのやら。
 ざわざわと、人の声が近づいている。それに最初に気づいたのは、深崎だった。
「とにかく、場所を変えよう。ここの責任を追及されたら、彼だって困るだろう?」
 妥当な提案に違いなかった。

 リィンバウムで夏美の格好が特殊だったように、こちらではキールの格好が特殊になる。
「ごめんね、借りちゃって」
「いや。サイズが合って良かったよ」
 キールはと言えば、着せられたそれを、不思議そうに眺めている。夏美は、何だかくすぐったいような気がして、つい笑ってしまった。自分の学校の制服を着ているキール、というのは、充分に変な感じだった。似合う似合わない以前の話だ。
 学校には居られないだろうし、早々に離れる必要もあった。深崎の制服を借りてキールに着せ、三人は逃げるように学校を後にした。爆発があったとか何とかと騒ぐ野次馬を抜けるのは楽ではなかったが、おかげでキールが見咎められる事はなかった。
 そして三人は、あの公園に着いて、やっと人心地ついたのだった。
「ジュースでも買ってこようか。橋本は何がいい? そっちの彼も」
「うーん……百パーセントのジュースがいいかな、多分」
「わかった」
 気を遣ってくれたのだろうか、と思う。さして親しくもないクラスメートの彼は、余計な事は何一つ訊かないでいてくれた。少なくとも、今のところは。
「ねぇ、キール」
「何だい?」
 ――ああ。やっぱりキールだ。
 変に嬉しい気持ちで、夏美はつい、笑みを浮かべてしまった。会いたいと望んだ人が、こうして目の前にいるのだ。嬉しいと感じるのは、ごく自然な事だろう。
「ナツミ?」
「え? あ、えーっと。……どうするの? これから」
「どうするって?」
 これからは、ずっと一緒に。
 再会してすぐキールが言ったのは、その言葉だった。彼がこちらで生きる覚悟で来た、と思うのは、短絡だろうか。けれど、自分がリィンバウムで生きられたように、彼がこちらで生きられるとは考えにくかった。いろんな制約は、こちらの方がずっと多い。
「ナツミ?」
 けれど、でも。
 自分の居るべき場所はこの世界だろう、と思う。けれど、でも。自分の心は、ずっと彼を呼んでいた。越えられる筈のない結界を越えた力には、多分、自分が喚んだものもあると思う。
 会いたかったから。
 ずっとずっと、会いたかったから。
 会えないと思えば、余計に会いたい想いが募ったから。
「……ナツミ?」
 帰って、なんて言えない。言いたくない。だけど……だけど、ここにいて、なんて、もっと言えない。
 どうしたら、いいんだろう。
「……泣かないで」
「なっ、泣いてなんか……」
「迷惑、だったかい?」
「そんなことない! だけど、だけど……」
「だけど?」
「困ってるの! あたしの世界とリィンバウム、どうしてこんなに違っちゃうんだろうって!」
 叫んでしまってから、はっとする。キールは、痛そうな、辛そうな目をしていた。
「……ごめんなさい」
「謝る事じゃない」
 ため息を吐くように。胸がぎゅっと痛くなって、夏美は視線を落とした。

「そんな莫迦な」
 戻ってきた深崎は、二人の間に流れる気まずい空気に戸惑ったようだった。彼は彼なりに現状打破を考えたのだろう。夏美に事情の説明を求め、結果として二人から交互に説明を受ける事となった。その第一声がこれである。
「じゃあ、深崎は」
 と、夏美。
「ヒトがいきなり降って湧くようなコレを、他にどうやって説明つけるのよ」
 そう言われれば、彼としても反論のしようがなかったのだろう。黙り込んでしまった。
「あたしだって、実際に自分が行ってなくちゃ、信じられなかったと思うけど。現にこうやって、キールがここにいるんだし」
「それは……そうだけれど」
 うーん、と唸って。まだ釈然とし切れないのか、深崎はキールに、服を見せてくれるよう請うた。キールが着てきたそれを、しげしげと見ている。
「でも、話してしまって良かったのかい? 困るんじゃなかったのか?」
「どっちにしても、誤魔化せるとは思えないもの。深崎って頭がいいし。あたし、誤魔化せるような嘘、思いつかないわ」
「それは賢明だね」
 と、深崎。
「最初から白状してしまっていた方が、後々悪い事にはならないものだよ」
「そういう……ものだろうか」
「そういうものだよ。
 ところで、こういう複雑な意匠の施されたものは、あっちでは普通なのかい?」
「いや、それは召喚師独特のものだ。派閥や属性によって違ったり、多少のアレンジはあるけれど」
 そうか、と。
 服を広げた深崎は、ふと、何か見つけたらしく、首を傾げた。
「中に何か入れて?」
「ああ。召喚に使うサモナイト――」
 その時だった。
 射るような光が、そこから迸った。
「っ……!」
「深崎!?」
 まさか、と呟いたのは、キールの声で。
「馬鹿……ソル! まだ早い!!」
 光が包む感触と、一瞬の浮遊感。
 覚えのあるそれが夏美の感覚を埋め、全てを漂白した。

第2幕 >


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