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親愛なるマスターへ


 突然モナティが消えた事に関して、フラット一(いや、もしかしたらサイジェント一)の召喚術通であるキールが出した結論は、こうだった。
二重誓約ギャミングだと思う」
「ぎゃみんぐ? って、何?」
 未だにリィンバウムの言葉に疎い『誓約者』ナツミは、首を傾げて続きを求める。キールは広間にいる一同を見回したが、その誰の顔にも諒解の表情を見る事が出来ず、軽く息を吐いた。無理もない。ここにいる面々で召喚術に詳しいのは、彼だけなのだ。
「『召喚』というものは、『真の名』を唱えて『誓約』で縛り、改めて名を与えて使役するものだ。これはいいかい?」
 頷きを見て取り、続ける。
「モナティを喚んだ召喚師は、既に亡くなっている。それでも、モナティにかけられた誓約が解けるわけではないんだ。だから彼女は、元の世界に戻れずにリィンバウムに留まっていた。これもいいね。
 ここで問題になるのは、誓約の力は永く及ぶものではないという事なんだ。一時的に喚ぶものには必要ないけれど、モナティやエルカのように固定化されている召喚獣には、定期的に誓約を施す必要が出てくる」
「で、結局のところ、ぎゃみんぐって何?」
「……物事には順番が必要なんだ」
 疲れたように言ってから、キールは気を取り直した。
「多分、モナティにかけられた誓約の力が弱っていたんだろうと思う。召喚師が術に失敗した時、そういった誓約の弱っている対象に、ふたつめの誓約をかけてしまう事がある。二重の誓約。これを『二重誓約』と言う」
「ああ、なるほど。じゃあ、モナティは何処かに召喚された?」
「そうなる。問題は、何処か判らないというところなんだが……リィンバウムに居るというだけが救いか」
 ちっとも救いではない。
 ナツミ達はモナティの安否に心を痛めたが、思わぬルートから無事が確認された。聖王都で、なりたて召喚師の護衛獣となっていたのである。
「よかったぁ……ギブソンとミモザが側にいてくれるなら、まず悪い事にはならないわね」
 それもどうか。
 護界召喚師はそう思ったのだが、敢えて突っ込む事をしなかった。

 かくして、聖王都とサイジェント間の文通が始まる――筈だったのだが。

「違う」
 う、とナツミは言葉を詰まらせる。右手にペン、左手にラミから貰ったかきかたの本、そして正面にキール、という布陣に囲まれて。
「……違うにしたって、もうちょっとこう、優しい言い方ってない?」
「無い」
 にべもなく言い放つキールは、読みかけの本から視線すら上げない。
「そうは言われても……」
 たどたどしい筆致ながら、モナティは精一杯の心を込めた手紙を綴っていた。それに応えたいと思う気持ちは、仮にも主人であるのならば、良い心がけと言えるだろう。だが、ナツミは異界人だ。おまけに、リィンバウムに来てからの時間はモナティよりも短く、ようやっと自分の名前が書けるという程度である。
「だから、僕が代筆すると言っているのに」
「それじゃダメなの。あたしが書かなくちゃ」
 心がけは立派である。あくまで、心がけは。
「ナツミ……その調子だと、次の手紙が来る前に返事が出せないと思うんだが」
 唸るナツミ。
 実は、それよりももっと重大な問題がある。先に来たモナティの手紙から察するに、彼らは旅をしているようだった。であれば、出した手紙が確実にモナティの手元に届くには、かなり時間がかかるだろう。入れ違いになるのは覚悟しなければならない。
 しかし、キールはそれに気づいていながら黙っていた。何故ならば、これはナツミがこちらの文字に慣れる好機だからだ。
「やる気は認める。けれど、それで渡せなくては意味がないだろう?」
 彼は、ナツミという人をよく解っていた。彼女は、煽られれば煽られる程、ぼうぼうに燃え上がるのだ。
「ううう……キール、邪魔してるの?」
「いや。代筆してくれと言ってくるのを待っている」
「……絶っ対、言わない」
 密室に二人っきりという状況なのだが、ちらとも甘い雰囲気にならないのは、さて、どちらの責任か。
 そんなわけで、ナツミとキールは差し向かいで、ほぼ一日を一緒に過ごしてしまったのであった。

 ナツミがようやくキール――もとい、手紙の書き方教室から解放されたのは、夕食の直前であった。
「おねぇちゃん……つかれてるの?」
 おっとりと尋ねられ、ナツミは泣きたくなってしまった。ラミの労いの言葉は、なんと優しいのか。だが。
「おてがみ、かけた?」
 これでは追い打ちである。
 声を殺して笑う気配が察せられたが、それに反撃できるだけの余力が無い。
「だからキールに頼めって言ったのに」
 ガゼルの一言が、さらに追い打ちをかけた。ナツミはテーブルに突っ伏し、もはや動けない。
「まぁ、意欲は認めるよ。次の次くらいの返事なら、書けるんじゃないかな」
「さり気なく酷いこと言ってるわよ、キール」
 くすくす笑いながら、リプレが皿を並べる。
「ほら、退いてナツミ。並べられないから」
 のろのろと動く彼女に、とうとう止めの一言が突き刺さった。
「なんにしろ、モナティが帰ってくる前に出せればいいわね」

 そして結局。
 三通目の手紙が届いたその日も、ナツミはキールのお手紙教室を受講していた。

 フラットの広間で、ナツミが封を切る。子供達はこの街から出たことがない。図らずも遠い地へと行ったモナティからの手紙は、楽しみの一つになっていた。
「『はいけい、マスター』」
 そんな書き出しを、ナツミが読み上げる。夕食後の穏やかな時間。一日の仕事を終えたレイドやエドスも、それとなく耳を傾けていた。
「……『いまはギブソンさんとミモザさんのおうちにおせわになってます』」
 あいつらも元気そうだな、などという他愛のない会話が交わされたが、ナツミはそれから先を読もうとしなかった。訝る空気が広がる。読み辛い字でもあったのかと、キールが窺った。
「ナツミ?」
「…………」
 はい、とばかりに。
 無言のままに手紙を渡されて、キールは困惑しつつも視線を落とす。
「キール兄ちゃん、続き続き」
「……『おせわになっています。なんと、このおうちに』……」
 キールまでもが言葉を止める。何したの? とリプレが手元の覗き込むと、これ幸いとばかりに押しつけられてしまった。
「何よ、二人とも。ええと……『なんと、このおうちにおふたりだけでくらして』……」
 フラットの年長組は、目を丸くさせた。ぶつぶつと、呟くような声でリプレが続ける。
「『おふたりだけでくらしてるんですよ? フィズちゃんにきいた「どうせい」ってものかもしれないですの』……ですって」
 あ、あれ? と。
 皆の視線を受けて、フィズは居心地悪そうにした。
「フィズ?」
 リプレの笑みは怖い。ママを自他共に認める彼女にしてみれば、子供の教育が行き届いていなかったと思ったのだろうか。
「あ、えーっと……」
「何処でそんな言葉、覚えたの?」
 笑顔だからこそ、怖いのだ。ナツミは心密かに、フィズの為に合掌した。
 同じ手紙に自分を褒める言葉が書かれていた事に気づくのは、一夜明けてから。

 以後もモナティからの手紙は、フラットに少なからぬ波紋を投げかけた……ようである。


update:2002.02.12/written by Onino Misumi

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