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バノッサの日常


 その日、バノッサさんはそこそこの機嫌でいました。手下からの上納も滞りありませんでしたし、気に障るような事態も訪れていませんでした。日暮れからこっちがバノッサさんの活動時間ではありますが、今までの経緯を考えると日暮れ前までに何もなければまず大丈夫。今日は一日、平穏に……
「過ごせたから何だっつぅんだよ」
「まぁまぁ、怒る事ないじゃありませんか」
 この分だと何もなさそうだから、とバノッサさんを連れ出したのは、義兄弟のカノンでした。
「たまには美味しいものでも食べましょうよ」
 それなら、いい店を知っています。カノンや手下達と何度か行ったあの店は、味がそこそこで値段もまぁまぁでした。何より、変にびくついたり媚を売ったりする店員がいないのが良いのです。
「じゃ、そこにしましょうか」
 繁華街はぽつぽつと灯りが点り始め、その本来の姿を現し始めていました。賑やかな雑踏。こういう雰囲気、バノッサさんは嫌いではありませんでした。誰も何も気に止めない、そういう空気。嫌いではありません。好きかと言われれば、それとはまた少し違うとも思うのですけれども。
 バノッサさんは、北スラムに根城を構える【オプテュス】のリーダーです。この前に「泣く子も黙る」というのが付いてきます。見る人が見れば、バノッサさんは怖くて仕方のない、大きな存在です。もちろん、それは祭り上げられたのではなく、自力で勝ち取り、作り上げた『地位』と呼べるものです。
 ですけれども。
 時々、バノッサさんは何とも言えない気持ちになるのです。それは、特に最近になって強く感じられるようになりました。ですがバノッサさんは、それを形にする言葉を知りません。
 繁華街は、そんな気持ちを煽るような気がします。
 自分が居なくなっても、ここは変わらずに毎日流れるでしょう。当然です。世界がひっくり返りでもしない限り、そんなものなんですから。
「……ちっ」
「どうかしましたか? バノッサさん」
「うるせぇ」
 どんなに邪険にしても、カノンは嫌そうな顔ひとつしません。彼が嫌そうな顔をするのは、自分以外の誰かに何かをした時、そのくらいです。そんなところは嫌いでないのですが、酷く苛々させられるところでもありました。

 店の中は照明が抑えられ、雑然とした空気が漂っています。今日も、そこそこ繁盛しているようです。結構な事ですね。ここが無くなったら、バノッサさんの楽しみがひとつ減ってしまいますから。
 この店の店員は、みんな同じ格好をしています。これは便利です。一目で客と店員の区別が付きます。葡萄茶を基調にしたそれは、この仄暗い店の中に溶け込んで、ちっとも邪魔になりません。それもまた、バノッサさんの気に入ったところでありました。バノッサさん、目障りなものは何でも大嫌いです。
 バノッサさんは店内をぐるりと見渡すと、カノンを連れ空いているテーブルにつきました。少し待っていればウェイトレスがやって来て、注文を取っていってくれるのです。
「いらっしゃいませーっ」
 ほら、来ましたよ。
「ご注文はお決ま――」
 お約束の文句を言いかけた声が止まります。新入りのウェイトレスでしょうか。バノッサさんを見て、驚いたのかも知れません。
 ――うざいな。
 そう思って顔を上げたバノッサさんは、うっかり驚いてしまいました。
 確かにそのウェイトレスは、バノッサさんに驚いていました。ただし、それはバノッサさんが思ったような理由ではありません。そこにあったのは、バノッサさんを怖がる表情ではありませんでした。むしろ、思わぬ所で友達でも見たような、そんな顔です。「思わぬ所で」は、バノッサさんも同じでした。思考停止です。
「あれ? バノッサじゃない」
 その声に、ようやく思考が再起動しました。この間、コンマ数秒です。さすがバノッサさん。
「手前ェ! はぐれ野郎っ! こんな所で何してやが――」
 がし。
 突然に口を塞がれ、バノッサさんは自分の声を飲み込む羽目になりました。
「こんばんは、おねえさん」
 バノッサさんの口を塞ぎ、にこやかに挨拶したのはカノンでした。さすが、義兄弟を名乗るだけあります。対処が早いです。
「バノッサさん、ボクたち、食事しに来たんでしょう? 騒ぎにしちゃ、だめですよ」
 正論です。確かに正論です。ですが、目の仇にしてきた人物を前にして大人しくしているような人は、もうバノッサさんとは呼べません。別人です。
 文句を言ってやりたいバノッサさんでしたが、カノンが放してくれないのでそうもいきません。もがくバノッサさんをそのままに(力が強いですね。さすが鬼神の子です)、カノンは平然と会話を重ねています。
「ここで働いてたんですか?」
「今日一日だけね」
「一日だけ?」
「そう。話せば長い事ながら……生活費が不足しちゃって」
「一言じゃねぇか!」
 やっと振り解いて早々のツッコミとは。お疲れさまです、バノッサさん。
「うーん、確かにそうね」
「それでおねえさん、稼いでるわけ?」
「そう。でも、ここがカノン達の行きつけのお店なら、これからは注意しとくわね」
「ですねぇ。要らない騒動の元になりますし」
 別にバノッサさんだって、好きで騒動を起こしているつもりはありません。好きなように動くと騒動になるだけです。それに、いつもいつも、バノッサさんの視界に飛びこんでくるのは、向こうの方です。今だって、ここに彼女がいなければ、ごくごく普通に食事を摂って終わっていたでしょう。悪いのはいつも向こうです。
「ナツミ」
 別な店員が声をかけます。
「早く注文を取らないと」
「ああ、ごめんごめん」
 こちらに来たその店員に、バノッサさんは見覚えがありました。この店の制服を着てはいますが、あれはいつも彼女の隣にいた、忌々しい召喚師です。どの辺が忌々しいかと言えば、召喚師であるところとか、いつも悟りすました顔をしているところとか。枚挙に暇はありません。
 ――あいつも一緒だったのか。
「あれ? もしかしてフラットの総出で?」
「違う違う。あたしとキールだけよ、ここで働いてるのは」
 召喚師の視線がこちらに向いているのに、彼女とカノンはお喋りの再開です。召喚師が呆れたようにため息をついたのが、バノッサさんにも見えました。ほんの少し、同情を覚えてしまいます。こんなのと毎日、四六時中一緒では、まずバノッサさんは保たないでしょう。
「おい、はぐれ野郎」
 バノッサさんが呼ぶと、彼女はやっとお喋りを止め、仕事を思い出してくれました。
「お客さま、ご注文はお決まりですか?」
 にこやかに、かつ丁寧に。
 いつも互いに怒鳴り合っている事を思えば、そんな声は初めて聞いたような気がします。バノッサさんは、何だか居心地が悪いような、変な気持ちになりました。
「ぼくはこれとこれ。バノッサさんはどうします?」
「……いつものにしとけ」
「はい。じゃあ、これとこれ。あ、それにこれも頼んじゃおうかな」
 かきかきとメモをしたためて、彼女はにっこりと笑います。
「かしこまりましたー」
 やっぱり、何だか居心地が悪い、と思うバノッサさんです。
 まぁ、それも無理はないかも知れません。いがみ合ってる筈の彼女に笑いかけられるなんて事、バノッサさんは想像した事さえなかったのですから。
「キール、これ厨房にお願い」
「いや、だから……君の世界の文字で書かれても、君しか読めないだろう?」
「あ、そか」
 ――別に聞きたいわけじぇねぇ。耳に入ってくるだけだ。
 それはちょっと言い訳がましいですよ、バノッサさん。雑然と会話の飛び交うお店の中、しかも向こうは大声で話してるわけじゃないんですから。
「おっけ。自分で行く」
「……最初からそうしてくれ」
「はーい」
 元気がいいですね。女の子は元気が一番です。
 ね、バノッサさん?

「お待たせしました」
 無愛想に料理を運んだのは、あの召喚師の少年でした。残りの料理は後から来るのでしょう。来たのは二皿だけでした。
「ありがとうございます」
 カノンが丁寧にお礼をしています。
 ――そんな必要、ねぇってのに。
 向こうはお仕事です。仕事で持って来ているのですから、いちいち礼なんてする必要はない、というのが、バノッサさんの主張です。もっとも、それを今ここで言うつもりはなさそうですが。
「仕事だろ。いちいち礼なんて言うんじゃねぇ、カノン」
 ……ちょっと甘かったですね。言う気、満々でした。
「バノッサさん……いいじゃないですか」
 そう言ったのはカノンで、召喚師の方は全然痛くも痒くもなさそうです。
 ――やっぱりこいつ、気に食わねぇ。
 バノッサさんの気持ちを知ってか知らずか、召喚師の彼は、淡々と皿を並べ、軽く頭を下げて戻って行ってしまいます。バノッサさんは何か言ってやりたい気持ちになりましたが、何を言うべきか決めかねている間に
「ほら、バノッサさん。食べましょうよ」
 とカノンが誘うので、仕方なく考えるのを止め、食事をする事にしました。
 程なくして、残りの料理がやって来ました。
「ごめんね、お待たせしちゃって」
 それは彼女の所為……まぁ、半分くらいはそうですね。カノンとお喋りしてましたし。
「これね、人気あるみたいだよ。きっと美味しいんでしょ?」
「美味しいですよ。バノッサさんも、ここではこれって決めてるんです。ね、バノッサさん」
 バノッサさん、ちょっと不機嫌です。余計な事を言うなオーラが漂っています。
「ゆっくりしてってね。他には何か頼む?」
「今のところはいいですよ。ありがとう、おねえさん」
 どういたしまして、と笑う彼女から、ひらりと何か落ちました。近くに来たそれを、バノッサさんは仕方なく拾い上げます。それは、制服と同じ葡萄茶色をしたリボンでした。そう言えば、この店にいる女性の店員さんは、みんな同じ色のリボンをしています。これも制服の一部なのかも知れません。
「あ。ごめんね、ありがとう」
 差し出されたその手に素直に渡してしまうのは、何となく癪です。少なくとも、バノッサさんはそう思いました。
「カノン」
「……もう、自分で渡せばいいじゃないですか」
 そう言いながらも、カノンはバノッサさんの手からリボンを受け取り、彼女に渡してくれました。
 受け取った彼女が髪に結い付けるのを見ながら、バノッサさんはぼんやり思いました。何となく、その色は彼女にそぐわない気がします。彼女には、もっとこう、明るい色が似合う気がしてきたのです。
「その色よりは白が似合うよね、おねえさんは」
 まるでバノッサさんの心を読んだようなタイミングです。バノッサさんは、ちょっと吃驚しました。
「そう?」
「そうですよ。ねぇ、バノッサさんもそう思いませんか?」
 ――何でこっちに振りやがるんだよ。
「そうだな」
 そう思いながら、バノッサさんの口をついて出たのは、そんな言葉でした。
「その色よりは、白がいいんじゃねぇか?」
 言ってから、バノッサさんは自分の言葉に妙に納得してしまいました。そう、彼女には白です。明るい、何にも染まらない白が、一番似合う気がします。思い起こせば、彼女はいつも白っぽい服を着ていたような気がします。だからかも知れません。どうしてそう思ったのかは、ちょっと疑問の残るところでしたが、もともとバノッサさんは深く考えるのが苦手なタチです。自分の中で出した結論に、勝手に納得して終わりにしてしまいました。
「そっか。じゃあ、今度からはそうするね」
 彼女は笑って応えました。
 バノッサさんはまた、何だか嫌な、居心地の悪い気持ちがしました。何かに似てると思うのですが、思い出せません。もしかしたらそれは、思い出せないような些細なものだったのかも知れません。
「……とっとと失せろ。メシが食えねぇだろ」
「あ、そだね。それじゃ、ごゆっくり」
 軽やかに去っていく彼女を見て、バノッサさんは改めて食事を再開させました。
 その日の食事は、いつもと少し違う味がしたような気がしました。


update:2002.02.22/written by Onino Misumi

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