TOP > Site map > 傍観する詐欺師 > SummonNight_index > SummonNight

赤い花、白い花 −Anniversary−


「赤い花」

 彼女はその時、笑顔だった。
「キール、ほら。キレイな花」
 商店街でのこと。
 一籠に盛られた切り花の群れに、彼女は目を細めていた。
「花が好きなのかい?」
「そりゃ、嫌いって言う女の子は少ないと思うわよ」
 一輪摘み上げて、悪戯でも思いついたように笑う。
「キールには赤ね」
 ほら、と。
 満足そうに頷いて。そう言われても、僕が僕自身を見る事なんて出来るわけがなく。

 ――赤い花つんで あの人にあげよ

 馴染みのない旋律に、僕は彼女を覗き込む。彼女はいっそう、眩しい笑顔を見せた。
「あたしの世界の歌」
 そう、と応えた僕は、その旋律に漂う寂しさに、少しばかり――何とも言えない居心地の悪さに似たものを覚えていた。
「君は白だね」
 ほら、と。
 意趣返しに髪に挿す。彼女は一瞬、酷く驚いたような表情を閃かせた。
「ナツミ?」
 けれど次の瞬間、それは影も形も無くなっていて。
「なに? キール」
「……何でもないよ」
 気の所為だろうか。
 僕は自分に問いかけた。気の所為だったのだろうか。
 ナツミはそんな僕の気も知らないで、髪から花を抜き、手の中でくるくると回している。
「買おうか」
「え? いいよ」
「気に入ったんだろう?」
 僕が小銭を渡してしまうと、ナツミはもう、文句を言わなかった。
「……ありがと」
 気の所為なんかじゃ、ない。
 再び閃いたそれに、僕は胸が痛くなった。
 あれは驚きの表情ではなかった。驚きじゃない――あれは。

「キール、ナツミは?」
 僕は首を傾げた。一緒に買い物から戻ってこっち、僕は彼女を見ていなかった。
「部屋かな。食事かい?」
「そうよ。ナツミのついででいいから、みんなも呼んでくれると嬉しいな」
 それは一体どういう意味で……?
 僕はため息を落としながら、それぞれの扉を叩いた。リプレがいつもするように叫べばいいのだろうけれど、あいにくと僕は、大きな声を出すのが苦手だった。多少手間だが、個々に呼んだ方が、まだしもだった。脇を駆け抜けて子供たちが、おう、と短い返事をエドスが、今行く、とはレイドさん。ガゼルはさっき出かけたから、呼ぶ必要はないだろう。僕は、目の前にある扉を叩いた。
「ナツミ。夕食の用意が出来たよ」
 いつもなら待ってましたとばかりに来る筈の返事は、今日に限って、無くて。
「ナツミ?」
 僕はもう一度、扉を叩いた。眠っているのだろうか。だとしたら起こさなければならない。時間に食卓に着かない者は、もれなく食事抜きだ。
「ナツミ、入るよ」
 予想に反して、彼女は眠ってはいなかった。僕が入って来た事に驚いたらしく、びくりと振り返る。
「……キール」
 彼女は、机の側にいた。机に手を付き、項垂れていたようだった。
「夕食」
「え? もうそんな時間?」
「何度も呼んだよ」
「あ、ホント? ごめんねー」
 笑いながら、僕の脇をすり抜ける。
 ――ねぇ、ナツミ。
 君は僕に「隠し事が苦手そう」と言うけれど、君もだよ?
 ほんの一瞬だったけれど、僕は気がついていた。
 ナツミが泣いていた事。僕が呼びかけても気がつかないくらい、心ごと沈んでいた事。
 でも、何故? 買い物に出た時は、いつもより機嫌がいいくらいだったのに。

 机の上には、白い花。
 あの時に買った、白い花。
 萎れかけた花。ナツミは何故、水に挿していないのだろう。
 そう思い、何気なく手を伸ばす。

       」

 閃いた、ひとつの名前。何の前触れもなく唐突に浮かんだそれに、僕は微かに呻いたのを感じた。
 ああ、あれからちょうど、季節はひとつ巡って。
 彼女が思い出すのも無理はない。何故、この花から思い出したのかまでは、僕には判らないけれど。

 ――でも。

 彼女がどれだけ「彼」に心を砕いていたか、僕は知っている。

 ――でも!

 どれだけ、助けられなかった事を悔やんだのかも。

 ――でも今、彼女の隣にいるのは、僕だ!

 僕は、この花を握り潰したい衝動に駆られた。
 花が「彼」に見えて。
 今なお、彼女を縛るのが憎らしくて。
 何故?
 僕達は敵同士だったのに。なのに、何故?
 どうして彼女の心は、彼に動いたのだろう。
 僕は、彼女を連れ去る彼を、憎まずにいられなかった。だから彼の命が尽きた時、なんて事だろう、僕は嬉しくさえあったのだ。
 浅ましい自分。そしてその対照に立つ彼は、彼女の中で永遠を手に入れている。
 憎む僕は、間違っているだろうか。
 過去も未来も、彼女の全てを欲する事は?

「キール? 冷めちゃうよ?」
「……今、行くよ」
 応じて。
 僕は低く、呟いてみる。

「誰にも彼女は渡さない」

 たとえそれが、過去の遺物であったとしても。

「白い花」>


Background:幻灯館

TOP < Site map < 傍観する詐欺師 < SummonNight_index < SummonNight > 赤い花、白い花 「白い花」
>>掲示板>>メール