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戦争と平和 〜『親愛なるマスターへ』2〜


「あら、いらっしゃい」
 リプレが機嫌良く出迎える。『無色の派閥の乱』からこっちフラットを訪ねる客は増えたが、彼もその一人だった。もっともこの少年の場合、それは任務のひとつであったりするのだが。
「今日もお仕事?」
「ああ。ナツミは?」
「いるわよ。今、呼ぶわね」
「悪い。あ、こっちはリプレと子供達に」
「わぁ……いつもありがとう。お茶、淹れるわね。入って座ってて」
 差し出された包みを受け取って、リプレは大きな声を上げる。
「ナツミーっ」
 程なくして奥から現れたナツミに、彼は『それ』を掲げて見せた。
 彼が持って来たのは手紙。几帳面な程に白くてぱりっとした封筒と、少しくたびれた封筒の二通だった。

 こういった文書の類を届けるのも、任務のひとつだと彼は言う。そしてどういうわけか、繁くフラットに遣わされる羽目になっていた。そういうものがあるのかどうかは知らないが、もしかしたら『フラット担当』とかになったのかも知れないと、ナツミ達はそんな具合に納得している。
 彼は少しぶっきらぼうであったが、いい意味で『らしく』ないところがあった。リプレの出すお茶を何度か固辞していた彼は、ある時、とうとう口にした。そして、その次の『任務』以来、手土産持参でやって来るようになったのである。フラットの財政ではそうそう買えないお菓子は、当然ながら子供達を大いに喜ばせた。となると、もちろんリプレの心証は良くなるわけで。ガゼルなどは彼の出入りに難色を示していたのだが、あっさりと却下される運びとなったのである。
 そんな話を抜きにしても、ナツミは彼が嫌いではなかった。その『らしく』なさは好ましかったし、何より人見知りしがちなキールが、彼とは初対面からまともな会話を成立させていたのは嬉しかった。キールが気に入るような人が、悪い人な筈はない。そう思い、ナツミはひとり頷くのである。

「これ、急ぎ?」
 ナツミの問いに、彼は頷きを返す。
「もしかして、いつもどおりにお返事持って帰って来いって?」
「ご名答」
 ナツミは定位置に腰掛けた。奥から出てきたキールがその隣に立って、不思議そうな視線を投げかける。
「よ」
 彼が右手を挙げて挨拶すると、キールは僅かながら笑みを返した。
「ご苦労様」
「まぁ、仕事のうちだからな。あ、ナツミ。急ぎって言われたけど、適当にな。俺がこれ飲み終わるまで」
「おっけ!」
 その隣に、キールが腰を下ろす。キールと彼が他愛のない話を始めるのを微笑ましい気持ちで聞きながら、ナツミは封筒に目を落とした。
「えっと……あ、モナティからだ。こっちは騎士団……」
 早速、封を切る。もちろん、モナティからのが先だ。
「あのレビットが、どうかしたのか?」
 カップを傾けながら、彼。
「ああ、二重誓約が起きて」
「二重誓約? あんた程の召喚師がついてて、どうしてそんな事になるんだ?」
「……まぁ、いろいろと」
 そんな会話を小耳に、ナツミは便箋を引っ張り出した。「はいけい、マスター」で始まる、優しい手紙だ。何となくにこにこしながら読み進めていたナツミは、ふと視線を止め、何度も読み返した。
「……ねぇ、キール。トライドラって知ってる?」
 不意の問いに、キールは軽く瞬く。確か、と前置きをして、
「三砦都市とも呼ばれる街だよ。騎士の治める要塞都市」
「じゃあ、デグレアは?」
 それに答えたのは、メッセンジャーの少年。
「北方の軍事国家だな。北部の大絶壁の、その向こうにある国だ」
 ナツミはうーん、と首を傾げた。
「これってさぁ、どう読んでも『戦争』って書いてあるように見えるんだけど」
「なんだって?」
 ほら、と示されたそれをキールが覗き込んだ。テーブルを挟んで向かい側にいた少年も、身を乗り出す。
「街道が奪われてデグレアが攻めてくる、か」
「どうなんだろう。そういう話は、あるんだろうか」
「さぁ。少なくとも、俺は初耳だな」
 座り直して、彼は再びカップを手にする。
「ただ本当の事だとしたら、かなりのオオゴトだ。トライドラは聖王国の盾だからな。陥落したとなったら、街道封鎖どころじゃ済まないぞ」
 ナツミは、キールと顔を見合わせた。モナティは嘘をつけるような、ある意味での器用さを持ち合わせていない。だが……
「この文面だと、緊迫感がイマイチ、ねぇ……」
「ナツミ。それはモナティに対して酷な相談だと、僕は思う」
「うん。あたしもそう思う」
 呆れたようなため息は、客人から。
「その、ネスティって奴は? そいつの話なんだろう? 信用できる奴なのか」
「確かモナティを召喚した人の、お兄さん、だったかな」
「兄弟子じゃなかったかい?」
「ああそう、兄弟子さん。蒼の派閥の召喚師よ」
 その言に、彼はぴくりと眉を上げる。
「だったら、信用できない話だな」
 ナツミは再び、キールと顔を見合わせた。先に苦笑したのは、キールの方で。
「本当に、君達と蒼の派閥は、仲が悪いんだね」
「そういう次元の話じゃない」
「でも、そう聞こえるよ?」
 ナツミが畳みかけると、彼は不本意そうな表情を閃かせた。
「わかった。そんなに言うのなら調べてやる。金の派閥の情報網を、甘く見るなよ」
「全然見てないが」
「そうそう。頼りにしてるから」
「……そう言われると、なんかバカにされてる気がするんだが」
「気の所為だってば」
 ナツミはそう言って笑いながら、もう一通を開いた。まだ何か文句を並べている彼を、キールが穏やかに宥めている。
「ええと、なになに……」
 騎士団からの文書は、騎士団長の署名入りだった。近いうちに遠征があるという話に始まり、その為に少しサイジェントを留守にする事、特に何も無いとは思うが、万が一の時には留守居役の副団長に協力して欲しい旨が記されていた。
「んー……」
 かりかりと頭を掻く。そりゃぁ、自分達の住む街に何かあったら、協力は惜しまないつもりでいる。自衛とはそういう事だと思っているし。それに、副団長はレイドだ。頼まれずとも、困っていたら手を貸す。だが。
「敢えてこう言われると、なんか嫌な予感がしてくるんだよね……」
 テーブルに投げ出されたそれを、キールの指が掬い上げた。
「じゃあ、断るのかい?」
「一応、万が一にはそうします、って返事すべきだとは思うんだけどね」
 モナティからの手紙が、ちくちくと感覚を刺激してくる。喉に刺さった、魚の小骨のように。
「大過ないんじゃないか? 多分それ、騎士団長の独断だぞ。あの人が、そうそう人に頼み事するとは思えないからな」
 この場合の『あの人』とは、騎士団長を示す言葉ではない。彼の上司、イムラン政務官を示している。
「じゃあ、どうして君がこれを?」
 キールの問いに、彼は軽く、放るように言う。
「通りすがりに預かった。そのレビットからの手紙が、先に届いていたんでね」
 ナツミは首を傾げた。
「それって、これが金の派閥経由だったって事?」
「ご名答。政務官の姪だったかな? マーンの名前で届いてた」
 小さな召喚師の笑顔が過ぎる。ああそうか、とナツミは呟いた。前の手紙に、ミニスと再会したとあった。なるほど、それで。
「じゃあ、『はい』って伝えて貰える?」
 名残惜しそうにカップの底を見ていた彼は、軽くナツミを睨め付けた。
「一応、文書でくれると有り難いんだが。使者としては、証拠が欲しいんでね」
「おっけ」
「と、毎度毎度言わせないで欲し――あ、キールが代筆してくれ。読めないって苦情言われるの、俺だから」
 台所から、リプレの笑い声が聞こえる。ナツミは顔をしかめた。
「何よ、それ」
「俺に言うな」
「……僕は構わないよ。少しだけ、待っててくれれば」

 少年召喚師が手紙の返事を携えて帰ると、ナツミはもう一度、モナティの手紙を開いてみた。たどたどしい筆致もその文章も、今までに何度か来た手紙と、そっくり同じ。なのにそこに書かれているのは、戦争という冷たい、見慣れない言葉だ。
「なぁんか……違和感」
 ペンを片づけていたキールが、軽く首を傾けた。
「ほら、モナティが戦争って言うのが。どうしても、こう……」
「平和が似合っているから?」
「そう、それ。どうもモナティのイメージじゃないのよね」
「いや……イメージの話じゃないよ、多分」
 苦笑したキールの表情が、ゆっくりと、硬いものへと変わった。
「カイナ達の調査が終われば、少しは判ると思う」
「え?」
「悪魔の動きが活発になってきているのと、この情報……どうしても、無関係とは思えない」
「単なる偶然じゃ?」
「……だったら、いいんだけれど」
 ナツミはしばし、パートナーの横顔を見つめた。憂いを深く帯びた瞳は、何処か、何かを見据えようとしている。
「キール」
 不安が、手を伸ばさせた。
「大丈夫だよ。ね?」
 その瞳がナツミを映し、そうしてから、ふわりと笑った。あの戦いからこっち、時々見せるようになった、優しい笑顔だ。
「そうだね」
 うん、とナツミは頷いてみせる。
 自分達は、やっとの思いで平和を手に入れ、この一年、大事に育ててきたのだ。今更、奪わせはしない。
「モナティ、早く帰ってくるといいわね」
 いつもの満面の笑顔を早く見せて欲しいな、とナツミは思った。
 あの笑顔を見ると、平和だって実感できる気がする。
「……早く、帰ってくればいいのに」
 こんな嫌な予感など、きっと一緒に消してくれるから。


update:2002.03.27/written by Onino Misumi

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