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人魚の海


『ねぇ、ネス。それからどうなったの?』
『そして、人魚姫は――』

 愚かしいと、笑った筈だった。自分が犠牲になって愛する人を守って、それで何が嬉しいのかと。隣で笑顔を見てこそではないのかと。君と出会って、君の心に包まれて、その想いを強めた筈だったのに。

 そこは、人魚の海の底。
 月の光が射して、薄青に沈んだ君の部屋。

 一度寝たら朝まで起きない君の性分に、感謝する日が来るとは思わなかったな。
 そっと髪を撫でると、君のぬくもりが伝わってくる。バカで、真っ直ぐで、愚かしくて……愛おしい。
「……トリス」
 僕がそう決めたと言ったなら、きっと君は怒るだろう。僕を守ると、そう言った君だから、きっと。
 だが、トリス。僕にも守りたいものがあるんだ。だから守らせてくれるだろう?
 世界を守ろうとか、人間を救おうとか、そんな事は考えない。僕が願うのは、僕を慈しんでくれた人達、僕の愛した人達の笑顔。それだけの、そして何より贅沢な望み。
 万が一を考えるなんて、ひどく僕らしくない。
 それでも確率として、必ずしも低いとは言えないから。
「君は、いつも無茶をして飛びこむからな」
 何かあったなら、必ず僕が君を守ろう。この身を呈しても、たとえ命と引き替えても。
 ……聞こえなくていい。伝えるつもりもない、想い。
 君が居るから、世界はこんなにも鮮やかだった。君達と出会えた事が、何より嬉しかった。それがこの厄災を紡いだのだとしても、悔いはしない程に。
 そう思わせてくれたのは、君と、君の一族のくれた、温かさ。
「ありがとう」
 捧げられる言葉はそれだけ。今は、それだけ。
 もうひとつの言葉は、帰ってきたら伝えよう。君との約束を果たす、その時に。

 僕も、あのお伽噺の人魚も、人ならぬ身でありながら人に恋い焦がれ、そして心を貰った。
 その心の分、僕が君を守りたいと思うのは、誤りだろうか。
 どうかどうか、その願いだけは叶えて欲しいと、切に願う。何に願えばいいのか、わからないけれど。


 その時。
 あたしは目が覚めていた。目を閉じていただけで、本当は全然眠れなかったから。
 だからネスが部屋に来た事も、ベッドの縁に腰掛けて、長い間あたしの頭を撫でていた事も、ちゃんと気づいてた。
「……トリス」
 ネスの指は長くて綺麗で。召喚師らしい手だって、いつか誰か言ってたっけ。撫でられるとくすぐったくて、けど嬉しくて。小さい頃は、ずっとそうして欲しくて、どうしたら撫でてくれるだろうって真剣に考えた事もあった。
 さらさらと前髪を掻き上げて、冷たい指が額に触れて。
 ……どうしてだろう。あたしは泣きそうになるのを、一生懸命に堪えなきゃならなかった。起きてるって判ったら、きっとネスは逃げてしまうから。
「君は、いつも無茶をして飛びこむからな」
 ため息混じりに低く言う、その声。
 いつも不機嫌に紛らわせてたけどね、ネス。ほんとはね、あたし、ネスにそう言われるの嫌いじゃなかったんだ。だってネスがそんな風に言うの、あたしにだけだったものね?
 ねぇ、ネス。
 あたしが無茶出来るのも、ネスが後ろにいてくれるからなんだって、知ってる? 知らないでしょう?
 ……だから、明日もあたしの後ろにいてくれなくちゃ。でなきゃ、頑張れないよ。
「ありがとう」
 ネスに、あたしの心の声が聞こえた筈がないけれど。その「ありがとう」が妙に染みて、胸に痛かった。
 ……あたしも、ちゃんと言おう。この戦いが終わったら。
 ネスに「ありがとう」と「ごめんね」と、それから……「大好きだよ」って。ちゃんと、言おう。
 そしたらネス。ネスもちゃんと、あたしの目を見て言ってくれる?


 人魚の夢は泡と消えた。
 けれど願いは、風の中で永劫の命を約束される。


 彼と、彼女の願いは。


update:2002.03.30/written by Onino Misumi

Background:Little Eden

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