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短い夏、君の名前と
I'm longing for wind, your wind


 『マンスターの勇者』なんて渾名だけでも仰々しいものを、本名が『セティ』とは。
 それがアーサーの、新しい仲間に対する第一印象だった。
「伝説の聖戦士と同じ名前か。名前負けしてなきゃいいけど」
 周囲の窘める視線など何のその。彼自身はまったく気に留めていない。一見すると、その一言も意識して発したようには感じられなかった。
 だから誰も気がつかなかった。彼が苦々しい表情を、ほんの一瞬だけ浮かべたことを。


 グラン歴七六五年、春。アーサー四歳。

 雪深いシレジアは、季節の移り変わりが最も美しいと言われている。暦の上では春であったが、未だ雪が深くあった。だが刻一刻と暖かみを増す日の光に、誰もが春の訪れを感じ、喜びに満たされていた。
「暗くなる前に帰ってくるのよ」
 母が言う。アーサーは勢い良く頷いて駆けだした。外に出ていた父が、見咎めて声をかける。
「冬が戻って来るから、寒くないようにな」
 この時期に不意に冷たい風が吹くことを、この辺りでは『冬が戻る』と言う。元気良く返事をして、アーサーはマフラーを巻き直した。
 父母は元々シレジアの人ではないらしいが、アーサーが生まれた頃は既にシレジアにいた。アーサーはシレジア生まれのシレジア育ちである。とは言えシレジアでは珍しい銀色の髪は、異境の血を声高に主張して止まなかった。そして、ともすればふてぶてしくも取れるアーサーの態度も相まって、彼は近所の子供達に苛められていたりするのである。他人をあまり気にしない態度は、この頃に培われたのかも知れない。
「……毎日毎日、飽きない?」
 子供に似つかわしくないため息と共に、アーサーは吐き出した。彼の行く手に、四、五人の少年が立ち塞がっている。年齢はアーサーより一つか二つ上という程度だ。
「オレ達の子分になるなら仲間に入れてやるって言ってるんだ。いい加減『うん』って言えよ」
「別に、子分になんてならなくてもいいよ」
「生意気だぞ。余所者のくせに」
 そうだそうだと周囲の少年達も同調する。さてどうしようか、と思った刹那
「大勢で一人って、卑怯じゃない?」
 顔を上げると、堤の上に見慣れぬ少年が立っており、こちらを見下ろしていた。鮮やかな碧玉色の髪と瞳。陽を弾くその綺麗さに、アーサーは思わず見とれた。生粋のシレジア人だ。
「ね、そうでしょう?」
 どうやら周囲の少年達も、アーサーと同じ思いだったらしい。一様に目が覚めたばかりのような顔をしていた。
「誰だ? お前」
「今日、越してきたんだ。よろしくね」
 些かずれた返答をして、彼は堤から飛び降り、アーサーの目の前に着地する。軽い身のこなしに、アーサーは風を見たような気がした。
「……そいつの味方するのかよ」
 にこ、として、緑の少年は一同を見回した。
「誰の味方もしないよ。でも、一人をみんなでっていうのは、良くないと思うんだ」

 血の付いた拳を舐める。冷たい風が、妙に染みた。
「ごめんね」
 緑色の目は不思議な色合いを湛え、じっとこちらを見ている。
「ぼく、ケンカとか苦手だから」
 そう言った彼の顔にも、撲たれた痕が顕著だった。
「あのさ、巻き込んだのはオレ。謝るのって変だよ」
「そうかな」
「そうだよ」
 応えてから、アーサーはたまらずに笑い出した。
「変な奴ぅ」
 つられたように、少年もケタケタと笑い出す。しばらく、二人は土手に座ったままで笑い続けていた。
「オレ、アーサー。お前は?」
 少年は目を見開いた。迷うように視線を彷徨わせ、俯く。
「ごめん……言えない」
 言えないって……名前を?
「どうして?」
 アーサーの疑問は当然のものだった。しかし少年が本当に困った風に笑うのを見たら、まるで自分が悪いことをしたように思えた。
「あの……あのね、ぼくの名前、良くないから」
 良くない?
「ぼくの名前知ると、みんな良くない目に遭うから、だから」
 良くない目とは、どういう事なのだろう。アーサーは不思議に思って、少年の顔を見つめた。髪も目も綺麗で、顔立ちも優しそうだった。不吉なものなど、影ほども感じられない。
「どういうこと?」
 少年は首を振って、それ以上は説明しなかった。ただ
「ぼく、アーサーを好きになりそうだから。だから教えたくない。アーサーが危ない目に遭うのは、嫌だもの」
 と付け加えた。
「……ありがとう」
 なんと返答したものやら判らず、アーサーは小さく言った。家族以外の人に好意を持たれたのは、初めてかも知れなかった。
「じゃあ、オレが好きに呼んでいいのかな」
「うん」
 少年が笑うと、春の、芽吹く寸前の緑の匂いが感じられた。不思議だなぁ、とアーサーは思った。まるでこの子の中に、春が入っているみたいだ。
「明日もまた、遊べる?」
 嬉しそうに少年が頷く。
「じゃ、また明日、ここで」
 約束は他愛のないものだったが、この後、数ヶ月繰り返される大切なものになった。

「ただいま、お母さん」
 隠れ住む小さな家で、少年を待つのは母と小さな妹。
「外に出ていたの? まぁ、怪我をして」
「友達ができたんだ。銀色の髪の」
 上着を脱ぐのももどかしく、彼は母親に向かって語った。
「アーサーって名前だって。異国の人みたいだったよ。夕焼けと夜の境の、綺麗な紫の目をしていてね――」
「お兄ちゃん」
 母の声に、彼は言葉を止めた。
「名前を教えたりはしていないわね?」
「……うん」

「お父さん、お母さんっ」
 息を切らして帰ってきた息子を、二人は明るく出迎えた。が、
「どうしたの? その怪我」
「いつものことだよ。平気、何でもないから」
 それでも、と手当を始めた母を見、父がため息をつく。
「ここならばと思ったけれど……やっぱり余所へ移ろうか」
「やだよ。せっかく友達ができたのに」
 あら、と母が顔をほころばせる。
「ケンカばかりしていると思ったら。何処の子?」
「今日越してきたって言ってたよ」
 そうなの? と笑いながら救急箱をしまう。妙に嬉しそうな母を見送って、アーサーは父の顔を見つめた。父もまた、母と同じように嬉しそうにしている。
「お父さん、どうしたの?」
「ん? ああ。アーサーにも友達ができたんだなぁと思ったら、何だか嬉しくてね」
 よいしょ、とアーサーを抱き上げ、膝に乗せる。
「お父さんにも友達がいたんだけれど……お父さんは、友達を助けられなかったから」
 アーサーは、しげしげと父を見つめた。燃えさかる炎色の瞳には痛いような切ないような光が点り、遠くを照らしている。黒い髪と相まって、それは夜を焦がす篝火のように見えた。
「アーサーはその子を助けてあげるんだよ」
 頷きつつも、アーサーは父の見ている先が気になった。見えない何かを、父の目が見つめている。
「……お父さん?」
 父は物静かに笑った。
「ほら、ティニーにただいまを言っておいで。置いて行かれたって拗ねていたから」
 不思議に思いつつも、アーサーは頷いた。父の膝から滑り降り、とたとたと駆け出す。
「お母さん。ティニー、何処?」
 ……その晩、布団に入っても、アーサーはしばらく眠れなかった。春の光をもった友達を思い出す。何だろう……何処かで会ったような気がする。ずっと昔、うんと前に。今日会ったばかりなのに、変な感じだ。
 ――ああ、そうか。
 昔話に聞いた聖戦士。風を纏う戦士、セティだ。あんな感じ。あんな風な人だって、勝手に想像してた。イメージがあんまり重なるから、だから会った事があるみたいに感じたんだ。
 アーサーは布団の中でくすくす笑った。
 決めた、セティって呼ぼう。嫌がるだろうから、本人に向かっては言わないけどね。

 どういう事情かは、幼い子供には解らなかった。解ったのは、彼が常に転々と居を変えている事。シレジアのあちこちを渡り、生活していることだった。
 アーサーはこの村で生まれ育った。どういうわけか、父も母も村を一歩も出ようとしない。彼とは逆の境遇だ。それだけに、彼の話は新鮮で、楽しいものだった。
「いいな、あちこち歩けてさ。オレ、いつかここを出て遠くに行きたいんだ」
 アーサーが語ると、彼はじっと耳を傾けた。
「シレジアはさ、緑や黒の髪ばっかりじゃないか。でも他の国は違うんだろ? オレやお母さんみたいな髪した人も、きっとたくさんいると思うんだ。それが何処なのか、行ってみたい」
 彼は少し思案するように目を伏せ、アーサー、と呼んだ。
「アーサーは、その髪、嫌いなの?」
 答えられなかった。嫌いではないと言ったら嘘だった。だが、母や妹と同じ髪の色を、疎んじるのも嫌だった。
「ぼくは、アーサーの髪の色、好きだよ」
 真っ直ぐな瞳がアーサーを見つめた。
「綺麗な銀の色。光の中の雪みたいで」
 言って、彼は少し笑った。
「あの人達も、正直に言えばいいのにね。アーサーがあんまり綺麗な髪してるから、気になっちゃうんだよ。本当は、友達になりたいんだよ、きっと」
「そう……かな」
「きっと、ね」
 彼が言うと、まるで真実を語られているようで。
「しょうがないな。じゃ、たまにはこっちから折れてみるか」
 そんな気にもなってしまう。
 アーサーを見て、彼はくすくすと笑った。
「なんか、ちっとも折れるみたいじゃないね」
 つられて、アーサーも笑い出す。
 と、自分を呼ぶ声が聞こえた。丘の下に父の姿がある。
「あ、お父さん!」
 坂を滑り降りると、父が笑って迎えてくれた。
「今、帰りなんだ。一緒に帰るか?」
 空模様を見て、アーサーは考えた。日没まで、そう間がない。
「うん」
 応え、アーサーは両手を振った。
「じゃあ、オレ帰る。また明日なーっ!」
 彼がひらひら手を振るのを見届けて、アーサーは父と並んだ。父は少しの間、彼のいる方を見ていたが、ちょっと頭を下げ、アーサーの手を取って歩き出した。
「あれが友達?」
「そう。綺麗な緑色してるでしょう?」
 曖昧な応えが返る。父は、何か考え込んでいるようだった。
「お父さん?」
 はっと、父はアーサーを見下ろした。
「ごめん……ちょっとね、知っている人に似ていたから」
「知ってる人?」
「ああ。でも、こんな所にいる筈が……」
 その晩、父と母が遅くまで話し込んでいたのを、アーサーは知っていた。内容が聞こえたわけではないのだが、おそらくは友人たる彼の事だろうと想像ができた。
 彼は……セティは、一体何者なのだろう。
 布団の中、アーサーはいつまでも寝付けなかった。

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