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I'm longing for wind, your wind


 やがて季節は巡り、シレジアの最も美しい季節、夏を迎えた。『彼』を交えて、アーサーは村の子供達とも親しくつき合うようになり、少年らしい遊びに熱中するようになっていった。陣取り合戦や剣の真似事……グランベルの侵略と弾圧はこの辺境までも脅かすほどになっており、大人の緊張は子供にも伝わっていた。
 『彼』の名を詮索する者は少なくなかったが、口が堅いのを知ると尋ねなくなった。アーサーが彼には内緒で『セティ』という呼び名を使い始めたことと、何より、戦争ごっことも言える遊びの中で、彼が抜きん出た才能を見せたからである。敵の死角を突く方法、陣形の組立方、配置の仕方……それらは、たまたま遊びを見た大人が舌を巻く程だった。彼がいれば、遊びで負けることは、ないと言っていい。彼は秘密兵器だった。彼の存在は、この村の子供達にとって共通の秘密となっていた。
 友達が取られるような寂しさもあったが、笑っている彼を見ると、自分も嬉しかった。それでも、アーサーは常に彼の側にいて、目を離すことがなかった。
 ――セティは頭はいいけど、腕はからっきしだから。だから側にいて、守っていてやらなきゃ。
 アーサー自身、必ずしも腕っ節がいいとは言えないのだが、まだ自分の方がましだろう、と思っていた。初めて会った時の印象が強かったのかも知れない。

 その日。
 アーサーはいつものように、村の子供達と遊んでいた。彼も一緒だ。大騒ぎをして駆け回っている最中、不意に後ろから声をかけられた。
 最初、何と言われたのか、アーサーには解らなかった。ただ、まるで季節が早送りされたかのように冷たい、冬の風を思わせる声に立ち止まり、それを発した人物を見つめた。暗く、鋭い目をした……帝国の軍人。
 周囲の子供達も、突然現れた見慣れぬ大人の存在に戦き、それぞれに口を噤んだ。しん、と辺りが静まり返る。無意識のうちに、アーサーは彼を引き寄せていた。彼の肩は小さく震えていた。
 今……何て言った?
『シレジア王国王太子殿下ですね』
 男は彼の様子を見て、確信を深めたようであった。おもむろに、懐から魔導書を取り出す。彼の顔色が変わったのを、アーサーは見ていなかった。
「『雷神トードよ』、エルサンダー!」
 足が竦んだアーサーを、彼が自分もろとも大地に投げ出した。すぐさまアーサーを立ち上がらせ、叫ぶ。
「逃げて!」
 我に返った子供達が、わぁっと悲鳴を上げて方々に逃げ散る。だが、男は追うつもりは無いようだった。ひたと彼を見据え、再び魔導書を構える。
「アーサー、早く!」
 再び、雷電。今度はアーサーも、彼の手を借りずに避けることができた。まだ四歳とは言え、一応、父から魔法の手ほどきを受けている。だから判った。この男は魔法騎士だ。だが、父よりもはるかに技量が落ちる、と。
 逃げようとしないアーサーを見て、彼が焦れて言った。
「ぼくは大丈夫だから、早く逃げて!」
「置いてなんて行けないよ!」
 仕方ない、というように、彼は肩で息をついた。
「……ぼくから離れないで」
 彼はアーサーを背に庇い、懐から何かを取り出した。緑の表紙の……魔導書?
「『風の精霊よ、セティの名の下に』……ウインド!」
 まさか、という思いは、おそらく男も同じであったろう。彼はアーサーとさほど年齢が離れているようには見えない。同じぐらいだろうとアーサーも思っていたのだ。せいぜい四、五歳の子供が魔法を放つなど、想像できるだろうか。
「うッ!」
 悲鳴を上げ、体を傾がせる。それでも男は薄笑いを浮かべ、二人を見据えた。
「やはりそうか……さすが、幼くともフォルセティの使い手だけあると見える」
 フォルセティの、使い手? あの伝説の魔法の?
 アーサーは彼を見つめた。青ざめた横顔は、少しも揺らいでいなかった。その表情からも、男の言葉が真実であると知れる。
「抹殺命令が出ています。大人しく、死んでください」
 彼が半歩下がり魔導書を構えた、その時だった。
「エルファイアー!」
「何っ?」
 横合いから炎を食らって、男は吹っ飛んだ。アーサーは顔を上げ、目を見張った。
「お父さん!?」
 前髪を額に張り付かせ、父は肩で息をしていた。思わず駆け寄り、抱きつく。
「アーサー、無事か?」
 言葉もなく頷くと、父はアーサーを背に押しやり、彼を手招いた。
「こっちへ」
 少し戸惑ったようだったが、彼はそれに従った。アーサーと並んで、黒髪の青年に隠れる。
 男は頭を振りながら起きあがると、三人を睨みつけた。
「……何者だ」
 父は無言であった。男は薄い笑みを唇に刻む。ファイアー系とサンダー系では属性的にサンダーが上だ。そう算段したのだろう。
「『雷神トードよ』、エルサンダー!」
 アーサーの目の前で、父はもう一冊の魔導書を取り出した。彼が持っている物とよく似た、緑の表紙の魔導書。
「『風使いの御名の下に』、エルウインド」
「ぐぅっ!」
 男は体を折って膝をつく。アーサーの父が複数の魔導書を有しているとは思わなかったのだろう。顔には驚愕の表情が浮かんでいた。サンダー系とウインド系ではウインドが上。そもそも、属性的に劣るエルファイアーで攻撃されて、男は避けることができなかったのだ。力の差は推して知れるというもの。
 父が再び構える。男は僅かに後ずさった。
「……くそっ!」
 光が弾け、男の姿が忽然と消えた。父が安堵のため息をつく。
「ワープか……助かったな」
「お父さん、どうしてここが?」
 父はアーサーに笑いかけ、頭を撫でた。
「お前の友達が教えてくれたんだよ。変な人が急に襲ってきたってね。でも……無事で良かった」
 アーサーの前に膝をついて、抱きしめる。常ならぬ行動にアーサーは戸惑い、父の肩越しに彼を見て苦笑した。
 そっとアーサーを解放し、父はそのまま彼の前に膝をついた。
「王子」
 彼はびくっと身を竦めた。しっかりと魔導書を抱きしめる。
「ああ、驚かないで。
 僕はヴェルトマー家のアゼル。君のお父さんと一緒に戦った仲間なんだ」
 アーサーと彼は一様に目を瞠り、お互いの目を見交わした。

 村から少し離れた山の中に、彼の家があるという。彼に案内され、アーサーとその父・アゼルは山道を登った。狩小屋に手を入れた程度の小屋が見え始めると、彼が駆けだした。
「先に行って、お母さんに話してくる」
 背中を見送って、アーサーは父と一緒に歩を進めた。
「お父さん。最初に会った時に気がついてたの?」
 アゼルは少し困った風に笑った。
「そうだね。まさかとは思ったけれど……さっき魔法を使うのを見たら、間違いないと思ったよ。あの子の魔法、レヴィンによく似ていた」
 ……ああ、またあの目だ。
 また遠くを見てる。
 たまらなくなって、アーサーは父の手を握った。気がついた父が、微笑んで握り返す。
「……アゼル公子!?」
 小屋の前に、彼と女の人が並んでいた。彼と同じ、綺麗な緑色の……長い髪。驚きの表情でアーサー達を見ていた。ふっと、父の顔がほころぶ。
「ああ……やっぱりフュリー殿」

 温かい飲み物を出され、アーサーはおずおずと手を出した。その隣には彼がおり、さらにその隣には、小さい女の子が座っていた。彼よりも少し明るい色をした緑の瞳と髪。年は、妹のティニーと同じくらいに見えた。
「まさか公子までこちらにいらっしゃったとは……」
 彼のお母さん――さっき父は『フュリー』と呼んだ――は、柔らかい笑みを浮かべ、そう言った。
「それは僕の方だよ。まさか、こんな辺境にいるなんて思わなかったからね」
 言って、父はアーサーに目を向けた。
「ティルテュもこっちにいるよ。会わせたいな」
 アゼルの視線に気づき、フュリーは目を見開く。
「では……ああ、よく似ていらっしゃる」
 微笑みかけられ、アーサーは俯いた。彼の母は、とても綺麗な人だったのだ。
「髪を染められたのですね。一瞬、わかりませんでしたよ」
「ああ。シレジアで赤い髪は目立つから……ところでレヴィンは? 一緒じゃないんだ?」
「反帝国の組織活動をしてます。イザークにセリス様がいらっしゃるから」
「そうか……」
 難しい話はアーサーの理解を超えている。つまらなくなって、彼の方に目を向けた。彼はそわそわと自分の母親に話しかけるタイミングを計っている。
「お母さん、やっぱり名前、教えちゃ駄目なの?」
 綺麗な緑が、急速に翳った。アゼルが怪訝そうに目を向ける。
「名前?」
「ええ。この子はフォルセティを継ぐ者として命を狙われていますので」
 困ったように、彼が顔を伏せる。アーサーは慌てて言った。
「名前知らなくても困らないよ。オレ、友達だもん」
 苦笑して、父はアーサーを膝に乗せた。
「シグルドの軍にいた者は、誰もが命を狙われているよ。僕も例外じゃない。兄上は何を考えているのか……」
 そこまで言って首を振り、彼の母に笑いかける。
「明日、ティルテュを連れて来るよ。君が出向くよりは安全だと思うんだけど」
「そうですね。私も公女にお会いしたいです」
 そうだね、と頷いて、父はアーサーをおろした。
「娘もいるんだ。きっと、その子のいい友達になれるよ」
 背を押され、アーサーは戸惑った。
「帰るの?」
「そうだよ。そろそろ帰らないと、お母さんが心配するから」
 そう言われると、アーサーは嫌とは言えない。不満に思いつつも、仕方なく戸口に向かう。
「じゃ、また明日」
「うん」
 彼はいつものように手を振って見送ってくれた。だから思いもしなかったのだ。
 それが、彼を見た最後になろうとは。

 翌朝早く、アーサーは父の声で目が覚めた。
「お父さん……?」
 切迫したものが、父の顔を青くさせていた。何が起こったのかと尋ねる間もなく、一冊の魔導書を押しつけられる。
「お父さん?」
 訝るアーサーに構わず、父はてきぱきと服を着せた。窓を開き、アーサーを抱き上げる。
「……すまない」
 くぐもった声に、アーサーは思わず息を飲んだ。
「誰でもいい、誰か友達の家まで走りなさい」
「お父、さん?」
「決して振り返らないこと。いいね」
 ふっと体が浮いた。放り出されたと気がついたのは、窓の下の木にぶつかってからだった。父はそこまで考えて放り投げたのだろう。木の葉がクッションとなり、アーサーは怪我一つなく枝に引っかかったのだ。とは言え二階の窓から放り出されたのである。降りるのには時間がかかった。
 何とか降り、窓を見上げる。ぴったりと閉ざされたそこに、父の姿を見ることはできなかった。玄関に回ろうとし、思い直して立ち止まる。
 父は友達の家まで走れ、と言った。決して振り返るな、とも。それはどういう意味なのか。家には戻ってくるな、という意味ではないのか。
 一瞬の逡巡。アーサーは魔導書を抱きしめ、一目散に駆けだした。一番近所の、友達の家に向かって。
 ……その友達の家族に連れられ、家に戻ってきたのは一時間ほど経ってからの事だった。家の周りは帝国の軍人が固めていたので近づけなかったが、その軍人の中に昨日の男を見つけて、アーサーは戦慄した。何か良くないことが起こったような気がした。

 帝国の軍人が去ってしまうと、村の人達は急いでアーサーを呼びに来てくれた。駆け戻ったアーサーの見たもの。それは、変わり果てた父と、無人の家であった。

「お兄ちゃん、急いで」
 急かされ、彼は戸惑って母を見上げた。また見つかったのだろうか。また逃げなくてはならないのだろうか。
「……行くの?」
「そうよ。急いで」
 こういった事は一度ではない。手早く荷物をまとめつつ、彼は友人が気になった。今までの転々とした生活の中、あれほど親しくなった友達はいない。
「ねえ、アーサーにだけでもお別れが言いたい」
 母は困ったように顔を曇らせ、首を振った。
「今はダメ。いつか必ず会えるわ」
 そうだろうか。
 彼は泣きたくなるのを必死で堪えねばならなかった。
 フォルセティを継ぐ者と誤認され、殺された同年代の少年達を知っている。自分と関わったが為に殺された人達も。アーサーがそうでないとは言い切れない。本当に、また会えるのだろうか。
 ……せっかく、妹にも会わせてくれると言っていたのに。
「早く」
「うん……」

 泣いて泣いて泣き疲れた後、アーサーはいつもの場所で彼を待った。けれど、いつまで経っても彼は姿を見せず、あの狩小屋にも誰もいなくなっていた。

 そうして、十二年の月日が流れた。
 攫われた妹がアルスターにいることを知り、アーサーはシレジアを出た。道中知り合った天馬騎士フィーに誘われてセリス皇子率いる解放軍に加わり、戦いの中で、敵軍に身を置く妹と再会を果たした。今は、そのまま解放戦争に身を投じている。
 シレジアの小さな友人を、思い出す時間も自然と減った。が、マンスターの勇者の噂から、アーサーは『彼』を思い出さずにはいられなかった。
 どうしているだろうか。
 今でも、帝国から逃げ回っているのだろうか。
 帝国を倒すことができたなら。
 また会える日が来るだろうか――。


 マンスター城の広間で、アーサーは『マンスターの勇者』を見る機会を得た。翌日のミーズ城攻略を控え、作戦の伝達やら武器の配給やらが行われ、その場にかの勇者がいたのである。どの人が、と尋ねる必要はなかった。見慣れぬ人物を捜せば良いだけだったから。
 緑色の髪と瞳。シレジア人、だろうか。フィーと何やら話をしているようだ。知り合いなのかも知れない。ならばシレジアの人間である可能性は高いだろう。
 そんな事をつらつら考えながら眺めていると、フィーが不意にこちらを指さした。何だろうと思っていると、二人が連れ立ってこちらにやってくるではないか。
「こんな所にいたの」
 勇者殿の腕を取って、フィーが気さくに声をかけてくる。面倒くさそうに、アーサーは返事をした。
「何か用?」
「用ってほどでもないけどね。この人、私のお兄ちゃんなんだ。紹介しておこうと思って」
 へぇ、とアーサーは『勇者』を観察した。言われてみれば、少し似ているような気もする。フィーよりも深い色合いの瞳や髪……シレジアの夏の、緑。
「初めまして」
 勇者は穏やかな笑みを浮かべた。そうすると、夏と言うよりも春を思わせる印象になった。空気が、ふわりと暖かい。
「フィーと一緒に来てくださったそうで。兄として礼を――」
「つれて来てもらったのはこっちだから、礼なんていいよ」
 そうそう、とフィーが頷く。呆れたような視線を妹に向け、勇者は再びアーサーに目を向けた。
「シレジアのセティです。よろしく」
 ――その名前が似合うのは、あいつだけだと思うんだが。
「……アーサーだ」
 手を差し出しかけ、勇者は怪訝そうにアーサーを見つめた。
「アーサー……?」
 しげしげと自分を見つめる目に、アーサーは居心地の悪さを覚えた。迷惑そうな態度を隠そうともせず、セティと名乗った勇者を見返す。
「アーサー?」
 確認するように、もう一度。
「そうだけど」
 長い腕が伸ばされる。ぎゅっと、力を込めて絡む。
 いきなり抱き竦められて、アーサーは驚いた。あまり驚きすぎて、抵抗する間も無いほどだった。
「ちょっ……離せ! いきなり何だよ!?」
「お兄ちゃん?」
 フィーも慌てて兄の肩を叩く。我に返ったらしいセティは、急いでアーサーを解放した。
「ごめん……あんまり懐かしくて」
 苦笑しながらセティは言ったが、アーサーにはちんぷんかんぷんだった。胡散臭そうに自分を見つめる目に、セティは少し傷ついたらしく顔を曇らせたが、すぐに笑いかけてきた。
「忘れたのか? 小さい頃、一緒に遊んだアーサーだろう?」
「はぁ?」
「五歳くらいの時、春から夏の間だけだったけれど……どうしても名前を教えなかった変な子供、覚えてないかな」
 アーサーは忙しく瞬きを繰り返した。小さかった友人と目の前の少年が、うまく重ならない。だが……そうだ。マンスターの勇者は、フォルセティの使い手だという噂ではなかったか?
「嘘だろ……」
 思わず、アーサーは呻いた。では、自分が勝手につけていたあの呼び名は、そのまま彼の名であったという事ではないか!
 低く笑い始めたアーサーを、シレジア王家の兄妹が怪訝そうに見つめ、顔を見合わせた。
「アーサー?」
 覗き込んだセティの服をぐいと引き寄せ、アーサーは少しばかり声を高めた。
「何で急にいなくなったりしたんだよ。あの後、オレがどれだけ心配したか知ってるか? 父さんが死んで母さんもいなくなって、お前まで――」
「ごめん」
 即答され、アーサーは目を丸くした。勇者とまで呼ばれた少年は、会えなかった年月を感じさせない、素直な口調で言った。
「大事な時に側にいられなくて、ごめん」
「ああ……うん」
 気を削がれ、アーサーは手を離した。
「本当はお別れくらい言いたかったんだけれどね……追っ手が来ていたから。でも、そうか……お父さん、亡くなったんだ」
 セティの表情が暗く沈む。
「父さんのこと、覚えてるのか?」
「覚えてるよ。赤い瞳の、優しそうな人だったね。助けてもらったのにお礼さえ言えなかったから、ずっと気にしてたんだ」
 沈痛な面もちのセティに構わず、フィーが明るく尋ねた。
「ねぇ、何の話?」
 ぽん、とアーサーは手を打った。
「あれ? じゃあ、あの時の小さい子がフィーだったんだ」
「そういうこと。……じゃあ、あの魔導士が」
「そ。妹のティニー」
 勝手に解り合ってしまっている兄達に、フィーはついに切れて大声を張り上げた。
「ちょっと、きちんと説明してってば! 私だけ蚊帳の外なんて酷い!」
 アーサーとセティは揃ってフィーを見、互いの顔を見合わせ、声を殺して笑った。
「お兄ちゃんとアーサー、知り合いなの? どういう知り合いなのよ? ねえってば!」


update:1999.04.30/written by Onino Misumi

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