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炎と永遠
Adèsso e fortuna


 幼い日。家族と友をいっぺんに失った、あの夏からずっと、手放さなかった物がある。妹と揃いのペンダント、エルファイアーの魔導書、そして――血に汚れたファイアーの魔導書。
 古ぼけたそれを使っていたのは、ほんの幼少の頃だけだ。今は、それより高位のエルファイアーが使える。本当なら必要のない代物なのに。
 手放さなかった理由――否、手放せない理由。

 野営地を抜け出し、アーサーはかなり離れてから馬を駆った。どうしても、誰にも知られずに抜け出す必要があった。今の時間の巡回は、確かスカサハだった筈だ。彼は歩兵。万一見つかっても即座には追いかけられないし、弓兵に比べたら遠目も夜目も利かない。夜明け寸前の、今しかなかった。
 シアルフィ城の攻略を寸前にして、アーサーはじっとしていられなかった。シアルフィ城にはアルヴィス皇帝がいるらしい。偵察してきたフィーによると、ロートリッターが出ていると言うから、まず間違いないだろう。
 アルヴィス皇帝は、解放軍の多くの人達の仇であり、宿敵であった。最たる者が盟主のセリス皇子であろう。父を殺され、母を奪われ、本来いるべきであった場所も地位も奪われた。解放軍のメンバーのほとんどが、バーハラの悲劇で親を失っているのである。誰にとっても仇なのだと、アーサーは知っていた。知ってはいたが、どうしても譲れない、とも思っていた。
 アルヴィスは。
 あの男は父の仇だ。
 忘れもしない、四歳の夏。父が殺され、母と妹と友人が行方知れずになった。多くを失って絶望の中にあったアーサーは、父が死ぬまで抱いていた魔導書に、見知らぬ名を見つけた。表紙の見返しに、父の字ではない、力強い筆跡。それは父の血にまみれても滲まず、はっきりと自己を主張していた。
 ――我が弟 アゼルに   アルヴィス
 それがグランベル皇帝の名であるというのを知ったのは、かなり後だった。一緒に記されている紋章がヴェルトマーの家紋であると知ったのは更に後であったが、確信を深めるには十分すぎるものだった。ヴェルトマー家は、皇帝の実家なのだ。
 父はグランベルの軍隊に殺された。それは間違いなかった。
 父はグランベル皇帝の弟だった。この署名を信じるならば。
 何故、皇帝は父を殺したのか。血を分けた兄弟である父を。
 アーサーはどうしてもそれを訊かねばならなかった。訊いた上で、父の仇を討たなければならなかった。
 私的に見れば抜け駆けであり、軍の規律的に見れば命令無視の単独行動と言ったところであったろう。夜が明けたら、シアルフィ城攻めに入る。就寝前に受けた連絡事項はそうだった。ならばその前に片を付ければいいのだ、とアーサーは判断した。
 ヴェルトマー家直属の騎士団ロートリッターは、確かに手強い。しかし、属性的にいけば雷は炎より上。自分のエルサンダーのみで切り抜けられる可能性は高い。
 自分の中には、炎神ファラと雷神トードの血が流れている。生半可な魔導士に負ける筈はなく、また、そう言えるだけの経験を積んできたという自負もあった。
 ……ごめん。
 胸の中で幾人もに謝りながら、アーサーは巧みに馬を操った。

 大きく息を吐き、アーサーは壁に背を貼り付けた。うまい具合に城内に侵入は果たしたが、よく考えてみたら、アルヴィス皇帝がいる場所など知らないのである。薄紫に染まりつつある視界。時間はそう多くない。
 もしまだ残っているなら、とオイフェが説明した隠し通路。確かに使えた。案外、帝国軍は存在すら知らないのかも知れない。しかしそこから先はアーサー自身が探さねばならないのだ。
 骨が折れる。
 再び、ため息が洩れた。そもそも、こういう地道な作業は苦手なのだ。どうやら向こうもアーサーの侵入に気づいたらしく、辺りが騒がしくなってきている。焦燥感で胸が痛い。
 人の声が近づいていた。注意して手近の扉を開き、身を隠す。遠ざかるのを待って改めて室内を窺った。小さな机と本棚――どうやら、執務室か何かのようだ。ランプに灯りが点いている。先刻まで誰かいたのだろうが、今は人気がなかった。安堵の息をついて好奇心から机の上を窺い――ぎょっとして身を竦めた。広げられていたのは地図。それは、解放軍が駐留しているミレトス城と、シアルフィ城を繋ぐ橋を中心にしたものであり、細かな布陣が書きつけられていたのである。
 アーサーは唾を飲み下した。帝国軍の布陣のみではない。解放軍の布陣もある。恐らく想定されたものなのであろうが……非常な正確さ。まるで、昨夜の作戦会議にいたかのような。
 不意の物音に、アーサーは全身を凍らせた。……迂闊だ、気づかなかった。続きの間がある!
 洋燈の淡いオレンジ色の中に、ゆっくりと黒い影が浮かぶ。帝国の軍服だ、という認識は、かなりずれたものだったろう。次第にはっきりする輪郭。血で染め上げたような紅玉色の瞳と髪――ファラ神族直系の証。
 戦慄が、全身を駆け抜けた。
「……アルヴィス皇帝!」
 おそらく、賊の侵入を聞いていたのだろう。表情は揺らがなかった。その堂々たる様は、皇帝の名に相応しいと言えるだろう。実際、アーサーは心の冷静な部分でそう思った。
 冷や汗が、背中を伝う。
「何者だ」
 アーサーは拳を握り、ありったけの勇気をもってアルヴィスの目を見据えた。この瞳の何処かに、父と似ているところが有るだろうか。冷たい眼。宝石のように硬質な感触。その色彩以外、似ても似つかぬ。感情が高ぶった時の自分の瞳は、鮮やかな紅に変わると聞くが……この色と少しは似ているのだろうか。
「オレは」
 そこまで言って、喉の乾きを自覚した。唾を飲み、続ける。
「ヴェルトマー公子アゼルが一子、アーサーだ」
「アゼルの……?」
 ふぅっと、瞳が和らいだ。瞬間、アーサーはどきりとした。優しさが宿ったその目は、父のそれによく似て見えたのだ。
「そうか、アゼルが父親に……元気にしているのか」
 頭に血が上るのが解った。駆け上る怒りに任せ、アーサーはアルヴィスに向かって魔導書を投げつけた。古びたファイアーの魔導書を。
「ふざけるな!!」
 音を立てて、魔導書は床に落ちた。
「父さんは帝国軍に殺された。お前が命じたんじゃないか!!」
 アルヴィスは顔を上げなかった。爪先に落ちた魔導書を、静かに凝視している。
「もう十二年も前だ。オレはあの日から、ずっと今日を夢見ていたんだ。貴様を……父さんの仇を討てる、その日を!」
 エルサンダーの魔導書を取り出す。手が震えたのは、怒りのためだろうか。それとも緊張?
 ぱたり、と。
 ごく小さな音だった。激昂したアーサーが聞き逃さなかったのが、不思議なほどに小さな音。
 アーサーは訝り、音の主を知って息を止めた。
「……アルヴィス皇帝?」
 ひとしずく、ふたしずく。
 紅玉の瞳は、無言のままに血に汚れた魔導書を見つめていた。アーサーの視線を嫌うように、大きな手がそれを覆い尽くす。歳の割に老けて見える――苦労の窺える手が。
「……あんたじゃない……?」
 アーサーは呆然と呟いた。
「あんたは父さんを殺すように命じていなかったのか?」
 では誰が? 誰が父を殺したのだ?
 そこで初めて思い至る。――妹は何処にいた?
「言葉を飾っても実は変わらぬ」
 歪みも滲みもない、先刻と変わらない口調。
「帝国軍がアゼルを殺したのなら、予が仇である事に変わりはない」
 上げられた顔には、もはや感傷の一片たりとも感じられなかった。鉄面皮と表してもいいぐらいの無表情が占める。
「解放軍にいるのだな。では間もなくセリスが来るのか」
 それは問いかけではなく、確認ですらなかった。アルヴィスは緩慢な動作でファイアーの魔導書を拾い上げ、机に置いた。アーサーに背を向けたままで言葉を紡ぐ。
「甥の縁に免じて、この場は追わぬ。立ち去れ」
 ……何だ? セリス皇子が来れば、何だと……。
「貴方はセリス皇子を待っているんですか? 何故?」
 来れば、間違いなく戦いになるというのに。
 アルヴィスは応えない。背を向けたままで、微動だにしない。
「何故、敵であるオレに背を向ける?」
 エルサンダーを持つ手が、再び震え始めた。
 セリス皇子を待つ理由、自分に背を向ける理由――。
「貴方は……殺されるのを待っているのか?」
 ――何故?
 問いかけは虚しく床を這うのみ。投げかけられた払暁のひとかけらが、二人の影を濃く浮かばせた。

 洋燈の灯りが細々としたものに見える。
 暁の光は、既に室内に広く差し込んでいた。炎神の血を引く二人を、朝日は容赦なく照らしている。紅の髪は一層濃い色に染まり、銀の髪は光を弾いて輝きを増した。
 不思議なものだ、とアーサーは思う。長い間、仇と信じて疑わなかった男を前に、自分は何故こうも静かな気持ちでいるのだろう。
「……父に代わってお尋ねしたい。貴方は自分の正義を信じられているのか?」
 アーサーの言葉に、アルヴィスは僅かに身じろいだ。だが、唇は動かない。アーサーは更に続けた。
「各地で子供狩りが行われている。暗黒神の生け贄に捧げられているのを知っているでしょう? あの者達の悲しみの声が、貴方には聞こえないのですか」
 沈黙は揺らがない。
「――数多の命をもって、貴方の理想は叶ったのですか? 貴方の望んだ世界は、こんなものだったのですか!?」
 アルヴィスは振り返った。太陽を背にした姿に、アーサーは炎神そのものを見たような気がした。
「答えが知りたくば、力ずくで聞き出すがよい。……お前の力を示せ」
 やはり。
 アルヴィス皇帝は死に場所を求めている。何故か。挫折した理想故か、手の届かぬ現実故か。皇帝となり、全てを手に入れたかに見える伯父にも、どうにもならない何かが在るというのだろうか。だとしたら、それは何だ?
 脳裏に浮かんだのは、冷たい目をした少年。セリスの異父弟であり、アルヴィスの一子であるユリウス皇子だった。ミレトスで遠目に見ただけであったが、あの冷たい、不気味な感覚は忘れられるものではなかった。
 噂は本当なのかも知れない。
 アルヴィスは既に傀儡の皇帝と成り果て、実質はユリウス皇子が握っているのだと。そして、そのユリウスこそが、暗黒神ロプトウスの再来であるのだと。
 アーサーはエルサンダーを構えた。ゆっくりと魔導書を繰る。
「オレはトードの血も引いている。互角に戦えると思うが」
 一瞬、アルヴィスの瞳に怪訝そうな色が漂い、すぐさま了解に取って代わった。アルヴィスの唇に、薄い笑みが浮かぶ。
「思い上がりには引導を。それが私のしてやれる最後の事だ」

 慣れぬ手綱を取って、セティは馬を走らせた。馬上で魔法を使うなどという器用な真似は、アーサーやリーフの専売特許のようなものである。戦いに赴くならば、馬は無用の長物だった。
 だが。
 ……こんな事なら、もっと馬術を学んでおけば良かった。
 苦い後悔がセティの胸を灼いた。進めぬ自分がもどかしい。
「狼狽えるとは珍しいな」
 馬を並べて走るのは、魔剣ミストルティンを帯びたアレスである。皮肉を濃く帯びた一言に、セティは冷たい視線を投げた。しかしそれも一瞬。気を散らせば落馬もありえるのがセティの技量だったのである。
 狼狽。
 それには自覚があった。とにかく先に進み、無事な姿を見るまでは安心できない。
 アーサーの不在が発覚してから、セティは気が気ではなかった。解放軍の誰もが想像したことに、セティも同意見だったのである。即ち、単騎でのシアルフィ行きという、無謀な行動。
 思えば、昨夜の作戦会議の後、様子がおかしかった。
『ファラフレイムに対抗できるとしたら、フォルセティか?』
『……難しいな。属性的に無理がある』
『トールハンマーなら、って事か』
『そうだね。でも――』
『解ってるよ。オレには使えない。そうだろ?』
 自嘲とも取れる笑み。あれは、この事態の暗示ではなかったか? 何故、自分はそれを感じ取れなかったのだろう。
「急くな。本隊と離れては意味がない」
 冷静なアレスの声。先刻のように皮肉が混じったものではない。確かに本隊と離れては意味がないのだ。セリス皇子を中心としてロートリッターを突き崩す。その先鋒にいるのが、自分たちなのだから。
 胸が痛い。
 この予感が杞憂であれば良いのだが……。
 ――無事でいてくれ!

 アルヴィスは、ファラフレイムを開こうとしなかった。上級魔法ボルガノンが、容赦なくアーサーを襲う。アーサーの放つエルサンダーの輝きが、二人の影を不規則に踊らせた。
 これだけの戦闘となれば、周囲にもそれなりの余波があるだろうに、誰も介入してこなかった。最初こそ不審に思ったアーサーだが、すぐに思い当たった。セリス皇子が……解放軍が、シアルフィ攻めを始めたのだ。もう、時間がない。
 伯父と呼ぶべき人。皇帝となり、全ての憎悪を一身に受ける人。誇り高きヴェルトマーの当主。……哀れな人だ。本当なら、こんな風に死に場所を求めるべき人ではないのだろうに。もう遅いのだろうか。セリス皇子とこの人との間は、修復できぬものなのだろうか。
 アーサーは舌打ちした。多少不審がられても、ティニーからトローンの方を借りれば良かった。上級魔法同士なら、もう少しマシな戦いができるものを。いや……そもそもそういう考え自体、思い上がりと言うものだろうか。
 紅玉の瞳は、ユリウスと同じ冷たい色。だが、奥にあるものが違う、とアーサーは思う。その奥に隠されているものこそ、父と同じものなのではないだろうか。幼い日、自分を見つめていた優しい――。
 アルヴィスが肩で大きく息をした。訝ったアーサーの目の前で開かれる、真紅の魔導書。
「これ以上、セリスを待たせる訳にはいかぬ」
 ――ファラフレイム!!
 よくやった、という声が、聞こえたような気がした。

 悲しみと絶望と。
 その身を苛む炎を内に。
『……ディアドラ……ユリア……』

 目を覚ましたのは、ベッドの上だった。見知らぬ装飾の室内を背景に、幼なじみが自分を見下ろしている。
「気がついたな」
 呆れたようなため息を交えて呟く。アーサーはぼんやりする頭を振って、起きあがった。
「……オレ、どうしてた?」
「シアルフィ城の一室で瀕死のところを発見。ティニーとフィーが応急処置。その後シスター・ラナとコープルが治療。全治三日」
 淀みなく言い放ち、セティは冷たい視線を向けた。
「質問は?」
「……ありません」
 両手を上げて降参のポーズをしてから、アーサーは頭を下げた。
「悪かった」
「謝るなら、ぼくじゃなくてティニーにしておくんだな。ついさっきまで不眠不休で看病していたんだから」
 泣き虫の妹を思いだし、アーサーは頭を掻いた。
「うん……」
 セティは手近の椅子に座った。サイドテーブルから、一冊の魔導書を取り出す。
「目が覚めたら、どうしてあんな馬鹿な真似をって言うつもりだったんだけど」
 すっと差し出されたそれを見て、アーサーは一瞬だけ、顔を引きつらせた。が、すぐに視線を逸らし、在らぬ方を見遣る。
「前、これに触ろうとして怒られたな。覚えてるか?」
 セティはそれを持ち直し、ページを開いた。黒ずんだ古い魔導書、それに隠された秘密を。
「アーサーの側に置いてあった。まるで、見つけろって言わんばかりに……もっと前に気づいてもよかったかもな。怒った時のアーサーの瞳、あんなに綺麗な炎色してるんだから」
 それが即ち、ファラの血の顕れであることを。
 きつく唇を噛むアーサーを見遣り、セティは姿勢を正した。
「ぼくがアーサーの立場でも、きっと同じ事をしたと思うよ。肉親だけど……いや、だからこそ誰にも渡したくないからね」
 アーサーはため息をつくと、自分の手に目を落とした。
「アルヴィス皇帝は死んだんだな」
「ああ。セリス様が」
「そうか……」
 しばし流れた沈黙は、新たな人物によって破られた。ノックに続いて現れたティニーは、目を瞠り、戸口に立ち尽くす。
 ひらっと手を振ったアーサーに抱きついて、ティニーは声を上げて泣いた。

 その夜、シアルフィ城はかつてない宴で盛り上がった。正統な跡継ぎが帰還したのである。盛り上がらなくて何としよう。
 その輪の中にアーサーの姿がないことに気づき、セティは席を立った。
「お兄ちゃん?」
 見咎めたフィーが呼び止める。
「ちょっと外の風に当たってくるよ」
「そう? 気をつけてね」
 廊下に出たところで、父の姿を見つけた。壁に背中を預け、目を閉じている。行き過ぎようとしたところで、声がかかった。
「甘やかすのは為にならん」
 立ち止まり、父を見据えた。何をさして言われたのか、セティは正確に把握していた。
「私が行くのはアーサーの為ではありません。自分の為です」
 レヴィンは、少々意外さを込めて息子を見遣った。が、それを言葉にはしなかった。懐から、魔導書を取り出す。
「これを渡しておけ」
 息を飲み、セティは父を見つめた。
「父上は御存知だったのですか? アーサーが、皇帝の――」
 レヴィンは何も言わなかった。身を起こし、そのまま廊下の向こうに歩き去っていった。

 さわさわと風が渡る。
 初めて来た場所なのに、不思議と懐かしさを覚えた。理由はすぐに解った。この丘の感じが、故郷とよく似ていたのだ。
「探したよ」
 背後からの声に、アーサーは振り返らなかった。
「よく解ったな」
「そりゃ、愛のなせる業」
 はぁ? と顔を上げると、セティはにこ、と笑ってから隣に腰を下ろした。
「冗談だよ。探したなんてのも嘘。なんとなく、感じが似てると思ったから、ここなんじゃないかなと思って」
 ……妙なカンばかり冴えてやがる。
 アーサーは自分の膝に額を凭れさせた。顔を見られたくなかった。
「偽善だよな」
 何が、とセティは問わなかった。
「ずっと殺そうと思ってた相手だったんだ。オレから父さんを奪った、憎い相手だったんだ。それを……」
 風が優しく渡る。泣きたくなるほどに。
「セリス皇子は国を取り戻して、オレは仇が死んで。こんな嬉しい日にさ、黄昏るなんておかしなものだろ?」
「そんなことないよ」
 むしろ、とセティは遠くを見晴るかした。
「アーサーは、皇帝の死を悼む権利があるよ」
「ないよ、そんなもん。仇だったんだから」
 もしも時間があったなら、語り合う事が許されたなら、あの人の負う苦悩を、少しは解ることが出来たかも知れない。自分だけではない。きっと、セリス皇子も。それがこんな形で終わってしまったのが、あまりに哀しい。……哀しむだけの権利が、自分にはなかったとしても。
 とん、と肩に堅い感触があった。顔を上げると、真紅の魔導書が目に入る。
「父上が、アーサーにって」
 呆然としながらも、手だけは無意識にそれを受け取っていた。
「どう、して」
「それが一番相応しいから、だと思うよ。父上達は戦友だったって言うから、きっとアーサーの気持ちを解ってくれたんじゃないのかな」
 自分には、決して使うことが許されぬ魔導書。アーサーはそれをしっかりと胸に抱いた。
「これを守るのも、ヴェルトマー家の務めってヤツだな」
 冗談めかした言葉が涙で歪んだ。顔を覆うよりも前に、ぐい、と頭を抱き寄せられる。
「泣いていいから。ぼくは何も見ていない」
 堰が切れる。魔導書を抱く手が震える。
「……伯父、上」
 一度も呼ぶことのなかった名が、届くのなら、聞こえるなら。
 あの時の答え――叶った夢、叶わなかった夢を。

 それから三日ほど、アーサーはシアルフィ城内にある図書室に入り浸った。ただ闇雲に皇帝の治世を調べ、分析した。そうやって日が暮れるまで図書室で過ごしている内に、ある意志が、アーサーの中で確立されていった。
 ――夕日を見ていると、あの部屋での事を思い出す。
 無惨に崩壊し、今は立入禁止となっている、あの部屋。
「………」
 想いは連なる。自分がファラフレイムを使う事は不可能だが……。

 エッダ城とドズル城からの進軍が伝えられたその日。
 シアルフィ城の大広間で、セリスは進軍の演説をしていた。いつまで経っても苦手だ、と愚痴ることはあったが、それでも、これも盟主の務めとばかり無様な姿を見せた事は一度もない。
 この戦いの間に、セリス皇子は成長しているのだな。
 そう思うと、アーサーは胸がいっぱいになる気がした。自分は臣下としてセリス皇子に従ってきたわけではない。あくまで戦友として名を連ねてきた。並び立ち、支える仲間として。
 演説が終わるのを待って、アーサーはセリスの前に進み出た。訝る視線を全身に巻き付けたままで、セリスの前に跪く。眼前に、ファラフレイムの魔導書を置いて。
「ヴェルトマー公子アゼルの息子として」
 周囲の空気がざわりと揺れた。フリージ公女ティルテュの息子という以外、アーサーは自分の出自を語ったことがなかった。アルヴィスの血縁であることが疎ましく、重かったから。
 だが、今は違う。
「そしてファラフレイムを継承する者として――グランベル王セリスに、忠誠を」


update:1999.04.30/written by Onino Misumi

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