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家族の肖像
I listen to calling from my past


 セリス率いる解放軍と合流を果たし、一時的なものながらレンスター城に身を置く事が決まると、リーフは少し、怯むような様子を見せた。
「……どうしたの?」
 優しく、けれど怪訝そうにセリスが尋ねる。リーフはとっさに首を振り、表情を改めた。
「いえ、何でも」
「確かにコノート城の兵力は気になるところだけれど、大丈夫だよ。私達もすぐに行く」
 どうも不安がっていると思われたらしい。再び、今度は慌てて首を振った。
「違うんです。そうじゃなくて……」
 首を傾げながら、セリスは地図をまとめた。側にいるオイフェに手渡す。
「久々に帰る居城だろう? ゆっくりとは言い難いだろうけれど、くつろいでおいで」
 そう言って微笑まれたから、言えなくなった。喉元まで出かかった言葉は、それ自体が喉に詰まったように出てこない。
「――はい」
 セリス皇子、御存知ですか?
 僕はレンスター城を知らない。入った覚えすら、ないんですよ――。

 リーフは、生まれて間もなくと言っていいくらいの時期に、両親を亡くした。時をほぼ同じくして、統治すべき国をも失った。悲劇的な境遇だったが、リーフがそれを理解してから、まだ十年と経っていない。
 リーフは家臣であるフィンの手によって育てられた。小さな開拓村に身を潜め、表向きはフィンの息子として。開拓村には、ろくに読み書きが出来る人間がいなかった。フィンは騎士として学んだ知識を村人に教える教師のような役目をし、生計を立てていた。
 リーフの名は伏せられ、普段は『デルムッド』と呼ばれた。家の中と外で、フィンの態度は速やかに違ったが、それが普通なのだと思いこんだまま、リーフは成長した。物心がつく前からフィンの妻・ラケシスがおり、他人からは仲の良い家族にしか見えなかったに違いない。
「リーフ様は、レンスター王家の王子なのです」
 事ある毎にフィンが言い続けた言葉。まるで呪文のように唱え続けられた言葉。父なるものがキュアンという名を持ち、母なるものがエスリンという名を持つこと。それは理解できたが、『父上』と『お父さん』が同一の者を示す名詞であるとまでは、頭が回らなかった。リーフにとって『父上』がキュアンであり、『お父さん』はフィンであったのだ。
 リーフが四歳の年、ラケシスは本当の息子であるデルムッドを迎えにイザークへ旅立った。『お母さん』がいなくなったその時から、リーフの周りは少しずつ変わった。フィンは父親の顔をしなくなり、家臣としてリーフに接する割合がずっと増えた。まだ幼かったナンナにも、それは伝わったのだろう。いつしか「兄さま」と呼ばなくなった。周囲に倣って父親をも「フィン様」と言い出し、挙げ句「自分の父親は誰なのだろう」と悩むに至ったのは笑い話だが、『家族』が『家族』でなくなったという、象徴的事件であったと言えるかも知れない。
 リーフが『家』と言われて真っ先に思い出すのは、フィンとラケシス、ナンナと過ごした、小さな開拓村の家だった。自分の城、と言われてもピンとこない。両親の仇、王家の復興……確かに、自分が果たすべき役目だろうと思う。キュアン父上を尊敬しているし、マンスターの大地を愛している。それは嘘じゃない。
 それでも。
 やはりリーフにとって『レンスター王家』とは、顔のない、漠然とした肖像画のようなものなのだった。

 日が暮れかけた頃、やっとレンスター城に到着した。城を見上げるフィンの目が、懐かしそうに細められる。ブルーム王の手より取り戻したものの、じっくりと見る時間などなかった。セリスが来て、初めて見上げる余裕も出たのである。
「……変わらない」
 ぽつり、とフィンが呟く。時間をも超越し何かを見つめる眼が、リーフには不快だった。
「さあ、参りましょう。城の中を整えなくてはなりません」
 妙に嬉しそうなフィンが、何だか遠い。頷くのさえも面倒に感じられて、そんな自分が嫌だと思った。フィンが仕えているのは、自分ではなく父なのだと――懐かしそうな表情を見る度に、そう思った。思う度に自己嫌悪が増え、ますます嫌な気分になる。
「リーフ様?」
 静かな声音で、ナンナが覗き込む。曖昧に笑って見せてから、リーフは密かにため息をついた。
 そうこうしているうちに、アルスターや近隣の村から、ぞくぞくと民が集まってきた。外壁の修理や、城として機能する為の組織作り取りかかるのだという。そうなると、リーフにも出番が回ってくる。本人の想いはどうあれ、リーフはレンスター王家唯一の生き残りであるのだから。彼には民を導き、守る義務がある。
「キュアン様とエスリン様もお喜びでしょう」
 一人ならず言われた言葉。
 笑って応えるしかなくて、そうしてきたけれども。
 やっぱり、辛い。顔も知らない両親。抱かれた記憶すらないのに。その自分に、父や母を重ねて見る民衆――フィンのことも。この、罪悪感に似た不快な感情。持て余すほどに重い。
 この重荷を誰かに任せてしまえたら、どんなに楽だろう。
 自らが導くのではなく、強大な指導者に全てを委ねてしまえたら。……そう、今、アルスター城にはセリス皇子がいる。グランベル王国の正統な後継者である、セリス皇子が。ユグドラル大陸全体をグランベルに統合させれば、戦争など起こらなくなるのではないか。
 そこまで思ってから、リーフは首を振った。
 国を一つにすれば、戦争の代わりに内乱が起きるだけだ。忘れたのか? マンスター地方はフリージ家によって統一された。その結果を、自分は見てきたではないか。それに、強大な指導者一人に委ねた結果が、今のグランベル帝国ではないのか。一人が支える国は脆い。その胸先三寸で国の大事が定まってしまう。自分が目指すべきはトラキア半島の統一だが、それも一人では成し得ない。その後の統治も。望むべくは、かつてのグランベル王国、あるいはアグストリア諸公連合のような、分割統治。
 息を吐き、天井を見上げる。
 既に心に定めていた筈の事でさえ、こんなにぐらついてしまう。
 自分は臆しているのだろうか。
 夢見ていた筈の未来が、手に届く現実として横たわっているから?
「ああ、こちらにいらしたのですね、リーフ様」
 扉が開き、金色の輝きが現れた。にこりと微笑みかけた顔が、心配そうに曇る。
「お顔の色が……?」
「ちょっと疲れただけだよ、大丈夫」
 そうですか、と応じたものの、まだ心配そうにリーフを見つめている。
「じゃあ、ライブを頼もうかな」
 そう言うと、輝かんばかりの笑みが咲いた。
「はい!」
 暖かい光が降り注ぐ。体が軽くなったような気がして、リーフは深呼吸をした。体だけでも軽くなるのはありがたい。
「ありがとう」
 はにかんだように笑ってから、ナンナは不意に思い出したらしく、大きな目を瞬かせた。
「リーフ様、お父さまがリーフ様を捜してました。何でも、お見せしたい物があるとか」
「フィンが?」

 フィンに連れられてやって来たのは、屋根裏部屋としか表しようのない場所。
「昔、ちょっと偏屈でしたが、腕のいい画家がおりまして」
 とうの昔に錆びついたのだろう鍵を壊し、フィンはリーフを招き入れた。
「王の許しを得て、こちらに居を構えていたのです」
 フィンの持つ燭台が揺れる。光が奥まで届かないところを見ると、案外広いのかも知れない。
「王家の肖像画を何枚も描きましたが、新しい絵しか飾ろうとしませんでした。古い絵は、全て自分の手元に戻してしまうのです。あの鍵の様子だと、フリージ家がこの城に来てからは、開けられていなかったのでしょう。だとすれば」
「だとすれば?」
 フィンはすぐには応えなかった。燭台を床に置き、何か大きな板状の物を引っぱり出す。
「こちらに、キュアン様やエスリン様の肖像画があると思われます」
 リーフは、思わずまじまじとフィンの横顔を見つめた。
 ……知っていたのだろうか。自分が、踏ん切りがつかないでしまっている理由を。
 積もる埃を払い、フィンが軽く咳き込む。我に返って、リーフは燭台を手に取った。
「わかった。私が探してみる。フィンは、もう休むといい」
「……お手伝いしますが」
「このくらいなら自分でやるよ。フィンには、明日も働いてもらわねばならないのだから、休んで欲しい」
 何か言いたげにリーフを見、だが、フィンは何も言わなかった。丁寧に一礼し、部屋を後にする。
 一人残されたリーフは、燭台の火を頼りに、辺りを探した。見ていくうち(一概に全てとは言えなかったが)、奥の物ほど古い絵であるのが解った。なるべく戸口に近い山を崩し始める。埃が燭台の火に引火せぬよう、気を付けて。
 そうしていくうちに、リーフは一枚の肖像画を発見した。利発そうな、少年の肖像画。自分と同じぐらいの歳だろうかと裏を見て、心臓が一瞬止まりそうになる。
749 Cuan
「キュアン……」
 父上だ!
 表面にある埃を拭う。目の色も髪の色も……顔立ちも。鏡で見る自分に似ていた。なるほど、フィンが自分に父を重ねるのは仕方がないかも知れない。そう納得できるくらい、自分は父に似ていたのだ。
 少年時代の父上がここなら、とリーフは絵を引きずって、戸の近くに置いた。もう少し、戸口に近い山を捜索する。
 程なくして、祖父カルフを初めとする近しい人達の肖像画が、次々と見つかった。幼い父や、おそらくは婚礼の時のものであろう、父と母の肖像など。初めて見る父と母は、画家の采配であろうか、どの絵も幸せそうに描かれていた。
 リーフは二人が描かれた肖像画を前に、床に座った。ふと、月が明るいのに気がついて、燭台の火を消す。無粋な赤い光が消え、皓々とした月の光が落ちる。青い薄闇に、両親の肖像画が綺麗に映えていた。
 十七年、生きてきて。
 帝国から、トラキア王国から、逃げ隠れを繰り返してきた。優しいラケシスの手と、フィンのまなざしに守られて生き延びた。フィンの忠誠は疑うべくもなく、自分のために尽くしてくれた人達の想いを、忘れることもできない。
 それでも、たった一つだけ知りたかった。
 父上、母上。
 あなた方は、本当にこの戦いを望まれていたのですか。私を、愛していたのですか?

「死んでしまうと」
 静かに、フィンが口を開く。
「どんな事も洗い流されてしまう。時が経てば、憎しみも悲しみも消え、綺麗な事だけが残る」
 ナンナは、じっと父の顔を見つめた。
「お母さまの、事ですか?」
 フィンは直接的には応えなかった。ナンナの顔を見、少しだけ笑みを浮かべる。
「ラケシスを……お母さまを、愛しているかい?」
「はい」
 迷いようもない返答に、苦笑が浮かぶ。
「……お前はいい。母親を覚えている、父親を知っている。だが、リーフ様は――」
 ナンナは少しの間、父の顔を凝視していたが、向かい側の席に腰を下ろした。
「お父さま。リーフ様のご両親は、リーフ様を愛してらっしゃいましたよね?」
「無論だ。しかしそれは、私の口から語っても無意味なのだよ」
「でも」
 ナンナは言葉を濁し、俯いた。イード砂漠に消えた、リーフ王子の本当の家族。土の下では、語らせる術など無い。
「――それでは余りに、リーフ様がお可哀想です。言葉にしなければ伝わらないことも、あると思います」
 無情にも、フィンは静かに首を振った。いたたまれなくなって、ナンナは一度上げた顔を、再び俯かせた。母の一件が引き金となり、父には不信感がある。父が母を愛していなかったとは思いたくないが……言葉にして伝えて欲しかった。先刻の言葉は、そのまま父に向けた自分の気持ちだ。父はそれに、どこまで気づいただろう。
「それを確かめるために」
 顔を上げる。フィンは、窓越しに遠くを見遣っていた。
「レンスター城に来たんだ。リーフ様は、きっと答えを見つける……見つけられる。その時になれば、ナンナにも解るだろう。私の気持ちも、ラケシスの想いも」
 それ以上、フィンは何も語ろうとしない。閉ざされた沈黙の中、ナンナは父の顔を見るしかできなかった。
「しかし……遅いな、リーフ様」

 ずっと、顔を知りたいと思っていた。髪の色は、目の色は、どんなだろうと思っていた。
 でも、いざ知ってみると、他にも知りたいことがあったのだと気づく。
 声はどんなだったろう。腕のぬくもりはどうだったろう。自分は体の何処かに、それを覚えてはいないだろうか。思い出せないものだろうか。
 愛しい大地。同じように愛しい筈の両親――思い出せない。
 無理もない。死に別れた時、自分は乳児と言ってもいいくらいで……ああ、でも!
 過ぎた望みだ。解放軍の戦士ほとんどが、両親を知らない。両親が誰か知っているだけ、自分は余程ましな境遇にいると言える。それでもと望むのは……我が儘だが、どうしようもない。そう、我が儘なのは解っているのだ。
『こんな所で寝ていると、風邪をひくぞ』
 ふっと。
 温かい手が、髪を撫でた――気がした。弾かれたように起きあがる。ぎょっとしたように、長身の影が竦んだ。
「リーフ様?」
「……フィン」
 いつの間に眠っていたのだろう。辺りを見回し、リーフは床の上に座り直した。
「今の……フィンか?」
「は?」
 フィンが首を傾げる。どうやら違うようだ。では、今のは……。髪を掻き回す。くすぐったいような感触が、はっきりと残っていた。
 手前の山から一枚の絵が落ちたのは、その時だった。思わず、フィンと目を見交わす。
「ネズミでも、いたのでしょうか」
「さあ……」
 音のした方にフィンが足を向ける。それについていく形になりながら、リーフも後を追った。伏せられるように落ちていたそれを拾い上げ、フィンの動きが止まる。訝り、手元を覗き込んで、リーフも息を飲んだ。
 それは、描きかけの画布であった。赤ん坊を抱いた女性らしき人物が、前面に腰掛けている。その膝に甘えている幼児、そして、その後ろに立つ男性らしき人物――。
「……飾られなくて、ここに残っていたんだ」
 惚けたように、フィンが呟いた。もしも完成され、広間にでも飾られていれば、今頃はフリージ家によって外され、失われていたに違いなかった。
 震える手を伸ばす。フィンはリーフの手にそれを委ねた。
「これは……私、か?」
 膝の力が抜ける。
 ――ああ!
 絵を抱きしめて、リーフは肩を震わせた。堪えようとしても堪えられない、感情の渦。
「フィン……私は……」
 描きかけである絵からも伝わってくる。他の肖像画にも共通してあった、日溜まりのような暖かさ。それはきっと、画家の手によるものだけではないのだ。描かれている父も母も、きっと幸せで。だからこんなにも暖かな肖像となって残っているのだ。
「私は……愛されていたんだな」
 フィンの手が、そっと肩に載せられた。
「この絵、ちゃんと描かれたのを見たかったな。幸せだったんだ、きっと。……それを見たかったよ」
 何度も途切れはしたが、やっとのことで言葉にする。フィンの手が温かくて、また涙があふれた。
 もう、迷わない。
 誰にとってのものでもない。これは自分の正義だ。かつての、このぬくもりを取り戻す。この国の民、全てにあった筈の希望とぬくもりを取り戻す。その為に戦う。そして勝利を手に入れてみせる――トラキアに怯える日々を終わらせてみせる。
 こんな想いを、他の誰にも味あわせてはいけないのだ。悲劇はここで食い止めねばならないのだ。
 その為の、光を。
「――フィン」
「はい」
「行こう。セリス皇子と一緒に、これからもずっと。そしてこの大陸に光を取り戻そう」
 フィンは目を細めた。ぎゅっと閉じて、頭を下げる。
「王子ならば、必ずや成し遂げられるでしょう」
 頷いて、リーフはもう一度、絵に目を落とした。
 笑顔の両親と姉が、自分の家族が、はっきりと見えた気がした。

 戻らないことを知っている。戻れないことを知っている。
 それでも。
 ――きっと取り戻してみせる。あんな風に、笑える未来を手に入れる。
「ナンナ」
 遠くにコノート軍を見据え、リーフは呟くように呼んだ。
「はい、リーフ様」
「私は幸せだよ」
 視線を転じた先で、ナンナはきょとんとしてリーフを見ていたが、やがて明るい笑顔を浮かべた。
「――はい、リーフ様」
 ナンナはその時、ほんの少し涙を浮かべたけれど。
 リーフは何も言わなかった。もう一度、コノート軍を見据えただけだった。


update:1999.05.19/written by Onino Misumi

Background:Angelic

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