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風雷邂逅
My destination...


 強い風が吹きすさぶ。
 思わず目を閉じてから、セティは蒼穹を仰ぎ見た。トラキアの峨々たる岩根から吹き下ろす風は、雲を生み、恵みの雨を生んで、マンスター地方の肥沃な大地を創る。
 ――いい風だ。
 町を見下ろす街路に立って、セティは大きく息を吸った。反帝国の活動を指揮して数ヶ月。いわゆる地下活動にあるために、昼日中に歩き回る事も少ない。風を感じることも、比例して少なくなる。
 息の詰まるようなマンスターの情勢。
 ここを治めているフリージ公女イシュタルは、統治者として無能ではなかった。それだけに、反乱を企てるのは容易ではない。彼女がいかに有能であれ、彼女が帝国の陣営に属する限り、住民の不安は残り続ける。じわじわと広がるロプト教団の狂気。それがいつ、このマンスターを飲み込むかわからないのだ。不安にならない方がどうかしている。
 柵に手をかけ、セティはため息をついた。綺麗な町並み、整えられた街路……それらが全て、イシュタル公女の有能さを物語る。自分は勝てるのだろうか。彼女を相手に。そもそも、自分の存在が彼女に知られていないという確証もないのだ。
 もう一度、ため息をついてから荷物を持ち直す。一見、買い出し途中の少年に見えるであろう自分を思い、小さく苦笑した、その時だった。
 顔を上げ、セティは思わず立ち竦んだ。
 自分と数歩も離れていない所に、少女が一人、立っていた。先刻のセティに倣ったように、柵に手をかけてマンスターの町並みを見下ろしている。暁の紫を帯びた銀髪が、風になびいてきらきらと光っていた。
 ――イシュタル公女!!
「いい風が、吹いていますね」
 こちらを見ずに言われたので、一瞬、自分に向けられた言葉と判りかねた。
「え、ええ……」
 ゆっくりと、まるで時間が滞ったような動作で、少女がこちらを見る。髪と同じ、美しい暁の紫がセティを射る。
 平静を保とうと、セティは必死になった。背中を冷や汗が伝っていく。
「フリージのお姫様が――」
 声が震えるのを辛うじて自制する。
「供も連れずに、お一人ですか?」
 ふっと、イシュタルの顔に笑みが浮かんだ。
「時々、こうやって領地を見るのもいいでしょう。人垣の中にいては風も感じられない」
 疑問が胸を過ぎる。
 彼女は単に領地を見ていただけであって、自分を領民の一人と思っているのではないか。自分が反乱を企てている一人などとは、思っていないのではないだろうか。
 しかし、自分に向けられる圧力が、それを否定していた。自分と同じ、神の武器を操る者の波動。それが空気を震わせるほどに強く、自分に向けられている。気を抜けば、膝を屈してしまいそうなくらいに高圧的な、それ。抗っている自分の力に、気づいていない筈がない。
「マンスターの民は、風を感じる余裕もありません」
 セティの言葉に、イシュタルの目が細められた。唾を飲んで、続ける。
「貴女が公明に治世を布いているのはわかります。ですが、民は不安を感じているのです。帝国の各地で起こっている虐殺や子供狩りが、いつマンスターに来るのだろうか、と」
「では」
 半身を開いて、セティを見据える。
「私にどうしろと? ここを解放しろとでも?」
「マンスターは、もともと民のものであった筈。民の手に委ねるのが最善と考えます」
 まっすぐな紫の視線。痛みさえ覚えるその中に、セティはふと、懐かしさを感じた。それが何なのか判るより早く、イシュタルが口を開く。
「貴殿も知らぬとは言わせぬ。私の存在が、トラバント王を牽制している。私がこの地を去れば、あの男はここを攻めるだろう。帝国が去れば、トラキアが来る。支配者が変わるだけで、何も変わらない」
 それは、確かに事実の一端だった。フリージの存在がトラキアを牽制し、この十数年という間、トラキア半島に微妙な平和をもたらしているのだ。
「ですが」
 セティはイシュタルの目を見つめた。服の上から、隠し持っているフォルセティの書を探る。
「このままの状態は、民にとっての幸せではない。そうやって、幸せを感じられないまま生かされる民を、貴女は哀れとは思いませんか?」
「それが」
 一陣の風が、イシュタルの髪を巻き上げた。
「貴殿がこの地に留まった理由か? 勇者セティ」
 一瞬の、気の遠くなるような静寂。自分の鼓動が、相手に伝わるほどに大きく響く。
「そう――かも知れません」
 一度も開いたことの無い、フォルセティ。これを使えば、彼女を倒せるかも知れない。だが、まだ私は解らないでいる。フォルセティの意味――風の導く、その先が。そんな状態で、雷神の異名を持つ相手を、倒せるだろうか。
 ――ここで戦うのは、果たして得策だろうか?
「かも知れない、か」
 イシュタルは両手を柵について、ふぅ、と息を吐いた。あれほどあった圧力が、ほんの少しだが、和らぐ。
「面白い話を聞かせて頂きました。……もう、戻らなくてはなりませんので」
 礼さえせずに、踵を返す。遠ざかる後ろ姿を、セティは呆気にとられて見送り、そしてずるずるとその場にへたり込んだ。びっしょりとかいた汗が、風によって冷やされていく。服の上からフォルセティを探って、セティは目を閉じた。
 あれがイシュタル。自分が戦うべき相手。
 だが、今はまだ勝てない。勝てる自信がない。
 それでも、セティは感じていた。彼女と自分が、いずれは戦う日を迎えるだろう事を。
 身を震わせてから、セティは不意に思い出した。イシュタルの美しい瞳。あれと同じ色の瞳を、友人も持っていた。暁の紫を帯びた、フリージ特有の銀髪も。懐かしさを思って微笑してから、首を傾げる。
 ――フリージ『特有』の銀髪。綺麗な紫を帯びた、またとない銀の髪。
「あれ?」
 今はもう確かめようがないけれど……アーサーって、フリージ縁の者だったのかな。

 マンスター城の一室で、イシュタルは自分の腕を握りしめていた。どうしようもなく震える腕は、いくら押さえつけても収まりを見せない。
 自分と同じ、否、相反する神器の波動。
「ふ……」
 あの男は、いずれ自分の前に立ち塞がるであろう。そうと解っていて、何故、自分はあの男を殺さなかったのか。
 ――殺さなかった、のではない。殺せなかった、のだ。
 体裁を保ち、引いてくるのが精一杯だった。私は、あの男の前から逃げたに過ぎない。トールハンマーがあれば、というのは言い訳だろうか。
 偶然とは言え、よもや相まみえるとは思わなかったから……。
 澄んだ瞳をしていた。新緑の緑……鮮やかな、広大な未来を見つめる瞳だ。
 次に会うのは、おそらく戦場であろう。その時、自分は勝つことが出来るだろうか。
「勇者セティ、か」
 口元を彩る笑みは、歓喜か、狂気か――あるいは恐怖か。
 イシュタルには判断がつかなかった。


update:1999.06.02/written by Onino Misumi

Background:Angelic

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