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The idea of crime and punishment


二 罪人の浅き眠り

 泣き喚く子供の声。それを背に聞きながら、落ちていく銀の輝きを見守った。軽い物音が割に近くから届く。それが木の枝に引っかかった音であるのを確認し、窓を閉めた。
 魔法が発動する、耳鳴りに似た音が交錯する。足早に扉を開くと、金色の煌めきが視界を過ぎった。
「ティルテュ!」
 手摺から身を乗り出すと、幼女を抱いた女性がこちらを振り仰いだ。彼女の背後を狙う兵士に向かって、手を翳す。
「『炎神ファラよ』、ファイアー!」
 兵士がもんどりうって倒れる。その隙に階段を駆け下り、同じく駆け登ってきた彼女を抱きしめた。
「アーサーは?」
「大丈夫。それより……」
 視界が動く。目を向けた先には兵士。影のように顔こそはっきり見えないが、その胸元に輝くのは、グランベル軍の――ゲルブリッターの紋章。
「お願い、逃げて。この人達の目的はあたしなのよ」
「わかってる。でも、そんな事できないよ。僕は君の夫なんだ」
 その隙に、兵士が一気に襲いかかる。相手は二人。それも一人は子供連れの女性。最初こそ軽い気持ちで対した兵士達だったが、今までの戦闘から相手が相当の戦士であると判断し、一気に片を付ける方法に切り替えたらしい。必然、子連れの女性に攻撃が集中する。
「きゃあぁぁっ!!」
「ティルテュ、ティニー!」
 腕を伸ばした瞬間、胸を貫く何かがあった。一瞬の灼熱感に続く、息苦しさと、それ以上の痛み。ぐらりと視界が揺れた。どん、と床に倒れ込む。
「とうさま、とうさまぁ!」
「離して! いやぁあ!」
 薄れ行く意識を、二人の声が現実へと縛り付ける。必死に探った手に触れる、魔導書の感触。噎せ返る血の臭気でさえ何処か遠い。ついた手が、ぴちゃりと音を立てた。
「させる……かっ!」
 ほとばしる炎が兵士を薙ぎ倒す。難を逃れた兵士達の憎悪が、一気にこちらへと向けられた。
「……とどめが必要か」
「おい、放っておいても死ぬぞ。そこまでしなくても」
「構わないだろう。任務は公女の捕縛。邪魔する者には死を」
「やめて! お願い、やめてぇっ!」
 ああもう、そんなに泣くなよ。ティニーまで泣くじゃないか。
 軽く呼吸を整える。失血のあまりに意識が揺らぐ。――応えてくれ、精霊達。
「『炎神ファラよ』――」
 突き出される刃。それが自分に届くまでの時間は、何故か酷く緩慢だった。
「アゼルーッ!!」
 もはや痛みは感じられなかった。自分を貫いた刃を、無感動に映し出す視界。崩れ落ちる感触が、いつもより体を重く感じさせていた。
 狂ったように泣き叫ぶ声が、次第に遠ざかっていく。それは現実なのか、それとも自分の命が消えつつある所為なのか。そして赤黒く染まる視界は……血の色なのか、それとも。
 ――ああ、兄さん。
 貴方に伝えたかった。もう一度、会いたかった……話したいよ、兄さん。話したいことがたくさんあるのに……こんな所で――僕は、本当は――ティル――愛、し――


「閣下」
 ふっと目を開いて、アイーダは深い息を吐いた。いつの間にか居眠りをしていたらしい。
「お疲れのようです。少し休まれては」
「ありがとう。でも大丈夫」
 やんわりと応じられれば、反論できよう筈もない。文官は釈然としない面持ちながらも、書類を手に退室して行った。人の気配がなくなってから、再びため息をつく。
 ……夢を、見ていた気がする。それも、公子の夢を。
 椅子がぎしと音を立てる。背凭れによりかかり、天井を仰ぎ見た。
 シレジアを征服して早五年余り。アイーダはその統治者として、ロートリッターの一部を率いて駐屯している。
 一見、何事もなく統治しているように見えるのだが、それはシレジアの国土の所為だ。雪によって冬の間は各地が孤立してしまう為、結果として中央の方針が地方に行き届くまでに時間がかかる。事実、あの惨劇の場から逃れたとされる王子レヴィンも、反帝国勢力が集結していると言う隠れ里も、発見できていない。指導者らしき男の名前まではつきとめたのだが、そこで頓挫してしまった。自分達が侵略者でしかないことを、アイーダはよく知っていたつもりだったのだが、この事実を前に、痛感するしかないところであった。
 そして、彼女には更に課せられた使命がある。
 行方不明の公子、アゼルの捜索。
 あのバーハラでの惨劇後、アゼルは忽然と姿を消した。内部に手引きした者がいるらしかったが、結局は解らず終い。とにかく公子を見つけることが先決だとアイーダも思った。
 この事はアイーダが自分一人の胸に納めていたことだったが、アゼルは結婚している。それも、フリージ公女ティルテュと。そのティルテュを捜しにフリージが乗り出してきているのだ。アゼルがシレジアにいる確率も、非常に高かった。
 このシレジアでは、銀髪も紅の髪も非常に目立つ。にも関わらず、行方は杳として掴めなかった。アイーダとしては、アゼルもティルテュも(そして現在五歳になるであろう子供も)フリージに渡すつもりはなかった。彼らはこのヴェルトマー家の人間である。アゼルと婚姻を結んだ以上、ティルテュもヴェルトマーの人間。渡すわけにはいかない。
 結果、捜索は競争の様相を呈してくる。フリージがゲルブリッターを投入してきたと知り、アイーダも睡眠時間を削ってまで捜索に力を入れた。
 そんな状況だったからだろうか。
 あんな……公子がゲルブリッターに殺される夢を、それも自分が公子の視点の夢など見てしまったのは。
 あまりの生々しさが蘇り、アイーダは思わず口を覆った。生臭い血の匂いと、胸が張り裂けんばかりの――兄への想い。
「公子……」
 扉を叩く音がした。アイーダは慌てて目尻を拭った。
「閣下。ゲルブリッターが出国許可を求めています」
 その報告に、アイーダは眉を上げた。彼らが、何の収穫もなく引き上げる筈がない。
「では――」
「はい。フリージ公女ティルテュ様の許可も併せて」
 アイーダは少しの間、人差し指の第二間接に歯を当てるようにして考え込んだ。
「話がしたい。公女と、それから……できればゲルブリッターの代表者だ」
「わかりました。許可はその後に、でよろしいのですか」
「話す内容如何で取り消すかも知れない」
「は。では、そのように」
 あまりのタイミングの良さに、アイーダは寒気さえ覚えた。
 ――まさか、あの夢……。

 ゲルブリッターに訊くことは、たった一つだった。
「アゼル公子が一緒ではなかったか?」
 一瞬、彼の目に動揺が走ったように見えた。
「一緒だったのだな。公子は何処に?」
「いや、公子などいなかった」
 アイーダは、淡々と雷の騎士を見た。彼は、僅かな笑みを浮かべた。
「紅の髪に瞳がファラ神族の象徴なのだろう? 公女といたのは、黒髪の男だった」
 出国許可をネタに脅すことも可能だったが、アイーダはそれ以上のことを彼に訊こうとは思わなかった。公子の居所を隠しても、彼らには何の益もないと思えたからだ。
 次に連れてこられたティルテュ公女は、三歳ほどの幼女を連れていた。公女よりも少し赤みの強い紫の、とびきり大きな瞳をした幼女。アイーダはそこに、初めて会った頃のアゼルが重なって見えた。
「……公子の子ですね」
 アイーダの言葉に、ティルテュは激しく首を振った。幼女を抱き上げ、抱きしめる。
「いいえ、いいえ違います! この子はアゼルの子じゃありません!」
 酷い怯えように、アイーダの方が驚いてしまう。公子の子と言ってしまえば、親子が引き離されるとでも思っているのかも知れない。
「もう一人、お子さんがおありでしょう。その子は何処に?」
 さっと、ティルテュの顔が青ざめた。
「どうして、そのこと……」
「あの時、公子がお話くださいました。あの年の冬に生まれた筈のお子さんは?」
 ティルテュは腕に力を込めたようだった。子供がむずがり、小さく手足を動かす。
「あの子は……あの子は死にました。生まれてすぐに」
 それが真実か否か、アイーダには判断できない。
「では、もう一つ。公子は何処に?」
「知りません! シレジアに来てから、アゼルには会ってません!」
 これ以上、何も聞き出せない。アイーダは嘆息し、ティルテュを下がらせた。
 ――おかしい。あの時の状況から考えたら、公子はティルテュ公女に会いに行く筈なのに。はぐれて会えなかった? まさか……公女は否定したが、あの子は確かに公子の子。面差しが、あんなによく似ているのに。

 ヴェルトマー城に初めて行ったのは、アイーダが七歳の夏だった。当時、アイーダの父はアルヴィスの側近として仕えていた。先代ヴィクトルの急逝以来、アルヴィスを擁護し続けているのが彼であり、いずれはアイーダもアルヴィスに仕えるものとして育てられた。
 三歳だけ年上の『悲劇の公爵』閣下は、そうとは感じさせない毅然とした態度と、辺りを圧するような雰囲気を持っており、アイーダを萎縮させた。
 だが。
 その場に現れた侍女を見る目に、はっとなった。そこには、氷の合間から覗く、優しい春の光があったのだ。その女性が侍女などではなく、アルヴィスの異母弟の母(遠回しな表現だが先代と婚姻を結んでいないので『継母』ではないらしい)だと知ったのは少し後で、この時はただ漠然と――アルヴィス様は、本当はお寂しいのかも知れない、と思った。
 そう思えば、氷の仮面も、無性に哀しいもののように感じられた。そうやって自分を殺し続けることでしか生きていけない、若すぎる公爵閣下。実際、血族の者達の貪欲なまでの権力への執着と、アルヴィスは一人で戦わなくてはならなかったのだ。たった十歳でしかない少年が、ヴェルトマーの全てを律している。そうしなくては、ヴェルトマーそのものが揺らいでしまうという事実。それが、アイーダの目には痛々しいものに映った。
 ――この方の側にいよう。何があっても、私はアルヴィス様の思われるとおりに行こう。
 幼い少女の決意は、やがてアルヴィスに通じた。父と共に出仕する少女に、いろいろと目をかけてくれるようになっていったのである。
「バーハラの離宮に、弟がいる」
 そう打ち明けられたのは、その年の冬。
「他の親戚から隠す為に遠ざけた。私は行けないから、時々、様子を見てもらえないか」
 それがかの女性の子であることを、アイーダは悟った。公的には、その殆どの異母弟妹を臣下へと下したアルヴィスである。一人だけ手元に残したとあっては、要らぬ騒動を招きかねない。
 権力の芳香と腐臭を同時に嗅ぐ者として、アイーダも事情を知っていた。幼いとは言え、将軍家に連なる人間としての責任を、ちゃんと心得ていたのである。
「はい。アルヴィス様の代わりに、公子をお守りいたします」
 そうして、三歳のアゼルと対面したのである。ちょうど、ティルテュの抱いた幼女と、同じ年齢の時であった。
 それからは、折に触れてバーハラへ足を運んだ。アゼルの成長していく様を、余すことなくアルヴィスに伝えようとした。顔も知らぬ兄弟の架け橋になれればと、そう思って。接していくうちに、僭越とは思いながらも、アゼルに対して姉のような気持ちになったものである。
 アイーダが十二歳の年に、アゼルの生母が病死した。未だヴェルトマーは一枚岩では有り得ず、アルヴィスは弟を、その母の葬式に呼ぶことさえ出来なかった。
「見ていろ、エゲリア。私は必ず、必ず――」
 雨の墓標を前に、血を吐くような宣誓。数歩下がった所から見守るだけしかできず、アイーダは胸の痛みに耐えねばならなかった。アルヴィスと、そしてついに母に会えぬままであったアゼルを思えば、身を切られるよりも辛い気がした。
 それから二年後、アイーダはファイアーの書を携えてバーハラの離宮を訪れた。
「アルヴィス様から公子に、お誕生日の贈り物です」
 美しい紅玉を象眼したそれは、特注の品だった。アルヴィスの署名とヴェルトマーの紋章、それに『我が弟アゼルへ』という言葉が記されていた――アルヴィスの地位が揺るぎないものとして確立したのは、この翌年。アルヴィス十八歳、アゼル十一歳、そしてアイーダが十五歳の春。
 この時の、誇らしさと、そして幾分かの悲哀を込めたアルヴィスの目を、アイーダは忘れられずにいる。離宮の庭で魔法の練習をしているアゼルをしばらく見つめてから、アルヴィスはおもむろに近づいた。――それが、長い冬の終わりだった。
 何処から狂っていったものか、アイーダには解らない。ただ、気がついた時にはアゼルは逆賊の一味として追われ、それを追うのがアルヴィスという構図になっていた。
「アゼルは、私のたった一人の弟だ」
 そういう言い方で、アルヴィスはアゼルを殺さないと明言した。アゼルの失踪後、その行方は追いつつも他の従軍者のように『生死問わず』ではなかった。『必ず生かして』という命令に込められた想いを、どれだけの人間が知っているだろう。……いや、誰も知らなくても構わない。自分一人が知っていれば、充分なことなのだから。
「では、ゲルブリッター及びティルテュ公女の出国を許可なさるのですね」
「他につつきようがない。……公子の探索を厳重に」
 一礼して去る文官の背に、アイーダは声をかけた。振り返る彼に言い足す。
「ティルテュ公女がいたという村の近辺を洗うように。公子はきっと、近くにあられる」
「わかりました」

 月日は無情に流れる。事態は個人以上のレベルで進んでいく。本国では日に日に暗黒教団の干渉が目立つようになり、何故かアルヴィスはそれを掣肘しようとしない。お側へ戻るべきかとも考えたのだが、アゼルの行方が掴めていない今では、戻るにも戻れなかった。
 アイーダは、決断することが出来なかった。ずるずると悩んでいる間に、帝国軍は暗黒教団の手と変わらなくなっていく。誇り高きヴェルトマーの人間として容認できることではなく、だが、アイーダは自ら罰することもできなかった。公子を見つけるまではと言い聞かせ……立ち止まったままの自分に対する嫌悪が、深刻な重さで募っていく。自分は動かないのではない。動けずにいるのだ。
 ――こんな私を……帝国をご覧になったら、公子は何と仰るだろう?
 いかに月日を費やしても、アゼルの消息を掴むことが出来ない。その事実に冷たいものを感じながら、それでも手を止めることは出来ず、歩みは滞ったまま。
 グラン歴七七六年。
 アイーダは地方への視察に出た際、一部の帝国軍人による暴虐の現場を見た。それだけならば、アイーダが罰すればすむ話だったのだが、何とアイーダの目の前で、その軍人が殺害されてしまったのである。いかにこちらの行為が不当であったとは言え、国の威光を示すためには犯人を罰せねばならぬ。その場で追跡劇が始まった。森へと追いつめ、いつの間にか従者とはぐれたアイーダは、偶然にも犯人に一人で対峙し、息を飲んだ。
 改めて見た『彼』は、美しい銀紫の髪を持っていたのである。フリージ公家に近しい者にしか現れぬ、独特の銀髪。赤みを帯びた紫の瞳は――何処かで見た色だった。
「お前……」
 アイーダの呟きに構わず、少年は魔導書を構えた。息を切らし、無傷とは言えない姿で。アイーダも魔導書を広げたが、心は動揺が占めていた。波立つ心が一つの名を叫び続ける。
「投降する気は」
 一応の問いかけに、少年は否と答えた。
「帝国に従う気はない。お前らは、オレの父さんを殺したんだからな!」
 直後、互いの魔法が交錯する。どちらも炎の魔法、それも中級のエルファイアーだった。
 ――十五、六だろうか。そんな少年が使う魔法ではない!
 アイーダは戦慄した。戦ってはならない相手と対しているような気がしてきた。あの時、ティルテュ公女は「あの子は死んだ」と言った。だが……生きていれば、ちょうどこの少年くらいの年頃だ。そう思ってみれば、何処となく面差しが似てはいないか?
 アイーダの魔法が少年の胸元を掠めた。服地が裂け、きらりと零れ落ちる物があった。反射的に目を向け――思考が停止する。翡翠の楕円形の上に浮かぶ、雷の紋章。
『こうするとファラの紋章で、こうすればトードの紋章。細工物だよ、護符にもなる』
 ――ああ、やはり公子!!
 自分を貫く灼熱感に耐えきれず、アイーダは地面に倒れ伏した。
 少年が、恐る恐るというように近づいてくる。アイーダの傷は致命傷であり、もはや手の施しようのないものであった。
「公、子」
 血の臭気が鼻腔を駆け昇り、思わず咳き込む。
「我がヴェルトマーの公子よ」
 少年の顔が、さっと青ざめた。慌てたように、もう一冊の魔導書を取り出す。それは、アイーダが仲介して届けた、あのファイアーの魔導書であった。
「これは本当なんだな? オレの父さんは、皇帝の……」
 膝をつく少年の手を、アイーダはしっかりと握った。一瞬の抵抗はあったが、アイーダは放さなかった。
「アルスターに……フリージ公家に、あなたの妹君が」
「えっ……?」
「お母上は亡くなられましたが、公女は、まだ生きて――」
 次第に手の力が入らなくなってくる。少年の焦るような声が、どんどん聞こえなくなっていった。
「ちょっと待って! おい、どういうことなんだ、教えてくれ! ……待ってくれ!」
『待ってよ、アイーダ』
 記憶の奥から声が聞こえた。幼い子供の声。
『まだ隠れてないんだから。もうちょっと待って』
『公子はかくれんぼがお上手ですもの。きっと見つけられませんよ』
『だって、アイーダが探しに来てくれるの、好きなんだ。……ねぇ、こうしてれば、兄さまも僕を探してくれるかな』
『もちろんです。アルヴィス様は、公子をそれはそれは大切にされていますから』
『……それって、好きってことかな』
『ええ、そうですよ』
『うん! 僕もね、きっと兄さまが好きだよ』
 ――私の公子。やっと見つけましたよ。こんな所にいらしたのですね。
「疲れたので、少し休みます。公子……お許し、を」
 手にあるぬくもりが誰のものであるのか、アイーダには、もはやわからなかった。
 ――公子。どうぞその手でお裁きください。何故立ち止まったままでいたのか、と――。

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update:1999.08.21/written by Onino Misumi

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