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Please sing elegy


――トールハンマー、汝に問う。汝に相応しきを選び、彼の者を栄光へと導け――

 グランベルの美しい青空は、今や暗雲によって遮られていた。優しい陽光も、大地までは届かない。
 季節が逆行したかのように冷たい風が吹く中、セティは去来する思いに自嘲に似た笑みを浮かべていた。
 マンスターで、ミレトスで、そして今ここで。
 この人と戦うことを感じながら、いつもその美しさ、気高さ、哀しさに心が痛んだ。
「久しいな」
 その言葉は、セティに向けられたのか、その背後にいるティニーに向けられたのか、定かではない。
 バーハラを目前にしたこの地で、イシュタルとの最後の戦いが始まろうとしていた。

 イシュタル率いるヴァイスリッターが進軍中。
 その報を受けた解放軍では、先鋒を誰が担うかという話し合いをしていた。実際、話し合うほどの余地はない。彼女が持っているであろうトールハンマーに匹敵するのは、同じ神の武器のみ。
「私に、行かせて下さい」
 セティがそう言いだした時、誰も反対する者はなかった。正直なところ、魔法には魔法で対抗した方が、よりよい。先だってのヒルダ女王との戦いでアーサーが負傷しており、魔導士が不足している。さらに神魔法を持つのはセティだけなのだ。
 セリスがそれを承認しようとした刹那、天幕に飛び込む影があった。息を切らして、その場にいる者達をぐるりと見回す。
「待って、ください」
「ティニー? どうしたんだい?」
 座を代表してセリスが尋ねる。ティニーは呼吸を落ち着け、真っ直ぐにセリスを見つめた。
「もう一度わたしに、姉様を……いえ、イシュタルを説得させてください」
 セリスが戸惑ったようにレヴィンを窺う。レヴィンは黙ったまま首を振り、セリスもそれに同意を示した。
「ティニー、君の気持ちはよくわかる。でも、それは認められない。一歩間違えば君だけではなく、解放軍全てが死地に立つことになりかねないんだ。解るね」
 ティニーは唇を噛んでうつむいた。顔色は悪く、真っ白になってしまっている。
 セティはきつく目を閉じ、彼女が受けたであろう痛みを思った。肉親を何とか救いたいという思いは、決して悪いものではない。だが……時として、時代がそれを許さない事もある。
「セリス様」
 そう言った自分の声に、誰よりもセティが驚いた。
「何だい?」
「私の隊に、ティニーを加えてください。一人でも多く魔導士が必要です」

 ファルコンナイトを後方へ任せ、セティはティニーのみを伴って、先へと進んでいた。進むと言っても所詮は歩兵。ファルコンナイトとの戦闘が終われば、騎兵部隊がすぐに追いついて来るであろう。
「あの、セティ様」
 セティは返事の代わりに、新緑色の瞳を向けた。
「どうしてわたしを……?」
「イシュタル公女と、話をしたいのだろう?」
 ティニーは大きな瞳を一際大きくさせて、セティを見つめた。
「私も、できることなら彼女とは戦いたくない。ティニーに、後悔を抱いたままでいて欲しくもない。……君は私が守る。だから、気の済むようにすればいい」
「……はい、セティ様」
 守る、などと言ってはみたものの、イシュタル相手に必ず勝てるという自信はなかった。ただ、万一自分が倒れるようなことがあっても、ティニーだけは無事に帰さなくてはと思ったのは確かだ。
 風が吹き荒ぶ。あの時のように。
 何の根拠もなく、セティは不意に感じた。
 ――来た。
 その美しい肢体に帝国の軍服を纏い、稀なる銀紫の髪を翻して……今まさに、雷神が降り立つかのように。
 セティはティニーを背に庇った。無意識の行動だった。
 何度も、この人とは向かい合ってきた。マンスターで、ミレトスで……そして、今ここで。それも、きっとこれが最後になる。
「久しいな」
 そう言われたのはどちらであったのだろう。セティもティニーも、返事をすることができなかった。
「いつかは、こうして矛を交える日も来ると思っていたが……相手にとって不服はない」
 ゆるやかな、優美ともとれる仕草で、イシュタルが構える。
「貴様に雷神イシュタルの最後の戦いを見せてやろう!」
「待って……待って! イシュタル姉様!」
 耐えかね、ティニーが走り出る。震える小さな肩を、セティはそっと抱き寄せた。
「もうやめて下さい。姉様はわたしに優しくして下さいました。こんな戦いなど、望まれていないはずです!」
 深い紫の瞳に、沈痛な色が走った。自嘲の笑みが零れ落ちる。
 それを、セティは何処かで見たことがあるような気がした。イシュタルに既視感を覚えるのは、これで二度目だ。最初はアーサーと同じだと思い……今度は?
「……私は間違っていたのかも知れない。けれどもう、後へは戻れないの」
「そんな事はありません! 今ならばまだ間に合います! セリス様は、きっと姉様を迎えて下さいます。どうか戦いをやめて下さい!」
 次第に震えが増す肩を、ぎゅっと握る。イシュタルは、ふっと笑ったようだった。
「ティニー、許してね。私には、もう……」
 細かな意匠の魔導書が翻る。咄嗟に、セティはフォルセティの魔導書を手に取った。
「セティ様、お願いです、やめて下さい! 姉様!」
 ティニーが悲痛な声を上げる。イシュタルの微笑みが一層強いものに変わった瞬間、セティは不意に思い出した。
 そうだ、あの笑みは――アルヴィス皇帝が見せた笑みと同じ……。
「ティニー、下がれ!」
 言うなり、セティはティニーの腕を掴んで引っ張った。転びかける体を抱き留める。
「『トールハンマーよ、汝に問う」
 ぱりっと。
 空気が帯電するような感覚。セティは目を瞠った。
「姉様……?」
 ティニーが、呆けたように呟く。
 ――詠唱が違う……?
「汝が相応しきを選び、彼の者を栄光へと導け。そして」
 言い様のない不安が、セティの心臓を鷲掴んだ。
「見るんじゃない!」
 だが、それよりも早く。
「相応しからざる者に、死を』」
 トールハンマーの書が、宙を舞った。金色の雷が、過たずに振り下ろされる。
「姉様ぁーッ!」
 引き裂くような悲鳴と、雷鳴。

 空気が湿気を帯びてきていた。先刻の雷に呼ばれたのだろうか。雲は厚みを増し、次第に暗くなってきている。
「……ティニー」
 家伝の魔導書を抱きしめ、ティニーは顔を上げた。涙に濡れた頬に、ひとしずくの雨が滑る。
「わたし……姉様を助けてあげられなかった……」
 セティは背後に気配を感じ、振り返った。つい先だってシレジアからやって来たアミッドとフェミナが、困惑したようにこちらを見ている。
「どうした?」
「あらかた戦闘は終わりました。通り雨のようだからこのまま軍を進めると、セリス様が」
「……わかった」
 セティは僅かに歩を進め、ティニーの側に膝をついた。
「ティニー、私達は歩みを止めてはならない。もう、行かなくては」
 ティニーは激しく頭を振った。
「いや……わたし、姉様の側にいます。こんな所にお一人で置くなんてできない……」
 ふい、とセティは風を感じて顔を上げた。こちらにつかつかと歩み寄ったフェミナが、ぱし、とティニーの頬を叩いた。
「フェミナ!」
 思わず声を上げたセティだが、その後に何も続けることができず、呆気にとられてフェミナを見つめた。ティニーも最初、何が起こったのかわからないような顔をして、次いでフェミナに目を向けた。
「あなた、何か勘違いをしてるわ。あなたはそのトールハンマーを託されたのでしょう? だったら、やらなくてはならない事が何なのか、わかっている筈よ。今ここで、亡骸の側で泣く事じゃないって事くらいは、わかっているんでしょう?」
 言っている間にも、フェミナの声が震えてきていた。それがどんな感情によるものか、セティにはわからない。
「フェミナ」
 呼んだのは、アミッドだった。地面に倒れ伏したままのイシュタルの側に跪き、こちらを見ていた。
「手を貸してくれ。フリージまで運ぶ」
 フェミナは頷くと、天馬を取りに戻る。アミッドはイシュタルの髪を一房切り取って、ティニーに向かって差し出した。
「私が、埋葬しておきます。葬儀はあなたが」
 震える手で、ティニーは艶やかな髪を受け取った。ぎゅっと胸に押し抱く。
「フリージの血族として戦いの行く末を見よ、と言いたかったのだと思いますよ。……必ず、生きて帰ってきて下さい」
 アミッドは一礼し、再びイシュタルの側に跪いた。抱き上げ、ちょうどやってきたフェミナの天馬に乗せる。一通り預け終えると、もう一度こちらへ駆け寄った。
「セティ様。ご武運をお祈りしております」
 セティが笑いを返した刹那、解放軍の旗が見えた。雲の切れ間から差す陽光がそれを反射し、余光に小さな虹が架かる。

 最後の戦いが、近づいていた。


update:1999.10.02/written by Onino Misumi

Background:Angelic

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