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旅立つ朝に
I am waiting for you


「あたしね、大きくなったらね」
 他愛もない、よくある幼い約束。そのほとんどが、叶えられることなく時間の波の中で色と形を変えて、消えていく。
「大きくなったらね、ファバル兄ちゃんのお嫁さんになるの」
 もう、ずっと昔の話だ。忘れてしまっているかも知れない。
 けれど、言った本人は忘れなかった。ひとつの花を大事に心にしまって、琥珀の瞳を見つめ続けた。

 コノートの孤児院は、いつも子供でいっぱいだ。普通、成長した子供は孤児院を出、自分の生活を求めて行く。だから必然的に、大人がいない。だが、この四人は少し違った。ファバルとパティは自分達を預けて姿を消した母親を待って、アサエロとデイジーは経営難な孤児院を助けるために働いており、孤児院を出ようとはしていなかったのだ。
「あなた達にはあなた達の人生があるのですよ」
 孤児院を運営している初老の修道女が、穏やかな、それでいて少し苦い笑みで言う。だが、アサエロは頑として首を縦には振らない。コノートのヒットマンとまで悪名を高めた彼は、その全てを孤児達に捧げている。自分を育てた恩を返す為に、そして自分と同じ境遇の子供達の為に、彼は身を粉にした。
 少し前まで、ここにはもう一人、『大人』がいた。パティとデイジーに盗賊の技を教えたその人は、ファバル兄妹の母親を捜しに出て行ったきり、もう何年も戻って来ない。必然、彼は自分にかかる重さを悟り、ますます悪名を高め、金銭をもたらした。
 そのアサエロから弓を学び、ファバルも傭兵として働き出すと、パティとデイジーは盗賊家業に手を染めた。近隣の悪徳貴族が相手とは言え、見つかればただでは済まない。二人の兄は示し合わせ、妹たちが「働か」なくても良いように、なるべく稼ぎのいい仕事を効率よく選ぶようになった。
 だが、パティはそんなことを気にも留めない。デイジーに孤児院を任せ、どんどんと遠出をしていく。ある日、イードの砂漠を越える隊商に紛れ込み、姿を消してしまったのである。
「あのバカ……どこまでヒトに心配かければ済むんだよ」
 苛立たしげなファバルを見て、アサエロが薄く笑った。
「あの子はお前より余程しっかりしている。お前は、自分の心配をしていればいい」
「……ひでぇ」
 デイジーは、それを見て小さく笑った。パティがいない不安を、兄が上手に包み込んでしまっている。大丈夫、パティはきっとすぐに戻る。また、今まで通りの生活に戻る……。
 そんな折に、アサエロが負傷して戻ってきた。しばらく弓は引けそうになかった。
「ブルームの仕事は受けるんじゃない」
 寝台の上で、アサエロがきつい口調で言った。
「何でだよ。割がいいって行ったんじゃないか」
「……ファバル、死にたくなかったら行くな。これはおれのカンでしかないがな」
 だが、ファバルはアルスターへ赴き、傭兵の仕事を請け負ってコノート城に向かった。そして……しばらく戻って来なかった。
 デイジーは待った。息を詰めるようにして、毎日祈って、ただひたすらに待った。
 自分達兄妹と、ファバル達兄妹、そして孤児院のみんな……いつも通りの、貧しいながらも優しい毎日が、戻ってくると信じて。

「おぉい!」
 聞き慣れた声に、顔を上げる。汲みかけた桶が、音を立てて転がった。
「ファバル!」
 なだらかな丘を駆け登って、ファバルは息を弾ませ、膝に手を当てた。ぜいぜいという息の下から、微かに「ただいま」が聞き取れた。呆れたのとホッとしたのとで、デイジーは声を立てて笑ってしまった。
「おかえりなさい、ファバル」
「……おう」
 顔を上げて、琥珀の瞳を輝かせて、デイジーを見る。明るいそれには、一片の曇りもなかった。
「今度は長かったのね」
「ああ……うん」
 少し言い淀みながら、ファバルは後ろを振り返った。つられて見たデイジーの視界に、見慣れぬ騎士と……パティの姿があった。
「パティ!」
「デイジー、ただいまぁっ!」
 騎士を置き去りにして、パティが先刻のファバルよろしく丘を駆け登る。デイジーに抱きついて、ケタケタと笑った。
「ああ、無事で良かった! この辺で戦闘があったって聞いたから、孤児院もどうなっちゃったかと思ったわ!」
「パティこそ、今まで何処にいたのよ。みんな、心配してたんだから」
「うん、ごめんね。でも、いい話を持ってきたんだから」
 片目を瞑って、パティは丘の下に呼びかけた。騎士が、馬を連れて登ってくる途中だった。
「レスター、早くぅ!」
「……慣れてる連中と一緒にするなよな」
 ぶつぶつ言いながら登ってきた騎士は、やはり見たことのない人だった。デイジーが不思議そうに見上げると、軽い笑みが返る。
「デイジー、紹介するわね。こっちはレスター。解放軍の騎士なの」
「解放軍?」
「そう。レスター、この子はデイジー。あたしの妹みたいなものよ」
「よろしく」
 差し出された手を、デイジーはおそるおそる握り返した。そして、思わず「あ」と呟く。
「どうかした?」
「あなた……弓兵?」
 その言葉に、レスターという騎士は少し驚いたようだった。
「指の形が……お兄ちゃんやファバルと一緒だから。違った?」
「あってるわよ。レスター、弓騎士なの」
 パティが何故か胸を反らすようにして応える。そこへ、少し離れた場所にいたファバルが、苛立たしげに三人を呼んだ。
「立ち話してないで、とっとと中に入ろうぜ。おれ、疲れた」
「あ、ごめんね」
 デイジーは慌てて桶を拾い上げると、一目散に家に向かって走った。
「みんなぁ、ファバルとパティが帰ってきたわよ!」

 先刻の四人に修道女を含めて、計五人がテーブルに着いていた。それぞれの前に、野草で作ったお茶が置かれている。
 長い長い話を、レスターが取り仕切って語った。解放軍がこの北トラキアにまで進軍していること、パティが解放軍に参加していること、ファバルも参加しようと思っていること……。時々パティの茶々が入る他は、レスターは淡々と、事実だけを語っているように見えた。
「ファバルもパティも、今では解放軍に欠かせない人材です。できればこれからも従軍して欲しいというのが、盟主セリス公子のお考えです」
 そうレスターが締めくくると、修道女は深く息をついた。
「そうですか……」
 デイジーは、息を止めて育ての母を見た。
 ――行かせるわけがない。そうよ、だって傭兵の仕事とは訳が違うわ。戦争に行くんだもの、遠くに行ってしまうんだもの。シスターがいいって、言うはずがない。絶対にない!
 だが、デイジーの予想は外れた。修道女は少し俯いた後、顔を上げてレスターを見据えた。
「この子達を、よろしくお願いします」
「シスター!」
 デイジーは思わず声を上げていた。悲鳴のような声であることを、本人が自覚していなかった。
「どうして? ファバルもパティも、また帰って来なくなるんでしょ? あたしは嫌!」
「デイジー、落ち着きなさい」
「嫌よ! また、こんなに心配しながら待つなんて嫌!」
 椅子を蹴って立ち上がって、デイジーはレスターを睨みつけた。
「ねぇ……ねぇ、どうして二人が行かなくちゃいけないの? 解放軍って、他にもいっぱいヒトがいるんでしょう!?」
「やめろ、デイジー」
 その視線を遮るように、ファバルが立ち上がって、腕を伸べる。
「おれもパティも、自分で決めたんだ。自分達の意志で、従軍を決めたんだ。レスターに言うな」
「だって! だって、その人達が来なければ、今まで通りに暮らせたのに!」
「その今まで通りを守る為なのよ」
 パティがデイジーを見上げて言う。
「あたしだって、今まで通り、みんなと暮らしたい。デイジーと一緒にいたいわよ」
「じゃあ、行かないでここにいてよ!」
「でも、そうはいかないの。帝国の酷いのをたくさん見たし、いつここがそんな目に遭うかわからないじゃない。だから、帝国を倒しに行くの。一緒にいる為に、今だけは――」
 息を飲み込んだデイジーを見て、ファバルが苦笑した。
「まぁ、そこまで堅く考えたわけじゃないけどさ。このまま帝国の為に働くのはまっぴらだったし……それに」
 にやっと笑って。
「解放軍には美人が多い」
 瞬間、デイジーは持っていたお盆をファバルに向かって投げつけていた。
「解放軍でも反乱軍でも、好きなところに行けばいいわ! もう待っててなんかやんない! バカっ!!」
 言うが早いか、踵を返して外に駆け出す。後には、呆然と立っているファバルと、呆気にとられた三人が残された。
「って……おい! デイジー、待て!」
 我に返ったファバルが、慌てて後を追う。呆けていた三人もやっと我に返って、期せずして揃ってため息をついた。
「ごめんね。デイジー、よっぽど心配しててくれたんだ……」
 パティの言葉に、レスターは首を振った。
「気にしてない。それに、それだけ心配してくれる人がいるってのは、いい事だろ?」
 うん、とパティが朗らかに笑う。それを見守っていた修道女が、ゆっくりと口を開いた。
「レスターさん、でしたね」
 レスターは心持ち姿勢を正した。
「はい」
「この子を……この子達を、どうぞよろしくお願いします。どうか守ってやって下さい」
 レスターはちらりとパティを見た後、大きく頷いた。
「はい。必ず、俺が守ります」
 パティはびっくりしたようにレスターを見、彼に悟られぬよう、慌てて顔を伏せた。

 ひなぎくの花は、デイジーが一番好きな花だった。ずっと前に、ファバルが初めて貰ったお金で買ってきてくれた鉢植えが、ひなぎく――デイジーと同じ名前の花だったからだ。
 デイジーは自由になるお金で、少しずつひなぎくの花を増やした。今では、孤児院のある丘の一角を埋めるほどになっている。
 その直中で膝を抱えて、デイジーは何度も鼻をすすり上げていた。
「デイジー」
 びくっとして、だがデイジーは振り返らなかった。すぐ後ろに、ファバルがいる。
「おれ、行くからな。お前が何て言ったって解放軍に参加して、帝国を倒してくるから」
「勝手にすれば?」
 涙声にならないように注意して、デイジーは応えた。
「解放軍でも帝国軍でも、あたしには関係ないもの。せいぜい、可愛い女の子と仲良くしてくればいいじゃない」
「……やっぱりそこか」
 笑い混じりの声にむかっとして、デイジーは振り返った。振り返り様に怒鳴りつける。
「あたしがどんな思いで待ってたかなんて、ファバルには関係ないんでしょう!? だからあたし、待つのは止めるの! もう、待ってなんかやらないんだから!」
「そうか」
 ファバルは身を屈めた。デイジーと目線を同じにすべく、膝をつく。
「もう、待っててくれないんだ」
「そ……そうよ」
「待っててくれよ」
 デイジーは、きょとんと目を瞬かせた。常にない真剣さが、琥珀の瞳にちらついている。
「お前が待ってるって思うから、おれ、戦っていける。後ろにお前がいると思うから、守りたいから、戦えるんだ。だから、待っててくれないと、困る」
「ファバル……」
「帝国を倒したら必ず帰ってくる。ひなぎくの花、いっぱい買ってさ。だから――」
 弓兵独特の堅くなった指が、ざらりとデイジーの頬を撫でた。
「待ってろよ。おれが……お前を守るから。これからも、ずっと」
 ふぇ、と情けない声がデイジーの口から零れた。また泣き出したデイジーを、不器用な腕が抱く。
「……泣くなよ」
「だって……だって……」
 どうしてだろう。ファバルの腕は、お日さまの匂いがする。
 泣きすぎてぼんやりしてきた頭で、デイジーはそう思った。
 でも、この匂いで、あたしはいつもほっとしてきた。これからも、ずぅっと一緒にいる為に、今だけ別れなくてはならないのなら……。
 ぎゅっと、服を掴んで。
 応えるようなファバルの腕が、いつもよりも優しく感じられて、また泣けてしまったのだった。

 翌朝。
 そのまま一泊した三人を、修道女とデイジー、それに松葉杖をついたアサエロが見送った。
「生きて帰って来いよ」
 アサエロの言葉に、兄妹は異口同音に「当然っ!」と応える。修道女が何度もレスターに頭を下げ、レスターは酷く恐縮しているようだった。何でも、軍資金の一部を盟主セリスの名で寄進したらしい。パティの言っていた「いい話」とは、このことだったようだ。
 それらを眺めながら、デイジーは涙を堪え、唇を噛む。
 戦争に行ってしまう。あたしの大事な人達が、戦いへ……でも、それはあたし達の生活を守るため。今まで通りの幸せを守るためなんだって……わかっていても、少し辛い。
「デイジー」
 ファバルが、明るい笑顔を向ける。どきんとして、デイジーは身を固くした。
「待ってろよ」
 頷くのが精一杯だ。だが、ファバルはうん、と笑顔で頷き返す。
「じゃ、行ってくる」
 向けられる背に、慌てて手を伸ばす。服を掴まれて、ファバルは少しつんのめった。
「デイジー?」
 そろっと、デイジーは腕を伸ばした。ファバルの大事な弓、金色に輝く弓に手を伸ばし、そっと唇を押し当てた。北トラキア流の、無事を祈るおまじないだ。
「――なるべく早く、帰ってきてね」
 顔を上げて様子を窺うと、ファバルはにやっと笑った。デイジーが触れたそこに、自分の唇を当てる。
「ああ。すぐに帰ってくる」
 デイジーの視界の隅でアサエロが変な顔をしたが、デイジーの意識には入らなかった。ぱぱっと頬を染めたデイジーにもう一度笑いかけて、ファバルは颯爽と踵を返す。
「……ファバル!」
 けれどもう、振り向くことはなくて。
 手を振る後ろ姿に、デイジーは見えないとわかっていながら、力一杯に手を振り返した。

 戦後。
 コノートにあった孤児院はユングヴィ公爵の支援の元、豊かな暮らしを約束される。それと前後して、孤児院を守っていた若い娘が、公妃として迎えられた。
 ――聖戦から月日が流れた、グラン歴七八一年のことである。


update:1999.12.18/written by Onino Misumi

Background:Angelic

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