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探しながら行こう
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 イザーク解放軍などとも呼ばれるセリス軍と合流したその日。魔導士の一団と引き合わされたアスベルは、ついため息をついてしまった。彼らは若いばかりではなく、それはもう見目麗しくあったのだ。
 銀髪の魔導士が三人。うち一人は少年で、少女の一人と容姿が似通っていた。今一人の少女は、影のように少年に寄り添っていたが、儚げな印象が逆に目を引く。そこにさらに茶色い髪の少女が加わって、とかく若い一団が構成されていたのである。
 せいぜいアスベルと同い年か、それ以下だ。リーフの軍では、アスベルは年少の方だった。だがこの軍では、平均値の方に入りそうである。
 妙な感慨を抱いていたそこに、かの少年魔導士の視線が流れた。色硝子で斜陽を透かしたような、複雑な色合い。我知らず心臓が跳ねた。
「ずいぶん小さいのがいるんだな」
 ……は?
 ここで目が点にならなくてなんだろう。アスベルは咄嗟に、言われた意味が解らなかった。
「小さいって……アーサー、アスベルはぼく達と同い年だよ」
 そう言ったのは、師とも仰ぐセティである。言われた内容より、彼が一人称に『ぼく』を使った事の方が、アスベルの驚きを誘った。
「だったら余計に小さいだろうが。これで十七?」
 ここまで来てようやく、言葉が理解の域に達する。……要するに、背が低い、と言われたのだ。
 確かに、アスベルは華奢な方だ。力は弱いし体格も小さいし、下手をするとリーフの軍男性のうち、誰よりも細くて小さいかも知れない。だが、だからと言って初対面の人にここまで言われる筋合いがあろうか。いや、ない。
「失礼じゃないですか」
「……お前、実はもの凄く鈍いだろ」
 いきなり必殺に近い攻撃。アスベルは内心でよろめいた。
「アーサー、思ったからといって、簡単に口にしてはいけないわ」
 あの儚げな少女が、静かに口を開いた。少年は舌打ちしたそうな表情を閃かせる。
「まぁ、仲良くしてやってくれないか。彼も魔導士だから」
「へぇ……で、こいつ、お前の何?」
「あ、気にしてくれたん――」
 セティの台詞は、言葉半ばで強制終了させられた。少年が赤い魔導書を取り出すや、いきなりセティの顎を殴り上げたのである。その速さたるや、いっそ絶妙の喜劇を見ているかと思うほどで。
 あのセティ様が攻撃をまともに食らってる……。
 アスベルは呆気に取られてしまった。
「……何で殴るんだ」
「知るかっ。行くぞ、ティニー、ユリア、リンダ」
 少女達は、それぞれに気にするような視線を投げて来たが、少年の後を追って立ち去る。後には、苦笑しながら自分の顎を撫でているセティと、呆けたままのアスベルが残された。

「事実だもの、仕方ないんじゃない?」
 これまた一刀両断。あっさりとした回答に気持ちは潜る。剣を磨く手を止めず、戦友は淡々と続けた。
「ぱっと見ただけだって、アスベルって小さいし、並んだら余計に小さいのが目立つじゃない。まぁ、アーサーさんもそう背の高い方じゃないし華奢な人だと思うけど、アスベルはそれ以上だから、また際立って見えるしね」
 ああ、また歯に衣着せずぐさぐさと……。
「それに、さっき聞いたんだけれど、あの人ってフリージの血縁者なんでしょう? 魔法の腕もかなりのものらしいし、その上、剣や乗馬の訓練もしてるって。すごいわね」
 ……あ、そう。
 がっくりしたアスベルを一瞥して、戦友は軽くため息をついた。
「なに落ち込んでるのよ」
「……いいだろう、なんだって」
「そう言いたいなら、せめてそう見えるようにしててくれる? 鬱陶しいから」
 うっとぉしいまで言われてしまった!
 果てなく沈む様を見遣り、処置なし、と言わんばかりの特大のため息がつかれた。

 軍はトラキアに止まらず、このまま帝都バーハラまで攻め上るのだという。
 セリス皇子率いるイザーク解放軍には、大安売りなほど神の血を引く者が多くいる。それに引け目や負い目を感じてしまっていたら、このままリーフと共に進軍など、とても出来なくなる。
 一緒に行きたいと、思う。
 リーフが目指した理想を自分も夢見たから。
 その夢の先を、見たい。
 見たいなら――行くしかないのだ。

 トラキアとの間には、奇妙な小康状態が続いている。
「セティ様」
 これを機会にもう一度師事を仰ごうと、アスベルはセティに請うてみた。
「ああ、ならちょうどいい」
 穏やかな笑みで応えられる。
「アーサーと修練しようという話になっていたんだ」
 それが誰の事か思い出すのには、昨日をつぶさに思い起こす必要があった。――深い紫の瞳を持つ、銀髪の魔導士。
「あのひとと、ですか」
 セティは小さく笑う。
「いい奴だよ」
 思ったことが出てくると言う事は、嘘のつけない人なのだろうと思う。そういう人間に、悪い人は少ないとも思う。だがしかし、ウマが合わないとかソリが合わないとか、いろいろあるのだ。多分。
 何故あの人は、ああも斜に構えて自分を見るのだろう。どうも最初から、構えて接せられたような気がしてならない。
「遅かったな」
「一応、定刻だけど」
 そんな声に顔を上げる。見ると、昨日と同じ一団が、既にその部屋に来ていた。
「アスベルも一緒でいいかな」
「構わない。何人だろうが同じだろ」
 部屋のあちこちに少女達が散って、何か丁寧に置いている。何だろうと思っていると、セティが部屋の入り口まで下がった。
「用意は終わったね」
「ああ」
「じゃ、始める」
 空気が軋んだような、そんな感覚がした。さして間をおかず、耳鳴りが襲う。
「うわ……」
 思わず耳を塞いだそこへ、たおやかな声がかかった。
「大丈夫ですか?」
「……ああ、はい。えっと……」
「ユリアと申します」
 深々と頭を下げられ、慌てて応じる。昨日見た、あの儚げな少女だった。
「魔法の修練は」
 そう言ったのは、件の少年魔導士。
「周囲に及ぼす影響が大きい。外ならともかく、屋内でやるには結界が必要なんだ。そういうの、初めてか」
「……はい」
「そう言えば、アスベルに教える時は、いつも外だったね」
 セティが、深い息と共にそう吐き出す。それに、件の少年魔法士が継いだ。
「あの石が結界の要。あれを点にして、魔力で繋ぎ合わせるんだ。それで、魔法やその余波を受け止める」
 そうそう、とセティは頷いた。
「だから、その場にいる一番高い魔力の持ち主が張らないといけないんだよ」
 基礎は司祭である祖父に習った事もあるが、実践はすべてセティからだ。つまりは、正規の魔法教育は受けていないに等しい。知らない事が多いのだと、アスベルはつくづく思った。
「どのぐらい保ちそうなんだ?」
「フォルセティくらいは支えられるんじゃないかな」
「上出来」
 アーサーは口元だけで笑うと、三人の少女を手招いた。
「手加減なしにしろよ。でないと実戦で役立たない」
 三人は、揃って頷いた。
「よし。怪我はユリアが診てくれ。ユリアが怪我したら――」
「ぼくが診るよ」
「……任せる」
 少女達は、アスベル達から離れて行った。互いに向き合うような格好となり、魔法の詠唱が始まる。
「じゃ、こっちも始めようか」
 部屋の反対側にセティ達が移動する。アスベルも慌てて後を追った。
「何を持ってきた?」
「グラフカリバーを」
「なら、私はウインドにしよう」
「適当に持ち替えろよ」
 アーサーは淡々とした声で告げ、さっさと間合いを取る。
「アーサーは?」
「ファイアーとサンダー」
「エルファイアーでなくていいのか?」
「あ、嘗めてるだろ、お前」
「そうじゃないけど」
「いいから、さっさと来い」
 アーサーが振り翳したのは、昨日セティを殴った、あの赤い魔導書だった。
「手加減したら大怪我するからね」
 笑顔でありながらとんでもない事を口にして、セティも離れる。アスベルは、深呼吸してグラフカリバーを取り出した。
 ぱぁ、と視界が明るくなる。少女達の誰かが、光魔法か雷魔法を放ったのだろう。それを待ったように、セティとアーサーの詠唱が始まった。

 セティの魔法の凄まじさは知っていたが、アーサーもまた並々ならない力量であると、アスベルはすぐに知る事になった。魔法を練り上げる速さが段違いなのだ。発動が遅いとされる炎魔法も、彼にかかると風魔法に等しい。その上、ちゃんとセティと渡り合っているのだ。もっとも、セティがどの程度手を抜いているのか、アスベルには判らなかったのだが。
「集中しろ、アスベル!」
 ウインドがまともに叩きつけられる。一撃、二撃。更に来るかと思ったそこへ、横合いからファイアーが飛ぶ。
「手加減するなって言っただろうが!」
「してるつもりはないっ!」
 最下級魔法同士のぶつかり合いであるのに、この凄まじさは何であるのか。双方神の血を引く少年であるが、ただそれだけではないような気がする。
 僅かな間隙で体制を立て直したアスベルは、グラフカリバーを握りなおした。
「『青き竜王に刻まれし――」
「サンダー!」
 鋭い一言で、魔導書が弾き飛ばされる。属性で劣る筈の雷系だったと悟ったのは、勢いで転んだ後。
 ――集中力が違い過ぎる……!
 『力ある言葉』というものは存在する。だが、普段自分達の使っている魔法における『呪文』は、単に集中の手助けに過ぎないのだ。たった一言、それだけで魔法を駆使できるのは、彼がそれだけの集中力を持っているから。
『あの人ってフリージの血縁者なんでしょう?』
 絶対に、それだけではない。これは血のなせる業ではない。自分と彼と、何がここまで違うのか。何がここまで隔てるのか。
 悲鳴が聞こえた。アーサーがそちらに集中を傾けた、その瞬間をセティは見逃さない。
「『風使いの御名のもとに』ウインド!」
「『ファラよ、ちか――」
 ウインドと発動しかけのファイアーがぶつかる。勢い、アーサーは後方に吹っ飛ばされた。何度か咳き込み、ようよう立ち上がる。
「手加減なしって言ったろう?」
「……ああ、言った」
 憎々しげに応じてから、アーサーは視線を転じた。
「ティニー、大丈夫か」
「大丈夫です、兄さま」
 見れば、アーサーと容貌の似通った、あの少女だった。妹、だったらしい。であれば似ているのは当然。
 そんな事を思っているアスベルの脇を、アーサーが足早に過ぎた。妹の腕を取る。
「ユリア」
「はい」
 進み出て、ユリアは膝をついた。杖に填められた宝玉から、淡い光が発せられる。
「兄さま、大丈夫です」
「無茶するな」
 反復を許さぬ口調。アスベルはそうと気がつかなかったが、どうやら彼女は怪我をしていたらしい。
「どっちが手加減しているのやら」
 苦笑混じりの声に顔を上げれば、セティが彼らを見、笑っているところだった。
「アーサー、よく見えたね」
「そいつの後ろだったんだよ」
 それはどういう意味だろうか。
 アスベルは判断に苦しんだが、単に見ていた方向だった、という風に解釈した。
「アーサー」
「アーサー兄さま」
 ユリアと、茶色い髪の少女が、ほとんど同時に口を開いた。
「大丈夫」
 アーサーはそう言ったのだが二人とも信用しなかったようだ。軽く目を見交わして、揃ってアーサーの腕を掴む。
「痛っ!」
「ほら。無茶はいけないわ、アーサー」
「そうです。手当てをしなくては」
「いい、大した事……汚れるぞ、リンダ」
 少女は首を振り、アーサーの腕を捲くる。ユリアも回復魔法の準備に入り、そこにティニーまで加わって、何やらオオゴトの雰囲気になってしまった。
「……手加減したつもりだったんだけどな」
 セティの言葉に、アーサーが怒鳴る寸前の声で応じる。
「やっぱりしてたんだな。手加減するなって言っただろう」
「君に怪我はさせられないと思って」
「結果を見てからものを言えっ!」
 ――セティ様相手に、対等に怒鳴ってる……。
 こういった魔法の訓練と言い、少女達の対応と言い、アーサーの態度と言い。アスベルは呆気に取られるより他はない。リーフの率いていた軍とここは、随分と雰囲気や軍紀が違うようだ。
「ともあれ、今日はここまでだね」
 セティがにこやかに終わりを告げる。
「疲れただろう? アスベル」
「いえ、それほどでも」
 何気なく汗を拭ったら、赤く滲んだ。あれ、と思っていると、横合いからハンカチが出る。リンダ、と呼ばれていた少女だ。
「どうぞ」
「……どうも」
 淡い緑の瞳が、にこりと笑んだ。アスベルが何か言うよりも先に、アーサーの側へと駆け戻る。
「じゃ、また明日」
 セティとアーサーは軽い挨拶を交わしていた。一瞬、アーサーの視線がこちらへ向いたと思ったのは……気の所為だったろうか。

 しかして、借りたはいいものの……洗えど洗えど、血の跡が落ちない。淡い色調のハンカチに残った跡は、どうやっても隠し様のないものであるように見えた。
 大した怪我じゃなかったんだけどなぁ。
 暗い水に何度も浸し擦っては見るのだが、芳しくは無い。ため息をついたそこに、ぱぁ、と明かりが射した。
「……何やってるの?」
「マリータ」
 君こそ、と言いかけて、アスベルはああ、と思った。確か、今日の見張りにマリータの名もあった。灯篭に剣も携えているところからすると、今がその時間だったのだろう。
「洗濯してたんだけれど……」
「洗濯? こんな夜中に?」
「うん……」
 マリータは灯篭を置き、貸して、とハンカチを手に取った。女物であるのに気がついたのだろうか。怪訝そうな顔をする。
「今日、借りたんだけど、汚してしまって」
「ふぅん……誰から?」
「魔導士の女の子。リンダ、って呼ばれていた」
 マリータはその子のことを知っていたのか、諒解の表情を浮かべた。アスベルが使っていた桶の水に、手を沈める。ちゃぷん、という微かな水音。
「怪我したんだ」
「え? あ、うん。掠り傷だけど」
 それ以上、マリータは問わなかった。問われずにいると何となく口を開くことが出来ず、アスベルも黙り込んだ。灯篭の油が燃えていく、普段は気にならぬ筈の小さな音が、やけに耳につく。自然、灯火に目を向けて、アスベルは今日の事を思い返した。
 形容し難い紫の瞳。冷たい視線と恐ろしい集中力を持った、あの少年。
 自分と同じ歳でありながら、どうしてああも違うのだろう。自分は、あそこまで巧みに魔法を駆使することなどできない。あんなに早く炎魔法を発動させることも。
 何が違うのだろう。
 血の違いではないと感じた。では、何が違うのか。それが判れば悩みなどしない。こんなに苦しいと思うこともない筈だ。
 足手まといだと、思いたくない。
 もっともっと、強くありたいのに!
「……ああ、ダメね」
 ぱしゃん。
 マリータは手を振って、軽く水滴を飛ばした。
「染みになっちゃってるもの。返すより、新しいの買った方が早いんじゃない?」
「……そう」
 力ない返答。俯くアスベルの背を、マリータは勢い良く叩いた。アスベルは情けない悲鳴をあげて均衡を崩し、地面に突っ込む。
「何するんだよ!」
「しゃきっとしなさいって言ってるの」
 言ってないじゃないか、などという陳腐な突っ込みは、胸の内でだけである。
「ほんと、あんたって思い込みが激しくて、内罰的で、悲観的で、自己評価が低くて、どうしようもない人ね」
 言葉の流星剣……。
 アスベルには返す言葉も無い。思えば初めて会った時、「リーフ様は、あんたが言うほど弱くない」と言うマリータと、口論になったのだった。あの時も、結局は言い負かされた気がする。あれだって、自分は別れた当時のリーフばかりが頭にあって、今のリーフを見なかったのが敗因だ。思い込みが激しい、というのは、あながち外れた評価ではない。
「……ほら、また思い込んでる」
 立ちなさいよ、とマリータが手を差し出す。それを取らずに立てるだけのプライドは、残っていたらしい。
「リンダが言ってたわよ、アスベルは頑張り屋だって。わたしもそう思う」
 ――え?
 きょとんと瞬き、アスベルはマリータを見た。マリータはこちらではなく、何処か明後日の方を見ている。
「何だかんだ言ったって、アスベルは物事を投げ出したりしないもの。それは凄いことだと思うよ?」
「マリータ……」
 彼女はちらとこちらを見て、何やら不機嫌そうな顔をする。
「なに変な顔してるのよ」
「いや、だって……」
 今まで、戦友と呼べるくらいの戦いを勝ち抜いてきていて、マリータの口から褒め言葉が出たのは、初めてのような気がする。
 そんなアスベルをしばし見てから、マリータはまた、視線を遠くに向けた。
「リーフ様を捜して故郷を出て、再会するまでの何年か、修行して戦ってきたんでしょ? それは無駄じゃないわよ」
「無駄じゃない……かな」
「無駄なわけないじゃない」
 言い切って、黒い瞳がこちらを見た。
「だってアスベル、グラフカリバーに選ばれたじゃない。アスベルにしか使えない、アスベルだけの魔導書でしょう?」
 それは、思いもかけない言葉だった。
「僕、だけ……?」
「そうよ。違う?」
「……違わない」
 でしょ? とマリータはにこりとした。
「それと同じ様に、アスベルにしかできない事って、絶対あるのよ。アーサーさんにはアーサーさんの、わたしにはわたしの、アスベルにはアスベルの。それぞれにしかできない事がね」
 言ってから、声を立てて笑う。
「なんて、偉そうに言ったけど、受け売り。ラドネイさんにそう言われたばっかりなのよ、わたしも」
「マリータも?」
 それはまた、意外な事だった。アスベルの目には、マリータは自分を見据え、いつも真っ直ぐに立っているように映っていたから。
「だって、この軍には流星剣の使い手も月光剣の使い手もいるのよ? それも、わたしよりずっと強いし。ダメかなぁって思ってたら、そう言われたの。自分にしかできない事をしろって」
「そうか……」
「ただ、わたし、まだ判らないのよね。自分にしかできない事って何なのか。でも、焦らないつもりよ。ゆっくり探す。
 アスベル、普通の人よりのんびりしてるけど、一旦決めたら譲らないもの。きっと何かできるわよ」
「うん……ありがとう」
 きょん、と目を丸くしてから、マリータはまた、声を立てて笑った。どうして笑われたのか、アスベルには解らない。
「じゃ、見回りに戻るね。明日も早いんでしょ? 早く寝なさいよ」
「そうする。マリータも気をつけて」
 軽く手を振って、マリータは灯篭を片手に廊下の向こうに消えていった。しんとした空気と闇が、またここに戻った。
「自分にしかできないこと、か……」
 何度か掌を開閉し、ぐっと力を込めてみる。
 自分にしかできないこと。
 それはつまり、他人と比べられない何か、ということだ。自分と他人を比べてばかりいては、いけないということだ。比べずにいられるわけはない。自分より優れた人を見れば、羨望するのは当然だ。
 追いつこうと努力するのはいい。けれど、自分を卑下しては駄目なのだ。
 ……マリータが言った事は、多分、そういうことなのだろう。ラドネイという人が、言いたかった事も。
「よぉし!」
 頑張って、迷いながら、探しながら行ってみよう。
 そうやって歩いて、リーフと再会することができたのだから。

 翌朝。
 アスベルを見かけたアーサーが
「……憑き物が落ちたみたいな顔してるな」
 と評したことや
「いい顔してるだろう? 久しぶりに見たな、あんな顔」
 とセティが応じたことなど、本人は知る由もない。


update:2001.01.09/written by Onino Misumi

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