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偃武えんぶ三幕
Becouse I ...


我等何故ナニユエニ戦ウカ
陽ハ陰ヲ厭ヒ、陰ハ陽ヲ怨ム

第一幕 異床同夢

 熱いと思った。
 身体の芯が冷える程に。

 あれは、ミーズだった。何度となく破られ、それでいながら飽く事なく繰り返された、休戦協定の場。
「それ、飛竜? 飛べるの?」
 飛竜が飛ばずしてどうする、と思いながら振り返る。大地色の瞳が、真っ直ぐにこちらを見ていた。
「……飛べるけど」
「凄ぉい! ねぇ、乗せて」
 物怖じしない子供だ、と思った。そもそも、相手が誰か知っていて、話しかけているのだろうか。
「ねぇ、乗せてよ」
「……誰だ? お前」
 その子供は、きょとんと目を瞬かせた。小動物を思わせる目だった。
「キュアン」
「……だったら、余計乗せられない」
「どーしてぇ!?」
 拳を握り、頬を紅潮させて。俺はため息をついた。
「おれはトラキアのトラバント。……さぁ、解ったらとっととあっちへ行けよ」
 けれどその子供は、頑として譲らなかった。
「だって、飛竜なんて初めて見るんだ。トラキアにしかいないじゃないか」
 だが、俺だって譲る義理はない。今でこそ休戦協定を結んでいるが、元々こいつのいるレンスターと俺のトラキアは、不倶戴天と言っていい関係だ。何故その王子を、俺の大事な飛竜に乗せねばならないのか。
「ねぇ、トラバントってば」
「気安く呼ぶなっ!」
 追い払っても追い払っても、その子供はついて来る。俺は辟易し、飛竜を空へ飛ばした。
「あーっ!!」
「散歩に出したから、しばらく戻って来ないぞ」
「意地悪っ!」
「何でおれがお前に親切にしなきゃいけないんだよっ!」
 俺は心底疲れ果て、座り込んだ。その隣に、子供がちょこんと座る。
「……あっち行けって。おれ、お前が嫌いなんだから」
「どうして?」
「どうしてって……」
「今日、初めて会ったんだよ? どうして嫌い?」
 生まれてこの方、北トラキアは憎むべき相手だと教えられてきた。憎むように、恨むようにと。理由など、二の次だった。
「……どうしても」
「変なの」
 そうは言いながら、そいつはそれ以上、追及してはこなかった。俺は何となくほっとしながら、悠々と空を舞う竜を眺めた。
「トラバントも、父上と一緒に来たの?」
 見ると、大地の瞳も、同じ様に竜を仰いでいた。
「そうだよ」
「トラバントの父上も、王なんだね」
 他愛のない会話だった。ここまでの道程がどうとか、景色がレンスターとは違うとか。取るに足らない事ばかりだったような気がする。それも、あいつが一方的に喋っているだけだった気も。
「今は『キューセンキョウテイ』するけど、いつかトラキアを倒して、トラキア半島を統一するんだって、父上が」
 ふと出たその言葉に、俺はつい、ムキになって応えていた。
「何でおれ達が倒されなきゃならないんだよ。こっちだって、北トラキアの連中滅ぼして、半島統一するって言ってるぞ」
「一緒だね」
「一緒じゃないっ!」
 がなり立てる俺とは対照的に、そいつはにこにこと笑っており、暢気な事この上なかった。
「じゃあ、競争だね。同じ事するんだから」
「競……」
 絶句するより他、なかった。どちらかがどちらかを倒し、半島を統一する。それは競争などと呼べる代物ではない。戦争なのだ。
「お前……なぁ」
「競争だよ。ぼくが勝ったら、ぼくがトラキアの王。トラバントが勝ったら、トラバントがトラキアの王。ね?」
 ――ふざけろよ。
 俺は、ただただ呆れた。これだから、子供はつきあいきれない。
「約束だよっ」
 ここで渋々頷くより他の方法があったなら、教えて欲しい。
「じゃあ、これ、約束の印」
 そう言って差し出されたのは、リカバーリングだった。相当高価な物である事くらい、当時の俺でも判る。
「……おい」
「トラバントが勝ったら、国はトラバントの物だけど、指輪は返してね。ぼくが勝ったら、それはあげる」
「おい、待てよ。勝手に決めるな」
 けれど、そいつは俺の言葉など聞きはしない。小さい手で、俺の手の中に指輪を押し込めた。
「約束。絶対だからね」
 これが最初。
 最初で最後の、約束だった。

 妻を娶ったのは二十歳の時だ。侍女上がりで身分の低い女だったが、控えめで情が深く、俺も……それなりに愛していたと思う。二年後には子も宿り、人並みの幸せを享受した。
 何の弾みだったか、キュアンとの話をした時だ。彼女は、とても楽しそうに笑った。
「トラバント様、そうやって平和になればいいですわね」
「平和?」
「ええ。子供の頃は、何の隔たりも無くあったのでしょう? 大人になったからと争う事もありませんわ」
 この子が大人になる頃には、と愛おしげに。
「北や南など、無くなっていればいいのに」
「アルビータ」
 咎めたつもりの呼びかけは、浮かべられた笑顔に、あっさりと跳ね返されてしまった。
「そして、トラバント様が王になっていらっしゃるの。きっと良い国になります」
 ……その年は、飢饉になった。作物は例年の半分も穫れず、飢えた民がばたばたと死んでいった。トラキアは、ただでさえ土地が痩せ、思うように作物が穫れない。必然、備蓄などある筈もなく、国としては何の手も打てなかった。
 治安が悪くなったのは最初のうちだけだ。僅かな食料を奪い合い、互いに盗る物が無くなれば、自然、何も動かなくなる。街路では、立つ気力さえ失った者達が虚ろな瞳で空を仰ぎ、人里離れた山道には、親に捨てられた子供達の骸が並び……野生の飛竜さえ喰らう有様だった。トラキアの、何処よりも青い空に、竜影が無くなっていく。
 彼女は――アルビータは、そんな中で男児を産んだ。
「トラバント様……」
 息も絶え絶えだった。俺は寝台の側まで寄って、痩せた手を握りしめた。
「トラバント様、赤ちゃんは……」
「男の子だ。よくやった、アルビータ」
「嬉しい……トラバント様、名前、つけてくださいましね」
 そう言い残し、彼女は産褥で死んだ。主たる原因は、栄養不足からくる体力の低下だった。そういった話は何も彼女ばかりではなく……この年は、赤子が極端に少ない年となった。
 当時は、北トラキア諸国との仲は小康状態にあり、俺と父は、何度となく書状を送り、食料の援助を請うた。だが、返事は無かった。何処からも、一通さえ返ってこなかった。
 翌年もまた、夏に冷たい風が吹いた。
 俺達は、兵を挙げ奪うより他に、道が無くなっていた。

 攻めたのはミーズだった。当時、まだ北トラキア諸国の中にあり、トラキアの領地ではなかったのだ。天候や気候は差があるでもなかったのだが、ここには、北トラキア各国から援助された物資がある筈だった。そして、俺達がそれを考えたように、奴等もまた、俺達が来る事を予測し、兵を布いていた。
 覚悟の差、というものがある。
 故郷より遠く離れた地で、他者の為に戦う北トラキア連合。補給線が比較的短くて済み、ここで勝たねば死ぬという俺達。どちらがより強いかなど、自明の理だ。ましてトラキア軍は、傭兵として各国を歩いた分、実戦慣れしていた。また、兵士の殆どは、この飢饉で家族を失っていた。
 ここで殺したからとて、死んだ者が戻ってくる筈など無い事を、誰もが知っていた。だが、だからと言って、豊かな北トラキアを恨まずにいられるわけではない――この俺にしても。
 トラキアの民が食い詰め、子を捨て、それでも食べていけずに死んでいた時、北トラキアはどうしていたのか。ミーズに分けてやれるだけの食料があったのだ。国力を増強させられるだけの糧食があったのだ。
「トラバント!」
 反射的に、俺は目を向けた。こちらへ真っ直ぐに駆けてくる騎兵。手綱を引き、槍を繰り出した。高い音と火花を散らし、双方の槍が押しやられる。
「何故ミーズを襲う!? 協定を違える気か!」
 ――偉そうな口を利く輩だ。
 そう思ってから、俺は気がついた。射るような――大地の瞳。
「キュアン……か?」
 問いかけは風に紛れた。己の耳にさえ届かず、俺はそれを本当に口に出したかさえ、判らなくなった。
「あれから何度協定が結ばれた? 何度反古にしてきた!? 何故、他を侵そうとするのだ!」
 ――何故?
 我知らず、俺は嗤っていた。声を立てて嗤っていた。
「ならば問おう。この一年、トラキアでどれだけの民が飢えて死したか、知っているか?」
 キュアンと思しき男は、ふっと動きを止めた。周囲の音が遠のいた感さえあった。
「長い一年だった。死体も葬式も見飽きた。……その間、お前達は何をしていた?」
「だが……だからと言って、他者を侵して良い筈が――」
「では黙って死ねと。そう言うのと同義だ」
「違――」
 言いかけたそこに、竜騎士が割り込んだ。俺と奴は一旦離れ、再び刃を交えた。
「トラバント、話を!」
「戦場ならば戦場らしく!」
 そう叫ぶ。そうだとも。ここは戦場。ならば決着は、互いの死でつけるべきなのだ。語る事など何もない!
 まさにキュアンを槍にかけようと言うその瞬間、青い影が割り込んだ。俺の槍は、その影に深々と突き刺さり、もぎ取られてしまった。
「バスク!」
 悲鳴じみた声。俺は、すかさず剣を抜いていた。
「邪魔立てするな!」
 直後、赤い驟雨が注ぐ。キュアンはその騎士の身体もろとも落馬し、石畳の上を転がった。続いて、首の転がる重々しく鈍い音。
 キュアンの半身が、赤黒く汚れた。飛び散った血が、空気さえも赤く染めた。……実際、周囲は赤い光景が広がっていたであろう。毒々しい色の夕陽が、空を塗り込め――我等の流した血が、迸った血が、天まで届いたようであった。
「……何故」
 そこには、譫言のような響きがあった。首の無い家臣を抱きかかえる格好のまま、キュアンが小さく言う。
「何故、殺し合わねばならない? 何故……」
「手に入れようと望むからだ」
 血に塗れた面が、ゆっくりと俺を振り仰いだ。
「貴様らが稔りを歌う間に、多くの民が死んでいった。これからもそうならぬ為に奪う。それだけの事」
 そう告げ、改めてキュアンを見――俺は自分の中で、何かが燃え上がる音を聞いた。
 血に汚れた頬に、透明な流れがあったのだ。その両眼にあるのは、憐憫の色。哀れな者を憐れむ瞳だった。
「同情などいらぬ! 施しも受けぬ! 我等は奪って生き延びる!」
 手綱を引く。舞い上がりかけるそこに、キュアンの声が響いた。
「何故、俺を殺さない!?」
「貴様など……」
 俺は拳を握った。指輪が僅かに食い込む。
「殺す価値もない! 理想が現実に勝てるものか!」
 そうだとも。
 敵を憐れみ、家臣に庇われて生き延びるような輩は、殺すに値しない。ゲイボルグでも継承すれば、殺し甲斐も殺す意味も、あろうものを。
 そう――殺すのは約束が果たされる時でなくてはならぬ。俺が、このトラキアが半島を掌握する、その時でなくては。奴のゲイボルグが、その象徴となるように。
 ……約束。
 キュアンがそれを覚えている保証など、何処にもないのに。
 ――奴は気がついただろうか。
 俺は己が手を見、ぼんやり考えた。

 結局、この飢饉は父の命も奪った。息子――アリオーンの存在だけが、俺を地上に繋ぎ止めた。

 それからキュアンと直接見えたのは、アグストリアでの唯一度。その時、奴はゲイボルグを携えてはいなかった。だが
「……レンスターにゲイボルグが無い?」
「左様です。もっとも、王の傍に無いというだけにございますが」
 では、ゲイボルグは奴の手元だ。
 俺は直感していた。やっと奴の手に神器が渡った。これでやっと、やっと同列に並んだ。
 この次に見えることがあったなら、今度こそ、奴の息の根を止めよう。そうすれば、北トラキアは手に入ったも同然。
 そこまで思った時、不意に思い出された事があった。
 もう何年も前になる、ミーズでの邂逅。俺を見る憐れみの目。そして――もっと以前を。
『トラキアは、何が綺麗?』
『……山、かな。空気が乾いてるから、何処までも見える』
『へぇ……いいなぁ。いつか行って見たいな』
『バカ言うな。そんなこと、できるわけないだろ』
 ……今でも。
 今でも奴は、そう思っているだろうか。荒涼としたトラキアの地を……それが最も美しく映える瞬間を、見てみたいと。

 味あわせてやりたい。
 俺が感じた絶望、孤独、やるせなさ……そういったものを、あの男にも。そうしたら、あんな目で俺を見る事など出来なくなるだろう。
 北トラキアは恵まれているから。だから憐れむ事ができるのだ。それを、奪い尽くしてやりたい。
 その時、奴は、どんな目で俺を見るだろう。どんな風に絶望していくだろう。
「女連れとは暢気なものよ」
 嘲笑し、俺は降下を命じた。下は砂漠。騎兵にとっては命取りな場所。
 ランスリッターが次々と討ち取られていくのを、俺は淡々と眺めていた。砂漠の砂が、全て消してくれる。この奇襲は他に知られる事なく終わるだろう。
 そう。奴が戻らないという、一事を除いては。
「奴に言え。ゲイボルグを捨てろ、さもないと娘を殺すとな」
 俺の前に来たキュアンは酷く落ち着き払っていて、気に障った。この期に及んで、まだ余裕のあるふりを続けると言うのだろうか。
「……言い残す事があったら、聞いてやろうか」
 そこにあった表情は、なんと表現するべきであったのか。俺はしばし、その表情に見入った。絶望故の落ち着きではない。諦めた末での静かさではない。何度と無く敵の最期に立ち会った俺が、一度も見たことの無い表情だった。
「お前の勝ちだな」
 一言。
 グングニルを握る手に、力がこもった。
「……何を」
「同じ願いの元、我等は刃を交え、血を流しあった。だが、それも終わりだ。今日この時を限りに」
 僅かに俯いてから、キュアンは笑った。声のない、静かな笑みだった。
「理想は現実に勝てなかったな。……トラバント、お前の勝ちだ」
 グングニルが、閃く。

 飛び散った血潮は、酷く熱いと思った。
 身体の芯が冷える程に。

 何故、あいつは笑ったのだろう。己が望みの全てが潰えた瞬間であったというのに。
 キュアンを殺せば、全てが手に入ると思っていた。北トラキアの恵みも、半島の統一も――この胸を埋める何かも。だが、この空虚さは一体何だ? 俺は長年の願いを叶えたというのに。トラキアの悲願を達成したというのに!
 ……北トラキアを憎み、恨み、そうする事を当然と思って生きてきたのだ。では、これからはどうしたらいいのか。俺は誰を憎み、誰を怨んで生きていけばいいのだ? 誰を、何の為に。
「――――下、陛下」
 はっとして顔を上げる。怪訝そうに覗き込む、家臣の姿。
「して、いかがいたしましょう」
「……女はどうした」
「うち捨ててありますが」
「……並べて埋めてやれ」
 らしくない、という表情が、そこにあった。だが、忠実な男は、俺の言ったとおりの行動を取った。
「あの子供はどうします? 酷く泣き叫ぶもので、みな手を焼いております。ひと思いに殺しますか?」
 目を向ける。と、その子供は不意に泣きやみ、奴と同じ大地の瞳で俺を見つめた。
 ――いいなぁ。いつか行って見たいな。
「……それには及ばん。ゲイボルグと共にトラキアへ連れて帰る」
「これは意外な事を。連れ帰ってどうなさるのです」
「貴様には関係のない事だ。余計な事は考えず、シグルドの軍を潰す事だけ考えておれば良い」
 娘を飛竜に乗せておくように言い、僅かながら、歩を進める。数多の血を吸ってなお、変わりなくある砂。いずれは奴も、その妻も、砂の中に消えていくだろう。
 俺はリカバーリングを外し、灼けた砂の上に置いた。
 ――見ているがいい。地の底から見ているがいい。半島を統一し、この地に単一国家を築き上げる。そして、北の豊かさを南にも与える。その様を、砂の中から見ているがいい。
 俺の夢、お前の夢、多くの民の夢が叶う様を。
「出立せよ!」
 そうしたら、きっと。

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update:2001.04.10/written by Onino Misumi

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