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Becouse I ...


第二幕 贅沢な望み

 トラキアには、風媒花が多い。雨も少なく土壌も豊かとは言えないこの地に生きる、知恵の賜物なのだろう。
「……美しいな」
 吹き荒ぶ風に、光が混じっているように見える。淡く光って見えるそれが、空に吸われて行った。
「そう思わないか」
 父は、よく私を置いて戦いへと赴いた。その償いのつもりであろうか。それ以外の時は、何処へ行くにも私を伴うのだった。
 母を殺して生まれた自分。
 それを知った時、私は父に憎まれているのではないかと疑った。愚かしいことだが。
「トラキアは美しい。……苛酷な美しさだな」
 大きな外套が私を包み、逞しい、だが何処か骨張った腕が、私を抱き上げた。
「風が出てきたな、戻るか」
「……もう少し」
「ん?」
「もう少し、見ていてもいいですか」
 がさがさに荒れた手が、私の頬を撫でた。痛いから、本当はそうされたくなかったのだけれど……父の瞳を見ると、何も言えなかった。
 愛されていると、感じたから。
「ここは、アルビータの眠る場所だからな」
 母を知らぬ私にとって、このトラキアの大地こそが、母だった。父は、それを守る為に戦っているのだと、子供心にそう思った。私を抱くことなく死んだ母。だがその分、父が私を抱き、守っていてくれる。
「アリオーン?」
「何でも……ありません」
 縋る父の腕は。
 いつも、血の臭いがしていた。

 土産など持ち帰ることの無かった父が、ある日、土産だと言って、私に一人の子供を引き会わせた。
「戦で二親を亡くした子だ。お前の妹になる」
 妹……?
 やわらかい、大地色の瞳をしていた。訝る視線を投げる私に、にこりと笑いかける。
「名前は?」
「あるてな。あなたは?」
「アリオーン」
 父がそう呼ぶからであろう。アルテナは、私を名で呼んだ。様も殿下も王子も付かない、私の名。何処かしら特別な響きを感じ、私は彼女がそう呼ぶのを咎めなかった。
 血の繋がりなど無い事を、私は知っている。アルテナが来た時には、既に物心が付いていたのだから。ただ、アルテナはそれと知らない。自分はトラバントの娘であり、アリオーンの妹であると信じており、疑いなど微塵も抱いていない。
 私が名を呼ばせ続けたのは、そうできるのが、家族の証だと思っていたからだろう。父を父と呼べるのも、私を名のみで呼べるのも、家族であるから。アルテナがいるから、私は父を、一人で待たずに済む。不安に怯える日々が、一人で過ごすものではなくなるのだ。
「アリオーン、アリオーン。竜に乗せて?」
「仕方ないな……おいで」
 幼いアルテナは、一人で竜を操ることができなかった。いや、このトラキアでさえ、女で竜騎士を志す者は多くはない。アルテナが竜に乗る必要など無かったのだが、私が何処かに出かける素振りを見せれば、必ずついて来て、乗りたがった。
「アルテナは、竜が好き?」
「大好き! だって、乗ったことないもの」
 前にいた所は、どんな所だったのだろう。そこの事を、覚えているのだろうか。
 私は疑問に思いながら、尋ねることが出来なかった。もしも覚えていて、帰りたいなどと言い出したなら、私はきっと、辛い思いをするに違いない。また一人、怯えた日々を送るのは嫌だった。
「アリオーン?」
「……何でもないよ。ドルドナ、高く飛んでくれ」
 一声鳴いて、飛竜は高々と舞い上がる。きゃあ、とアルテナがはしゃいだ声を上げて、私の腕に縋った。
 父がいつもそうしていたように、私は竜を駆り、トラキアを見晴るかす。荒涼たる大地、くっきりとした稜線、その向こうの肥沃の地を。
「ご覧、アルテナ」
 私の腕の中で、アルテナは大きな目を瞠る。
「これがトラキア、私達の国だ」
 悲しくなる程に美しい、この大地。
 アルテナも、それを愛してくれるだろうか。

 妹という存在が、どういうものなのか、私には解らない。ただ、一緒にいたいとか、側にいたいとか、守りたいとか、そういう気持ちは違うのだろうか。慈しみ、愛おしいと思う気持ちは。父に対する、トラキアに対する愛しさと、何が違うのだろう。
 失うことを怖れる、この気持ちは。

「お話しが、あります」
 父が疲れている事を、私は重々承知していた。帝国と対し、野望を半ばで手放さねばならなくなった父としては、トラキアが今後生き延びる道を模索する他はない。この双肩にかかるものは重く、疲れもするだろう事は知っていたのだ。
 だが、どうしても訊いておきたいことがあった。
「アルテナの事です」
「アルテナ……? どうかしたのか」
「いえ……とても元気です。先頃、竜に一人で乗れるように」
「ほぅ」
 ふとした笑みに、私はどきりとする。優しい笑み。私に向けるのと、寸分違わぬ笑み。……私が思っている事は、間違いだろうか。
「そんな事を言いに来たのではあるまい? アリオーン」
 ぐっと拳を握る。私が尋ねようとしているのは、ある意味、とても恐ろしいこと。
「アルテナは……アルテナは、レンスターの王女なのではありませんか」
 父の表情は揺らがなかった。何故、とも、どうしてそう思う、とも言わなかった。
「ゲイボルグを見たのか」
 事実、そうだった。父の居ぬ間に、私は見たのだ。隠すように置かれたゲイボルグ。レンスターの至宝を。使えぬ物を手元に置くほど、父は酔狂な人間ではない。アルテナが来るまでは無かった、それ。意味を導くのは難しいことではない。
「……はい」
「その通りだ」
 一瞬、息が止まった。
「アルテナはレンスターの王女。北トラキアの人間だ」
 私は顔を上げた。父の表情は、実に淡々としたものだった。
「北……」
「お前の母を殺し、我等を飢えさせ、蔑み続けた北の人間だ」
 冷や汗が背を伝うのが判る。
 父は、レンスターの王子を殺した。それは私も知っている。では……では、父はアルテナの父親を殺し、母親を殺し、その上で彼女を連れ去ってきたのか。ゲイボルグと共に。
「いずれアルテナがゲイボルグを携え、お前と共に北へと攻め上る。いかに連中が拒もうとも、あれはレンスターの王女。逆らうことなど出来はしまい」
「……その為に、アルテナを?」
「他に何がある」
 逃げ出したかった。その場から、駆け出してしまいたかった。これ以上、聞きたくない。
「邪魔になれば殺す、それだけのことだ。……忘れるな、アリオーン。北を憎まずして、我等は戦うことなど出来ぬ」
 北を憎めと。それは、ずっと言われ続けた言葉。母を奪った北、私達を苦しめる北。憎むのは当然だった。
 だけど!
 北の人間だから? だからアルテナも憎めと? そんな事は出来ない!
 ……アルテナは、ここにいてはいけない。ここにいてはいけないんだ。どうにか、しなくては。

 所詮は、子供の考える浅知恵だった。私はアルテナを連れ、夜遅くに城を出たのだ。

「アリオーン、何処へ行くの?」
 私はその問いには答えず、寒くはないかと、何度も尋ねた。夜に飛ぶのは初めてだった。思いの外、気温が低い。視界も……全くと言っていいほど利かなかった。
 月も星もない、闇夜だった。しばらく飛んで、私は方角が分からなくなってしまった。北を目指して飛んでいた筈だったが、眼前に迫る山を見る限り、真っ直ぐ北に来たとは考えにくい。戻ろうにも、一体どっちへ飛んだものか。飛竜は、私の手綱の通りに飛ぶ。私が何処へ行きたいかなど、考えてはいないのだ。
「……アリオーン?」
 焦る気持ちを察したのだろうか。アルテナが、私の顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「何でもないよ。……少し、降りて休もうか」
 森に降りれば、野獣もいるだろう。だが、竜がいれば、それらも近づきはしない。仮に夜盗が出たとしても、竜が有れば逃げることができる。私はそう思っていた。
 夜半も過ぎていただろうか。私は竜を下ろし、適当な場所に腰を落ち着けた。アルテナを腕に抱いたのは、寒かったのと、心細かったのと、守らなくてはと思った、その全部からだ。
「アリオーン、眠いよ……」
「うん、寝ていいよ。私が起きてるから」
「でもそしたら、アリオーンが眠いよ?」
「大丈夫だよ。さ、おやすみ」
 そんな事を言いながらも、私もうとうとしてしまったらしい。ふと気づけば、手綱が緩んでしまっていたのか、飛竜の姿が何処にも見えなくなっていた。
「……ドルドナ?」
 辺りは静かだった。時折、遠くから何かの獣の声がする程度だった。
 どうしよう。
 私は、アルテナの身体を抱きしめた。眠っていたアルテナが、むずがるように動く。
 どうしよう。獣が出てきたら、夜盗がでてきたら、どうしよう。私の剣じゃ太刀打ちできない。アルテナも守りながら戦うなんて、出来ない。
「……父上」
 涙が、ぽたぽたと落ちた。父から逃げてきた筈なのに、結局、父しか頼る縁がない。父なら助けてくれるかも知れないと、私は思っているのだ。黙って出てきたのに、ここだと知る筈はないのに。
「父上、父上……」
「……アリオーン?」
 その声で起きたのだろうか。アルテナが、不思議そうに私を見ていた。
「大きい子はね、泣いちゃ駄目なの。おねえさんだから」
 私は、きょとんとした。
「フィンがね、そう言ったの。アルテナはおねえさんだから、泣いちゃ駄目って」
 まだ惚けている私の頬を、アルテナの手が撫でた。
「泣いちゃ駄目だよ。アリオーン、大きい子なんだから」
 どうして。
 どうして、この子を憎めよう。どうしてこの子を殺せようか。
 私はアルテナを抱きしめていた。やわらかくて温かくて、何より大事な小さい命。
「守るから。絶対、私が守るから」
「アリオーン……?」
 愛してる。何より愛してるから。父の手からでも、守ってみせるから。
 その言葉は告げられずに、私はいっそう強く、アルテナを抱きしめるしかできなかった。

 明るくなり始めた頃、二騎の竜が、私達の前にやってきた。一頭は私の飛竜、もう一頭は、父の飛竜だった。
 父は無言のまま、私達二人を抱きしめた。
 その時、私は確信したのだ。父もまた、アルテナを愛しているのだと。私を想うように、アルテナを想っているのだと。

「……アリオーン、アルテナを殺したのか? 何もそこまでせずとも良かろうに……」
 いいえ父上。そうしなければ、貴方もアルテナも、両方を守ることなどできなかった。
 腕を伝う血を、その痛みを見ながら、私は心の中で呟く。アルテナを濡らす血は、私の血だ。アルテナは当て身を受け、気を失っているに過ぎない。
 両方を守りたいなどと、贅沢な望みだろうか。
「まぁ、よい。アリオーン、こうなれば儂が出る。もはやそれしかあるまい。城の守りはお前に頼む」
「お任せ下さい、父上」
 二人には、距離と時間が必要だ。時間さえあれば、きっとアルテナも解ってくれる。
 だが、父上はそれを許してはくれなかった。……そういう意識があったわけではないと、思うのだが。
「お前には、この槍を預けておく」
 差し出されたのは、グングニル。トラキアの玉座。私は目を瞠り、父を見た。
「よいな、トラキアを守るのだ」
「まさか……父上」
 それまで私は、どうにかして解放軍と和議を結べぬかと、そんな事を思っていた。父にもいずれは解って貰おうと……だが、これはどういう意味なのか。父は戦場で死ぬ気なのか? 何故?
「もういい、儂は疲れたのだ。後はお前の好きにせよ。お前ならば、奴等も憎んではおらぬ」
 見透かされていたのか? いや、そうではない。そうではなくて……。
「民をこれ以上、苦しめるな。儂の願いはそれだけだ」
 瞬間、何かが貫いたように感じた。
 民を苦しめない事。
 父の望んだ事。命を賭すほどに思える事。
 ――トラキアの統一……?
 そう、その為には憎み合う元凶があってはならぬ。アルテナの両親を奪った父が、ここにいてはならないのだ。
「さらばだ、アリオーン」
 ……トラキアの統一。それは、父が一番見たかった光景であろうに。
 父上。
 貴方が戦うなら、私も戦わなくてはならない。ここで私が道を譲れば、私は生きながらえるだろう。それは、さして遠くない未来での分裂を意味する。貴方が命を賭けた意味を、無くしてしまう。
 私は、倒れたままのアルテナを見下ろした。人を呼び、運ぶように言いつける。
 アルテナが目を覚ましたならば、解放軍へ行くように言おう。アルテナまでが、この道につきあう必要などない。そして……今はまだ、解らなくてもいい。その必要もない。
 時が経てば、きっとアルテナも解る日が来る。父の想いも、私の想いも。それには時間が必要だ。
「私が生きている間には……無理だろうな」
 呟きは、少しばかり虚しかったけれども。それでも私には、自分が進むべき道を見定めた満足感があった。この身が、この命が、戦いが、トラキア統一の礎となるのならば、それも良い。我等が勝つとしたならば、この手で統一を果たせば良いのだ。
 歴史が、運命が見える。そんな事は、一生の間に何度も経験するものではないだろう。
 父上、アルテナ、そして母なるトラキアの大地。
 グングニルよ、この願いを叶えられるだけの力を、私に。

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update:2001.04.30/written by Onino Misumi

Background:トリスの市場

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