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魂の檻
"Dark prince"rebirth


 閉じた瞼越しにも、その光を感じることが出来る。私は目を開いた。薄いカーテンを通し、皓々とした光が射し込んでいる。その、光が射し込む音さえ聞こえそうな沈黙が、同じくらいに部屋を満たしていた。
 静かだ。
 深い呼吸を繰り返す。目を閉じ、もう一度だけ深く。次に開いた時、軽く息を止めた。
 ――静かだ。
 何もかもが息を殺している。何かに怯えるみたいに。
 私は起き出し、側にあった上着を羽織った。細心の注意を払って、扉を開く。廊下も静まりかえっており、見張りの衛兵さえ見あたらない。私は滑るように外へ出ると、足早に歩き出した。
 窓から覗くのは、満月。

 子供は幸せだ、と言う。それは、自分いる場所の意味が、解らないからだ。私も、子供の頃は幸せだった。あの日……十歳の誕生日、その日までは。

 母上は、いつも穏やかに微笑んでいる人だった。庭園をいつも白い花でいっぱいにさせ、折に触れ自分でも世話をしていた。私もユリアも、その花に囲まれるのが好きで、よく足を運んだ。
「ユリウス様、ユリア様、どちらにいらっしゃるのですか」
 そうして庭園にいると、決まってイシュトーとイシュタルが迎えに来た。二人が探してくれるのが嬉しくて、私とユリアは息を殺し、笑いをこらえて待つのだった。
「見つけた、ユリウス様」
 一歳年長のイシュトーは、私よりもずっと背が高く、実際以上、年上に感じたものだった。イシュタルも、同じで。私とユリアは、二人と遊ぶのが何より楽しかった。庭園の花で冠を編み、無邪気な結婚式ごっこなどもしたものだ。
 私達は、二人が大好きだった。
「フリージの子供達と、親しいのか」
 そんな私達に、父上はあまり良い顔をしなかったように覚えている。
 父上は、優しいけれど厳しい人でもあった。私に対して声を荒げる事はなく、その反面で、常に皇子としての自覚と責任を求めた。ユリアは『皇子』ではなかったから、そんな事は無かったのだけれど。
 何が違うのだろう、と考えたことがある。自分は父上に嫌われているのだろうか。それとも、母上に似ているユリアの方が、可愛いのだろうか。
「それは違いますよ」
 やんわりと言ってくれたのは、イシュトーだった。
「何処の父親も、息子には厳しいものです。期待すればこそ、ですよ」
「ブルームも、イシュトーには厳しいの?」
「ええ。『お前は北トラキアの王子なのだぞ』という具合にね」
 父上の前で静かにしているだけのブルームからは、想像の出来ない話だった。それでも、そう言われるとイシュトーも仲間のように思えて、何とはなしに嬉しかった。
「ただ、ユリア様やイシュタルには内緒ですよ。知ったらきっと、『なら自分達は期待されていないのか』と泣いてしまいますからね」
「うん。男同士の秘密だね」
「はい」
 ――白い花の庭。今はもう、こんなに遠くなってしまった。

 あれは十歳の誕生日だった。
 父上の期待に応えよう、少しでも強くあろうと私は望んでいた。誕生日ということもあり、贈り物を貰うのが、何処か当然になっていた、あの日。
 父上の元に繁く通っていた魔導士が、私に一冊の魔導書を差し出した。
「殿下に、誕生日の贈り物です」
 父上が彼のことを疎んじているのを、私は知っていた。だからこの時も、子供らしい邪険さで、彼をあしらおうとした。だが、
「これは強い魔力を持った魔導書です。きっと殿下のお力になりましょう」
 その言葉に、考えを少し改めた。
 強くなれば、きっと父上の期待に応えられる。強くなれば、母上も、ユリアも、イシュタルも、イシュトーだって守れるかも知れない。自分の好きな人達を守れれば、どれだけいいだろう。いつか、父上をも守れるようになるかも知れない。
 私は、差し出された魔導書を、無造作に手に取った。意外な重さに驚く。小ぶりの魔導書は、十歳の子供には少し過ぎるほどに、ずしんと重かった。
 黒い古びた魔導書。開けば壊れるのではないか、と怯えながら、私はそれを開いた。
 瞬間。
 目の前が真っ暗になった。何が起こったのか判らずにいる私の耳に、低い声が届く。
『名は?』
「誰? 誰なの? ここは何処?」
『お前の、名は』
 有無を言わさぬ声音。私は震えが駆け上るのを覚えた。
「……ユリ、ウス」
 何が起こったのか、私には理解できなかった。
 この瞬間から、私の身体は私ならざる者に支配されて、己の意思で動かすことが叶わなくなった。眼に映るもの、手に触れる感触は確かなのに、それは私のものではなくなったのだ。
「見ているがいい。お前の絶望が私の糧だ」
 鏡に向かってそう語りかける『誰か』。それが私に対しての言葉だと、はっきり判った。それが意味するところは……間もなく知れた。
 私はユリアを殺そうとし、母をこの手にかけたのだ。

 酷く高い熱が出た時期がある。思えば、私の身体の中で、二つの心が鬩ぎ合った結果だったのだろう。
 ――苦しい。苦しいよ、誰か助けて。
 ふと目を開けば、父上がいた。私の手を握り、それを自分の額に押し当て祈るようにして。
「父、上……」
「……大丈夫か、ユリウス」
 私は辛うじて頷いた。全然大丈夫では無かったのだが、父上に心配をかけたくなかった。
「いい医者を呼んである。きっと治してみせるから、ユリウスも負けるんじゃない」
 父上。
 私は、単純に嬉しかった。公務で忙しい筈の父上が、側にいてくれる。それは、母上とユリアがいなくなった寂しさからだったかも知れないけれど、それでも良かった。父上が手を握っていてくれる。それが、ただ嬉しかった。
 なのに、私はこう口走ったのだ。
「何もかも、全部父上の所為だもの。父上には、償って貰わなくては」
 父上の表情に、怪訝そうなものが浮かんだ。何を言っているのだろう、という表情。その思いは、私も一緒だった。
「だって父上、この身に流れるロプトの血が、私を苦しめているのですから」
「何を……言っているのだ」
「私が知らないとでも? 父上。父上の母君、即ちお祖母様は、マイラの血を引くロプトの末裔。そして母上の母君も」
 父上は二度、忙しく瞬いた。『私』は身を起こし、父上を見据える。
 ――何を、言っているのだろう。マイラの血? ロプトの末裔?
「父上は御存知ないようですね。じゃあ、私がお教えします。母上の母君もまた、マイラの子孫。名を、シギュンと言ったそうです」
「何……」
「ああ、お可哀想な父上。知らぬとは言え妹と契りを交わし、こうしてロプトウスを息子として授かったのだから」
 ……その日から、父上は私の元へ来なくなった。

 絶望が糧、というのは、あながち外れた物言いではなかった。ひとつひとつ、大切なものが奪われていく都度、『私』は力を増した。
「愚かな事を……私を殺すなんて、貴方にはできませんよ? 父上」
 夢のように不確かな感覚の中で、父上は蹲り、咳き込んでいた。辺りが、何とはなしに鈍く赤い。
「でも、貴方にはまだ生きていて貰わなくてはなりません。……父上、せいぜい御自愛の程を」
 魔力だけではなく、政治の上での発言力も、父上を凌ぐようになっていった。暗黒教団の台頭を認め、子供狩りを容認し、あまつさえ押し進めるようになり……この手が、何度と無く血に濡れた。
 愛した何もかもが、『私』に蹂躙されていく。母を殺し、妹を手にかけようとし、父を――そして、幼い日を共に過ごした、イシュトーとイシュタルも。
 『私』は諫言を続けるイシュトーを遠ざけ、代わりとばかりにイシュタルを重用するようになった。……いや、あれは重用と言えるだろうか。いわゆる「公称の愛人」というのは。
「もう、君しかいないんだ、私の側にいてくれるのは」
 イシュタルが、私の前に傅く。……違う。私が望んでいるのは、そんな事ではなかったのに。側にいて欲しかった。それは嘘ではないけれど、こんな形で君を手に入れても、嬉しくなんてなかった!

 目を閉じ、耳を塞ぎ、逃れようとしても逃れられない闇の檻。その中で、私はこの日々が終わるのを待っていた。焦がれるような切なさの中で、待ち続けた。

 ――行かないで。
 イシュタル、死ぬな!

 私の叫びも願いも、彼女には届かなかった。……彼女の最期の声が、聞こえた気がした。
「あの女が死んだな」
 くつくつと笑う私が、鏡に映る。私は、それをじっと見つめた。この身から溢れ出すものが涙であるのか血であるのか、それさえ判らない。
 ――赦さない。絶対に赦さない!

 誰にも見咎められず、私は廊下を歩んでいた。目的の扉の前まで来て、ほっと息をついた刹那、
「殿下、どちらへ」
 びくりと背が強張ったが、辛うじて表情に出すのを押さえる。私はせいぜい、尊大に応えた。
「もう術はかけ終わったのか」
「皇女ですか。……完全に」
「ならば良い。堕ちたナーガの子孫を見てやろうか」
 彼――マンフロイがついてこようとする。私は内心で慌て、そして表面上は苛立ち紛れに、彼を追いやった。彼は『私』には従順だった。あるいは、そうと見せかけているのかも知れない。ともあれ、彼はそれ以上、私に伴うとは言わなかった。
 この部屋には、ユリアが捕らわれている。心を鎖に絡め取られ、自らの意思を失った姿で。私は思い切って、扉を開いた。
 中は簡素なもので、寝台と脇机、それに椅子が二脚ほどあるだけだった。小さな部屋。だが、まるで一枚の絵画のように美しくもあった。窓から射し込む光が、窓辺に座るユリアを彩る。紫の瞳が、じっと頑ななまでに前を見据え、よくできた彫像のように動かなかった。
 美しい、けれど哀しい光景。
「ユリア……」
 私は歩み寄り、その前に膝をついた。その膝の上にある手を握る。冷たい滑らかな手。思っていたよりも荒れていない事に、私は安堵と言うにはあまりに淡い感情を味わった。
「元気、そうだね」
 そう言う声が、微かに滲んだ。私は耐えきれず、妹の膝に頭を凭れさせた。
「……すまない」
 ユリアは身動ぎひとつしない。ああ、術は完璧のようだ!
「私を赦せとは言えない。ユリアをこんな目に遭わせて……母上も父上も、イシュタルまで失わせて」
 さら、と。
 軽い感触に、私は顔を上げた。無表情の瞳が私を映し、私の髪を撫でていた。
「ユリア……?」
 茫洋とした瞳は、映しているけれども『見て』はいない。ああ、でも……そう、ユリアもまた、私のように内側に閉じこめられただけなのだ。心はまだ、死んではいないのだ。
 まだ間に合う。たったひとつだけ残された私の宝を、まだ守れる筈だ。
 私は涙を拭い、立ち上がった。つられたように上向くユリアの肩に、手を載せる。
「ユリア、よく聞いて。この戦いを終わらせる方法が、ひとつだけある」
 瞳は僅かも動かず、だが、その面にだけ、訝る表情が浮かんだ。
「私を殺すんだ」
 私は、肩を掴む手に、僅かに力を込めた。
「ナーガで抑え、ティルフィングで命を絶つ。この者を滅するには、他に方法がない。その上で、私が冥府まで連れて行く。そうして初めて、完全な封印が施せると思う」
 一度息をつき、窓辺へと目を向けた。……眩いばかりの、満月。
「満月の近くには、いつも力が弱まった。だから私も、こうしてユリアと話が出来た。
 このまま自害することは容易い。でも、それでは駄目なんだ。この悪魔が、いつまたこちらへ戻ってくるか判らない。君と兄上、そして私だから出来る事だ。解るね」
 まるで耳に入っていないかのように、ユリアは無反応だった。
「今日が満月。この数日程度なら、そう労せず倒せる筈だ。じきに兄上も来られる。きっと――」
 私は軽く目を閉じた。私達の異父兄、光の皇子セリス。瞼に浮かぶ青に、私は心から願った。ユリアを、この世界を、どうか守ってください。救ってください。貴方に願うのは、筋違いかも知れないけれど――。
「きっとユリアを助けてくれる。そうしたら、私の所へ戻っておいで。待っているから」
 みるみるうちに紫の瞳が潤んだ。するっと涙がひとしずく、零れ落ちる。私は何とか微笑んで、ユリアの頬を拭った。
「諦めたわけじゃないよ。私も戦う道を選んだ、それだけなんだ」
 無表情のまま、涙だけが落ち続ける。それがいっそう、嘆いているように見えた。心の底からの嘆きに見えた。
 私は僅か身を屈め、ユリアの頬に口づけた。
「さよならだ、ユリア。もう二度と会えないと思う」
 身を起こした私を、濡れた瞳が見つめた。
「でも、私はいつもユリアと一緒にいるよ。だから悲しまないで……一緒に戦ってくれ」

 私が部屋の扉を閉ざす、その瞬間まで、ユリアは涙を落としていた。
『無駄な事を』
 地の底からの声に、私は足を止めた。
『無駄な事を、無駄な事を……』
 笑い続ける声に、私は奥歯を噛みしめた。
「無駄かどうか、やってみなくては判らない」
「いや、無駄なのだよ、ユリウス」
 『私』が、低く冷笑した。
「ユリアは反乱軍と戦う。お前の希望二人は、相討つ運命にあるのだ」
 ――でも、私は信じている。妹を、兄を。
 この長い夜は、必ず明ける。もうじき明ける。兄上が朝を導くのだから……ユリアと共に、世界に光を取り戻すのだから!
「……光の皇子、か……ふ、所詮はバルドの血のみを濃く引く小僧でしかない。この私が敗れるとでも?」
 私室に戻り、『私』は鏡を覗き込んだ。まるで、そこに私がいるかのような仕草だった。
「ユリアを亡くす絶望、そして希望が潰えるさま……さぞ甘美だろうな。ユリウス、お前の役目もじきに終わりだ。せめてもの手向けに、帝国の復活までは生かしておいてやるが、な」
 ……私がそれを見ることは、絶対にない。
 ロプト帝国は、復活させない。

 ユリアと兄上が私の前に現れた時、胸が震えるのを覚えた。それは私の感覚であったのか、それとも『私』の感覚であったのか、定かではない。
「ユ、ユリア……何故お前が……マンフロイめ、ぬかったな!!」
「お兄さま……」
 切ない色が、ユリアの瞳に浮かんだ。兄上が剣を抜くのが見える。その兄上も、何処か寂しそうな、哀しそうな影があった。
 ――ああ、約束を守ってくれたね、ユリア。
「まぁ、よい。貴様らが束になってかかってきても、私は倒せぬ」
 魔導書に手が掛かる。それは、あの日に開いた黒の聖書。
 ――させない。私の大切な者を、これ以上傷つけさせやしない。
 私の手は、魔導書の表紙にかかったまま動かなかった。込められる力の余り、指が震える。
「……!? ユリウス、貴様!」
「『光よ、光竜ナーガよ。我が声に応え給え、聞き届け給え」
 ユリアの声が、高く低く紡ぐ。光の聖句だ。じわりと冷や汗が浮くのが、私にも判った。別な魔導書を求め伸びた手の先に、銀の光が翻った。銀紫の髪をした少年だった。
「ユリアを殺させやしない。邪魔はさせない!」
「……退けっ!」
 その声に重なって、聖句の最後の一節が、私の鼓膜を叩いた。
「この世界に光をもたらし給え』!」
 金色の竜が、私の視界いっぱいを染め上げる。
「があぁぁぁっ!!」
 衝撃が感じられた。だが、その痛みでさえ、私は嬉しかった。もうすぐ終わる。終えることができる!
「ユリウス……貴様、貴様……」
 軋るような呪詛の声。懸命に押さえつけていた手が、僅かに緩んだ。
「『闇より来たりし神よ、更なる闇をもって――」
 反動が来た。傷が開き、床にいくつもの血だまりを作った。
「……殺してやる。全てを殺し尽くして……」
 魔法の余波が残る中に、白い輝きがあった。兄上の抜いたティルフィング。気合い一閃、それが頭上へと振り翳された。それに対し、再び魔法が放たれようとする。
「この世界は私のものだ! この身体も、全てが!」
 ――違う、よ。
 魔法が放たれる刹那、刃が届く刹那、私は意識の隙間をかいくぐるようにして、己が手を押し止めた。聖剣が、黒の聖書もろとも私を刺し貫く。
 時間が止まったように、感じられた。
「ユリ、ウス?」
 信じられないものを見る響き。私はよろよろと後ろに下がった。刃が抜け、更なる血で床が染まる。
「……この身体は、私のものだ」
 濁った音と共に、口から血が溢れた。咳き込み、身体を支える。……支配が弱まっている。ここから逃げようとでも? 逃すものか、逃しはしない!
「兄上、とどめを」
 目の前が暗く霞んだ。兄上がどんな表情をしていたものか、私には判らなかった。
「早く!」
 青い影が頷いたように見えた。それが、私の見た最後の光景。
 あの青。懐かしい色……光に満たされた……ああ、そうだ。幼い頃に見た、シアルフィの海の青。太陽の光を反射して、眩しくて、なんて綺麗な――。
「ユリウスーっ!!」
 ――叶うなら。誰に願ったらいいか判らないけれど、叶うのなら。
 私の大切な人達を、お守りください。
 このような想いをする者がないように、この魂の朽ちるまで、私は鎖となろう。
 だから……だから、どうか。
 皆を、お守りください――

 霊廟の前に、影があった。
「ユリア、ここにいたんだね」
「お兄さま」
 穏やかに笑う青年に、彼女も笑みを返した。グランベルの王と、その妹だった。
「具合はどう?」
「ええ、もう大分。お義姉さまは」
「うん。こっちも大分ね」
 秋の黄昏が、静かに帳を下ろそうとしている。二人はしばし言葉もなく、霊廟の扉を見つめた。
「……名前」
「え?」
「名前は、お決めになりましたか?」
「あ、うん……」
 歯切れ悪く応えてから、セリスは苦笑し、頭を掻いた。
「皇子が生まれたら『ユリウス』とつけようと思っていたんだ。でも、オイフェが駄目だと言うんだよ。縁起でもない、とか何とか」
 軽い驚きの表情が、ユリアの面に広がった。
「お兄さまも?」
「『も』って……え? 君もかい?」
「はい。男の子なら『ユリウス』にしましょうって、二人で話していました」
 セリスは軽く笑い、でもまいったな、と目を細めた。
「従兄弟で同じ名前って、ちょっとややこしいね」
「そうですね。でも、どうしてもつけたくて……」
「……そうだね」
 二人は微笑みを交わし、揃って、霊廟に視線を転じた。落ちかかる斜陽の最後のひとかけらが、その赤が、今一人の兄弟を彷彿とさせる。
 この手で送った、あの戦い最後の生命。
 自分達よりも、ずっと辛い運命を背負っていた、一人の少年。
「……今度は、幸せになって欲しい」
 セリスの言葉に、ユリアは顔を上げた。泣き出しそうな微笑が、夕陽に赤く染まっている。
「……はい、お兄さま」
「となると……やっぱりユリウスしかないか」
 真剣な表情に、つい笑みが洩れる。
「はい」
「じゃあ……名前を二つ付けよう。それで、後ろの方をユリウス。これならオイフェも文句を言わないでくれると思うんだけれど、どうかな」
「良いお考えだと思います」
「よし、じゃあそれでいこう」
 納得して、セリスは踵を返した。数歩進んでから、ユリアを振り返る。
「おいで。風邪でもひいたら大変だ」
「はい、セリス兄さま」

 ――叶うなら。誰に願ったらいいか判らないけれど、叶うのなら。
 私の大切な人達を、お守りください。
 このような想いをする者がないように、この魂の朽ちるまで、私は鎖となろう。
 だから……だから、どうか。
 皆を、お守りください――


update:2001.04.30/1999.11.28 written by Onino Misumi

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