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ふたつの願い
Good-by forever


 バーハラが陥ちた、その夜。
 街は明るい光に満たされて、不夜城の趣を呈していた。これが最後の戦勝の宴。皆の喜びもひとしおであったと思う。
 けれど、ぼくは知っていた。あの戦い、最後の場に居合わせた者は、誰一人として笑っても、喜んでもいない事。

 真夜中を過ぎた頃だったろうか。何となく寝付けずにいると、扉を叩く音がした。最初、空耳かと思った。
「珍しいね、君の方から来るなんて」
「悪い、起こしたな」
「そんな事ないよ。それで、なんだい?」
 彼は言いにくそうだった。目を逸らし、視線を床に落とす。
「……頼みが、ある」

 もう、城は寝静まっていた。息を潜めているかのような静けさが、青い闇にたゆたっている。月の光があるから、真の闇にはならない。何処か幻想的で、何処か不確かな、そんな青い闇に満たされている。
「それで、頼みって?」
 彼は懐から何かを出し、差し出した。銀色に輝くそれは――鋏。
「……アーサー?」
「切って欲しいんだ、この髪」
 ぼくは、少なからず驚いた。

 シレジアでは大抵、髪を伸ばすのは女性だ。そんなシレジアで育ったアーサーが髪を伸ばすのには、理由があった。願を掛けているのだ。
 あれはペルルークでの宴だっただろうか。酔いに頬を上気させて、アーサーは小さくそう言った。
「何を願掛けしたんだい?」
「……教えるか、莫迦」
 彼の隣では、ユリアが静かに笑っていた。ぼくは漠然と、ユリアはその話を聞いたのだろうと、そんな風に思った。彼は、ユリアを愛していたから。少し天の邪鬼ではあるけれど、アーサーは気性の真っ直ぐな男だ。二人の間に、隠し事は無しにしておきたかったのだろうと、そんな風にも思った。
 だから、ぼくは驚いたのだ。
 願いを掛け、伸ばしたその髪を、切ってくれだなんて。

「どうして?」
「ユリアに頼んだら、断られた」
 それは、ぼくの問いに答えたものではなかったけれど。
「……それで、ぼくの所に?」
「他に頼めない」
 それが結構な口説き文句であることを、彼は知らない。ぼくは苦笑して、息を吐いた。
「そう言われると弱いんだよ。……わかった、切ってあげよう」
 ぼくが鋏を受け取ると、アーサーは一瞬、ほっとしたような笑みを見せて、すぐさま表情を消した。

 少し歩いて、噴水の側に落ち着く。アーサーが噴水の縁に座って、ぼくはそこに、片膝を載せた。アーサーの持ってきたマントを肩にかけて、随分と伸びた髪を一房、手に取る。
「……切る前に、訊いてもいいかな」
「何だ?」
「願い事は、叶ったのかい?」
 肩が、ぴくりと振れた。
「……どう思う?」
「叶ったのかなと思うよ。アーサーは、途中で投げ出すような男じゃないと思っているからね。でも、それを君の口から、聞いておきたいと思ったんだ。
 それで、どうなんだい? 叶ったのかい」
 アーサーは、少し俯いた。銀紫の髪が、さら、と前に落ちる。
「ふたつ、願った」
「二つ?」
「ああ」
 顔を上げる。そうすると、月の光が髪の上を滑って、とても綺麗に映えた。
「ひとつは、父さんの仇を討つこと」
「うん」
「もうひとつは……」
 アーサーは一呼吸、間を置いた。
「大事な人達に、もう一度会いたいということ」
 肩越しに振り返って、紫の瞳が、ぼくを見つめた。
「母さん、ティニー、それから……お前」
「……ぼく?」
 それは、充分に意外な一言だった。
 ぼく達は、あのシレジアで出会って、別れた。長い間の別れ。そうして、戦いがぼく達を、再び出会わせた。
 ぼくにとってのアーサーは、初めて出来た、対等の友人だった。それは今も同じで、ぼくは彼を、親友だと思っている。でもそれは、ぼくの主観だ。アーサーにとってもそうだとは言えないと、そう思っていたから。
 友人だと思っていてはくれていると、そう思っていたけれど。
 けれど、彼もまた同じ様に、会いたいと望んでいてくれたとは、思わなかった。忘れがたいのは当然だった。あの別れは、予期せぬものであったから。だから、会いたいと……願を掛ける際に思い出すほどに、会いたいと思ってくれているとは、正直、思わなかったのだ。
「……今にして思えば」
 アーサーの声は、静かで。静かだけれど、よく通った。
「オレは、取り戻したかったのかも知れない。父さんが居て、母さんが居て、ティニーが居て。お前と過ごした、あのシレジアでの時を、取り戻したかったのかも知れない」
「アーサー……」
「だから、これはけじめなんだ」
「けじめ?」
「そう。……過去はさ、捨てられるもんじゃないだろう? 捨てたいようなものでもないしさ。でも、抱えて生きていけるものでもない」
 アーサーが拳を握ったのが、見えた。
「オレはヴェルトマーに行く。行って、思うとおりにやってみる。その為には、ここで区切らなきゃいけないんだ」
 ……区切り。
「母さんは死んでいたけれど、会いたいと思った人には、みんな会えた。ティニーにも、お前にも……ユリアにも。父さんの仇だって、オレが討ったんじゃないけれど、こうして帝国を倒したことが、仇討ちになると思う。そういう意味で言えば、願いは全部叶った。
 これから、新しい願いをしなきゃいけない。この国の為に、新しい未来の為に。後ろではなくて、前を見なくちゃいけない。それには、これは必要ないんだ」
 ぼくは、そのアーサーの声が。
 何故だろう、泣くのを堪えているように聞こえた。
「……わかったよ」
 アーサーの髪は冷たかった。夜気のように、冷たかった。そこに、鋏を入れる。
「切るよ」
「……頼む」
 ――ざりり。
 ぼくは、手の中に落ちてくる銀を見た。
 この髪には、アーサーの願いが、恨みが、悲しみが、みんな込められてきた。それを、一房ずつ断ち切っていく。
 軽くなればいい。この髪の分だけ、アーサーの『何か』が、軽くなればいい。
 この時代、この戦いの中で、辛い思いをしたのは、アーサーだけではないけれど。それでもぼくは、彼の負ってきたものが、人一倍であっただろうと思うから。
 だから、ぼくがこの手で断ち切ろう。
「……泣かなくていいよ」
「誰が泣いたんだよ!」
「ああ、動かないで。変に切れる」
 落ちていく髪は、綺麗だった。銀細工のようだと、ぼくは思った。

「何か、変な感じがする。頭が軽くて……」
 アーサーは手を遣り、そこに髪がないのに気がついて、小さく笑った。
「短くすると、少しお父さんに似てるね」
「そうか? オレ、ずっと母さん似だと思ってたんだけどな」
 笑いながら、アーサーは髪を拾った。そのままにもしておけないだろう。ぼくも手伝って、丁寧に片づけた。
「……もうひとつ、頼んでもいいか?」
「なに?」
「シレジアに着いたら、さ」
 アーサーは髪を懐紙に包んで、差し出した。
「これ、適当な所に埋めてくれるか」
「いいけれど……何故」
 アーサーはマントを払って、笑うのとは少し違う、けれどよく似た、軽いため息をついた。
「本当は、母さんを埋めてやりたいんだけどさ……父さんの側に。でも、無理そうだし。
 その髪は、オレの気持ちだから……母さんと同じ髪だから。ふたつ一緒にして、シレジアの土に還してやろうと思って。オレ、しばらくシレジアには行けそうにないから、お前に頼む」
 ぼくは、手の中の包みに目を落とす。
 シレジア。あの地はもしかしたら、ぼく達の、いや、解放軍の始まりの地であるのかも知れない。ティルナノグ育ちの戦士は、多く、彼の地で生まれた。ぼくが、アーサーが、フィーが、ティニーが、あの地で生まれた。ユリアが、あの地で育った。
 ――帰る場所も、きっとそうなのかも、知れない。
「……わかった、預かる」
「頼むな」
 彼が断ち切ったように、ぼくも。
 ぼくもまた、新しいシレジアを、導いて行かなくてはならないのだ。

 ぼくはシレジアに帰って、ある岸壁に、その包みを埋めた。
 遠くに、グランベルが霞んで見える。
「君も、頑張っているんだろうね」
 負けてはいられない。そんな風にも思うけれど。
 シレジアでまた、もう一度。
 皆が望んだものを手に入れられるよう、そんな国を作っていこう。
「セティ様」
「ああ、今行く」
 いつか来る君に、恥じないように。


update:2001.05.20/written by Onino Misumi

Background:Angelic

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