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太陽が沈まない
He is waiting for the moon


 少年は、長子ではあったが嫡子ではなかった。いわゆる脇腹の生まれで、本来ならば相続問題に絡むからと、生まれてすぐに殺される運命にあった。少年が生き長らえたのは、生まれて間もなく顕れたオードの徴に因るものだった。
 少女は、嫡子ではあったが長子ではなかった。オードの徴が選んだのは少女ではなく、妾腹の兄であった。髪も肌も、イザーク人に在らざる白さ。血の如き双眸は、不吉の験と囁かれ続けた。
 少年の父親は、その処遇に頭を悩ませた。族長の座は嫡子に継がせたい。だが、庶子とは言えオードの徴が顕れた子を、無下には出来ぬ。考えあぐねた末、隣の部族の総領娘と娶せた。
 少女の父親も、その処遇に頭を悩ませた。確かに総領娘だが、オードの徴を持たず、不吉と噂される娘。それに継がせるよりは、異国の血が混じってはいるが、兄に継がせたが良いだろう。だが、妹が粗略に扱われるを怖れた兄は、密かに家を出た。残された少女が跡目を継ぐ事になり、隣の部族から婿が取られた。
 二人の境遇は、よく似ていた。ひとりは選ばれたが故に放逐された者。ひとりは選ばれなかったが故に留められた者。年端もいかぬうちに娶された二人は、互いに足りぬものを補い合うように、次第に惹かれていった。

 少年には、伯母がひとり在った。
 周辺部族を抑え王となった家に嫁ぎ、だが、長く子宝に恵まれなかった。少年が他の部族の婿となったのには、そういった背景もあったのであろう。
 無論二人にも、後継ぎを望む声が多くあった。しかし二人は未だ幼く、床を共にする事はなかった。
 その伯母が男児を産み死んだと聞くと、少年は不意に恐ろしくなった。
 今はまだ、幼いからと逃げていられる。だがいずれ、少女を妻にする日が来るであろう。もしも少女が子を産み死ぬような事があったなら、自分はそれに耐えられるであろうか。
 少女は言った。女は子を産むように出来ておりまする、そうそう死ぬような事にはなりませぬ、と。
 それでも少年は、前にも増して少女を慈しむようになった。仲が良すぎれば子が授からぬと、周囲が変に気を揉むほどに、少女を労り、大事にした。

 歳を経て、少年は男となり、少女は女となった。それでも二人の間には子がなく、周囲の声も相まって、妙にぎくしゃくした空気が漂うようになっていった。
 男は問うた。幸せか、と。
 女は答えた。まだ判りませぬ、と。幸も不幸も、未だ感じた事がありませぬ。
 男は思った。慈しめば慈しむほど、女を追いつめているような気がしてならぬ。どうすれば幸せを感じさせてやれるだろうか。
 ――時は容赦なく過ぎ、やがて戦乱が訪れた。

 一族はちりぢりになり、男は、女と僅かな民を擁しながら、何とか日々を繋いでいた。戦のきっかけが実家と知れば、怒りもいや増す。自分を追いやっておきながら、今なお自分の家庭を奪っていこうとしている。何故、そんな理不尽な真似が出来るのか。
 女は言った。恨んではなりませぬ、それでも貴方の父上ではありませぬか。嘆くよりも前に、民を導くのが総領家の務めでありましょう。
 男は、芯の強い女だと思った。儚くたおやかな身体の、何処にそんな力があったのかと思った。
 そして、この家に伝わる剣技を思い起こした。――月光。人々を導き、闇から救い出す力。それは女の中に在り、常に皆を支えているのだと、男は思った。
 そんなある時、女が言った。もし万一、己の身に何かあったなら。
 男は言った。そのような願いは聞けぬ。
 いいえ、いいえ背の君。このような戦の世となれば、何が起こるか判りませぬ。月光は、このような世にこそ必要なもの。継ぎ手がいなくてはなりませぬ。
 男は、その剣を継いだ。女の願いは叶えてやりたかった。
 それから程なくして、女に子が出来た。戦いに次ぐ戦いの中で、男は女と、まだ見ぬ子を守り、民を守り、月光を以て導き続けた。
 生まれたのは女児であった。貴方に似ている、と女は言った。俺に似ては不幸だ、お前に似るがいいだろう、と男は言った。いいえ、貴方に似るが良いのです、と女は言った。わたくしに似ては厄災を呼びましょう、貴方と共に歩む娘であれば安心できまする、と。
 男は、その意味が解らなかった。結局、美しい妻に似た娘になるように、と、似た響きの名を付けた。

 女は時折、不思議な事を口にした。女に言わせれば、垣間見える何かがあるのだ、と。
 その女が、ある時、男に向かって言った。もしも別れることがあったなら。
 生きるも死ぬも一緒だ、と男は言った。
 いいえ、と女は言った。月光を次の世へ残す為、どちらかは生きねばなりませぬ、と。だから誓ってくださいませ、わたくしの名に誓ってくださいませ、決して自ら命を絶ったりせぬと。
 誓おう、と男は言った。それがお前の望みなら、その名において誓おう。だが、お前も誓うのだ。月光の名において誓うのだ。決して命を絶ったりせぬと。
 男は思った。女には何かが見えたのかも知れぬ。その何かは、きっと恐ろしい事であったに違いない。自分が命を絶つような。
 女の眼に怯えがあるのを、男は知っていた。望むとおりにしてやれば、それが少しは和らぐであろうと思った。

 そしてとうとう、その日がやってきた。
 もはや三人共には逃れられぬ、と女は悟ったのであろう。抱いていた赤子を、男の腕に預けた。
 貴方なら、と女は言った。貴方であれば、この囲みを、この子を連れて抜ける事も叶いましょう。どうぞわたくしの剣を持ち、行って下さいませ。
 誓いを忘れるな、と男は言った。
 ええ、忘れは致しませぬ。ですからお忘れになられまするな。貴方も決して、死んだりせぬと。
 必ず生きて会える、と男は思った。もはや会えぬであろう、と女は思った。

 戦の最中、己の剣を見た女は、男が死んだと思った。女は、囚われの身となった。

 男は、女が囚われたと聞き、もはや生きてはおらぬであろうと思った。かの軍に囚われれば、慰み者にされ殺されるが常。男は、女を守れなかった己を責め、責め、責め続けた。
 だが、男には娘が残されていた。誓いも立てた。おいそれと死ぬわけにはいかぬ。

 男は娘を育てた。己が身に万一あらばと、幼き娘に月光の技を叩き込んだ。厳しくある父を、娘は慕った。厳しさの裏にある愛情を、娘は確かに受け止めていたのだ。
 この子を育てれば、と男は思った。この子を育て月光を次の世へ継げば、誓いは果たされる。女の元へ行けるであろう。

 ある日。
 男は不注意から、娘を失った。
 月光は未だ、男の腕にあった。

 何故、生きているのだろう。
 男は問うた。
 何故、お前は生きているのだ。愛する者を守れず、失い、その上で何故、こうして生きていられるのか。何の為に生きているのか。
 月光を、と女が言う。次の世に月光を継ぐ為に、決して死んではなりませぬ。わたくしの名に誓ってくださいませ。
 ああ、誓ったとも。男は叫んだ。誓った、誓ったとも。お前には、これが見えていたのか。この日の為に、お前は俺に誓わせたのか。月光を継いでいく、その為だけに生かしたのか。
 何故、俺でなくてはならぬ。月光を継ぐは、お前ではなかったか。継ぐに相応しきは、お前ではなかったのか。
 どうして自分は生きている。どうして自分は生きていける。死にたくない、と叫ぶ者達を斬り捨てて、その屍を踏みしだき、何故。

 ――何故、誰も俺を殺してはくれぬのだ。

 誓いが男を縛った。自ら命を絶つ事が出来ぬ。
 男は腕に月光を残したまま、死地へ、死地へと赴いた。だが、誰も男を殺せない。血に宿る流星が、腕に残る月光が、男を殺させぬ。死なせてはくれぬ。
 誰かを、何かを憎まずにはおれぬ、長い時間。
 戦を起こした己の父か。だが、その父は既に亡い。
 男は思った。ならば、父を討ったイザーク王家を恨むより他あるまい。父を討っておきながら、何も変える事が出来なんだイザーク王家。その生き残りを――己が従弟である、シャナン王子を。

 いつしか、男は思うようになる。俺には夜が訪れぬのだ、と。
 傷ついた身体を癒す、憩らえる夜。それが俺には訪れぬ。月の光に身を委ね、眠る事が出来ぬのだ。
 幾日越えれば、夜は訪れるのであろう。この太陽は、いつ沈むのであろう。
 男は天を仰ぐ。蒼穹は高く、日は普く全地を照らす。
 太陽よ。男は叫ぶ。心あらばその身を隠してくれ。ここに夜を連れてきてくれ。……一時で良い、俺に月を与えてくれ。

 誓いは、再び月光と見えるまで、男を縛る。
 それまで、それまで決して死んではなりませぬ。
「……ああ」
 誰にともなく、男は応える。誰かは知らぬ。だが、誰かが必ず、この剣を継ぐ。その日まで、俺はこれを携えて行かねばならぬのだ。
 いつか――誰か。
 その日が訪れるまで、この太陽は沈まない。


update:2001.05.24/written by Onino Misumi

Background:Angelic

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