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君がための子守歌ララバイ
Good-night


吾子あこよ吾子 愛しい吾子
夢を見んとぞ この胸で
春の野辺を やすらう風を

「相変わらず、いい声だ」
 竪琴の最後の余韻に、そんな声が重なった。レヴィンは肩越しに見遣り、せいぜい皮肉っぽく笑った。
「子供一人寝かしつけられないとはね。困った公子サマだな」
「面目ない」
 そう言って、彼――シグルドは苦笑する。公子であれば、子供の世話などする必要はない。必然、自分の子供であれ寝かしつけられなくても責められるいわれはないのだが、そこを素直に謝る辺りが、彼の特性と言えるのかも知れない。
「セリスは眠ったのかい?」
「ああ」
 シグルドは、どれ、と揺籃を覗き見た。静かな寝息を立てる息子を、愛おしげに見つめる。レヴィンは、何とはなしにそれを見ていられず、視線を逸らした。
「レヴィンの子守歌で眠る事が出来るなどと、光栄の極みだろうな。……きっと、立派な子になるだろう」
「それ、一般的に親バカって言うんだぞ」
「そうかな」
 笑い、シグルドは揺籃から離れた。軽くレヴィンを手招く。
「歌の礼だ。何か持ってこさせよう」
「いいって。すぐに寝るし」
「そうか。なら、少し休んでいかないか」
 それまで断る必要はないだろう。
 レヴィンはそう思い、シグルドが勧めるままに腰を下ろした。
「それにしても、助かったよ。眠ってくれなくて、困っていたところだったからね」
 まかり間違えば――いや、本来ならば一国の公子。我が子の夜泣きに関わることなどなかったであろう。普通であれば、乳母に預けて、それっきりである筈だ。シグルドは、細君の失踪以来、息子をも失うのを怖れたのか、手元から離そうとしなかった。その結果が、こうなっているわけだ。少し考えれば当然の事態であっただろう。
「吟遊詩人は歌で勝負だろう? 大したことじゃない」
 本業はいわゆる『一国の王子』であるレヴィンだが、自分でも、この吟遊詩人は意外に性に合っていたのではないかと思っている。風も歌も、どちらも空気を震わせ伝わる物だからであろうか。
「とても良いことだと思うよ」
 しみじみとした口調に、レヴィンは視線を上げた。シグルドの視線は、揺籃のセリスに向けられている。
「ヒトを気持ち良くさせるというのは、なかなか出来る事ではない。やろうと思って出来るものでもない。
 君の歌は皆の心を潤してくれる。セリスの涙を止めてくれる。それは、とても素晴らしい事だと私は思う。違うかな」
 ゆっくりと視線が戻った。レヴィンの上で止まり、にこりと笑む。
「ありがとう、レヴィン」
 ――なんだよ。
 レヴィンはそれを正面から受け止めかね、視線を外した。
 ――人を気持ち良く、だなんて。
 そんなのは、あんたの方がずっと上手いじゃないか。そうやって笑うから、みんなはあんたについて行こうと思うんだ。普通は照れて言えないような事も、あんたは簡単に口にする。素直に褒めるから、こっちだって、うっかり素直に聞いちまう。
 嬉しい、だなんて。
 歌を褒められて嬉しいだなんて、子供じゃあるまいに。
 深くついたため息に、シグルドは怪訝そうな表情を浮かべた。
「何か……気に障る事を言ったかな」
「いや、別に」
 レヴィンは置いていた竪琴を取り上げると、軽く一音、爪弾いた。
「じゃあ、あんたに教えてやるよ、今の子守歌」
「え?」
「あんたが覚えて歌えば、自分の子供を気持ち良くさせてやれるだろう?」
 シグルドは、きょとんとしてレヴィンを見つめている。
「……やるのか、やらないのか?」
 ふ、と。
 何の裏もない笑顔を見せられるから。
 そんな笑顔を見せられるから、こっちは気分良くなっちまうんだ。
「教えて貰うよ」

嬰児みどりご泣かば 風ぞ騒ぐ
風ぞ騒がば 雪姫ぞ哭く
吾子よ吾子 愛しい吾子
夢を見んとぞ この胸で
春の野辺を 憩らう風を

「まぁ……セリス様」
 ん? と彼は振り返った。戸口には、ぽかんと突っ立っている妻の姿。
「どうかした?」
「あの……ノルンを」
「ああ」
 にこりとして、彼は妻に向かって歩を進めた。差し伸べられる腕に、眠っている赤子を渡した。
「泣いていたからね、ちょっとあやしていたんだよ。そしたら眠ってしまったんだ」
 あらあら、と妻が笑う。
「レヴィン様の子守歌でしたね」
「え? ……ああ、今のかい? 聞いてたんだ」
 照れたように笑ってから、彼は妻に続いて、赤子の寝室へと歩いた。
「レヴィンが、よく言っていたんだ。父上が一生懸命に覚えて、ぼくに歌っていてくれたってね。だから、子供が産まれたら歌ってやろうって、そんな風に思っていたんだ」
「そうだったんですか……」
 寝台に移す前に、もう一度だけ、とセリスは腕を伸べた。微笑しながら、妻は赤子をその腕に預ける。
「ノルン」
 その響きを楽しむように、セリスは呼んだ。無論、眠っている赤ん坊が、答える筈もないのだが。
「この子も大きくなって母親になったら、子供に子守歌を歌ってやったりするんだろうな」
「……セリス様ったら。まだ生まれたばかりですよ」
 それでも。
 それでもいつかはそうなるのだろう、と彼女は思った。
 子の為に、愛しさを込めて歌われる歌。親から子へ、子から孫へ、きっと受け継がれていくに違いない。
「気持ちよさそうに眠っていますね」
「そうだね。……起こすと可哀想だ」
 大事そうに、セリスは子を寝台に置いた。軽く掛布をかけ、静かに手を置く。
「……おやすみ」

 灯火が消され、扉が閉じた。誰もいなくなった部屋で、柔らかな寝台に沈む赤子は、夢を見る。
 自分のために歌われた、小さな歌を。


update:2001.05.29/written by Onino Misumi

Background:Angelic

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