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私の想い人
Earthly paradise -1-


 それは、ある日の午後のこと。

 見張り当番帰りのアスベルは、同じく当番だったカリオンと、何となく一緒に歩いていた。本当に何となくであったので、どんな会話をしていたものか、後になって思い出そうとしてもさっぱりだった。……いや、その後の事の方が精彩が強かった為に、吹き飛んでしまったのかも知れない。
「ねー、ほんとセリス様の軍って、綺麗な人ばっかり」
 ため息混じりの声は、ラーラのものだった。ねぇ、と同意を求めるそれに、そうね、と何人かが応じる声。
 アスベルとカリオンは、目を見交わした。何人かが露台辺りに集まって、茶飲み話にでも興じているのだろう。このままでは立ち聞きになってしまう。通りかかったのは偶然であり、そのつもりは全くないのだ。早々に立ち去るのが良いだろう。
「セリス様なんて、ほんっと麗しいし」
「あら、アレスって傭兵もなかなかよね」
 それは確かに、とアスベルは内心で頷きながら、歩を早めた。
「ティルナノグのトリスタンさんも」
「トリスタン? って、あのカリオンに似た人?」
「冗談! 全然似てないわよ!」
 ……あ、この声、マリータだ。
「あの人、カリオンみたいにへらへらしてないし、寡黙だし、何より強いのよ」
 ぴた。
 思わず、アスベルは足を止めた。期せずしてカリオンも足を止め、二人は顔を見合わせる。
 セリスの軍には、ティルナノグから来たというトリスタンなる騎士がいた。アスベルの目から見ても他人とは思えないほど、カリオンに似た面差しをしていた。それは確かなのだ。だがしかし。
「あの人……そんなに強かったかな」
「さぁ……」
 カリオンの疑問ももっともである。マリータはリーフの軍でも五指に入る剣士だ。そのマリータが「強い」と力説するほど、かの騎士が強かったという印象は無い。確かに無口で、確かに整った顔立ち。だが……。思わず耳をそばだてる。これでは、完璧に立ち聞きである。
「あの人、そんなに強かった?」
 やはり、誰しも思うものらしい。
「強いわよ。わたしが手こずってた敵、一撃で倒しちゃったんだから」
 いや、そりゃ嘘だろう!
 アスベルは目をぱちぱちさせた。窺ったカリオンもまた、信じられない、という顔をしている。
「え、それって……」
「あの時のトリスタンさん、すごく格好良かった……。男は、ああでなくちゃいけないわ」
 いや、それは勝手なんだけれども……。
 カリオンが歩き出したので、アスベルは慌てて後を追った。今を逃したら、ここから離れるのは難しくなりそうだ。長居していたら、立ち聞きを咎められないとも限らない。
「女の子って、わかりませんね」
「そうだね……」
 額に手を当て、はーっとため息を落として。
「そんなにへらへらしてるかな……」
「あ、それはマリータの主観なんですから、気にしない方がいいですよ!」

 それにしても、意外だ。
 アスベルは宛われた部屋に戻り、うーん、と腕を組んだ。
 マリータの事だ、強い男でなくちゃと言い出すのは目に見えていたが、それがあのトリスタンとは。わからないものである。
 ……でも。
 そういう自分だって望みの薄い相手に想いを寄せてしまっているのだから、あまり他人の事は言えない。
 意識の水面に浮かんだ影を、アスベルは努めて振り払った。ままならないのが人の心とはよく言ったものだ。叶う筈がない、届くわけがない想いと知っていても、捨て去る事ができない。こうして、ふとした拍子に細波を起こして、いっそう想いを募らせる。
 捨てられれば、楽なのに。
「……修練でもしてこよう」
 頭を真っ白にしよう。何もかも、忘れられるくらいに疲れてこよう。
 ……ああ、何だかだんだんむかついて来たぞ。
 そう、それもこれも、全部マリータが悪いんだ。あんな噂話、大声でしてるから。

 そんな事を思った所為だろうか。アスベルは修練の場に行く前に、マリータと行き会ってしまった。
「あ、アスベル。丁度いいところに」
「僕には全然丁度良くない」
「……何イライラしてるの」
「関係ないだろ」
「そうね。じゃ、来て」
「って、人の話、全然聞いてないだろ!? マリータ!」
「いいじゃない。友達でしょう?」
「いつからそうなったんだよ!」
 抗せるのは口だけ。アスベルはずるずると引きずられ、マリータの言うとおり「ついて」行ってしまっていた。
「ひとりじゃ心細いのよ。ちょっと付き合って」
 心細い?
 アスベルは、ついまじまじとマリータを見た。心細い? マリータが? この勝ち気で強気な少女剣士には、およそ似つかわしくない形容詞だ。
「今、意外だ、とか思ったでしょう」
「うん」
 ごす。
「……これが人にものを頼む態度……?」
「いいから、アスベルは黙ってついて来ればいいの」
 黙ってって……。
 つ、と。
 マリータの足が止まった。アスベルが訝るよりも早く、ここにいて、と囁かれる。
「なに?」
「いいから」
 ぽい、と放り出され、アスベルは所在なく立ち尽くした。駆け去る背を目で追えば、その先にあるのは、背の高い騎士の姿だった。一瞬、カリオンかと思ったが、違う。件のトリスタン。
 ……なんだ、追っかけに付き合わされたのか。だったら一人でも来られるじゃないか。
 アスベルは爪先に視線を落とした。気にならないと言えば嘘だったが、じっくり観察するような趣味も持ち合わせてはいない。早々に消えるべきか。
 軽く見た先ではマリータが上機嫌で話し掛けており、トリスタンもまんざらではないようだった。

 翌日も、そのまた翌日も、そのまた翌日の翌日も、アスベルはマリータに付き合わされた。一人で行けば? と突っぱねたのは再三。だがマリータは「友達でしょう?」と耳を貸さない。
「そう言えば、いつもすぐいなくなるわね」
「僕だって暇じゃないんだってば。それに」
「それに?」
「……邪魔する気もないし」
「やだ、そんなんじゃないわよ」
 ばっしーん。
 その衝撃に、アスベルは激しく噎せ返った。手加減くらい、して欲しいものである。
「トリスタンさんね、絶対優しい人だよ」
 そう言うマリータは、すっかり夢見心地の体だった。
「無口だから誤解されやすいけど、ちゃんと見てる人なんだってば」
「そうなの?」
「うん。アスベルも、ちょっと見てみれば解る。口煩いとか言ってる人もいるくらいなんだから」
 それは意外だ。
 無口で無愛想で無表情で。少なくとも、アスベルにとってはカリオンの方が余程存在感があった。似ているのは顔だけ。性格はまるで違う。そんな風に思っていたのだけれども。
 カリオンは、割に面倒見が良い。気を回しすぎるかと思うほどのそれを、アスベルは仇の中で育った故と思っていた。敵意を抱かせない人当たりの良さ、とでも言うのだろうか。そんなものをカリオンは持っている。もしも、トリスタンという人がマリータの言うとおりなら、方向性が違うだけで、案外、中身も似ているのかも知れない。
 アスベルは初めてトリスタンに興味を抱いたが、それと口に出すのも、何となく気に障った。
「まぁ、見てやらなくもないかな。マリータが言う人が、どんな人なのか」
 友達だしね、とすかさず付け足す。
「友達が変なのに引っかかっちゃ、後味悪いし」
 そう言った手前、アスベルはなるべく気をつけて、トリスタンという騎士を見るようにした。そうして初めて気づく。確かに、トリスタンは始終辺りに気を配っていた。特に、デルムッドの周りに。
 黙って、後ろからそっと背を押すような。場合によっては支えるような。その眼差しはデルムッドを中心に、ティルナノグから来た戦士、全部に向けられているようだった。彼がマリータを気にかけている(ように見える)のは、ティルナノグの戦士に剣士が多いからかも知れない。何となく気になった、というところなのだろう。
 なるほど、とアスベルは思う。
 マリータが好きになるのも、頷けるかも。
 彼女より強いかどうかというのには、まだ疑問が残るのだが……。

 誰かを好き、という力を持てるのは、いいことだな。
 そんな風に思ってみる。その人の為に、とあれこれ努力してるのを見るのは、マリータと言えど可愛らしいものだ。
 では、自分はどうだろうか。
 叶わない想い、届かぬ想い。それに固執して、縛られて、少しでも前に進もうとしただろうか?
「だって」
 相応しい人が、傍にいるのに。その人への想いも、その人からの想いも、自分は知っている。相思相愛の中に割り込むなど、自分にはできない。まして、その二人とも、自分はとても好いているのだ。どちらにも、相応に幸せになって欲しい。そして、それだけの苦労を、あの二人は重ねてきたと思う。
 だったら、とっとと捨てればいいんだ。こんな所で悩んでいるくらいなら、腐らせているくらいなら、いっそ。
「そうできたら、楽なのに」
 どうして思うようにならないのだろう。
 他ならない、自分の心なのに。

「よし、決めた」
 そんな事が続いたある日、マリータは決然とした表情で言った。
「わたし、告白する」
 ついて来て、と言われるのは常の事となっていたから、アスベルは断ろうかどうしようか、しばし迷った。
「そういう場に介添人って必要?」
「介添人じゃないでしょう。見届け人よ」
「見届け?」
「そう。アスベル、ずっと見ててくれたじゃない」
 何を、と問う目に、マリータが笑いかけた。
「わたしの気持ち、ずっと見ててくれたでしょう?」
 だから見届けて、と。
 もしかしたらマリータは、結果が見えていたのかも知れない。

 少し離れた所に隠れていたアスベルは、笑顔で戻ってきたマリータを見て、訊く必要はないか、と思った。
「だめだった」
 だから、その返事は青天の霹靂だった。
「どうして!」
「どうしてもこうしてもないわ。だめだったの、それだけ」
 その割に、マリータはとても晴れ晴れとした顔をしていた。ひとつ伸びをして、さっさと歩き出す。アスベルは後を追い、どうして、と再度尋ねた。
「んー……わたしね、トリスタンさんが好きな人に似てるんだって。あ、違う。好きだった人って言ってたかな」
 だからなんだって、と。
「わたしは代わりじゃないし、代わりにもしたくないんだって」
「そんな……」
 その他に、アスベルは言えなかった。何と言ったらいいか解らなかった。
「ほらね」
 と、マリータは朗らかに笑う。
「やっぱりいい人だった、トリスタンさん。自分にも他人にも、嘘がつけない」
 正直で優しくて真面目な人、と。
 笑ったマリータの目から、涙が落ちた。
「好きだったって事は、まだ、望みあるよね」
「マリータ……」
「だって、トリスタンさんが好きだった人だもの。好きになってもらえるかも、知れないよね」
 それが難しい事を、多分、アスベルよりマリータの方が解っているだろう。それができるのなら、トリスタンはそれを理由に断ったりなどしなかった筈だ。
 笑うマリータが痛々しくて、アスベルはやりきれない気持ちでいっぱいになった。
「どうして笑うんだよ」
 どうして? とマリータは目を擦った。それでも笑顔は崩れない。
「わたし、強いの。知らない?」
「悔しかったら、悲しかったら、笑わないでちゃんと泣けばいいじゃないか!」
「……アスベルって、意外に莫迦だったんだ」
 その返しに、アスベルはきょとんとした。
「わたし、悲しくて泣いてるんじゃない。嬉しいの。わたしが好きになったのは、間違いじゃなかったんだって。そう知る事が出来て、嬉しいのよ。解る?」
「……わからない」
 マリータは、いっそう深い笑みになった。
「こういう時代、こういう御時世。明日には死んでるかも知れないの。何が起きるか判らないのよ。
 だから思うわ。わたしは幸せ。こんなに好きな人に出会えて、その人がすごくいい人で、想いを伝える事だって出来たんだから。何にも言えないまま死んじゃうより、ずーっと幸せ」
 ――あ。
「だから、アスベルも頑張りなさいね」
「え? 何を?」
 知ってるのよ、とマリータは意地悪く笑んだ。涙の跡を頬に残したまま。
「あんた、ナンナ様が好きなのよね?」

 ――あれ?
 確かに、そうだったんだけど……あれ?
 そう言えば僕、ここ数日、ずっと……。

 ずっとマリータのことばかり、考えていたような?

「応援してるからね。どうせなら、奪っちゃうくらいやんなさいよ」
「え……それはちょっと」
「なによ、気合いが足りないなぁ。恋愛は奪い合い、これが極意」
「誰がそんな事……」
 でも、何だな。
 泣いてるより、笑ってる方が絶対いい。特に、マリータは。
「でも、マリータは友達なんだろう?」
「なに言ってるの」
 ごし、と顔を擦って。涙の跡が、薄れて消える。
「幸せになって欲しいのは、アスベルも同じよ」
 ――え?
「アスベルだって、友達には違いないじゃない」

 ――あれ。
 何か今……傷ついたような気が。

「あ……そ、そか」
「そうよ。だから、頑張りなさいね」
 ぽん、と軽く肩を叩いて。
「アスベルだって、結構、悪くはないんだから。早々に諦めちゃうんじゃないわよ」

 これは、とアスベルは思った。
 きっと勘違い。そう、勘違いに決まってる。
 マリータが心配かけたりするから。無理矢理引っ張り回したりするから。
 だから目に入って、だから気になって、だから、だから……だから。
「僕が想うのは――」
 マリータじゃ、ないんだから。


update:2001.12.20/written by Onino Misumi

Background:Angelic

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