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絶対魔法
Only ONE


 自分が知己でもない男に駆け寄る彼女、という構図は、想像するだに気まずいものがあるのではなかろうか。

 無事にヴェルトマーを制圧し、ユリアがナーガを手にした。十二魔将も倒し終え、残る強敵はユリウス一人! ……という、喜ばしいながらも緊張感漂う、現在の解放軍である。
 そんな軍に、遅れて二人が加わった。イシュタルと戦う少し前に、シレジアからやって来た魔導士と天馬騎士。彼らは、フリージでイシュタルの仮葬儀と埋葬を終え、解放軍を追いかけて来たのであった。十二魔将と戦う前に合流は果たしていたのだが、改めての挨拶、となると、彼らを知らない人は結構多い。アーサーも、実はその一人だった。元々、あまり他人を気にしない(と言うよりは、自分と関係ないことは殆どどうでもいい)質の彼である。下手をしたら、彼らの名前ですら記憶に止めなかったかも知れない――何もなければ。
「アミッド様!」
 再会したばかりの彼女が、走って見知らぬ男の元へと行ってしまえば、普通は嫌でも気にするだろう。
「ユリア! 君が解放軍にいるなんて……」
「レヴィン様と一緒に、イザークへ行っていました。そこで解放軍に……」
「危険な目に遭ったりしていなかったか?」
「大丈夫です。アミッド様こそ、どうしてここへ」
「セティ様のお側に行くようにと、父から。……少し痩せたみたいだ」
「そんなこと……ああ、お話ししたいことがたくさんあるんです」
 ――と言うか、誰だよその男っ!?
 既に、話に盛大な花が咲いている。アーサーとしては複雑な心境この上ない。
 解放軍に来た当初、ユリアは曖昧に微笑むばかりで、人見知りするかのように限られた人とだけ言葉を交わした。まともに目を見て話してくれ、笑ってくれるようになるまで、アーサーは酷く気を配らなくてはならなかったのだ。自分に笑いかけてくれるようになってからも、彼女が隔意なく接する人間は限られていたから、結構、優越感を味わったものだったが。
 それを何だ、あの男には笑いかけるどころか談笑? その違いは一体何だ?
「アーサー」
 見れば、ユリアがこちらを振り返っている。傍に行くと、ユリアはそっとアーサーの腕に手をかけた。
「アミッド様」
 ――『様』!?
「彼がアーサーです。とても親切にしてくれました」
 アミッド、と呼ばれた彼は、アーサーを見てにこりとした。
「アーサー、この方はアミッド様。わたしがシレジアにいた頃、とてもお世話になったの」
「世話になったのはこっちだよ。ユリアには、いろいろと助けてもらった」
 そう言われたユリアは、はにかむように俯いてしまう。
「アーサー殿、礼を言います。ユリアを守ってくださって、ありがとうございました」
「あんたに礼を言われる筋合い、無いと思うけど」
 間髪入れずの返答。冷たい風が、三人の間を駆け抜けた。
「……え?」
「アーサー?」
 唸りを上げて細身の槍(の柄)が振り下ろされた。確実にアーサーの後頭部を捕らえる。アーサーは頭を押さえ、がく、と膝をついた。
「ごめんなさいねー、言葉の使い方、知らない奴だから」
 にこやかに。ユリアがライブをかけるに任せ、アーサーは立ち上がるなり怒鳴った。
「何しやがる、フィー!」
「『何してる』のはあんたの方よ。ほとんど初対面の人に、どーいう口の利き方? まるで子供なんだから」
「……何でオレがフィーに指図されなきゃならないんだよ」
「指図じゃないわ。忠告」
 ――忠告ってものは、もっと穏やかにするんじゃないのか?
 何とはなしに頭を擦ると、ユリアが心配そうに顔を上げた。
「痛む?」
「あ? ああ、いや」
「そう、良かった」
 ふんわりと微笑まれて。ついうっかり、アミッドがユリアにとってどんな人なのか、訊く機会を逸してしまった。
「フィー様ですね」
 きょとんとするフィーの前に、アミッドが膝をつく。
「このような形でお目通り願う事をお許しください。シレジア魔法士団、アミッドと申します」
 恭しい言上。アーサーは呆気に取られ、フィーを見た。フィーもフィーで、やや戸惑った感がある。
「あの、顔を上げて。わたしは王女じゃなくて、天馬騎士として戦ってるの。国に戻るまでは、そのつもりでいて?」
 一度深く頭を下げてから、アミッドは立ち上がった。
「では、セティ様の所へ参りますので、失礼致します」
 軍人だなぁ、とアーサーは思い、自分の前に膝をついた人達を思い起こした。
「……フィーって王女だったんだな」
「何を今更」
 小さく笑って、フィーは軽くアーサーの肩を叩いた。ユリアに何事か言って、連れ立っていなくなる。
 それを見送ってから、アーサーは、迂闊にも何も訊かずに終わってしまった事に気がついたのだった。

 アミッドという少年は、肩書きだけでも大したものだった。シレジア魔法士団の一員。そしてシレジア解放軍の一翼を担い、盟主ヴィダルの子息でもある。その上で、マージファイターとして常に前線に立ち続け、シレジア解放に力を注いだ。
 だがそれ以上に、解放軍とは浅からぬ縁で結ばれていた。
 彼はリンダの実兄(つまりはアーサーの従弟)であり、セティとも知己であったのである。
「シレジアの状況を伝えてくれただけでも、嬉しいよ。戦っているのは私達だけではない。そして、同じ志の元に勝利しているというのだから、どれ程の力となるか」
 改めての――とは言っても、場所は、ヴェルトマーからバーハラへの街道沿いに張った、野営地であったのだが――挨拶の際に、セリスはそう言ってアミッド達を迎えた。十二魔将との戦いで、セリス、アレス、アーサーの三人を欠いた解放軍は苦戦を強いられていた。そこへ加勢したアミッドと天馬騎士のフェミナは、『大』までは付かないまでも歓迎されてはいたのである。
 ――知らなかったぞ。
 アーサーは内心で呟いた。解放軍でのアミッドの評価は、密かに高かったのだ。身内とも言えるセティはさておいても、アーサー自身が一目も二目も置くオイフェまでが、
「戦局を見る眼がある」
 などと評したと言うのだから、評価が高くなるのは当然。
 そのオイフェと、言葉を交わす機会がすぐに訪れた。アーサーはバーハラに向かう要員のひとりだったので、作戦の伝達事項や何やらがあったのだ。
 いつの間にやら、話題はアミッドの事になっていた。殆ど話さない、と言うアーサーに、オイフェが穏やかに言った。
「君に似ているよ」
「……オレに?」
「ああ、ひたむきなところがね」
 似ていると言われた事より、ひたむきと評された事の方が、アーサーの驚きを誘った。
「オレが?」
 ふ、とオイフェの目が笑みを帯びる。そう言えば、とアーサーは頭の隅で思った。この人が本当に、声を立てて『笑う』のを、自分は見たことが無い。
「人というものは、自分を見ることができない。鏡も左右が違う。どうしても、たくさんの評価の中から類推するしかなくなってしまう。
 君は、魔導士以外の自分を低く評価しがちだ。もう少し、他人の評に耳を傾けても良いと思うよ」
 この人の物言いは不思議で。
 どういうわけか、真っ直ぐに心に届くのだ。
「……そうかな」
「少なくとも、私はそう思う。君はひたむきで一途で、そしてひどく不器用だから」
「『器用』なら、言われた事あるけど」
「手先や行動じゃない、心根の話だ」
 一瞬、見透かされた気がして、ぎくりとした。
 こうやって、心の整理がつかないままに最後の戦いに臨もうとしている、そんな自分を。
「……そう、かな」
 軽く、笑った気配があった。
「枠に入れてしまう事もないが。
 これが最後の戦いだ。心にかかる事は、少ない方がいいだろう。軍師としてではなく、私個人の意見と思って聞いてくれると、嬉しいよ」
 オイフェはそれ以上は言わなかった。ただ、天幕を後にしただけ。
 ――こういうのが、本当の『忠告』ってものじゃないのか?
 何とはなしにフィーを思い浮かべてから、アーサーはつい、笑ってしまった。
 自分を『子供』だと、フィーは評した。そのフィーが想いを寄せるオイフェ。それは至極、自然な事のように思えた。アーサーから見ても、オイフェは十分に『大人』であったから。
 ……妬いてる、だなんて。
 酷く子供じみた想いのように思えて、自分に苛つく。呆れもする。ただ言葉を交わしていた、それだけだったのに、こんなに心が乱れるだなんて情けない。
「すべてが終わったら、結婚しよう」
 ユリアは、頷いてくれた。嬉しいと言ってくれた。それを疑うわけじゃない。
 けれど。
「不安に思うのは、仕方ないじゃないかよ……」
 魔法以外の自分に、自信が無くて。
 何がやれるのか、まだ全然判らなくて。
 だから不安になるんだ。君がずっと、自分を好きでいてくれるのかどうか判らないから。そうと告げたら、離れてしまいそうで怖いんだ。
 一度、放してしまったあの手。
 二度と放したくないと思うから。

 顔に出さぬよう努めていたのだが、そうと出てしまっていたらしい。
「アミッド兄さまが、お嫌いですか?」
 妹とも思ってきたリンダに言われると、やや怯む部分が無いでも無い。
「……そうじゃない」
「ですけれど、アーサー兄さま、まるで避けているようで」
 ――変なところで鋭いよなぁ。
 アーサーは深々とため息をついた。
「本当に、何でもないんだ」
 リンダは唇を噛んで俯く。淡い緑の瞳には、涙がいっぱいに溜まっていた。
「リンダ……」
 瞬いた拍子に、ぱたりと落ちる。
「私、私もう、肉親が争うのは見たくありません……」
「違う、そうじゃない」
「確かにアミッド兄さまは、帝国に、フリージに仇なして来ました。ですけど、ですけれど……」
「だから、違うって」
 お前じゃないんだから、という言葉を飲み込む。
 リンダは、自分達とは少し違って、ややフリージよりの考え方をする。幼い頃はフリージ城にいたと言うから、愛着もあるのかも知れない。
「では、どうして避けられるのですか?」
「だーかーらー……オレは別に、避けちゃいないって」
 だんだんと人だかりが増えてきている。後はただ、バーハラ落城の報せを待つばかりの者達だ。暇を持て余している、という言い方は、意地悪だろうか。いずれにせよ、このままでは自分が泣かせたと言われかねない。
 まずいな、と思った刹那だった。ふっと気配を感じ、アーサーはリンダの肩を掴んだ。
「伏せろ!」
「えっ……」
 飛来したのは、鋭い風の刃。銀紫の髪が、僅かに宙を舞った。
「……危ない事しやがる」
 しん、としたそこに、声が響いた。声音こそ静かだが、荒れ狂う嵐を透かす声。
「貴方こそ、何をしているんですか」
「誤解するなよ。オレが泣かせたんじゃない」
「結果を見てから――」
 す、と緑の魔導書が開かれる。
「言っていただけますか」
 ――あー、確かに似てるかも。
 そんな場合ではないのに、頭の片隅で思ってしまった。
 リンダを立たせ、離れているように告げる。兄さま、と不安げな声。
 何も、やりあう必要はないよな。
 そう警笛を鳴らす自分がいる。だがそれと同時に、一度やりあっておきたいと言う自分もいるのだ。
 負けたくない、こいつにだけは!
「『風使いセティ』」
「『炎神ファラよ』」
 続く言葉は、殆ど同時だった。
「『我に力を』!」

「止めなくていいんですか!?」
 アスベルは些か青ざめて、リーフとセティを交互に見た。
「必要ないだろう。どう考えても、アーサーの勝ちだ」
「セティ様……そうじゃなくてですね――」
「仮に止めたくても、あれに割って入るのは勇気要るよ」
「そんな、リーフ様!」
 アーサーの力量は、アスベルだって知っている。あのアミッドという魔導士がどれだけの使い手か、というのも知っていた。それだけに、決戦前に何も、という気がするのだ。
 はらはらと視線を向け、アスベルは訝った。……何か、変だ。
「……アーサー?」
 見ると、セティも顔色を変えていた。焦りとも困惑ともつかない表情。
「何をやって……あれでは――」

 ――集中できない!
 アーサーは、自分に舌打ちしたい気分になった。意識が、全然魔法に集中しない。そうなると当然ながら、威力も半減する。
 銀と紫が、やたらと意識の隅にちらつく。
『アーサー、この方はアミッド様。わたしがシレジアにいた頃、とてもお世話になったの』
 オレの知らないユリアを、こいつは知ってる。少なくとも、「世話になった」と言えるだけは大事な存在で。
 そりゃ、自分だけ特別でありたいなんて、思っちゃいない。自分だってユリア以外に大事な存在くらい、ある。
 けれど、嫌なんだ。
 よりにもよって、自分と似ている、この男だと言うのが嫌なんだ!
 自分がティニーとユリアを重ねたように、彼女がこの男と自分を、重ねなかったとは言い切れない。この男に、好意を抱いていなかった、とも。
 単に出会いが前後しただけだ。ユリアが選んだのは自分なんだ。
 そう思っても、嫌で、不安で。そう思う自分が鬱陶しくて。
 ――集中できない。気が散ってしょうがない!
 鋭い、風を斬る音がした。
「っ……!」
 アーサーとアミッドは、等しく飛び退った。その中間位置に何かが突き刺さり、直前に放った魔法が、それにぶつかった。
 一瞬の空気の震え。だが『それ』は、何事もなかったかのように、地面に突き立ったままだ。むしろ、輝きはいや増したようにも見える。
「……ティルフィング……」
 アーサーは、それが飛来した方向を見遣った。『にっこり』としか表し様のない笑顔で、解放軍の盟主が立っている。
「……何をしているのかな、君達は」

「いいかい? 今は決戦直前だ。同士討ちなんて、敵を利する行為以外の何ものでもないんだよ?」
 子供でも諭す口調だった。ゆっくりと、噛んで含める感さえある。これがこの人以外であれば反省を促すものであると考えられるが、底冷えのする笑顔が付属しているのも併せると、一概にそうとも思えない。
 ――いっそ、怒鳴られた方がマシだよ。
 アーサーはそう思った。言っている事は確かに正論なのだが……それ以前に、この、真綿で首を絞めるような物言いは、何とかならないものだろうか。
「まぁ、お説教はこの辺にしておくよ。アミッド、君は下がっていい」
 内心はどうか知れないが、アミッドは完全に表情を消していた。一礼して、天幕を出ていく。残されたアーサーは、この人と二人きりは嫌だなと、こっそりため息をついた。
「さて、アーサー」
「はい」
「そろそろ行くよ。心の準備はいいかい?」
 完全に失念していた。ヴェルトマー制圧の報がバーハラに届く前に攻め入る、という話だったのだ。
「え……あ、はい」
 にこりと笑って、セリスは立ち上がる。
「君が来てくれると、ユリアが安心できるからね。任せたよ」
 頷いたものの、アーサーはどうしたらいいか判らなかった。
 ユリアは守る。絶対に守り通してみせる。
 けれどそのユリアに、どう接していいか、判らない。ユリアが悪いのではない。自分がぐらつくからいけないのだ。そうと知っていても、どうにもできない事もある。
 結局、アーサーはユリアに、何も訊けずに終わった。

 指に絡む細い、柔らかな感触。握りしめれば、返す力がある。
「アーサー、勇気を頂戴ね」
 声が震えている。もう一度、強く握りしめた。
 今、この瞬間、側にいる人間として選ばれたのは自分だ。
 胸の内で呟いてみる。
 言葉は今は紡げない。何を言えばいいのか判らない。
 握る手の強さが全てなら、握りしめていよう。どうしたらいいか、判らないから。
 そのヒトの「ただひとり」になりたい、なんて無理な話なのかも知れないけれど。
 ――勇気を頂戴。
 この言葉は絶対の魔法だ。自分に力を与え、一時の安堵を与える。
「行こうか」
 頷き、凛と前を見る。アーサーはもう一度、握る手に力を込めた。


update:2005.04.30/2004.05.03 written by Onino Misumi

Background:Angelic

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