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落葉哀歌
The tender grace of a day that is dead


 深く積もった落ち葉が、足元でさくさくと音を立てる。涼やかな風が渡り、彼女は少しだけ、身を震わせた。
「……少し冷えるか」
 彼は呟き、着ていた上着を彼女の肩へとかけた。慌てたのは彼女の方だ。
「あの、大丈夫です、あたし……」
「着ていなさい」
「……はい」
 顔を赤らめ、うつむいて。彼はそれに気づいてか気づかずか、少しだけ歩調を速めた。
 広い庭を歩く者は、二人の他はない。静かに、秋の日が暮れようとしていた。

 ここはノディオン城。統一アグストリア王国の一地方、ノディオン公領を治める公爵の居城である。付け足すならば、今の城主はデルムッドという名であり、かつてこの地方を治めたノディオン王家の血を引く青年である。さらに加えて言うならば、彼は新トラキア王国の国王リーフの義兄にあたる。ノディオンという公爵家は、些か複雑な系図を要する。
 しかしながら、この公爵家は庶民の人気が高いことでも知られていた。元踊り子の公妃は気さくな人柄で知られ、時折、公爵とお忍びで城下を歩いているのを目撃されている。吟遊詩人は歌の題材に事欠かない。治安は良く、税率もそれなり。住み易くかつ庶民的な公爵がいるということから、自然と人気が高まっているのだ。
 昨年、待望の御子が誕生した。民の熱狂ぶりは凄まじく、一歩間違えば、この年に生まれた王国の王子よりも祝いの声は高かったかも知れない。それだけ、愛されている公爵家だった。
 さて、その城には今日、身分を秘しての滞在客がある。歴訪の為にアグストリアを訪れている新トラキア王リーフに、随従したトラキアの将。ノディオン公の父であり、同時にトラキア王妃の父である人物……名を、フィンといった。

 庭から、その広間の様子はよく見えた。一面の窓を開くと、露台を通して庭が一望できる。この部屋は、城の主が好んで客を通す場所だった。
 彼は庭を横切って露台へと歩み、ふと気づいて足を止めた。うつむき加減で歩いていた彼女は、前方の彼が足を止めたのを訝り、顔を上げる。
「遅いわよ、お父さま」
 二人は目をきょとんとさせた。彼女は彼の顔を見、彼は呆然と娘を見つめた。
「……ナンナ? どうしてここに?」
「だけじゃないぞ」
 ひょい、と身を乗り出した人物に、彼女は思わず声を上げた。
「リーフさま!?」
「お帰り、義父上に義姉上」
 二人の驚きなどお構いなしで、リーフはひらひらと手を振っている。
「お茶が冷めてしまう。ほら、早く」
 彼女――レイリアは、気遣わしげに彼――フィンを見上げた。フィンは額に手を当て、うなだれている。
「お義父さま……」
 空色の目が義理の娘を映し、小さく苦笑した。
「リーフ様、何故こちらに?」
 露台を昇りつつ尋ねる。リーフは既に席に着いており、いたずらっぽい笑みを閃かせた。
「じゃあ、三択でいこう。一、宿での饗応に飽きた。二、姪の顔を見たくなった。三、抜け駆けはずるい。……どれだと思う?」
 顔をしかめるフィンに、ナンナがくすくすと笑いながら席を勧める。レイリアが踊るような身のこなしで、お茶を注いで回った。
「……二番、ですか?」
「はずれ、三番だ」
 すまして言ってから、リーフはくつくつと笑った。
「抜け駆けはないぞ、フィン。大体にして、ノディオンに来ていながら義兄上に挨拶に行かないと言うのも、失礼な話じゃないか」
 それはそうなのだが。一日二日の私的滞在ならともかく、今回は歴訪なのだ。このアグストリア全土を回らねばならぬのだから、のんびりしてはいられない。いずれ、帰りにもノディオンは通らねばならぬ。だから後回しにしたものを……王が来てしまっては、段取りの意味が失せてしまう。
 フィンがため息をついたそこへ、危なげない手つきで幼児を抱いた青年が姿を見せた。
「デルムッド。お客さまの相手もしないで、何処へ……」
「ああ、いいのよ、お義姉さま。わたしが連れてきてくれるよう、頼んだの」
 苦笑して、デルムッドはナンナに娘を預けた。空色の瞳と髪の幼女は叔母をじっと見つめ、嬉しそうに笑った。
「まぁ、可愛い。お兄さまよりは、お父さまに似ているわね」
「気にしてるんだぞ、ナンナ。きっぱり言うな」
 憮然としたデルムッドに、レイリアが取りなすようにお茶を勧める。軽い笑顔を返しながら、デルムッドはリーフに向き直った。
「王子はお連れにならなかったのですか?」
「いや、連れて来た。向こうで従者に預けてきたが……連れてくるか」
 ナンナが立とうとするのを制して、リーフが軽い足取りで出て行く。それを見送ってから、デルムッドは妹の腕を覗き込んだ。ナンナは腕の中の幼女をあやしながら、そちらを見ずに尋ねた。
「お兄さま、名前は何て?」
「エクリーヤという。もっとも、リーヤと呼ばれる方が多いが」
 その様を見て、フィンが淡い苦笑を唇に刻んだ。
「さっき、私が抱いた時には泣かれてしまったのだがな」
 ナンナは顔を上げ、さも当然そうに言った。
「きっと、お父さまが怖かったのよ。お父さま、昔から女性に冷たい方だから」
「……ナンナ? それはどういう……」
 言葉をなくすフィンに、追い打ちをかけるようなレイリアの台詞が続いた。
「気を持たせるような素振りは見せるのにね。デルムッドもそういうところがあるから」
「そうそう。だから怖かったのよね、リーヤちゃん」
 フィンは息子と顔を見合わせた。どうも分が悪い。
「ああ、でも」
 娘を抱き取りながら、レイリアがさり気なく爆弾を投下した。
「お義父さま、さっき指輪を見つめてため息をついてらっしゃったわ。きっと、お義母さまのことを思い出されていたのよ」
 危うくお茶を吹きそうになってしまったフィンは、まじまじとレイリアを見つめた。一体、いつからいつまでを見られていたのだろう。
「まあ、お父さまが? ……そうね、ここはお母さまのいらした所ですものね」
 ナンナがしみじみと言って、頷く。あまり納得されてしまうのもどうかと思うフィンであったが、ここは何も言わないのに限るだろうと、口を閉ざした。
「会話が弾んでいるようだな」
 デルムッドよりは些か危なげな手つきで我が子を抱き、リーフが戻ってくる。抱かれているのは、フィンと同じ色の瞳を持った、茶色い髪の幼児だった。
「ラヴァ、伯父上にご挨拶を」
 同じ色の瞳を見つめ、きょとんと瞬いて。笑いかけるデルムッドに、ラヴァは小さな声を立てて笑った。
「……どうやら、お気に召していただけたようですね」
「ラヴァは私より、フィンを気に入っているようだからな。きっと、感じが似ているのだろう」
 息子をナンナへと渡し、リーフも席に着く。
「親子二代、フィンの膝で育つわけだ。なかなか出来るものではないな」
「有り難きお言葉」
 ナンナがくすくすと笑う。
「まぁ、お父さま。堅苦しいことはなしにしましょうよ。せっかく家族が揃ったのですから」
 ね、とレイリアと笑い合う。それぞれ子供を膝に抱き、幸せこの上ない表情だった。
「……なんか、いいなぁ」
 しみじみと言ってから、リーフは照れたように笑った。
「ほら、家族って感じが。
 私は両親を知らずに育って、義兄上も親を知らずに育っただろう? レイリアはシャルロー以外の肉親を知らない。そういう他人の集まりなのに、今は家族。素敵だな」
 お茶を口に運んでから、リーフは続けた。
「フィン。私は、お前をまた父と呼べることが、本当に嬉しいよ」
「リーフ様ったら」
 ナンナが笑い、その膝でラヴァが身じろいだ。
「でも、あたしはそれ、解ります」
 エクリーヤを抱き直して、レイリアはデルムッドを見つめた。
「エクリーヤが生まれて、あたし、本当に嬉しかったもの。この子が生きている限り、あたしはあなたと一緒にいられるの。この子の中で、ずっと。それが、こんなに嬉しいなんて思わなかった」
 デルムッドはさり気なく視線を逸らして、リーフに倣ったようにお茶を口元へと運ぶ。
「私はエクリーヤが生まれる前から、レイリアを家族だと思っていたけれどね」
「ほんと? だったらすごく嬉しいけど」
 微笑んで、レイリアはエクリーヤの瞳を覗き込む。ねぇ、と同意を求めるように。
 不思議さは、フィンも感じていた。たった三十年にも満たない間。それだけで、自分はなんと貴重な宝を手に入れ、増やしていくことができたのだろう。
 キュアンと出会い、エスリンと出会い、そうしてリーフやアルテナを得た。ラケシスと出会い、デルムッドとナンナを得た。自分を義父と呼んでくれる娘ができ、リーフは義理の息子になった。そして、自分を祖父と呼ぶべき子供達が生まれている。宝は連鎖で増え、途切れることを知らない。
 ノディオンで会おう、とラケシスは言った。その約束は叶わなかったように思っていた。
 だが、違うのではないだろうか。この子達の中に、ラケシスの命は継がれている。ナンナの中に、デルムッドの中に、そして、新たに生まれた生命の中に。
「……会えたのかも、知れないな」
 ぽつんと呟かれた一言は、だが、その場にいた全員の耳に留まった。
「父上?」
 怪訝そうなデルムッドに、フィンは軽い笑みを向けただけで、何も言わなかった。

 胸元に光る銀の指輪が、秋の日を鈍く弾いていた。


update:1999.10.22/written by Onino Misumi

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