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往復書簡
Love letter


遥かな地の君へ

 どうやら情勢が落ち着いたとの情報が入り、取り急ぎでペンを取っている。今まで、出す宛のない手紙ばかりを書き散らしていたと思えば、こうやって届ける見込みがあるだけ、まだましだ。
 元気だろうか。怪我など、していないだろうか。
 そう思っても、思い出されるのが君の涙ばかりで、笑顔は一向に出てこない。別れ際、決意に堅い君の表情が今でも思い出されて、そればかりで胸が痛む。
 あの時、無理にでも攫ってしまえば良かったろうかと、そうまで思うのだ。しかしそうしていたならば、君は決して許してくれなかっただろう。いや、君が許してくれても、私がいずれ、自分を許せなくなっていたかも知れない。
 焦ることは何もないのだ。君は同じ空の下にいる。きっといつか会える。そう思えば、どんなことでも耐えられる。
 こちらは、いたって穏やかだ。弟も思ったより政治に向いていた。あれは正義感が強いだけの熱血漢だが、今の時代には、そういった為政者が必要なのだと思う。疲弊しきった我が国の民。それを支えるには、あのような男の方が、向いているのかも知れない。
 砂礫の中から立ち上がるようなものだ。だが、君達の赴いた道を思えば、はるかに容易であろう。
 さしあたって、そちらに潜り込ませている間者に託すとする。君の手元に届くまでどれだけかかるか知れないが、きっと届くと信じている。

愛を込めて


親愛なるヨハン様

 お手紙は無事に届きました。ですが日付を見る限り、ずいぶんな時間がかかってしまったようです。急いでお返事を書いていますが、失礼にならないか、そればかりが心配です。
 こちらは、大分落ち着きました。私は今、戦場に立っていません。私が立つ必要がないほど、落ち着いているのです。ご安心いただけましたか?
 この土地にいた頃の記憶などないのですが、何だか懐かしいような気がしています。兄も、そんなことを、時折ですが口にします。デルムッド様と戦略や政治を語らう兄は、とても誇らしげに見えて、私は嬉しいような気がしています。ここに来るのは、兄の生きる上での目標のようなものでしたから。
 そうそう、兄と言えばお知らせがあります。兄が、マディノの姫と結婚をしました。急な話で、私も驚いています。講和の条件にあったとのことですが、結局マディノとは戦場で決することとなり、当然ながら条件は無効になったのです。それでも兄は、形ばかりでも済ませてしまった婚儀を、そのまま継続させる意向にあるようです。もっとも、妻としてというより、私に接するように、あるいは娘にでも接するようにしているのですが。
 みんな元気で、その姫も合わせて、賑やかに過ごしています。その中で、ふとしたことから貴方を思い出すようになりました。私は、貴方の笑顔だけが思い出されて、とても優しい気持ちになれます。私がこうして笑っていられるのも、貴方のおかげです。
 そちらへ渡るという隊商に、この手紙を預けます。無事に届きますように。

心をこめて


遥かな地の君へ

 今でも笑っていると聞いて、少しほっとしている。願わくば私の側で、と思ってしまうのは、我が侭というものだろうか。
 手紙の端々に、かの地での君が見えるようだった。元気でいると信じていても、つい気を迷わせてしまう、こんな私を笑って欲しい。
 セリス王と会見する機会があった。君達のことに心を砕かれ、平定間際という話に相好を崩されていた。やはり朋友として誓い合われたアレス王のことを、お顔に出されぬまでも気にされていたようだ。
 実はこの手紙も、バーハラの離宮で書いている。明日もまた、セリス王との会見がある。グランベルも平定されたとは言え、まだまだこれからなのだ。
 月を見ると、君を思い出す。別れたのが月の下だったからだろうか。あの夜の、固く澄んだ君の表情が、まざまざと思い浮かぶ。兄と共にかの地へ行くと、そう言った君を、私は本当に美しいと思った。だからこそ、止められなかったのだと解って欲しい。
 折に触れて君を思いだし、歌など詠んでもみるのだが、虚しい限りだ。何しろ、聞く相手がヨハルヴァしかいないのだから。一番聞いて欲しい君が側にいないと言うのが、今更ながらに身を苛む。
 我が心の花、愛しい君。
 この身に翼があれば、迷うことなく君の元へ行くものを。せめても、心だけは君の側で。
 星の光よりも速く多く、君の身に幸いあらん事を。

愛を込めて


親愛なるヨハン様

 お手紙をありがとうございました。大切に読ませていただいています。
 今、私はノディオンにいます。デルムッド様や兄と共に、この地へやって来ました。デルムッド様のお心遣いで、兄は城にほど近い場所に邸宅を構えることになりました。立派なお屋敷で、兄も私もびっくりするばかりです。ですがデルムッド様は、自分も城にいるのだからトリスタンもそのくらいは、と仰います。姫も――前のお手紙に書いたでしょうか。兄はマディノの姫を妻に迎えているのです――いらっしゃることですし、仕方のないことかも知れません。でも、まだ慣れずにいるというのが現実です。
 あのお別れの日の事を、私もはっきりと覚えています。いつも笑顔でいらっしゃった貴方が、それは辛そうにされて……私はとても苦しい思いをしました。
 自惚れてもいいでしょうか。貴方にとって、私がそれだけ離れがたい存在であったと。私は今でも……叶うなら、貴方の側で笑いたいと、そう思うのです。

心をこめて


遥かな地の君へ

 少しずつ季節が動いていく。君のいた季節が、少しずつ遠くなっていくことの、何と辛いことか! 僅か一年にも満たぬ君と過ごした時間が、振り向く度に小さくなるようで、胸に痛く迫る。ドズルの気候は穏やかで、季節の移り変わりもゆっくりしたものだ。それでも、君がいないというだけで、何もかもが私を置いて過ぎ去っていくように感じられる。
 先の手紙に、自惚れても良いかとあって、笑ってしまいそうになった。私は、何度も君に愛を打ち明けていると思っていたのに、君は信じてくれていなかったのだろうか。如何に言葉を尽くしても、伝わらないものもあるようだ。だからこそ、人は面白い。
 先日、トラキアから行商がやってきた。彼らが商っているのは、たった一種類の花。
 痩せた土地でも咲く花と聞いて、君はどんな花を思い浮かべるだろうか。かのトラキアの地で、唯一と言っていい、売り物用の花なのだそうだ。にもかかわらず、固有の名称がないと聞いて驚いた。一般には「トラキアの花」とだけ呼ばれているらしい。それしか花がないから、それで充分なのだそうだ。
 私は、その商人に請われて、その花に名を付けた。どんな名を付けたか、当ててみるといい。その花を見て、私はこの名しかないと、そう思ったのだ。
 本当は花を送りたいのだけれども、そちらに着くまでに枯れてしまっては意味がない。仕方なく、球根を送ることにした。年に何度も花開く、サイクルの速い花だ。痩せた土地でも充分に美しい花が咲くが、日当たりのよい場所に植えるのが一番だそうな。是非、試して欲しい。
 我が心の花、愛しい君。
 私の左に座すのは、君だけだ。

愛を込めて


親愛なるヨハン様

 優しいお言葉、ありがとうございました。嬉しくて、涙が出てしまいました。これほど離れていなければと、切なくもなりました。お言葉はとても嬉しく……けれど、あまりにも有り難くて、私の身に余ります。
 いただいた球根は、邸宅の、一番日当たりのいい場所に植えました。姫と二人で、庭の花壇に植えました。兄が不思議そうな顔をしていたのが、何だか面白かったです。私と姫は、まるで本当の姉妹のように仲が良く、もしかしたら兄よりも気があっているかも知れません。
 どんな花が咲くのか、毎日楽しみにしています。この手紙が届く頃には、もう咲いているでしょうか。どんな花が咲き、どんな名をお付けになったのか、考えるだけでも楽しいのです。
 最近、マディノ方面の情勢が危ういとか。兄が、あるいはデルムッド様と兄が、マディノに向かうかも知れません。

心をこめて


親愛なるヨハン様

 せっかくお手紙をいただいていながら、このようなことをお話ししなければならないのは心苦しいのですが……もう、お手紙はくださらないようにお願いします。理由は、どうぞお尋ねにならないでください。

心をこめて


愛しい君へ

 何故、急にそのような事を言われるのか、私には見当もつかない。そちらで一体、何があったのだろう。私は何か、君の気に障るようなことをしただろうか。
 話せぬというのであれば、私はすぐにでもそちらへ行き、君と会うことも辞さない。私は……どんな言葉で飾ることも叶わぬほど、君を愛している。それを、忘れないで欲しい。

愛を込めて


親愛なるヨハン様

 セリス様がいらっしゃるとは言え、公爵が領地を離れて良いはずがありません。どうぞこちらへ来るなどとはお考えにならないでください。貴方のために良いはずがありません。
 貴方は公爵という身で、ドズルを支えなくてはならない大切な方。私を左に、などというお言葉は、私の身では重すぎるのです。
 きっと、いつかお側に参ります。ですが貴方の左は、貴方にふさわしい姫のために、空けておいてください。

心をこめて

追伸
 あの花が咲きました。百合に似た、小さな愛らしい花が。でも私には、どんな名前なのか見当もつきません。


愛しい君へ

 あの花の名前がわからぬと言っていたが、至極簡単な話だ。白く可憐で、いかなる逆境にも耐えて花開く。その様に、私は君を思い浮かべる以外になかった。あの花は、君と同じ名を持っている。君の名を付けたのだ。
 今のドズルの庭園では、あの花が絶えることなく咲き続けている。繰り返し繰り返し、庭の一角を白く染めている。どんなに疲れていても、あの花をみるだけでほっとしてしまう、私の気持ちがわかるだろうか。
 君の側で何があったのか、誰が何を言ったのか、私にはわからない。想像するのも烏滸がましい話だ。だが、これだけは言っておきたい、信じて欲しい。
 私は、君以外を迎えるつもりなど毛頭ない。ドズルが重いと言うのなら、私がドズルを出よう。爵位など、ヨハルヴァに任せればよい。私より余程統治者に向いているのだから。
 君が私の隣で笑ってくれるなら、私は何を捨ててもいい。ふさわしい姫などと言う話は、考えてなど欲しくない。些細な行き違いで、君を失いたくもない。
 私の心の花、愛しい君。
 私が君に笑顔をもたらしたと言うのなら、君は私に光をもたらした。また人を愛せる勇気をくれた。君は闇を照らし導く月であり、心を癒す花だ。どうか自分を卑下することなく、自信を持って欲しい。君は、私に「ふさわしい姫」なのだということを、わかって欲しい。

愛を込めて

追伸
 アグストリアは寒暖の差が厳しいと聞いた。手荒れなどによく効く軟膏を手に入れたので、そちらに送る。使ってもらえるとありがたい。


親愛なるヨハン様

 まるで魔法のようです。どうしてわかってしまうのでしょう。私の手も姫の手も、前まではあかぎれでいっぱいになっていました。普通の家庭では家伝の秘薬があるそうなのですが、この館にはそのようなものはありませんから、貴方から送っていただいた軟膏はとても重宝しました。今では、すっかり良くなっています。
 私が貴方に光をもたらした、と先のお手紙にありました。私が「ふさわしい姫」なのだとも。こんなに嬉しい言葉を、いただいたことなどありません。いつかの貴方の言葉を借りるなら、翼があれば貴方の側に行けるのにと、そう思いました。
 兄が、貴方の立場を考えるよう、そう私に言ったのです。でももう、私はこの気持ちを殺すことなど出来ません。こんなにも私を思ってくださるなんて、夢のようで。花の名前のことも、本当に嬉しくて……何て言葉に表せばいいのかわからなくて、ただただ、嬉しいとしか言えない自分が歯痒くてなりません。
 きっときっと、兄を説き伏せて、貴方の元へ参ります。アグストリアが完全に平定されて、皆が笑えるようになったら、きっと。

心をこめて


愛しい君へ

 幾千幾億の言葉も、この気持ちを表すことなどできない。
 君に会いたい。今すぐにでも。


 短い手紙を抱きしめ涙を落とす妹を、トリスタンは複雑な表情で眺め遣った。かなり離れているのだが、そのくらいは察することができたのだ。
「……どうしたものかな」
 背凭れに寄りかかったところで、幼い妻がそれに手をかけ、覗き込むようにしてトリスタンを見た。
「トリスタンさまも、直にマディノ伯爵位を賜るのですもの。ドズル公としても、悪いお話ではなくなります。よろしいのではないのですか?」
 ため息を深々と吐いて、トリスタンは額に手を遣った。
「貴女はあの男――ドズル公を御存知ないから、そのように仰るのです」
「確かに、わたしはドズル公を存じ上げません。ですけれど」
 妻は、屈託なく笑った。
「女の幸せは、好きな方の元へ嫁ぐこと。ジャンヌさまの幸せを考えるならば、許して差し上げるべきでは?」
 肺を空にしそうな程の深いため息をついて、トリスタンは顔を上げ、妻を見つめた。
「では、貴女は幸せではなかったのですね」
 まぁ、と小さな驚きの声に続いて、少女はくすくすと笑った。
「わたしは幸せですよ。トリスタンさまにお会いすることができましたもの」


update:1999.12.23/written by Onino Misumi

Background:Angelic

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