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The sky remind me of you


四 シレジアの冬

 アグストリアを出たのは秋の初めだったというのに、シレジアは既に雪に覆われていた。経験したことのない雪の量に、ただただ驚くばかりである。
「これでも今年は少ない方だぜ」
 とは件の王子・レヴィンの言であったが、とても信じられたものではなかった。
「これで少ないのなら、多い時はどのくらいですの?」
「そうだなぁ……まず一階は埋まるな。家がみんな低く見えるようになる」
 ああ、それで、とラケシスは納得した。シレジアに来てから奇妙に思った事の一つに、一階には窓が少ない、というのがあったのだ。埋まってしまうならば、窓があったら逆に危ない。どんな小さな建物でも要塞並に堅固に作られているのも、そういった事情なのだろう。
「二階に大きな窓が多いのも、同じ理由ですのね」
「そういうこと」
 王子というのが発覚したが、レヴィンは相変わらずだった。むしろ、王子扱いされるのを嫌がっている節もある。せっかく国に戻ったのだから王妃の居るシレジア城に居ればいいものを、シグルドに預けられたセイレーン城に身を置いている。亡国の姫としては、奇異な事この上ない。
 だから何となく、レヴィンを見つけると話しかけずにはいられず、結果として今のように立ち話をする回数が増えているのである。
「ラケシス様」
 廊下の向こうから、フィンがやってくるのが見えた。一緒にいるのがレヴィンだと解ると、慌てて礼をする。
「いいって、止めろよ」
 苦笑してレヴィンが手を振った。
 少しは妬くだろうか、とラケシスはフィンの表情を窺ったが、別段いつもと変わりがないので、ちょっと落胆する。レヴィンもそれに気がついたのか、しげしげとフィンを見た。フィンやラケシスはまだ知らなかったが、二人の仲は既に城中の評判になっていたのである。
「……何か?」
「いや、別に」
 じゃ、と手を振って歩き去る。ラケシスはそれに軽く笑みを返し、改めてフィンに向き直った。
 数日前、キュアンはレンスターに帰る旨をシグルドに告げていた。しかし今はシレジアの冬。帰還時期をいつにするのかでもめていたのである。
「決まったの?」
 ええ、とフィンは笑顔を見せた。
「春になったら、ということになりました」
「本当? 良かった」
 ラケシスも思わず笑顔になる。即ちそれは、春までは一緒にいられるということだ。
 フィンはレンスター王家の家臣であり、主君の命令が絶対である。帰ると言われれば従うしかなく、いずれは離れなければならないのが目に見えていた。期間が限られたのは切ないが、今日明日というのではなく、少なくとも、ふたつき以上は一緒にいられるというのは嬉しい。
「そうだ。フィン、槍と馬上での戦い方を教えて」
 不意の頼みに、フィンは怪訝そうな顔をした。
「槍に馬?」
「そう。私ね、マスターの資格を取ろうと思うの。もっと強くなって、あなたと一緒にいられるように」
 きょとんと目を瞬かせて、フィンが見つめる。自分が守るから必要ない、と言われそうな気もするが、譲る気はなかった。一緒にいるための努力を怠りたくない。
「ラケシス……」
「お願い」
 ふっと、フィンは笑った。
「いいでしょう。私が教えられる限りを教えます。ただし、厳しいですよ」
「ありがとう!」
 抱きついて、ラケシスはすぐさま身を返した。
「アイラとレヴィンと、クロード司祭にもお願いしてくるわ。善は急げ!」
 駆け去るラケシスを、フィンは呆然と見送った。我に返ってから、少し悩む。挙げられた名前は、それぞれ剣と魔法と杖の師にと考えられる。が……まさかとは思うが、今、自分にしたのと同じことをしたりは……。

 追われ、身を潜めているとは信じられぬほど、セイレーン城での日々は穏やかだった。季節が足早に真冬へと向かっている中で、ラケシスは様々な武器を学んだ。
 魔法はティルテュに(最初レヴィンに師事を求めたのだが、相手にされなかったのだ)、杖はクロード司祭から習った。
 剣はアイラに師事した。シャナンと一緒に、と言われ、最初こそ不満に思ったものだが、今はそんな事はない。まだ十歳にもならない少年は、ラケシスをはるかに凌ぐ腕前を持っていたのである。
「さすがは聖戦士の血ね」
 城の一室を借りて剣の稽古。
 一休みの合間に、ラケシスはそう言った。
「エルト兄様も、小さい頃から剣の腕が凄まじかったと聞くわ。シャナンが大きくなったら、きっと立派な王になるわね」
 そうか、と嬉しそうなのは叔母であり師匠たるアイラの方で、シャナン本人は頑なに首を振るばかりだった。
「ぼくはもっと強くなりたいんだ」
 ラケシスの想いと同じ言葉を繰り返す。だが、シャナンの想いは、ラケシスのそれとは別のものだった。
「うんと強くなって、セリスを守るんだ。いつか、ディアドラのこと、許してもらえるように……」
 ディアドラの失踪を一番気にしているのは、シャナンだった。請われたとは言えディアドラが城外に出るのを容認してしまったと、シャナンは気に病んでいる。お前の所為じゃない、とシグルドに微笑まれる度に、その深さと重さは増す一方だった。
 それと知っているだけに、ラケシスとアイラは顔を見合わせ、互いの顔にある大きな翳りを見つめ合った。気にするな、とは簡単に言える。しかしこの正義感の強い少年は、そう言われる度に己を責める事だろう。
「ね」
 ふいにシャナンは顔を上げた。うって変わった明るい表情に、二人の女性は同時に安堵する。
「なに?」
「ラケシスはどうして強くなりたいの? ラケシスも、誰かを守りたいの?」
 無邪気な子供の質問。
 ラケシスは少しだけ面食らったが、すぐに頷いた。
「そうよ」
「ふぅん。誰? 訊いてもいい?」
「大好きな人」
 シャナンは解りかねたのか、何度も瞬きをしてラケシスを見つめた。
「その人、弱いの?」
「そうじゃないわ。その人の側にいるために、強くなりたいの。守られるばかりじゃなくて、守れるようになりたいのよ」
 そんなものなの? とシャナンは首を傾げる。どうやらラケシスと彼女の言う『大好きな人』との関係を、自分とセリスに置き換えて考えているようで、次第に難しい顔になっていった。自分が守りたいと思う対象に守られるという状況が、シャナンには想像の外にあるものらしい。
「よく……わかんないや。ラケシスが大好きな人って、誰?」
 それは、とラケシスは言葉を濁した。シャナン一人ならともかく、すぐ側にアイラがいる。言いふらすような人だとは思っていないが、知られてしまうのもどうも気恥ずかしい。
 赤くなって俯いてしまったラケシスを、シャナンはしげしげと眺めた。と、不意に声を上げる。
「あ、フィン!」
 心臓が飛び上がりそうになる。
 慌てて振り返ったその先。扉を開けたままの格好のフィンがおり、物静かな微笑を浮かべていた。軽く礼をする。
「アイラ様、シャナン様、ラケシス様。無礼をお許し下さい」
「構わない」
 アイラが短く応じる。剣を持ったままシャナンが駆け寄った。
「どうしたの? フィンも剣の稽古?」
「いいえ」
 フィンはシャナンに笑いかけた。
「ラーナ様から贈り物が届いたので、呼びに参りました」
 ? と首を傾げるシャナン。フィンは顔を上げ、アイラとラケシスを平等に見遣った。
「お茶にしましょう、とのエスリン様からのお誘いです。いかがなさいますか?」
「行くっ!」
 即答したのは当然シャナンである。ラケシスはアイラと顔を見合わせ、頷いた。
「ええ、片づけたらすぐに行くわ」
「わかりました。お伝えします」
 立ち去ろうとするフィンにシャナンが追いすがり、一緒に行くと言い出す。剣をしまってから、と諭すフィンを、ラケシスはぼんやりと見つめた。
 アルテナ様の時も思ったけれど……子供、好きなのかしら。扱いにも慣れてるみたいだし、きっといい父親になるわね。
 そんな考えに、つい顔が熱くなる。先走っているのは十分承知しているのだが。
「では、失礼します」
 結局はシャナンを連れ、フィンが戸口で一礼する。シャナンが何か話しかけるのを耳の端に、ラケシスは片づけを始めた。

「ねぇ、フィンは知ってる? ラケシスの好きな人」
 思わず立ち止まったフィンを、数歩先んじたシャナンが振り返る。
「どうしたの?」
「いえ……」
「ラケシス、大好きな人と一緒にいるために強くなりたいんだって。誰なんだろうね。ラケシスとその人も、結婚したりするのかなぁ」
 ヴェルダンのジャムカ王子とユングヴィのエーディン公女の結婚式が近づいていた。だから自然とそういう考えに至る。
「ぼく、結婚式って初めて。どんな風なのかな」
「もうじきご覧になれますよ」
 にこっと笑ってフィンを見上げる。弾むような歩調で歩きながら、不意にシャナンは立ち止まった。
「どうかしましたか?」
「うん……」
 心配そうな青い瞳を見上げ、シャナンは心持ち声を低めた。
「フィンから見てさ、アイラ姉さんって、きれい?」
「は?」
「結婚したいって、思ったりする?」
 フィンは戸惑ったらしく、そうですね、と視線を逸らして天井を見上げた。
「お美しい方だとは思いますが……」
「結婚したいとは思わない?」
 一呼吸の間があった。自分を見下ろし、困った風に笑う。
「私には、心に決めた人がありますので」
 さらりと、いとも軽い口調で。
 シャナンはフィンを見上げた。口調こそ軽かったが、言葉には重みがあった。自分と八歳しか違わぬ騎士を見、目をぱちくりさせる。
「何か……言葉は普通なんだけど、何か」
 再び歩き出し、シャナンは続けた。
「フィン、その人のこと、本当に好きなんだね。今の、そんな感じだった」
「……恐れ入ります」
 シャナンは顔を上げなかったから、気がつかなかった。口調は平然としていたのだが、実はフィンは赤面していたのである。
「いいなぁ。アイラ姉さんにもそういう人、いるのかな」
「何故ですか?」
「アイラ姉さんには幸せになって欲しいんだもの。女の人って、結婚して子供を生むのが幸せなんでしょう? アイラ姉さんはホリンが好きみたいだけど……ホリンはどうかな」
 シャナンはホリンを気に入っていた。アイラの目を盗んで、ちょくちょく剣の稽古をつけてもらっている。優しくて強くて。ああいう人ならアイラを任せてもいいような気がしているのだ。
 実は候補の中にフィンも入っていたのだが、他に好きな人がいるというのなら仕方がない。フィンのことも、幸せになってもらいたいくらいに気に入っているのだから。
 おかしな話だが、この時シャナンは、アイラの保護者のような気分でいるのである。
「ところで、ラーナ様からの贈り物って?」
 話題が逸れたのにほっとしたのか、フィンは必要以上の柔らかい笑みを添えて、答えた。
「エーディン様の婚礼衣装です」
「へぇ、いいな。ぼくも見てみたい」
「きっとご覧になれますよ。今、エスリン様達がご覧になっている筈ですから」
 楽しみだな、と応えながら、シャナンは思った。
 婚礼衣装は純白なのだと言う。
 だったらきっと、この雪のように綺麗に違いない。
 真っ白のドレスならば。
 黒髪のアイラにも金髪のラケシスにも映えて、きっとうんと綺麗だろう。
「うん」
 大きく頷き、シャナンはフィンを見上げた。急な事で驚いたのか、フィンは目をぱちくりとさせている。
「手伝って、フィン」
「何を、ですか?」
「こういうのって、やっぱり結婚してる女の人だと思うんだ。だから――」

 目が痛くなるほどの青い空が広がったその日。
 ジャムカとエーディンの結婚式が執り行われた。片や一国の王子であり、片や公爵家の公女。本来ならば国を挙げての挙式となるのだが、身を潜めて暮らす今は城を挙げてがせいぜいだ。
 それでも、その日は朝から城中が活気づき、上を下への大騒ぎとなっていた。男性陣は会場の設営やら礼服の準備やらで動き回り、女性陣は花嫁の飾り付けやら料理の手配やらに大忙しだった。
 そんな中、ラケシスとエスリンは殊に多忙だった。シャナンに請われ、ある企みの片棒を担いでいるのである。
 ――こういうのって、わくわくするわ。
 一着余分に用意された婚礼衣装を抱いて、ラケシスは笑顔を浮かべた。エーディン宛の衣装が届いたその日から、こっそり準備していたのである。誰にも見咎められずに運んで、主役に着せる必要があった。
「ラケシス」
 そんな状況であったから、呼ばれてもおいそれと立ち止まるわけにはいかなかった。構わず走り去ろうとし、急ブレーキをかける。振り返った先には、略式の礼服を着たフィンがいた。
「いつもと感じが違うから、誰かと思ったわ」
 にっこりして言うと、フィンは眩しいものを見るように目を細めた。
「それが例の?」
 彼もシャナンに請われ、片棒を担ぐ一員となっている。衣装を少し掲げて、ラケシスは満面の笑顔を浮かべた。
「そうよ。綺麗でしょう」
「ええ」
 即答してから、フィンはちょっとだけ懐かしそうな目をした。
「シグルド様の結婚式を思い出しますよ。あの時、エスリン様とエーディン様、二人がかりでアイラ様をドレスアップなさいましてね」
「ふぅん……」
「とても綺麗で、皆、びっくりして――」
 言いかけ、ラケシスの剣呑な視線に気づいたのだろう。フィンは慌てて咳払いをした。
「ところで、ホリンを見かけませんでしたか? 先程から姿が見えなくて」
 ラケシスは少しの間、首を傾けた。見たような、見なかったような……。
「まさか、バレたとか言わないわよね」
「ないと思いますよ」
 と言いつつも、フィンも何処か不安そうな表情を過ぎらせた。
「……もう少し探してみます」
「頑張ってね」
 走り去る背中を見送ってから、ラケシスは衣装を抱き直した。
「さて、こっちも一仕事っと」
 彼女は彼女で、アイラを捕まえておくという任務があったのである。急いで服をエスリンの元に届け、その足でアイラの部屋に向かう。
「アイラ」
 ノックをして扉を開く。いつもと変わらぬ服装で、アイラは窓際に立っていた。
「まだそんな格好してるの? 早く着替えないと」
「ああ」
 生返事で、アイラは窓の外を眺めていた。
「アイラ?」
 側に寄って、並んで窓の外を見る。シレジアの深い雪が、視界を一色に埋め尽くしていた。
「不思議なものだ」
「え?」
「国を追われ、兄を失い……こんな穏やかな日が送れる日が来るとは、思いもしなかった。それも、このシレジアで」
 それはラケシスも同じであった。兄を失い、国を失い、確かな未来など全く見えない状況に置かれている。それでも、ラケシスは自分は幸せだと思った。愛する人がいて、信じられる人がいて……それを思えば、シグルドに感謝をしなくてはならないだろう。
 ふぅ、と息を吐き、アイラは明るくラケシスを見た。
「ところで、何の用だ?」
 本来の目的を思い出し、ラケシスは思いきりにこやかに笑って見せた。
「アイラの分のドレス、用意しているのよ。さ、来て来て」
「別にこのままでも……」
 渋るアイラの腕を取り、引き摺るようにして廊下に出る。
「いいわけないでしょ。結婚式なんだから」
「着たって似合わん」
「そんな事ないわ。聞いたわよ、シグルド様の結婚式の話。とっても綺麗だったんですってね」
 アイラは顔を引きつらせた。
「……誰から聞いたんだ?」
「内緒」
 悩み始めたアイラに構わず、ずんずんと歩を進める。
 フィンが他の女性を褒めるのは、あまりいい気分ではなかったが、こうやって役に立ったのだから、大目に見ようという気がした。
 それにしても。
 自分がこんなに嫉妬深かったとは、知らなかった。

 婚礼衣装を着せられたアイラは、さすがに自分の置かれている状況が変だというのに気がついたらしい。青くなったり赤くなったりしながら、じたばたしている。
「どういう事だ!? これを着るのはエーディンだろう!」
「エーディンも、ちゃあんと準備しているわよ」
 事も無げに言って、エスリンはアイラを座らせ、てきぱきと髪を結い上げた。
「私は結婚なんてしない!」
 もがくアイラを押さえに回り、ラケシスは意地悪く尋ねた。
「相手が誰でも?」
「誰でもだ!」
 タイミング良く、ドアをノックする音が響いた。誰? とエスリンが声を高くする。
「俺だ。入っていいか?」
「キュアン? いいわよ、入って」
 ラケシスとアイラは、鏡越しに扉を見た。入ってきたのはキュアンとフィン、そして花婿の礼服を着せられたホリンだった。
「見て、綺麗でしょう?」
 エスリンが得意満面で男性陣を振り返る。キュアンはうんうんと頷き、ホリンの背中を叩いた。
「……どういう事だ……?」
 呆然とアイラが呟く。
「仕掛け人はシャナンよ。どうしても二人に結婚して欲しいんですって」
 エスリンの種明かしに、アイラは声を張り上げた。
「そんな勝手に!」
「ホリンさんじゃ不満?」
「不満じゃない! だがホリンの方が――」
「それは了承済み。だからここにいるんだろうが」
 キュアンが後を引き取れば、
「シャナンが気持ちの確認をしていたそうよ。あとはアイラの気持ち次第なの」
 とエスリンが駄目押しをする。
 アイラは口をぱくぱくとさせ、まるで酸欠の魚のような有様となった。
「じゃあ、あとは二人に任せて」
「ラケシス!」
 助けを求める視線を振り切って、ラケシスは手を振った。
「式場で待ってるわ。エスコートはシグルド様に頼んであるから」
「待っ……!」
 さっさと扉を閉め、男女四人は大きく息を吐いた。
「……取り敢えず、あとは本人次第ってところだな」
「大丈夫よ。これだけお膳立てされれば、嫌とも言えないでしょうし」
 くすくすとエスリンが笑う。そうだな、とキュアンが笑って応じた。
「さて、俺達も準備にかかるとするか。行くぞ」
 頷いて、フィンはキュアンについて行った。まだまだ準備が残っているらしい。
 彼らを見送ってから、ラケシスとエスリンも着替えるべく部屋に向かった。
「次は誰かしらね」
 何気ない口調で、エスリンが言った。
「こういう明日をも知れない状況だからこそ、って人が、これからも出てくるわよ、きっと」
「そうでしょうか」
 懐疑的なラケシスの応えに、エスリンはいたずらっぽく笑った。
「案外、ラケシス王女だったりしてね」
 そんな、と言いつつも、顔が熱くなるのを自覚した。そうなれば嬉しいけれど……でもきっと違う。国に戻って釣り合うような力を得たら、とフィンは言ったのだから。
「フィンはレンスターでも有数の貴族の出身だし、悪い話じゃないと思うのだけれど」
 そうだったのか、と思ってから、ラケシスは素っ頓狂な声を上げた。
「どうしてそこでフィンが出て来るんですか!?」
「だって、恋人なんでしょう?」
 そんな、とまで言って、ラケシスは言葉を続けることができなかった。目立つようなことはしていなかったと思うのだけれど……この人はフィンの主君の妻なのである。甘く見ていてはいけなかったのかも知れない。
「確かにまだ見習いだけど、将来有望よ」
「はぁ……」
 何とも返答できず、ラケシスは曖昧に笑うしかなかった。

 式は滞りなく行われた――夫婦が一組増えたことを除いて。ホリンとアイラの結婚は驚きによって迎えられたが、それを上回る歓喜によって祝福された。もっとも、若干名は涙を飲む事となったのだが……それは余談と言うものである。
 これこそ聖職者の仕事、とばかりに、クロードは宣誓の儀をそつなくこなし、二組の夫婦に祝福を与えた。神前が終われば宴会である。急遽二倍となったお祝いに、飲めや歌えの大騒ぎが始まった。レヴィンが祝福の歌を歌えば、ここぞとばかりにシルヴィアが舞を披露し、拍手喝采を受ける。宴会と言うよりは祭りのような騒ぎとなって、城中は賑やかな事この上ない。
 アレクやレックスからの攻撃を何とか躱し、逃げるように露台へ出て、フィンは大きく息を吐いた。本来なら凍るほど冷たい空気が、今は心地よい。振り返れば、硝子の向こうは狂ったように賑やかな宴席である。嘘のような静けさに、逆にほっとする。慌ただしい準備期間を過ごしただけに、妙に気の抜けた感も否めない。
 手摺に肘を載せ、遠くを見遣った時だった。暖かい空気が首筋に感じられ、振り返った。
「……探したぞ」
 静かな物言いに、フィンは引きつった笑いを見せた。主賓の一人、ホリンである。どうやってあの祝杯攻勢から逃れたものか本気で訊きたくなった。が、どうやらそんな悠長な事を言ってはいられないようである。ホリンは足早にフィンの隣に並ぶと、倣ったように手摺に肘を載せた。
「何か?」
「礼を言っておこうと思ってな。……よくもまぁ、はめてくれたものだ、と」
 はは、と乾いた笑いしか出ない。積極的に協力したわけではなかったが、消極的でもなかったのである。秘密の共有という甘美な体験は、そうそうできるものではないのだから。
「この落とし前は何処でつけてやろう」
 ホリンの言葉に、フィンは首を竦めた。
「嫌だったのなら謝るしかないけれど……違うのだろう?」
「まぁ、な」
 別段顔色が変わるでもなかったが、案外それは、彼なりの照れかくしかも知れなかった。
「お前の時にも何か仕掛けてやる。覚悟をしておけ」
「機会はすぐには来ないな。せめて騎士の叙任が済むまでは」
 それは同時に自分に課した誓いでもあったのだが、ホリンは意に介さなかったようだった。
「手に入れられる時に入れておかなければ、後悔するぞ」
 いやに重い言い方に、フィンはおかしささえ感じて笑った。
「何だか、『実体験に基づく忠告』のようだ」
「俺がそうだった」
 ――え?
 まじまじとホリンの横顔を見つめる。目線は遠く、はるか東を見据えていた。
「俺はアイラを、ずっと以前から知っていた。いつかこの手で守れたらと、そう思って国を出た。だが、結果はどうだ」
 国は滅び、アイラはシャナンを擁して国を出ざるを得なかった。傭兵となり、意に添わぬ戦いに身を投じて……。
「俺がいてどうなったとも思えんが、後悔はした」
 フィンは自分の手を見つめた。手摺を握っている、自分の手。
「けしかけるつもりはない。本気なら、少し考えてみろというだけだ」
 暖かい空気が、再び首筋を撫でる。たった一人露台に立って、フィンは俯き加減に自分の手を見つめていた。

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