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The sky remind me of you


五 春にして君を離れ

 グラン歴七五九年が明けた。しかしながら事態は僅かながらの進展さえ見せず、シグルドが書き送った書状の数だけが、虚しく増え続けた。
 無為に費やされる日々。
 歴戦の勇者にとってこれほど辛い事もなさそうであったが、そう悲壮感漂うという事もなかった。二組の夫婦の誕生は、確実に皆の心を明るくした。更にエーディンとアイラが相次いで懐妊したともなれば、退屈な日々も悪くはない、という雰囲気さえあった。特にシャナンは大喜びでアイラに日参している。鍛錬に費やす時間が増えたのは、生まれてくる従弟妹もまとめて守ろうという気持ちの表れかも知れなかった。
 そんな日の中で、ラケシスはめきめきと腕を上げていった。魔法も各種武器も一通り覚え、磨きをかけるばかりとなり、それさえも長い時間を必要としなかった。
「天賦の才だな」
 と評したのはキュアンだった。確かにその通りではあったが、しかし、それだけでもないのだ。

 激しく打ち合う刃が火花を散らす。刃を潰した物であるにも関わらず、まるで本物のような輝きを見せる。ため息をついて、オイフェとシャナンはその様を見ていた。何となく手を止め、並んで眺めている。
「凄い……ラケシス、腕を上げたね」
「そう、だね」
 腕を上げた、などというレベルだろうか。
 オイフェは茫然とラケシスを見ていた。フィンを相手にひけを取らない槍捌きを見せられるとは、正直、思っていなかった。ラケシスに遅れること三ヶ月。それで埋まる差とも思えない。
 高く澄んだ音がして、ラケシスが膝を落とした。一瞬の静寂。
「三本に一本、ってところね。やっぱり強いわ」
 落ちた槍を拾い上げ、ラケシスは笑顔を見せた。手を差し伸べながら、フィンが応える。
「私が何年修行したと思って言っているんですか? こっちは自信がなくなりそうですよ」
 やだ、とラケシスは声を立てて笑った。フィンはあながち冗談でもなさそうである。それでも悔しそうには見えないのが、オイフェには不思議だった。
「この分だと、春までにマスターだねっ!」
 シャナンが背伸び気味にラケシスに話しかける。そうね、と笑って応じた。だが、僅かに視線を動かして、一気に顔を曇らせてしまった。あれ? と思い、オイフェはラケシスの視線を追った。
 ――フィンを、見ていた?
「先に戻っています。何かありましたら、キュアン様の所へ」
 一礼して、フィンが部屋を後にする。実はオイフェも指南を頼みたいところだったのだが、どうにも話しかけるタイミングを逸し、果たすことが出来なかった。
「槍の練習をするの? オイフェ」
「あ、はい」
「私で良かったら、つき合うわよ」
 顔は笑っていたけれど、目が笑っていなかった。何となくうそ寒いものを感じ、どう返答すべきか迷う。
「それとも、私じゃ相手にならないかしら」
 らしくない嗤いが、ラケシスの顔を彩った。たった一歳しか違わない姫君が、何と遠く見えることか。
「そんな事、ありません」
 ……どうもおかしな雲行きに、オイフェは内心で首を傾げるばかりだった。

 春になったら。
 もうすぐあの人は国に帰ってしまう。
 解りきっていた事よ。元々、そういう話だったじゃない。
 ……私、何を苛ついているの?
 簡単よ。
 あの人がいない事、いなくなる事を認めたくないだけ。
 国に帰るだけよ。会えなくなるわけじゃない。
 一緒よ。
 今離れたら、次はいつ会えるか、保証なんてないわ。
 でも、言えない。
 行くななんて、絶対に言えない。
 連れて行ってなんて、もっと言えない!

 表面上は、何事もなく日々が過ぎた。
 雪は次第に雨へと変わり……しかし冬と春は気まぐれに行きつ戻りつを繰り返す。
 雪解けのぬかるみ道に霜の立った朝、ラケシスはマスターの称号を得た。
「エルトが生きていたら、きっと喜んだろうに」
 つつけば泣きそうな風情で、シグルドが言った。キュアンが肩を小突く。
「まぁまぁ。しかし、いい叙任式だった。クロード司祭にも礼を言わないとな」
「私は為すべき事をしたまでです」
 すまして言いつつも、クロードも何処か嬉しそうだった。彼にとっては他人事であろうに。
 そんな心を読んだようなタイミングで、クロードは続けた。
「この城にいる皆さんが、家族のように思えるのですよ。私にできる事を惜しみたくはない」
 ――ああでも。
 その家族の一組は、間もなく帰ってしまうのだ。彼らが、本来あるべき所へ。
 同じ連想をしたのだろう。シグルドはキュアンに向き直った。
「いつ発つつもりだ?」
「明後日か明々後日、だな。天候にもよるが」
 ……目眩がした。
 辛うじて踏みとどまったラケシスに、誰も気がつかなかったようだった。咎められることなく、ラケシスは聖堂を後にすることができた。
 一日か、二日。
 あとそれだけしか、一緒にいられない!
 壁に手をついて震えを堪える。覚悟していた筈なのに、目の当たりにすると辛い。こんなにも日がないとは。せめてもう少し前に知っていたら……知っていたら、何だと言うのだろう?
「う……っ」
 泣いたって何にもならない、と心の何処かが叫んでいる。それは解っているのだ。それでも泣けてしまうのは、どうしようもないではないか!
「ラケシス?」
 びくっとして、ラケシスは慌てて顔を拭った。顔を上げれば、空色の瞳が、じっと自分を見つめている。
「泣いて――?」
「目にゴミが入ったのよ。大丈夫」
 我ながら下手な言い訳である。言ってから、もっとマシな言い訳はなかったものかと思ったが、どうしようもなかったので取り敢えず笑った。フィンは怪訝そうにラケシスを見ていたが、心持ち身を屈めてラケシスの眼を覗き込んだ。心の奥まで見透かされそうな錯覚に、思わず身を引く。
「何?」
「あ、ちゃんと取れたのかと思って」
 ……素直なのか正直なのか、はたまた、ただのボケなのか。判断に困り、ラケシスは軽い頭痛を覚えた。
「取れたわ。もう平気だから」
 安堵したような笑みに、痛みさえ感じる。……あと、少し。
「さっき、マスターの叙任が終わったの」
 何か返されるよりも早く、ラケシスは更に言った。
「その時、キュアン様が『明後日か明々後日』って」
 フィンの表情が消えた。透き通りそうに静かな、何もない面。いつか見たような表情。
「知ってた?」
 返される答えを知りながら、否定して欲しくて。
「知っていたのね?」
「一月前に……レヴィン様から、雪解けの具合を聞いて」
 さっきの問いが頭を巡る。『もっと早く知っていたら』――自分は、どうしていた?
「どうして教えてくれなかったの!?」
 フィンは目を背けた。無理矢理、視界に割り込む。
「フィン!」
「――教えたら」
 静かな、冷たい声。
「貴女は泣くでしょう?」
 血の気が一気に引いた。指先が、うんと冷たい。
「……自惚れないで」
 見開かれた青の瞳。
「私は十分強くなったのよ! そんな余計なこと……」
 違う。言いたいのは、そんな事じゃないのに。
「あなたがいなくたって、私は平気なのよ!」

 ――結果として泣かせてしまえば、何の意味もない。
 心ここにあらずの風情で、フィンは何度もため息を零した。既に空になった皿と口とを、スプーンが何度も往復している。周囲の奇異の視線にも、全く気がついていない。
 ラケシス姫は食事に来ていないと言うし、とアレクはテーブル越しにノイッシュを見た。
「こじれたか」
「さぁ。レンスター王家は明後日には帰国するという話だし、別れが辛いんじゃないのか?」
「さては、それでケンカでもしたな」
「……嬉しそうに言ってると、人格疑われるぞ」
「他人の不幸は密の味って言うだろうが」
 言ってから、アレクはテーブルに肘をついた。
「でも、ま、泣いてる美人も悪くはないが、笑った方がいいに決まってるからな」
 しかし、笑わせられる人物が壊れたゼンマイ人形同然であれば、それも難しいだろう。
「……ネジが要るか」
「工具箱なら納戸」
「いや、そうじゃなくて――あ。ホリン、ちょっと」

 静かに、ノックの音が響いた。
「ラケシス、私だ」
 ……アイラの声。
「起きているんだろう? 入るぞ」
 いつの間に日が暮れていたのだろう。扉の向こうが、まるで切り取ったように明るい。燭台を持ったアイラが、遠慮のない足取りで入ってきた。
「夕食も摂らずにいるから、皆が心配している。どうした?」
 布団から顔だけ出して、首を振る。アイラはベッドに腰掛け、小さくため息をついた。
「何でもない、という事はないだろう。……まぁ、だいたい察しはつくが」
 ぽんぽん、と布団を叩く。
「辛いな」
 涙が滲んだ。苦しくて、嗚咽が喉から洩れる。アイラの手が、そっと髪を撫でた。
 イード砂漠を越えるには、早春である今が一番いいのだと知っている。亡国の王族である自分が、一緒には行けない状況も。
「でも、辛いのはフィンも一緒だろう? 違うか」
「そんなこと、ない」
 身を起こすと、アイラが穏やかな目で自分を見つめていた。
「顔色ひとつ変えなかったのよ、あの人。言わなかったのも、私が泣くからって」
「そうかな」
 くす、と笑って、アイラは天井を見上げた。
「私には、自分を押し殺しているように見えたがな」
 ――あ!
 そうだ、あの時の顔……アグスティにいた頃に見た表情だ。
『ただ鵜呑みにするだけなら、誰でもできるんじゃなくて?』
 そう言った時の顔。酷く傷つけたと思った、あの……。
「仲直りは、別れてからでは難しいぞ。明日、送別会をやるという話だったから、その前に話をしておくといい」
「……明日……?」
「そう。あと一日もあるんだ。謝るには十分だろう?」
 その言葉に、何だか目から鱗が落ちた気分になった。三ヶ月前には、あと二月は一緒にいられる、と思った。この一月の間は、一緒にいられるのがただ嬉しくて。『あと』と『まだ』がすり替わったのにさえ、気がつかなかった。
 じゃあ、とアイラが立ち上がる。扉に手をかけたところで、呼び止めた。
「アイラ」
「ん?」
「その……ありがとう」
 にこ、として、アイラは扉に消えた。

「いっそ、結婚してしまえば話は早いだろうがな」
 壁によりかかり、ホリンが言う。
「そうもいかないのだろう。ラケシスの立場はいろいろ微妙だ。フィンの方にも、レンスターの騎士としての立場がある」
 言ってから、アイラは大きく息を吐いた。
「シグルド殿と言いフィンと言い、騎士とは面倒な生き物だ」
 立場が微妙な点ではアイラも大差ないのだが。
 ホリンは思っただけで、追求はしなかった。
「夜風は体に障る。早く戻れ」
 背を押すと、アイラは微笑んでホリンを見上げた。
「お節介なのは仕返しなのか?」
「……そんなところだな」
 応えて、ホリンはそっとアイラの肩を抱いた。

 急な送別会の準備に、セイレーン城は妙な活気を見せていた。料理などもさることながら、旅の準備を手伝ったりと忙しい。
 ラケシスも例に漏れなかった。手伝っていれば会うタイミングも、と思ったのは、どうやら甘かったらしい。暖かかった陽が傾きとっぷりと暮れてしまうまで、会うどころか名前さえも耳にしないでしまったのである。
 ――素直に謝りに行っておけば良かったかも。
 自分が全てにおいて悪かったとは思わなかったが、『いなくても平気』と言ってしまったことについては謝りたかった。
 ぴりっと冷たい風が吹く、夜。
「……こんな時にまで」
 その声に、彼は振り返った。薄暗くて、表情までは見えない。
 城門を望む、見張り用の小部屋である。必然、灯りは最小に押さえられていた。その窓際に座っている、黒い影。
「送られる側なんだから、黙って向こうにいればいいのに」
「これも最後だから」
 見えないけれど、多分、いつものように笑って。
 ため息をついて、ラケシスは少し近づいた。手の届きそうな距離にまで、間を詰める。硝子越しに見える夜空は、もう春の星座だった。
「……明日、きっといい天気ね」
「ああ」
 ――嵐になってしまえばいいのに。
 そう思ってしまうのは、どうしようもないけれど。
「昨日は、ごめん」
 先に言われ、ラケシスは思わず黒い影を凝視した。
「貴女の気持ちを考えないではなかったけれど、どうしても言えなかった。あと一月を涙で送らせたくなかったんだ」
 ――『でも、辛いのはフィンも一緒だろう?』
「ただ、私が日を計ったのと同じように、貴女も――」
 たまらなくなって、ラケシスは腕を伸ばした。縋るように、抱きしめる。
「もう、いい」
「ラケシス……」
「私こそ、ごめんなさい」
 後半は涙でひずんだ。戸惑った風な手が、髪を撫でる。
「……貴女に泣かれると、どうしたらいいかわからなくなる」
 肩に回される手を感じながら、ラケシスは小さく笑った。
「このままでいて。もう少ししたら、泣きやむから。見送る時は、ちゃんと笑えるから」
 迷うような、僅かな時間。
 息が詰まるほどきつく抱きしめられた。驚く間もなく、フィンは腕をほどいて立ち上がると、ラケシスの手を取って足早に小部屋を出た。
「フィン?」
 応えはない。真剣な横顔に、どきりとする。無言のままに廊下を行く。宴が開かれている広間につくと、迷いもなくキュアンの前に足を運んだ。
「キュアン様」
 そこでやっと、ラケシスの手は自由を回復した。ぽかんとしてフィンの隣に立ち尽くす。
「……どうした?」
「お願いがあります」
 キュアンも、その隣のエスリンも、膝に抱かれたアルテナも、怪訝そうにフィンを見つめている。すぐ側のシグルドも、何事かと口を噤んだ。
「私に、妻帯の許可を」
 驚いて、ラケシスはフィンを見遣った。思い詰めた青い瞳が、じっと主君を見つめている。見つめられた主君の方と言えば、呆気にとられて口もきけないでいた。
「いまだ見習いの身でありながらこのような事を願い出るなど、不届き極まりないと承知しております。ですが、私は確かなものを、この方の上に残して行きたいのです」
 まだぽかんとしているキュアンを、シグルドが小突く。やっと我に返ったらしく目をぱちくりとさせ、持っていた杯を一気にあおった。
「すまん。ちょっと驚いた」
 軽く咳をしてからキュアンは顔を上げ、ラケシスとフィンを交互に見遣った。
「つまり、ラケシス姫と結婚したい、許可して欲しい、と。そういうことなんだな」
「はい」
 答えてから、フィンはラケシスを見た。
「嫌、かな」
 慌てて首を振る。その『確かなもの』が欲しかったのは誰でもない、自分だったのだから。
「わかった。
 国に戻ったら、すぐに正式な叙任を行う予定だったからな。少しくらい早くても構わないだろう。
 ――レンスター王国王子の名において、許可する」

 送別の宴が、一気にお祝いに変わった。ラケシスはアイラの時のドレスを着せられ、フィンは略式の礼装という出で立ちで、クロード司祭の前に立った。急な事にも関わらず、クロードはいたく上機嫌で宣誓の儀を執り行った。後はもう、とにかく大騒ぎになる。
 ふと我に返ったラケシスは、フィンに寄りかかるようにしてうとうとしている自分に気がついた。辺りは随分、静かになっている。
「起こした?」
 優しい声音に首を振る。薄く笑って、フィンは手にしていた杯を傾けた。
「みんなは?」
「部屋に戻ったよ。もう、真夜中」
 ラケシスが身を起こすと、フィンは杯をテーブルに置いた。指にしていた物を外し、ラケシスの前に差し出す。
「これ……?」
「スピードリングなんだ。本当なら、ちゃんとした物を贈りたいんだけど、今は無理だから……きっと、ラケシスを守ってくれる。持っていて欲しい」
 おずおずと手を差し出すと、壊れ物を扱う慎重さではめてくれた。胸の前に押し頂いて、ラケシスは笑顔になった。
「ありがとう……嬉しい」
 そうしてから、慌てて首に手をやる。鎖を外して、手の上に載せた。
 銀の鎖に、銀の指輪が光っている。獅子と十字を象ったそれは、ノディオン王家の紋章だった。訝るフィンの首に手を回し、鎖を留める。
「王家の者が伴侶に渡す指輪なの。ずっと前、エルト兄様から貰ったのよ」
「そんな大切な物を!」
「あなたは私の夫なの。これを持つ権利があるわ」
 指輪をつまみ、軽く口づける。
「ここに書いてあるのよ。『あなたは私のもの』」
 顔を上げ、じっとフィンを見つめた。
「『私はあなたのもの』」
 目を瞬かせるフィンに、笑いかける。
「女物の指輪だけどね。受け取ってくれる?」
 軽いため息をついてから、フィンはいつもの笑みを浮かべた。そっとラケシスを抱き寄せる。
「魂をかけて――私は貴女のものだ」

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