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The sky remind me of you


六 霞む空の果て

 ふっと目を覚まし、ラケシスは目を瞬かせた。誰かに呼ばれた気がしたのだけれど……自分の他には、フィンしかいない。だが、フィンはまだ眠っているし、自分を呼んだ声はフィンのものではなかった。
 昇り始めた朝日の、白い光が差し込む。青い髪にちらちらと光る様が綺麗で、思わず手を伸ばす。触れる寸前、ぴくっとして、フィンが目を開いた。微笑んで、中途半端に伸ばされた手を取る。
「なに?」
「……起きてたの」
「いや、今起きた」
 ラケシスの手を離し起き上がる。入り込んだ風は、思いの外冷たかった。少しだけ震えて、フィンを見上げる。
「もう行くの?」
「出立準備があるから。もう少し寝てていいと思うよ」
 そう言われても、また眠れるような気分ではない。着替えをじっと見守っていると、背を向けたままで
「どうかした?」
「え?」
「さっき。起こしたかったんじゃないのか?」
「そうじゃないんだけど……」
 そう言った瞬間、不意にラケシスは思いだした。目覚める寸前に、見ていた夢。
「フィン」
 既に服を整えた彼は、一度肩越しに振り返り、改めてラケシスに向き直った。
「男の子と、女の子の名前、考えて」
 きょとんと青い目を瞬かせ、フィンは首を傾げた。
「名前?」
「そう。さっき、夢を見たの。小さい男の子と、女の子の」
 顔はぼやけて思い出せないが、その子達は自分に向かって、『母様』と言ったのだ。呼ばれた気がしたのは、その夢のせい。
「名前を付けてあげたいのよ。いつか生まれる、私達の子かも知れない」
 笑って聞いていたフィンだが、ラケシスの真剣な様子に、天井を睨んで考え込み始めた。
「……男ならデルムッド。有名な騎士の名前。どうかな?」
「女の子は?」
「ナンナ。花の女神の名前」
 うん、とラケシスは頷いた。とてもいい名前だと思う。
「デルムッドにナンナ、ね。その子達に会うまで、死ねないわよ」
 冗談めかした言葉に、フィンも笑った。
「男が二人とか、女が二人だったら、どうする?」
「その時は、また考え直すの。今度は私が考えるわ」
 くすくす笑ってから、ラケシスは腕を伸ばした。裾を掴み、引き寄せる。
「あなたが呼び捨てにしてくれるまで、どのくらいかかったか、覚えてる?」
 フィンは首を傾げた。
「敬語を使わないようになるまでは?」
 見上げ、笑いかける。
「それだけ長い間、一緒にいたの。だから大丈夫なのよ。私は空を見る度に、あなたを思い出せるから」
 フィンがそっと肩に手を回した。
「見送り、行かないわ。きっと大笑いするから」
「……わかった」
 少しだけ力を強くした後、フィンの手が離れた。絡み合う、一瞬の視線。
「行って来るよ」
「気をつけて――行ってらっしゃい」
 霞がかった空が広がる。淡く暖かな日差しが降り注ぐ、穏やかな春の日。
 レンスターの一行が出立していくのを、ラケシスは窓から見送った。彼らの影が点になり、見えなくなるまで、ずっと。

 シレジアで迎える初めての春を、ラケシスは殆ど自室で過ごした。体調が思わしくなく、食欲も落ちた。余程ショックだったのだろうと自分では思っていたのだが、見かねたシャナンが医者を呼び、理由が明らかになった。
 ラケシスの中に、新しい命が生まれていたのである。
「ラケシスがお母さんになるの?」
 アイラの時とは、また感慨が違うのだろう。シャナンは口をぽかんと開けて、ラケシスを見つめた。
「ええ、そうよ」
「じゃ、これからは具合が悪くても食べなきゃダメだよ。赤ちゃんの為に、栄養いっぱい摂らなくちゃ」
 その言葉に、ラケシスは力いっぱい頷いた。
 ラケシスの懐妊は、瞬く間に城中に広まった。その報に複雑な表情を見せたのはオイフェだったが、これは一番年の近い姫君が母親になってしまうというのが、彼なりにショックだったからかも知れない。
 夏にはエーディンが男児を、秋の初めにはアイラが男女の双子を産んだ。ラケシスは経験者の話をよく聞きに行き、赤ん坊を抱かせてもらったりした。幸せそうな家族を見ると胸が痛まないでもなかったが、生まれてくる子供のことを思うと、それも和らいだ。
「聞こえる?」
 大きくなりつつある我が子に向かって、語りかける。
「父様が名前を付けてくれたのよ。早く呼びたいわ」
 レンスターと連絡が取れないのは辛いが、この子が生まれて旅ができるようになったら、こっちから会いに行こうと決心していた。
 一刻も早く、この事を伝えたい。

 秋の中頃。シレジアの王位継承をめぐった内乱を、シグルド軍が平定した。間もなく冬に入るとはいえ、グランベル軍が介入した内乱である。再び侵攻がないとも言えない。シグルド軍が本拠地をザクソンに移すのに合わせ、ラケシスもザクソン城に移った。今回の内乱に、ラケシスは参加しなかった。子供達を預かり、ずっとセイレーン城にいたのである。
 一年になろうというセイレーン城での暮らしに、思い出はあまりに多すぎた。春になればグランベルへの侵攻もあり得ると聞いている。だとしたら、もう、戻ってくる事はないだろう。
「行くよ、ラケシス」
 シャナンが手を引く。足取りの重いラケシスを、気遣わしげに見上げた。
「体、辛い?」
 慌てて、ラケシスは首を振った。
「大丈夫よ。ちょっとね、思い出していただけだから」
 ああ、とシャナンは頷き、笑顔を見せた。
「楽しかったよね」
「ええ……ええ、そうね」
「でも、これからはもっと楽しいことがあるんだよ。デルムッドも生まれて来るんだから」
 シャナンは男の子が生まれてくると決めてかかっている。
「ぼくが剣を教えてあげる。フィンの子供だもん。きっと強くなるよ」
 セリスにも、そしてアイラの子であるスカサハとラクチェにも似たような事を言っていたような気がする。ラケシスは小さく笑った。
「お願いするわ」
 ――ザクソン城について数日後、ラケシスは産気づいた。
 二日二晩の難産となったが、不思議と不安ではなかった。アイラがずっと手を握っていてくれ、エーディンもついていてくれた。顔こそ見なかったが、シグルドとシャナンが日に何度も様子を見に来たと聞いた。こんなにも望まれて、生まれてこない筈がないと思った。
 すっかり疲れ切ったラケシスが我が子をきちんと抱けたのは、生後五日も経ってから。
 くすんだ金髪の、男児だった。

 デルムッドの目が開くようになってから、お祝いを言いに来る人が現れ始めた。それまではラケシスの体調を慮って、エーディンとアイラぐらいしか来ていなかったのである。
「目の色が父親似」
 というのが、その人達の統一見解だった。ラケシスの瞳も青かったが、デルムッドのそれは、父親の空色を継いでいたのである。そう言われる度に、ラケシスはたとえようもなく嬉しくなった。愛した人との大切な子であることを、認められたような気がした。
「デルムッド、あなたは父様に似ているんですって」
 無心に自分を見つめ続ける我が子に、ラケシスは笑いかけた。
「早く会いに行きたいけれど……焦ってはだめね。あなたに会わせてあげたいのだもの。春になったら――」
 去年の春は、辛いことも嬉しいこともたくさんあった。今年は、いいことがあるに違いない。
「ね、デルムッド」
 見つめ続ける瞳に、影が重なる。
「二人で押しかけましょうね」
 この瞳と同じ空の下で、きっと笑ってくれる。困った風に笑って、出迎えてくれる。それまでは、この子を守っていこう。


 小さな手にスピードリングを握らせ、オイフェに預けたのがそれから数ヶ月後。
 グラン歴七六〇年。
 春霞の空の果て、運命は息を殺して待っている――。


update:1999.04.30/written by Onino Misumi

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