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風が哭いた日
Wind blows


 その日。
 ヴェルトマー城に駐留するよう勧めるアイーダ将軍の誘いを「そこまで迷惑をかけられないから」と断り、シグルド軍は近くの平地に夜営を構えていた。こうして夜営を張るのも最後かと思えば、それなりの感慨がある――
「わけないだろうが」
 天幕を張るという作業は、力はいるし手間もかかる。折角の厚意なら甘えればいいものを、シグルドも物堅い奴だ――などと、レヴィンは胸の内で悪態をついていた。実際に城に駐留、となれば「他人の城はどうも居づらい」などと言い出す自分であることを、レヴィンは高い棚に上げて忘れてしまっている。
「レヴィン」
 そんなところに、ごく間近から声がかかった。見なくとも判るその高い声は、今日、自分が手に掛けた男の娘――フリージ公女ティルテュだ。
 振り返ったはいいが、何と言ったらいいのか、レヴィンには判らなかった。
「あ、その……悪かったな、親父さんのこと」
 ううん、とティルテュは事も無げに首を振った。
「仕方ないことだったんだもの。レヴィンがしなきゃ、きっとたくさん人が死んだわ。だから……ちょっとは悲しいけれどね、別にレヴィンを恨んだりしてない」
 悲しいのは、ちょっとどころでは無いだろうに……しかし、微笑んだ顔に嘘があるようには見えなかった。少し、ほんの少しだけ心が軽くなる。
「そ、か」
「うん。……ところで、アゼルを見なかった? さっきから探してるんだけれど」
 アゼル? とレヴィンは首を傾げた。
「そういや、さっき、シグルドと何か話してるみたいだったが」
「そう、ありがと」
 ぱっと身を返して数歩進んでから、ティルテュはレヴィンを振り返った。
「あのね、この戦いが終わったら、あたし達シレジアに行くことにしてるの」
 あたし達、というのが誰を指しているのか、レヴィンは解っている……つもりだった。
「そりゃ良かった。オレの所で良ければ、仕官の口、きいてやるけど」
「考えておくわ」
 にっこり笑って、ティルテュは後も見ずに駆けていく。さて、とレヴィンは天幕張りの作業に戻った。
 ――この戦いが終わったら、か。
 明日はバーハラの王城に迎えられ、凱旋となる。戦いは終わったも同然であるのに。
 ティルテュも何かを感じている。言葉にならない、何かを。
 レヴィンは、懐から魔導書を取り出した。フォルセティの魔導書。光を導く風であれ、と母は言った。自分は、シグルドに光を見た。だからこそ彼と共に戦ってきた。それが過ちだとは思わない。多分、これから一生の間、過ちと思うことはないだろう。
 それでも。
 ……この胸に過ぎる不安は、なんなのだろう。
「レヴィン様」
 はっと我に返り、慌てて魔導書をしまう。振り返ると、数歩後ろにフュリーの姿があった。何となく、彼女の姿が消えてしまいそうに感じて、思わずレヴィンは腕を伸ばした。腕を取り、そっと引き寄せる。確かな手応えに、何故かほっとしてしまった。
「……どうした?」
「はい、あの……」
 言いにくそうに顔を伏せる。篝火に照らされても、その表情はよく見えない。
「天幕、張り終わったのか?」
「いえ、今、アーダンがしてくれて」
 身重のフュリーを気遣ってくれたのだろう。レヴィンは少しの間、微妙な色合いに染まった髪を見つめていたが、それをそっと撫でた。
「断ってくる」
「え?」
「今日は一緒にいよう。だから必要ない」
 ここにいろ、と言い残して、レヴィンはアーダンの姿を探すべく、その場を離れた。
 だから、レヴィンは残念ながら見ることができなかったのだ。
 ――うんと幸せそうに微笑んだ、フュリーの顔を。

 反乱だ何だというごたごたで、ちゃんとした式を挙げていないのだが、レヴィンとフュリーの仲は周知の事実というものだった。だから二人が同じ天幕にいても、誰も何も思わないに等しい。
 ほのかに揺れる蝋燭の炎を、フュリーがじっと見つめている。レヴィンは、そんなフュリーのことを見ていた。もともと優しげなフュリーの顔は、ふっくらとした印象を加え、一層優しそうに見える。
「いつ生まれるんだったか」
「秋頃です」
「そんなに後か……もう少し早くならないかな」
 くす、と笑って、フュリーが目を細めた。
「もっと大きくなってから生まれるんですよ。そうでないと、死んでしまいます」
「そうか……それも困るな」
 手を伸べて、我が子に触れる。同族の血が報せるのだろうか。レヴィンには、この子がいずれ聖痕を持つであろうことが解る。死なせるわけにはいかなかった。
 そうでなくとも。
 フュリーの子を害するなど、想像するのもおぞましい。ましてそれが、自分の血を受けた子であるなら、尚のこと。
「子供と言えば……お聞きになりましたか? レヴィン様」
「何を?」
「ティルテュ公女は、冬頃だというお話」
 目をぱちくりとさせ、レヴィンは思わず口を開けてフュリーを見つめた。
「ティルテュに子供が?」
 ええ、とフュリーが笑う。先刻のティルテュの言葉を思い返し、レヴィンも小さく笑った。「あたし達」とティルテュは言った。それはアゼルとティルテュの二人を指していると思ったのだが、どうやら違ったらしい。
「……家族でシレジアに住むつもりらしいぞ。賑やかになるな」
「では、この子のいいお友達になっていただけますね」
 王族と対等に口を利ける友人ほど、得難いものはない。ティルテュの子供なら、それをかなり期待できそうだった。
「だと、いいな」
 ――ダト、イイナ――
 その言葉が、妙に虚しく心に響く。うそ寒いものを感じ、レヴィンは心持ち身を竦めた。顔を上げ、フュリーの手を取る。常ならぬ真剣さに、フュリーが戸惑ったような視線を向けた。
「必ず生きてシレジアに帰ろう」
「レヴィン様……?」
「約束してくれ。今、ここで」
 僅かに首を傾げ、だが、フュリーは微笑んで頷いた。
「はい。必ず生きてシレジアに帰りましょう」
 こんなことを言ったら、きっと笑うだろうから言わないけれど。
 時々、すべて夢ではないかと思う時がある。あまりにも今が幸せすぎて。だから不安になる。マーニャのように、この腕を擦り抜けて行きはしないかと。
 さっきのも――あの言い難い不吉な感じも、そんな不安の現れに違いない。
「……フュリー」
「はい」
「オレより先には死ぬなよ」
 ため息をついて、フュリーは有るか無きかの笑みを浮かべた。
「そればかりは、出来かねます」
 今度は、レヴィンがため息をつく番だった。
「どうしてもか?」
「はい」
 迷いのない即答。
 そこに決して譲らぬ強さを見て、レヴィンはそれ以上、言う気にはなれなかった。そもそもがたとえ話なのである。論じるような事ではない。
「そう言えば、何か用があったんじゃなかったのか?」
 怪訝そうに緑の瞳が瞬いた。
「ここに来た時、何か言いかけていたろう」
「あ……」
 言いかけ、だが、フュリーは静かに首を振った。
「もういいんです。大したことではありませんから」
 促すように、フュリー、と呼ぶ。困ったように微笑んでから、フュリーは
「何故だか不安で……お側にいてもよろしいかと、訊きに来たのです」
 そう言ってから、少し声を高めた。その言葉をうち消そうとでもするように。
「もう戦いは終わったのに、何を言っているんでしょうね。不安になることなんてないのに……」
 俯いたフュリーを、レヴィンはそっと抱き寄せた。腕の中で、フュリーの肩が微かに震える。
「大丈夫だ、明日で全てが終わる。そうしたら、シレジアに帰って……そうだな、今更だけど親孝行をしようか」
 はい、という消え入りそうな声。腕に込める力を強くしながら、レヴィンはじっと、蝋燭の炎を凝視していた。
 明日になれば――。
 その言葉を、自分が発したものでありながら、レヴィンは信じてはいなかった。信じたくは、あったのだが……。

 降り注ぐ神の炎が彼の光を焼いた、その時。
 レヴィンの不安は確信に取って代わった。

 怒声と悲鳴と絶叫とが聴覚神経を埋め尽くし、血の臭気と肉の焼ける臭いで、臭覚が飽和状態になる。
「レヴィン様っ!!」
 辛うじて届いた頭上からの声に、レヴィンはきつい視線を向けた。
「来るな! 早くここから離れろ!!」
 一人でも多く助けようと、クロードが、エーディンが、ラケシスが、杖を振り続けているのが見える。だが、それも長くは保つまい。完全な敗北をレヴィンは悟っていた。
「でも、レヴィン様!」
「行け! オレの子を殺したいのか!?」
 それがどんなに卑怯な言葉であるか、自覚があった。その証拠に、フュリーの顔には言い難い表情が浮かび、苦しいほど真っ直ぐな目で、レヴィンを見つめている。レヴィンが顔を背けた時、遠ざかる天馬の羽ばたきが耳を掠めた。
 ――これでいい。たとえオレが倒れるような事があっても、これでセティの血は残る。
 我知らず微笑んだレヴィンに、炎が叩きつけられた。勢いで地面に倒れ込んだところへ、治癒魔法の波動が伝わる。顔を上げたそこには、煤に汚れた金髪の司祭がいた。その腕に抱かれた乳児が、声を限りに泣いているようだったが、レヴィンの耳には届かない。
「……ロード」
 今朝のことを思い出す。
 どうしてもシルヴィアの同行を認めなかったクロード。必ず戻る証にと、二月前に生まれたばかりの息子を、彼はこの場に連れてきていたのだ。
 不意に、レヴィンは疑問を抱いた。
 あのクロードが、こんな所に子供を連れてきているなんて、おかしい。シルヴィアを連れてこなかった程なのに……。
 ――何かを知っているのか? 知っているとして、何を?
 立ち上がろうとして、レヴィンは肩の痛みに呻いた。そしてぎくりとする。いつものクロードならば、傷を完全に治すなど容易い筈なのに。
 エーディンとラケシスに何か告げ、クロードはレヴィンの側に膝をついた。周囲の惨劇とは場違いな、穏やかな笑みを浮かべている。それは、いつもクロードの顔にあった、優しげな司祭の表情だった。何かを超越した、不変のもの――。
「クロード……司祭」
 問いかけようとしたレヴィンを、クロードは静かな動作で遮った。一振りの杖を、レヴィンの眼前に静止させる。
「貴方にはまだ、為すべき事が残っています。必ず生き延びて下さい。そして光を――」
 その後を聞くことはできなかった。ワープの強烈な波動に、レヴィンは意識を失った。

 意識を回復したレヴィンが最初に見たのは、緑であった。一瞬、フュリーかと思ったが、違った。シレジア特有の緑の髪と瞳を持つ、一人の青年だった。
「……気がつかれましたね」
 何度か瞬きを繰り返し、レヴィンは慌てて起きあがろうとした。静かな動作で、青年がそれを押し戻す。
「まだ起きられてはいけません。かなり深い傷ですよ」
「ここは何処なんだ? お前は一体――」
 青年はにこりともせず、淡々と告げた。
「ここはザクソンの北にある寒村。私は魔導士団におりました、ヴィダルと申します」
 聞き覚えのない名であったが、自分とさほど変わらない年頃であるところから察するに、自分が国を出てから任命された者であろう。もっとも、全面的に信用するのは危険だが。
「この近くに倒れておられるのを、村の者が見つけたそうです。二月以上、眠ったままでおられました」
 ふた、つき? 二月も経っているだと!?
 再び跳ね起きたレヴィンを、ヴィダルが押さえた。ひたとレヴィンを見据え、口を開く。
「私の母はシャーマンでした。私は、その力を幾許かながら継ぎました」
 訝るレヴィンに構わず、続ける。
「人の言葉を、そのまま伝える技を持っているのです」
 一つ息を吐き、ヴィダルは目を閉じた。
「ラーナ様のお言葉を、お伝えします」
 目を瞠ったレヴィンの前で、ヴィダルは静かに息をし、一度、口を閉ざした。
「『レヴィン』」
 ぎくっとして、レヴィンはヴィダルを凝視した。その口から出た声は、紛う方なく母の声であったのだ。
「『風のように自由でありなさい。シレジアに拘ることなく、この世界に光を導く風でありなさい。必ず生きて、それを成し遂げるのです。そして』」
 その一瞬、レヴィンは、ヴィダルの上に母の微笑みを見たような気がした。
「『フュリーを大切にするのですよ』」
 そう言うと、ヴィダルは深く息をついた。
「……以上です。確かに、お伝えしました」
 質の悪い幻術にかかったような気分で、レヴィンはヴィダルを見つめた。その口から零れた声は、もはや母のものではなかった。
 見つめられた方は、困ったようにではあったが、初めて笑みに似た表情を浮かべた。
「この技は、もう私しか使えません。驚かれましたか」
「ああ……」
 レヴィンは天井を仰いだ。一度目を閉じ、開いて、ヴィダルを見据える。声が、微かに掠れた。
「母上、は……?」
 彼に伝言を頼んでいるようならば、もう――。だが、確認せずにはいられなかった。
 ヴィダルは、言いにくそうに顔を背けた。窓の外を睨むように見つめる。
「城が落ちたのは、ちょうど一月前です」
 ――母上はシレジアに殉じたのか。
 悲しみという感情が、潮のように胸に満ちるのを感じながら、しかしレヴィンは不思議と涙が出ないことに気がついた。泣く以上に、自分がしなければならないことがあるように――思いたかった。だから、まだ泣いてなどいられない。
「……フュリー……」
 意識せず零れた名前に、レヴィンはヴィダル以上に驚いた。怪訝そうに、ヴィダルが自分を見つめている。
「フュリーは、どうしている? 無事でいるのだろう?」
 ――オレの子を殺したいのか!?
 その言葉の拘束力を、レヴィンは誰よりもよく知っていた。フュリーは、その言葉を全うすべく動くだろう。必ずや無事でいる筈なのだ。その身を犠牲にすることなく、我が子を無事に、生かすことだけを考えて動いてくれている筈。
 だが、レヴィンは求める答えを得られなかった。落城の混乱の中で、ヴィダルはフュリーの姿を確認することが出来なかったと言うのである。
 二ヶ月。
 季節は、秋へと足を踏み入れている。
「ヴィダル、だったな」
「はい」
「魔導士団はどれだけ生き残っているんだ? お前だけなのか?」
 ヴィダルの表情が、音を立てそうなほど急激に引き締まった。
「この村の者は、皆、例外なくラーナ様とレヴィン様に忠誠を誓っております」
 ひとつ頷いて、レヴィンは寝台から降り立った。差し出されるヴィダルの手を拒絶する。
「レヴィン様?」
「フュリーを、探す」
「いけません! レヴィン様、どうか傷が治るまでは」
「時間がないんだ!」
 レヴィンの声に、ヴィダルは身を竦めた。痛みを堪え、レヴィンはヴィダルを見据えた。
「あいつはオレの子を宿している。おそらくは、聖痕を持つ子だ」
 聖痕が現れる時期には個人差がある。もし、生まれてすぐに聖痕が現れでもしたら……。その事に思い至ったのだろう。ヴィダルは顔を青ざめさせた。
「では……万一、グランベル軍に見つかりでもしたら……」
 シレジアは、大切な世継ぎを失うことになる。
「だから、時間がないんだ。オレなら探せる。わかるんだ、そんなに遠くじゃない」
 ヴィダルの腕に手をかけ、その目を見つめる。
「行かせてくれ」
 それは依頼の形を取った、絶対命令の言葉だった。

 傷を負ってたどり着いた娘を、村の人達は手厚く看病した。美しい天馬を、彼女は村にもたらしてくれた。冬ともなれば陸の孤島となる、小さな村である。外界との貴重な交通手段である天馬は、いくら大切にしてもしたりない、重要なものであった。
 娘は身重だった。傷を負った理由はわからなかったが、そのショックで産み月が早まる可能性があることを、村人達は知っていた。娘のために小屋を建て、近所の女達が代わる代わる様子を見に訪れた。
 季節が急速に冬に向かう中、小さな村にも様々な情報が流れてきた。
 シレジア城が落ち、王妃が亡くなったこと。
 王子は未だ行方不明で、帝国が血眼になって探しているということ。
 シレジアという国が滅んで、グランベル王国――いや、グランベル帝国の一部となり、派遣された役人が城を治めたということ……。
 怪我が治ると、娘は惜しみなく働いた。素朴で働き者の村人は、同じ働き者を愛した。臨月を迎える頃には、彼女は村人に深く愛され、生まれた子供もまた、村人全ての祝福を受けるようになっていた。
 ある日、一人の旅人が村を訪れた。旅人は吟遊詩人であった。長い冬の間、人々は詩人の歌だけを楽しみに、春を待つ。村人は、彼に留まってくれるよう頼んだ。
「人を捜しているんだ。そう長居は出来ない」
 詩人はそう言って断り、だが、ある一点を見据えて顔色を変えた。かの娘が、赤ん坊を抱いて外に出たところであった。
「……フュリー!」

 グラン歴七六〇年、秋。
 風が哭くのを、シレジアの多くの民が聞いたという――。


update:1999.06.07/written by Onino Misumi

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