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硝子の籠
Pray your dream with your honest heart


 ここには籠があって、わたしを包んでいてくれる。
 辛いことからも嫌なことからも、守ってくれる。
 きれいな銀色に輝く、硝子の籠……。

 アルスター地方。
 元はレンスター王家の管理下にあった、一地方である。だが今は、フリージ家の直轄領として、北トラキアの要地として名を馳せていた。栄えていた、ではない。フリージ家の過酷な統治により、アルスターは何処よりも帝国の圧制に喘いでいると言って良かった。誰も声を大にしては言えないでいたが、王妃の名において行われる残虐な仕打ちは、この肥沃なアルスターを血に染めるとまで称された。
 人の心というのは不思議なもので、そんな母を見て育った子供達は、何故か正反対の優しさを示した。長子イシュトーとその双子の妹イシュタルは、よく市井に混じって奉仕を続けた。高額の税を納められずにいる者があれば美しい宝石を与え、不当に鞭打たれる者があれば、フリージの名においてそれを止めさせた。母の怒りを買うこともあったようだが、双子は意に介さなかった。何より、イシュタルにはトードの聖痕があった。それがフリージ家の頂点に立つ者の証であることを双子はよく知っており、場合によってはそれを用いて母を退けることさえあったという。
 だが、それも長くは続かなかった。
 双子が十五歳になると、ブルーム王はそれぞれに領地を分け与えた。兄イシュトーには砂漠の要所メルゲンを。妹イシュタルにはトラキアとの国境に当たるマンスターを。どちらも微妙な均衡におかれた土地であり、強い領主の存在を欲していたのは事実だった。しかし民は他の理由を挙げる。成長するにつれ煙たくなった我が子達を、ヒルダ王妃が追いやったのだ、と。ブルームが繊細で、いささか気の弱いところがあることを、誰もが知っていたのである。気の強い妻に進言されれば、断れる筈も無かろう、と。
 優しい王子と王女の不在は、アルスターの民達を絶望に近い状態にまで突き落とした。彼らに残されたわずかな光明。それは、いずこかへ隠れ住んでいると言われるレンスター王子リーフと、アルスターの王子達が妹のように可愛がっていた、ティニーという少女の存在であった。
 ティニーは王子達から見れば従妹に当たる。ブルームの姪であり、かのシグルドに従軍したティルテュ公女の娘であった。従兄姉とともに民に尽くす少女に、人々は多大な好意を寄せていた。ヒルダ王妃がティニーやティルテュを「裏切り者」として虐げていると知れてからは、尚のこと人気が増した。
 しかし、いかに民が好意的であろうとも、ティニーを守る盾とはなってくれない。

 ティニーの部屋は、城の最上階に位置する。塔のてっぺんと言ってもよい場所だった。
『逃げられでもしたらフリージの名に傷が付くからねぇ』
 とは、母の生前から言われ続けた言葉である。羽でもない限り、逃げ出せよう筈がない。
「かあさま……」
 ティニーは北西の空を見て、ため息をついた。母はいつも、深い悲しみを込めた瞳で、北西の空を眺めていた。この部屋唯一の窓の向こう、そこに何があるのか、ティニーは教えてもらっていない。この目に見えるのは、ただ、曇天ばかり。
 今年、ティニーは十五歳になる。伯父の軍に名を連ね、一部隊を束ねる将として戦場に立つよう、命じられたばかりだった。
『恩を忘れた訳ではあるまいな』
 また、ため息が零れる。魔法は、母から教えられた。母の死後は、イシュトーとイシュタルが教えてくれた。だが、まだ人に向かって使ったことなど無い。戦場に立つと考えただけで、ティニーの心は冷たく震えた。たとえそれが、大好きだった従兄・イシュトーの仇が相手だとしても。
 切ない想いに駆られながら、ティニーはペンダントを首にかけ、そっと手の中に包み込んだ。
「街の人達は彼らを解放軍と呼ぶ……でも、イシュトー兄様は殺されてしまった。わたしには、わからない……どうすればいいの……教えて、おかあさま……」
 返答など、あろう筈がなかった。

 アルスター城下で部隊を確認していたティニーは、ぱっと顔を輝かせた。
「リンダ?」
 桃色のリボンで髪を留めた少女が、ひっそりとした笑顔で応じた。
 この城の別棟に住む、ティニーに似た境遇の娘――それがリンダだった。ティニーと同年で、従妹に当たる娘だった。それまで帝国のフリージ領にいたという彼女は、母の死後、このアルスターへと引き取られた。彼女の胸にも、ティニーと同じペンダントが光っていた。翡翠色のそれは、光の角度でフリージの紋章を浮かび上がらせる。
『母が作ってくれた物なんです。お守りにって』
 母も、妹から作ってもらった物だと言っていた。おそらくそれが、リンダの母であったのだろう。それが縁で親しくなった二人だったが、それと知ったヒルダに引き離され、会うこともままならなくなっていたのだ。
「どうしてここに?」
「ティニーは聞いていなかったの? わたしも反乱軍を迎え撃つように言われたの。ティニーの部隊に入って、一緒に行きなさいって」
 つい嬉しくなったティニーだったが、すぐに戦争なのだというのを思い出す。これから殺し合いの場に行くと思えば、自然と顔が翳った。
「ねぇ、リンダ。お願いだから死なないでね。イシュトー兄様も亡くなったのに、この上あなたまで……」
 そっとティニーの手を取って、リンダは微笑んだ。
「それはわたしも同じよ、ティニー」
 微笑み合う二人の横合いから、鋭い言葉が投げかけられた。
「ふん、これから戦場に行くってのに、なに甘っちょろいことを言ってるんだろうね」
 そこに立つのはアルスターの三人の魔女、ヴァンパ、フェトラ、エリウであった。
「あたしたちは仇討ちに行くんじゃないんだよ、戦争しに行くんだ。そんな甘いことばかり考えて、足をひっぱらないでもらいたいね」
 リンダが何か言いかけたが、ティニーはそれを手で制し、首を振った。立ち去る三人を無言で見送る。
「ティニー」
「いいの。本当のところ、わたし、迷っているから……」
 リンダは怪訝そうにティニーを見たが、軽くため息をついただけで、何も言わなかった。
「トードの怒りが、反乱軍の頭上に落ちますように」
 小さな祈りの文句が、リンダの唇の上にだけ漂った。

 まよい。
 向かってくる反乱軍を見据えながら、ティニーは高鳴る鼓動の中に、その言葉を見ていた。
 まよい。
 レンスター王家の残党が反乱を起こした時、ティニーは黙って見ているしかなかった。だが、あの時の民の喜びと落胆を見て、いっそ自分達が負けていればと思ったものだ。それが今、再び自分の前に現れている。今度は、自分の手で変えられる場所に。
 幼い頃は母に守られた。母の死後は、優しい双子が守ってくれた。美しい銀に輝く籠、強固な硝子の籠。そこから逃げ出そうなどという考えは、ティニーの中にない。籠はティニーが生まれてからずっと存在する物であり、世界の全てだった。その外のことなど、何も知らない。今までは知る必要もなかった。だが、二年前から籠の目は大きくなり、外を垣間見せるようになる。自分のみの不幸と、それ以上の、民の不幸を。
 ティニーの前に、道は二本ある。
 ひとつは、このまま反乱軍を撃退し、今まで通りの生活を続けること。
 もうひとつは、自分の中から呼びかける、心の声に身を委ねること。だがそれは、同時に自分の死を意味する。
 冷たい汗を握りしめ、ティニーは迷いの中、立ち尽くしている。
 ――籠の中の鳥は、空を知らない。裏切りという言葉は、ティニーの心の地平に存在していなかった。

 部隊とはぐれた、と気づいた時、ティニーはむしろほっとしたような気持ちさえした。自ずと道が示されたように思った。
「かあさま、もうすぐ会えるかも知れません」
 それでも震えたのは、死に対する恐怖以外の、何ものでもなかったろう。
 リンダが無事でいてくれればいいけれど……。そんな事を思った時だった。こちらに向かって駆け寄る、銀髪の魔導士が見えた。アルスター軍に銀髪の魔導士は、自分と三姉妹の他にない。魔導士が少年であるのを見て取って、ティニーは震える手でエルサンダーを探った。おぼつかない手が魔導書を開くより先に、少年の手がティニーの手首を捕らえた。息が切れ、言葉が出るまでに数瞬を要する。
「待ってくれ……君のそのペンダントは……」
 敵意が感じられないのを訝り、ティニーは思わず首を傾げた。そんな悠長な場合ではない。相手は、間違いなく敵であるというのに。
「これはかあさまの形見だけど……」
「そうか! 君はティニーだね! ああ、やっと会えた」
 抱きしめられ、ティニーは面食らった。敵兵が何故自分を抱きしめるのだろう。
「あのっ、あなたは?」
 我に返ったのだろう。彼はすぐさま腕をほどき、自分の襟首に手をやった。引き出されたのは銀の鎖と――そこにかけられた、楕円形をした翡翠。
「ほら、これを見て。君と同じペンダント。幼いときから身につけていたものだ」
 ティニーは息を飲んだ。鈍い太陽の光を浴びて、そこにフリージの紋章が浮かぶ。
「あっ……でも、どうしてなの?」
「オレの母は解放軍の戦士だった。戦いの後シレジアに逃れたけど、オレが小さい頃に何者かに連れ去られたんだ、妹と一緒にね。オレにはこのペンダントと魔導書だけが残った。
 最近になって、連れ去ったのはアルスターのブルーム王で、母はすでに亡くなったと聞いたんだ。でも、妹は、ティニーは生きているはずだから、会いたくて……」
 それは初めて聞く話だった。だが……ならば説明がつく。母が見ていた北西の空。それは、シレジアの方角だったのだ。
「そんな……かあさまはブルーム伯父様に無理矢理に……でも、それでわかりました。かあさまはいつも悲しげで……あなたが兄様……」
 自分を見つめる瞳は、イシュトーやイシュタルと同じ、フリージの紫。髪の色も、自分のそれと全く同じだった。それが血の表れであると、落ち着いてみればわかる。
「ティニー、とにかく戦いはやめて、オレ達のところに来て欲しい。話したいことがいっぱいあるんだ」
 差し伸べられる手。
 どくん、とティニーの鼓動は高まった。
 ――自分に示された、もうひとつの道。
 この手を取れば、自分の中の声に、耳を塞ぐ必要がなくなる。でも……。
「ティニー?」
 彼が首を傾げた刹那、悲鳴に近い声が叫んだ。
「アーサーっ!」
 振り返り様、彼の腕がティニーを捕らえた。抱き寄せられた視界の隅に映る、魔導の輝き。
「くっ……!」
 顔を苦痛に歪ませ、だが、彼はすぐさま不敵な笑みを浮かべた。
「やってくれたな……」
 肩越しに、ティニーは三姉妹の姿を見た。神の血を引いていないものの、自分と匹敵する力量の持ち主達。
「ティニー、裏切ったね!」
 ――裏切り?
 その言葉に、ティニーは愕然とした。そうだ、この手を取ると言うことは、イシュタル姉様を裏切ることになる。リンダのことも……。
 呆然としたティニーを庇うようにして、少年は魔導書を手にした。その隣に、銀髪の少女が駆け寄る。
「ユリア! どうしてここに……」
「セリス様が、アーサーの様子がおかしいからって」
 それは、先刻の声と同じであった。兄を「アーサー」と呼んだ、あの声。
「わたしも戦います。せっかく妹さんに会えたのですから、生きて帰らないと」
「……そうだな」
 話している間に、第二撃が放たれた。が、今度は誰にも命中することなく、地面で四散する。
 ティニーを抱いたまま、アーサーは紅の魔導書を閃かせた。
「『炎神ファラよ、我に力を』!」
「『光竜ナーガよ、応え給え』」
 鋭い声と、たおやかな声が同時に響いた。
「なにっ!?」
 魔法は、過たずフェトラとエリウを直撃する。間隙を縫って、ヴァンパが魔法を放つ。咄嗟にティニーは、エルサンダーを握りしめた。
 ここで彼女達を攻撃してしまえば、自分は本当に裏切り者になってしまう。けれど……姉様、リンダ、わかって。わたし、もう自分の心に耳を塞ぎたくない!
「『トードの怒りよ』!」

 三姉妹は姿を消した。逃げたのだと悟った時、ティニーは自分の後ろで閉ざされる扉の、重々しい音を聞いた。
「痛っ……」
 肩を押さえ、アーサーがその場に座り込む。肩から背中にかけて、酷い火傷があった。
「兄様っ!」
 慌てて座り込んだティニーを、彼はきょとんとして見つめ、破顔した。
「なんかいいな。その『兄様』って響き」
「アーサーったら……」
 くすくす笑って、少女――ユリアが杖を翳す。
 軽く目を閉じ、傷が癒えるのを待つ少年を、ティニーはじっと見つめた。少年はふと目を上げ、視線を合わせて真剣な口調で言った。
「ティニー、改めて頼むよ。オレ達と一緒に来て欲しい」
 この手を取れば、もう戻ることは出来ない。美しい、銀色に輝く籠の中へ――それで全てが終わりではない。きっと、そこから始まるのだ。
「――はい、わたしも兄様と戦いたくはないもの。兄様の言われるとおりにします」
 そこへ、運良くリンダが現れた。彼女は、ずっとティニーを捜していたのだ。
「反乱軍へ?」
 唖然として言うリンダを、アーサーが素早く訂正した。
「違う、解放軍」
「どっちでも一緒よ。お願い、ティニー、考え直して。フリージを裏切るなんて、そんな事……」
 ティニーは静かに首を振った。
「あのね、リンダ……わたし、ずっと自分の心の声に耳を塞いできたの。姉様達と一緒に奉仕しても、焼け石に水でしかないって、ずっと思ってたのよ。どうすればいいのか本当は知ってたのに、気づかないふりをしてたの。
 だから、決めたの。わたしは兄様と一緒に行く。セリス様達と一緒に、帝国を倒すって。お願い、行かせて」
「ティニー……」
 ごほん、とアーサーは咳払いをした。
「何だったら、君も一緒に来ないか?」
「えぇ?」
 リンダは目をぐるぐるとさせた。思いもしないことだったらしい。
「解放軍は魔導士が少ないし……君が来れば、ティニーも心細くないだろうしね」
 それに、と続けられた言葉は、ティニーとリンダを慄然とさせた。
「戻っても、アルスター軍に君の席はないと思う」
「どうして?」
 異口同音で、ティニーとリンダが尋ねる。アーサーはユリアと目を見交わし、浅く息をついた。
「ブルームは良く言えば繊細、悪く言えば小心な男だと聞いている。あの三姉妹が、ティニーが裏切ったと報告した後だ。疑心暗鬼に駆られ、君を拘束しないとも限らない。そのくらいならまだいいが、解放軍と通じてる、と思われたらお終いだ」
 青ざめるリンダの肩を、アーサーはぽん、と軽く叩いた。
「だから、来てくれると嬉しいよ。オレがセリス様に取りなすから」
 ――兄様って、結構強引な人なのかも……。
 仕方なさそうに頷くリンダと嬉しそうな兄を見比べながら、ティニーはそんな事を思った。苦笑しているユリアが、どうも気になるが……リンダが一緒に来てくれれば、自分も嬉しいのは違いない。
「じゃ、行こう。あっちに本隊がいるから」
 さぁっと、風が吹いた。日差しが、まるでそこだけを照らすように差し込む。青い空が、雲の合間に覗いた。ティニーは何故かそこに、硝子の砕ける音を聞いたように思った。

 硝子の籠が砕けた向こう。そこには青い空があった。
 銀紫の翼は、空を知る。


update:1999.07.11/written by Onino Misumi

Background:幻灯館

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