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月魄げっぱく
She is waiting for the moon


夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう
そして それは戸をあけて 寂寥のなかに
星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう

立原道造「のちのおもひに」より


 真冬の空気が、音を立てて切り裂かれる。それが練習用の木刀であるのが嘘のように。繰り返し振り下ろされるそれの所為で、周囲に空気の残骸が積み重なるようにさえ感じられた。もしも空気が可視のものであれば、それは『感じ』だけではなく、確かなものとして少年の両脇に重なっていたであろう。
「スカサハぁ」
 一度木刀を止め、少年は大きく息を吐いた。白い空気の壁が彼の視界を遮ったが、すぐに元の澄んだ視界を取り戻す。数え切れないほどの素振りの後だというのに、少年の息は少しも上がっていなかったのだ。
「なに?」
 視線さえも向けずに尋ねる。見ずとも、相手はわかっていた。
「シャナン様たちが戻られたわ。スカサハを呼んで来いって」
「わかった」
「急ぎじゃないみたいだから、着替えてから来なさいね。そのままじゃ風邪ひくわよ」
 頷いた少年の顎から、汗が落ちた。冷たく乾いた地面にささやかな染みを作る。何となくそれに目を落としてから、彼は木刀を片づけた。額に張りつく前髪が不快であったが、汗自体は心地よかった。冬の身を切るような冷気も、身の熱を冷ましてくれる。
 着替えるのは少々面倒だったが、まさか汗まみれで(従兄とはいえ)王子の前に立つわけにもいかないだろう。それに、忠告されたとおり風邪をひいてしまう。早くも小さなくしゃみをしながら、彼は慌てて中庭から城の中へと戻った。

 グラン歴七七二年。
 シャナン王子らが隠れ里ティルナノグに腰を落ち着けて、十二年になる。現在のところ、帝国の治世は公明正大であり、その統治たるや盤石のものであると思われていた。だが、闇は少しずつ深くなりつつある――。
 時折、シャナンやオイフェは、自らが出向いて情報を集めていた。この年、シャナンは二十三歳、オイフェは二十九歳になる。彼らが先頭に立ち、必死に育て上げたティルナノグの里は、一時的ならば彼らの留守に耐えられるようになっていた。そもそも、今現在は帝国――正確には旧イザーク王国を統合した、ドズル王国――に、その存在を知られていないのである。これには『明確には』という注意書きが付けられるのだが、「らしい」だけで動けるほど、国王であるダナンは決断力のある男ではなかった。

「今のご時世では、流星剣の使い手も商いをなさるのね」
「………」
めしいた身でも、そのくらいは感じられます。何故このような所にまで?」
「………」
「まぁ、よろしゅうございますわ。どうぞ気づかれぬうちにお逃げなさいませ」
「………」
「信用ならないと思われるのですね……」

 ばたばたと廊下を走って、スカサハはいつもの場所へと急いでいた。諸国の偵察を終えたシャナン達が、必ず報告会を開く部屋へ。
「遅くなりましたっ」
 飛び込むと、しーんとした空気がスカサハを出迎えた。誰もいないからではない。その場にいる人が皆、突然飛び込んできたスカサハを注視しているのだった。
「あ、すみません……」
 真っ赤になって、スカサハは慌てて扉を閉めた。正面に座っているシャナンは無表情だったが、その隣にいるセリスは、必死に笑いを堪えている風であった。ばつの悪さで、ますます顔が火照る。
「まず、座りなさい」
 オイフェが静かに言う。取り敢えず、手近の椅子に座った。
 十二歳になった時から、スカサハも軍議の席に呼ばれるようになっている。それが大人として扱われている証明であること、それに伴う責任があることを、スカサハは知っていた。惜しむらくは、自覚に伴う力量がないところだろう。たとえ軍議に名を連ねても、スカサハにとってはわからないことばかりが議論されるのが常なのだ。
 今日の話題も、スカサハにとって、何がどれだけ重要なのか、さっぱりだった。
 昨年、ディアドラ皇妃と皇女が死去したこと、近々皇子が立太子されること、ミレトスで暗黒教団の活動が活発になってきていること……どれが覚えておかねばならぬ事なのか、判断がつきかねる。
 ぼんやりとしている間に、軍議は解散となった。皆が立ち去る中、スカサハも席を立ち、部屋を出ようとした。
「スカサハ」
 呼び止められ、振り返る。敬愛する従兄が、にこやかにスカサハを見ていた。
「ちょっといいか?」
「はい?」
「土産があるんだ。来てくれ」
 首を傾げつつも、スカサハはシャナンについていった。普段は使われていない部屋の前で、シャナンが立ち止まる。
「私だ」
 返答があった。訝るスカサハを促して、シャナンはさっさと中に入ってしまう。仕方なく、スカサハも後について中に入った。
 入った瞬間、スカサハは足が竦んだ。一人の女性が椅子に腰掛けていた。窓の方を向き、こちらに背を向けて。ゆったりとした服を着ており、まるで雪のように白い髪を背に流していた。その様が、まるで幽霊のように、スカサハの目に映ったのだ。
「シャナン様?」
 そう言って女性が振り返る。白髪という点から、無意識に老婆を想像していたスカサハは、驚きの余り息を飲んだ。
 女性は三十代前半ほどに見える、美しい人だった。儚く消えてしまいそうな印象は、雪の精霊を思わせる。顔立ちはイザーク人のものであったが……抜けるように白い、いっそ病的なほどの肌の色が、その印象を曖昧なものにさせた。髪の色も考えると、混血であるのかも知れない。薄い桃色の唇、白い磁器のような頬、細く整えられた眉、そして……瞳の色はわからなかった。目は閉ざされたままだった。
「どなたかご一緒ですの?」
 スカサハは慌てて目を逸らした。不躾なほど眺めていたのに気がついたのだ。
「ああ、紹介しよう。従弟のスカサハだ」
 ぺこりと頭を下げる。だが、女性は目を閉ざしたまま、曖昧な微笑み浮かべた。
「ブラーナと申します。シャナン様に助けていただきましたの。これから、ここでお世話になりますわ」
 差し出された手を、スカサハは慌てて握り返した。ひんやりした、冷たい手だった。そしてその手首だけに帯のような、いっそう白い痕を残していた。
「……まぁ、スカサハ様は剣を使われますのね」
「ええ、まあ」
「十三にしては、なかなかの腕前だ」
 まるで自慢するような口振りで、シャナンが付け足す。スカサハは恐縮したが、ブラーナはシャナンの言葉を信じたらしかった。
「まぁ、素晴らしいですこと。シャナン様にそこまで言われるなんて」
 スカサハの手を握ったまま、ブラーナは立ち上がった。そうすると、意外に長身なのがわかった。
「よろしかったら、スカサハ様、わたくしとお手合わせしませんこと?」
「はっ?」
「わたくしも剣を嗜みますの」
 スカサハは戸惑い、シャナンに救いを求める視線を向けた。だが、
「それはいい。スカサハ、相手をするといい」
 喉の奥で笑いながら、シャナンがそう勧める。もはや逃げ道はなかった。なし崩し的に、スカサハは彼女――ブラーナと模擬試合をすることとなってしまったのである。

「わたくしは落ちぶれても月光を預かる身。王家に剣を向けるような所行はいたしませぬ」
「月光? あなたは、月光剣を使われるのか」
「月光剣はソファラの秘剣。亡き父と行方知れずの兄の他は、わたくしが最後の使い手。……それがどうかなさいましたか」

「真剣がよろしいですわ」
 にっこりと微笑んで、ブラーナは真剣での勝負を求めた。シャナンが応じてしまえば、スカサハに対抗できる筈もない。怪我しても知らないぞ、とスカサハは半ば諦めた。
「いつでもよろしいですよ。かかってきてくださいませ」
 相変わらず瞳を閉ざしたままで。目をつぶったまま勝てるとでも思っているのだろうか。それとも、自分を子供と思って侮っているのだろうか。
「……では」
 鞘から抜き放って、スカサハは正面から斬りかかった。第一撃は難なく躱される。あれだけの余裕を見せていたのだ。そのくらいの予想は、スカサハもしていた。だが、自分を躱した彼女が、即座に切り返して来たのには驚いた。目を閉ざしたままだ。自分の位置など、わかろう筈もないのに。
 辛うじて剣で受け止める。意外に重い剣に、スカサハは思わずブラーナの顔に目を走らせた。たおやかとしか見えないこの女性の、何処にこんな力があるというのだろう。
 二撃、三撃と受け止められる。その間、彼女は一度も目を開かない。そして見た目からは想像できない重い剣を繰り出し、その度にスカサハの顔を青ざめさせていった。
 ――ただ者じゃない!
 今更ながら、スカサハはそう思った。侮ったのは自分の方だ。女性だと思って、非力だと思って……自分はオードの血をより濃く受け継ぎ、同年代の少年少女の中ではラクチェと並び、群を抜いた腕前だった。いつの間にか、自分はそれに溺れていたのだろうか。この女性から、たったの一本も取れない!
 そんな事を思った、ちょうどその一瞬。女性の体が、青い燐光を放った。その輝きを、スカサハは見たことがあるような気がした。否、自分は知っている。色こそ違え、あれは流星剣の発動!
 たった一太刀で決着がついた。次の瞬間に繰り出された剣に、スカサハの剣が真っ二つに折られてしまったのである。
 息を荒くして、スカサハは膝を落とした。正直、ショックだった。
「大丈夫ですか?」
 白い手が差し出される。スカサハはそれを取って立ち上がった。
「すごい……嗜むなんて、そんなくらいじゃありませんよ。とても強いですね」
「まぁ」
 ブラーナは小さく笑い、剣を収めた。
「盲いてからは衰える一方ですもの。大したことはありませんわ」
 ――盲い……ってことは、もっと強かったのか!?
 スカサハは戦慄を覚えた。イザークは剣聖オードの建てた国であり、女でも剣を取る。故に女性の剣士も少なくないのだが……それにしたって、ブラーナの強さは凄まじい。それも、盲目というハンデを背負ってならば尚のこと。
「さっきの、あの光ったのは? 流星剣とは違ったようだけれど」
 ブラーナはにこにことして、何故か機嫌が良さそうだった。
「あれは、わたくしの家に伝わる月光剣ですわ。あらゆる防御を無効にいたしますの」
「あの……それ、ぼくに教えてもらえますか?」
 スカサハはどうしてもそれを知りたいと思った。五つの時から剣を握り、ある程度ならば流星剣を使うことができる。だが、自分はまだ弱い。心も、体も。彼女と戦って、それが良くわかった。本当に知りたいのは、技ではない。彼女の強さだ。しかし……家伝のものならば、そう簡単には教えてもらえないだろう。さて、何と言って説得するか。
 しかし予想に反し、ブラーナは即答で応じた。
「構いませんわ」
「本当!? ありがとう!」
 喜ぶスカサハは、うっかり気がつかないでしまった。その時のシャナンが浮かべた、微妙な表情の変化に。

「もしや……兄上の名は、ホリンでは?」
「兄を、御存知ですか」
「……ホリンの子が、私達の元に」
「兄の、子が?」

 かくして、スカサハとブラーナの剣の稽古が始まったのだが。
「遅うございますわ、スカサハ様」
 玲瓏とした声が頭上から振る。毎日毎日、叩き伏せられてばかりで一本も取れない。
「よろしいですか。流星剣は速度で、月光剣は強度で相手に勝る剣技です。そのように切り返しが甘いようでは、どちらも生兵法で終わってしまいますわよ!」
 ブラーナは、見た目を裏切るスパルタ教師だった。ただ、その教えが理に適っていることを、スカサハは認めざるを得なかった。実際、彼女と練習をするようになってから、自分の剣技は目に見えて上がった。昨日など、ラクチェから五本中三本も取るということをやってのけ、一時城内のニュースとなったほどである。
 一息ついたところで、スカサハはブラーナに言った。
「明日からはラクチェも連れて来るよ」
「……秘密特訓になさらなくてよろしいの?」
「それじゃ平等じゃないよ。ラクチェに負けるのは悔しいけれど……でも、足を引っ張り合いたくないし」
 顔を上げて、スカサハは笑った。ブラーナには見えようもないのだが。
「双子だからね。ぼくが負けたくないと思っているくらい、ラクチェもきっと、同じ事を思ってるよ。だから」
 言ってから、スカサハは肩を竦めた。
「もっとも、今まで黙ってたことを怒られそうな気がするけどね」
 ころころ声を立てて、ブラーナは笑った。
「でしたら、今のうちにうんと修練いたしましょう。ラクチェ様が簡単には追いつかれません程度に」
「はは……」
 スカサハの引きつり笑いに、ブラーナは額をぴんと弾いた。よろめいたスカサハは、また座り込んでしまう。その前にしゃがみ込んで、ブラーナはにっこりとした。
「とっておきをお教えしましょうか」
「とっておき?」
「ええ。
 剣聖オードの生み出した秘剣は、三種類ありましたの。流星、月光、太陽。うち太陽はイザークより失われてしまいましたが、流星と月光は、このように残っていますわ。三つの秘剣には、それぞれ意味がありますの。その意味を酌んでこそ、真の使い手になれますのよ」
「意味……」
「そう、意味ですわ」
 いたずらっぽい笑顔で。スカサハはその意味を計りかね、首を傾げた。
「意味、って?」
「そうですわね……たとえば、太陽。これは敵の生命力を奪って自分のものにしてしまう剣技。その意味は『守護』です。何故かおわかりになりますか?」
 スカサハは即座に首を振った。ブラーナの顔に、初めて苦笑が浮かぶ。
「少しは考えてくださいませ……まぁ、よろしいでしょう。
 自分が背に負うものを守るために使うのが、太陽なのですよ。決して倒れることを許されぬ者が使う秘剣。故に、敵の命を己が命に換えるのです」
「へぇ……じゃあ、流星は? 月光は?」
「それはご自分でお考えになられませ。でなくては、意味がありません」
 にっこりして、ブラーナは立ち上がった。
「大丈夫、シャナン様をご覧になっていれば、流星の意味は自ずと解りましょう」
 ――では、月光の意味は?
 スカサハは何となく解った。それは、ブラーナを見ていれば解るのだろう。彼女は、月光剣の使い手なのだから。焦ることはない。まず、形を手に入れてからでも遅くない筈だ。
 いっそう透き通るようになっていくブラーナの顔色が、スカサハの心の内を引っ掻いた。
 ――大丈夫、時間はあるんだ。
 そう言い聞かせる。自分が感じる不安が何なのか、スカサハは知りたくなかった。だから敢えて耳を塞ぎ、目を閉じた。
「では、もう一本、参りましょうか」
「うん!」
 ――初めてあった時には雪の精のように思ったけれど。
 今は月光の精のように思える。透き通って形のない、美しく擦り抜けていく光。
 早く追いつきたい。
 朝日が昇って月が消えてしまう、その前に。

「お願いいたします。わたくしを連れ出してくださいませ」
「……一生追われる事となる。それでも」
「構いません。もとより、この身はあと半年と持ちませぬ」

 スカサハがブラーナについての噂を耳にしたのは、ラクチェと共に彼女の元に通うようになって、三月ばかり過ぎた頃であった。その頃はもう、ブラーナは二人と剣を交えることもなく、壁際から言葉を伝えるばかりになっていた。目に見えての衰弱が噂を裏づけているように思えて、スカサハはいたたまれない気分になった。
 ――ブラーナがドズル王ダナンの愛妾であったと。病が篤く放逐されたのだと――噂はそう伝えていたのである。
「そんな噂してる人を見つけたら、流星剣で叩きのめしてやるんだから!」
 ラクチェはそう言って憤慨した。それが聞こえたのかどうかは定かでなかったが、噂はごく短期間のうちに姿を消した。
 スカサハは沈黙を保っていた。嘘だ、と思いたい気分が多かったのだが、言われてみれば思い当たることがないわけではなかった。
 ダナンの愛妾かどうかはさておいても、ブラーナは長い間、何処かに捕らわれていたのではないのか。手首のあの痕……あれは、手枷の痕ではないのか。そして、あの閉ざされた眼。風の噂で聞いたことがある。奴隷として仕えさせられている人の中には、逃亡を防ぐという目的で目を潰される者もある、と。
 ――もし、本当にブラーナをそんな目に遭わせたのならば。
 おれは絶対に、ダナンを許さない。

「この身が朽ちる前に、月光を残さねばなりませぬ。兄の子であるならば、その資格がございましょう」

 そんなある日の、真夜中だった。
「スカサハ、ラクチェ」
 小声でシャナンが呼ぶ。この日は何故か眠りが浅く、二人とも、すぐに目を覚ました。
「来なさい。ブラーナが呼んでいる」
 双子は顔を見合わせ、互いの上に不安そうな表情を見た。
 ブラーナの部屋で、彼女は寝台の上に横たわっていた。眠っているのか起きているのかさえ、スカサハには判断できなかった。シャナンに背を押されるようにして、二人は寝台の側に膝をつく。
「ブラーナ、二人を連れてきた」
 シャナンの言葉に、ブラーナの手が動いた。空を彷徨うのを、スカサハが握りしめた。
「……スカサハ様ですのね」
 ブラーナの手は冷たく乾いており、まるで蝋でも握っているようだった。
「もう少しお教えいたしたく思っておりましたが、もう、時間がないようですの」
 隣で、ラクチェがしゃくり上げるのが聞こえた。
「スカサハ様、いつぞやの謎かけ、覚えてらっしゃいますか?」
「うん」
 喉の奥が熱く、せり上がってくるような感じがする。浅く息をついてから、スカサハは再び口を開いた。
「月光と流星の意味、でしょう?」
「おわかりになられました?」
「流星は。流星剣の意味するものは、『希望』だね。みんな、シャナン王子に希望を見てる。流星剣は、希望を切り開くための剣だ。違う?」
「……よろしゅうございます」
 スカサハはぎゅっと、いっそうの力を込めてブラーナの手を握りしめた。
「でも、まだ月光はわからない。わからないんだよ、ブラーナ」
 ――まだわからないから、だから教えてくれないと。
 ブラーナは深い息を吐いた。
「スカサハ様、ラクチェ様。月光も流星も、夜にのみ真の力を発揮いたします。長い夜を、お二人ならきっと越えられましょう」
「いや! ブラーナ、ねぇ、そんなことを言わないで! まるで、まるで……」
 とうとうラクチェが声を上げて泣き始めた。もう一方の手を伸ばし、ブラーナはラクチェの頭を撫でた。
「これも天命ですわ。……本来ならば、あの日にわたくしは死んでいる筈でした。それを今日まで生きながらえたのは、きっとお二人に会うため」
 スカサハは歯を食いしばった。脇で泣きじゃくるラクチェが、だんだん憎らしくなってくる。そんなにわんわん泣かれては、こっちまで泣けてくるではないか。
「大丈夫、お二人ならきっと……きっと見つけられますから」
 ……それが、ブラーナの最後の言葉となった。

「王家の為、何よりイザークの為に、月光は継がれねばならぬのです。あの剣の持つ意味を、継いで行かなくてはならないのです。この深い、闇夜であるからこそ」

 さわさわと、丈の短い草が揺れる。墓石の白さは、そのまま故人のようですらあった。道々摘んできた野の花を手向けて、スカサハはその前に腰を下ろした。
 ――ブラーナ、本当はおれ、知っていたよ。月光剣の意味。
 心の中で、スカサハは語りかけた。決して返答のない会話。
 ――月光の意味は『導き』だ。ブラーナがおれたちに示してくれたように。この昏い世界であるからこそ、闇夜であるからこそ、月の光が照らす必要がある。そうなんだろう?
 イザークの初夏の風が、ふわりと涼しさを運ぶ。
 ――今はまだ小さく弱い光だけれど、いつか夜を照らす光になれるよな、おれたち。
 闇夜を迷わぬように、道筋を照らしていくのが月だ。そしていつかは、眩しい朝日を迎えるために。
「あー、スカサハ、こんな所にいたの」
 自分と似たような花を持って、ラクチェが覗き込んでくる。
「探したのよ。稽古つけてあげようと思って」
「……今日こそは勝つ」
 苦々しく呟くのを見て、ラクチェが明るく笑った。
「修行してますます鈍ったんじゃないの? ブラーナが見たら泣くでしょうね」
 敢えて返答せず、スカサハは立ち上がった。さっさといなくなるのを、慌ててラクチェが追う。
 鳥の声と風の歌が零れ、白い墓石の上で乱反射して消えた。


update:1999.07.26/written by Onino Misumi

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