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午前10時午後3時
Tea time,with me!


 基本的に、グランベル王国内は気候が穏やかだ。夏と言っても厳しい日差しが注ぐでもなく、冬と言っても肌を刺すような寒さもない。だからといって、四季の移り変わりが単調というわけでもなかった。春から夏にかけては美しい花々が咲き乱れ、秋から冬にかけては、長い夜が優しく人々を包み込む。その穏やかな気候は、そのままグランベル王国の盤石なる平和を象徴しているようだと讃えられた。中でも王都バーハラの美しさは『花咲く都』と称され、グランベル随一と言われていた。
 その王都バーハラにある士官学校は、貴族の子弟や近隣諸国の王族などが多く在籍し、石を投げればもれなく良家の子息がぶつかるような所であった。遠方からの生徒が多い為に全寮制となっており、家族との面会もそれなりの制限がある。
 そして。
 現在、士官学校は三日間の休暇に入っている。実家に戻るには期間が短く、また、暇を潰すには少々長い休暇だ。
「つまらない」
 ぼそっと呟く。しなやかな指の間から、ばらばらとカードが落ちた。
「エルト、それ何度目だ?」
「黙れ。だいたい、二人でカードってのが不毛なんだ」
 不機嫌さに輪をかける級友を、シグルドは半ば呆れ、半ば同情で見遣った。彼自身は、三日あれば実家との往復が可能なのだが、他国の王子である彼、エルトシャンはそうはいかない。つきあって寮にいるのにつまらないと言われてしまっては、シグルドとしても立つ瀬がなかった。
「あ、そうだ。午後に妹が来るんだよ」
 シグルドの声に、エルトシャンは僅かに目を上げた。
「妹? シグルド、妹なんていたのか」
「ああ、五歳違いの妹でね。父上の出仕にくっついて来るらしいんだ。ついでに、不肖の兄の様子を見に行きたい、とね」
 ふぅん、とエルトシャンは気の無さそうな相槌を打った。
「美人か?」
「おいおい、まだ十二だよ」
 苦笑し、シグルドは立ち上がった。はるばるやってくる妹の為に、お茶の一杯も準備しておこうと思ったのだ。
「顔の造作に歳は関係ないだろう。現にラケシスは――」
「はいはい」
 エルトシャンの妹の話は耳にたこであった。一度、細密画を見せてもらったことがあったが、八歳下の他国の姫に「それは愛らしい子だった」という程度の認識しか抱いていないシグルドであった。
「あれ? そう言えば」
 相手にされなかったことで更に不機嫌になっている友人を振り返り、首を傾げた。
「今日はキュアンを見ていないな」
「あいつがいたら、お前相手にカードなんてしてないだろうが」
 ――言うことがきついよ、エルト。
「部屋にはいなかったしなぁ。その辺で寝てるか?」
「さぁ」
「ところで、淹れたら飲む?」
「飲む」
 苦笑して、シグルドが薬缶を火にかける。ほう、という軽い呟きが聞こえた。
「どうした?」
「『運命の輪』だ」
「え?」
 振り返ったシグルドに、エルトシャンは一枚のカードを差し出した。
「運命的な出会いの象徴」
 シグルドは解ったのか解らないのか、疑問符を飛ばしながら首を傾げた。

 体に合わない大きなバスケットを持って、少女はほてほてと歩いていた。場所が士官学校だけに、年上の少年ばかりが目に付く。だが、少女はそれに臆する風でもなく、軽快な音楽が聞こえてきそうな足取りで進んでいた。大好きな兄に久しぶりに会えるのが、少女にとってはとても嬉しいことだったのだ。
 道に沿って植えられた木々の下を行く。持っている物に日差しは大敵だったからだが、結果としてそれが仇になった。バスケットをめがけたように、一冊の本が『落下』してきたのである。
「きゃあぁっ!」
 弾みでバスケットを取り落とす。無惨にも散らばった中身に、少女は一瞬自失し、ぺたりと座り込んだ。
「大丈夫かっ!?」
 突然、降って湧いたような少年の声。少女は顔を上げ、その人を見つめた。穏やかな大地色の瞳が、驚いたように自分を見ている。それがみるみるうちに歪んだ。
「お兄さま……」
「えっ?」
 少女は顔を覆い、声を上げて泣き始めた。朝早く、バーハラにある離宮で作ったおみやげが駄目になってしまったのだ。悲しくて仕方がなかった。
「お兄さま、お兄さまぁ」
 少年は困惑して立ち尽くした。
 木の上は、彼の秘密の場所だった。そこで時間を過ごすのが好きで。いつものようにそこで本を読んでいて、いつのまにかうとうととしていたらしい。本のずり落ちる感触で目を覚ましたのだが、時既に遅し、だったのだ。あっと思う間もなく本が落ち、直後、悲鳴が聞こえて血の気が引いた。慌てて降りてみれば――こういう事態になっていたのである。
 そんな少年の都合も様子もお構いなしで、少女は泣きじゃくった。どうしたらいいかわからず、途方に暮れてしまっていた。兄の所におみやげを届ける、というのがまるで使命のように感じられていたのだ。それが不意に消えてしまい、本当に、どうしたらいいかわからなかった。
「あの……そんなに泣かないで」
 その声に、少女は顔を上げた。自分の前に膝をついた少年が、心底困り果てた顔をしていた。
「ごめん。怪我はない?」
 ひくっとしゃくりあげて、少女は首を振った。
「お兄さまの、おみやげ、ぐちゃぐちゃになっちゃった」
 少年が、気まずそうにバスケットを見る。軽いため息の後、それを拾い上げた。
「ああ、ほら。半分くらいは大丈夫だよ」
 きょとんとして、少女は示されたバスケットを見た。確かに、外にこぼれたものもあるが、半分以上バスケットの中に残っている。もっとも、潰れて酷い有様になってはいるが。
「大丈夫、多少潰れても……見た目は悪いけど、味は変わらないだろうし」
 すいと少年が手を伸ばしたのは、地面に落ちた方だった。土に接していない上の部分をすくい上げて、少女が止める間もなく口に運ぶ。
「うん、おいしい」
 お兄さまは甘いのが苦手だから、特別に甘くないお菓子にして――でも、それを、おいしいって。
 呆気にとられている少女をそのままに、少年はバスケットを持ち上げた。
「お兄さんに会いに来たんだね。寮?」
「あ、はい」
「じゃ、案内してあげるよ。おいで」
 差し出された手を取る時、少女は初めて気がついた。少年の背が意外に高いこと、兄と同じ年頃であること、それから――
「ちょっと屈んでくださいますか」
 首を傾げた少年が、少し身を屈める。少女は手を伸ばし、柔らかな髪に触れた。
「葉っぱ、たくさんついてますよ」
「えっ……あ」
 丁寧に葉を取り除くと、少年は小さく笑った。
「また笑われるところだったな。ありがとう」
 ――やさしく笑う人……お兄さまに、少し似てるみたい。
 それだけで、少女はすっかり少年に対する警戒心を捨ててしまっていた。
「ああ、自己紹介、まだだったね。俺はキュアン。君は?」
「エスリンです。お兄さまは、シグルドといいます」
「シグルド? って、もしかしてシアルフィ公子の?」
「はい。ご存知なのですか?」
 キュアンはしばしエスリンの顔を見つめ、小さく「そうか」と呟いた。

「シグルド、届け物だ」
 そう言って現れた友人に、シグルドは少々驚いた目を向けた。だが、その後ろから現れた人物には、更に驚いた。
「お兄さま!」
 飛びついてくる妹を抱き止めて、シグルドは呆気にとられてしまっていた。てっきり、従者を連れてやってくるものと思っていたのに。
「エスリン、一人で来たのか?」
「校門までは馬車で来ました。あとは、この親切な方に」
 シグルドの後ろで、エルトシャンが声を立てて笑った。『親切な方』はと言えば、ひきつった笑いを浮かべたに止めている。
「ありがとう、キュアン」
「いいや。これ、エスリン嬢からお前にだそうだ」
 半ば潰れてしまっているお菓子群を前に、少し遅めのお茶の時間となる。
「わたしが淹れます、お兄さま」
 くるくると準備をする妹を、シグルドが相好を崩して眺めている。
「エルトをどうこうと言えないな、あれでは」
 そう言ったのはキュアンであったが、彼も彼でエスリンを目で追っているのだから、エルトシャンとしては引き合いに出されたくない気分である。
「お待たせしました。どうぞ」
 ふわりと漂うやわらかい空気。キュアンとエルトシャンは、期せずして等しくため息をついた。
「どうした?」
「あ、いや」
 キュアンは苦笑して差し出されたお茶を口に運んだ。
「俺はちょっと、妹を思いだしてた……会いたくなってきたな」
 こちらも苦笑しながら、エルトシャンはエスリンを見遣った。
「まぁ、妹様がいらっしゃるの?」
「公女より少し小さいが」
「きっと可愛らしい姫様でしょうね」
 ちら、とエルトシャンはシグルドを見た。
「……兄に似なくて良かったんじゃないか?」
「言わないでくれよ」
 小さな笑いが弾けたそこに、ぽつりとキュアンが呟いた。
「羨ましいな、シグルドは」
「ん?」
「こんな美味いお茶を、いつも飲めていたんだろう?」
 真顔で、キュアンはエスリンとシグルドを見ている。おいおい、とシグルドは苦笑した。
「レンスターの王子ともあろう人が、何を言っているのやら」
「いや、本当だって。おいしいよ、本当に」
 言って、早くも空になってしまったカップを差し出す。
「もう一杯いいかな」
「はい」
 褒められれば悪い気はしないのだろう。エスリンが上機嫌に二杯目を注ぐ。
「茶葉は一緒なんだがなぁ」
 シグルドの呟きに、エスリンが笑って応えた。
「お湯の注ぎ方や蒸すタイミングよ、お兄さま」
「そういうものか」
 納得したのかしないのか、シグルドは曖昧に応じてカップを傾ける。
「はい、キュアン様」
「ありがとう」
 受け取るキュアンも妙に嬉しそうで、シグルドとエルトシャンは目を見交わし、小さく笑った。
「こんなお茶なら、毎日いただきたいよ」
「残念だったな。レンスターにはエスリンがいないから」
 笑い話のうちに収まる、軽い言葉だった。
 ……四年後、シグルドはこの言葉を思い出し、苦い笑いを禁じ得なかったのだが――それは、もっと未来の話で。

「明日も、その次も。君が淹れたお茶を一緒に飲みたいね」


update:1999.08.21/written by Onino Misumi

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