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胸の月
Pray your dream with your honest heart


  明け方の浅い眠りの中で、私は夢を見ていた。私の古い傷、心の傷の織りなす悪夢を。
「この子をお願いね、シャナン」
 そう、かの人が言う。止めなければと焦る気持ちの中、夢の私は、渋りながらも差し出される赤ん坊を抱き取っているのだ。
 何度くり返しても、夢は同じ。あの痛い後悔を、今一度、私の胸に蘇らせるだけ。
 だが、この日の夢は少し違った。夢の私が赤ん坊に目を落とし――私は驚いた。驚きの余り、目が覚めてしまう。
「……?」
 何度も瞬いて、私は今のが夢であるのを確認した。思わず両手を見直してしまったのは、それが余りにも生々しかったからだ。
 手に掛かる、赤ん坊の温もりと重み。それは覚えのある感触だった。ミルクの匂いのするセリスを抱いて――だが、今の夢は違った。私の腕に預けられたのは、セリスではなかった。かの人と同じ白金の髪をした赤ん坊。それが、またしても同じ紫水晶の瞳で、私をじっと見つめていたのだった。
 そんな夢を見ていた所為だろう。
 彼女に出会った時、私は平常の十分の一すらも、心穏やかにはいられなかったのだ。
『この子をお願いね、シャナン』
 夢の声が、耳の奥で再び響く。まるで現実のものであるかのように、はっきりと。
 私は許されないのか――誰に? 誰が、私を許さずにいるのだろう。誰が、私の罪を、今になっても突き付けてくるのだろう。

 バルムンクを持って帰参してから、私はセリスと共にあることが多くなった。総大将が前線に立つものではない、とオイフェは渋い顔をしていたが、セリスの方は頑として譲ろうとしなかった。
「みんなだけを死地に立たせられない。私も共に戦うのだから」
 ため息をつきながら、オイフェは私に「頼む」と言った。歩兵と騎兵では、明らかに速度が異なる。オイフェは、自分自身だけではセリスを守りきれないと踏んだのだろう。私としては、頼まれるまでもない事だった。あの日から、私を絶対的に支えている誓いが、まさしくそれと等しくあるのだから。
 そして、それの副産物とでも言えばよいだろうか。かの少女――ユリアも、私と共にいる時間が多くなっていた。セリスが、彼女を片時も側から離そうとしないのだ。前線に不向きなシャーマンであることを理由に、私は何度もセリスに、彼女を後方に下げるよう言った。だが、セリスは全く聞き入れようとしない。
 正直に言おう。私は、彼女を見るのが辛かった。私の罪、罪の証。それによく似た姿を、見ているのが辛かった。だから、セリスに拒否された時に、強く言うことができなかった。感情でものを言っているというのが判っているだけに、後ろめたくさえあったのだ。
「シャナンは、ユリアが嫌い?」
 ある時、セリスがそう問うた。
 嫌い?
 そうできれば、どんなにかいいだろう!
 嫌えるのならば、憎めるのならば、私は……私はもう少し、楽になれるのに。
 ――楽に?
 私は楽になりたいのだろうか。
 一体、何から?

 もはや、戻ることなど出来ない。
 だが……では、どうすればいいのだろう。私は、誰に許しを請えばよいのだろう。
 シグルドは言った、「お前の所為ではない」と。
 いっそ、責めてくれれば良かった。怒ってくれた方が、ずっと楽だった!
 裁かれぬままに残るから、こんなにも重いものを。
 ――漠たる闇が、私の前に横たわる。

 闇夜に月を見たような気がして、私は軽い違和感に捕らわれた。理由は、すぐに判った。篝火に反射するユリアの髪だったのだ。
「シャナン様、お加減が?」
 私がセリスの側にいないのを、何か勘違いしているのだろう。彼女は気遣わしげに私を覗き込んでいた。
「……何でもないが」
 私の気持ちなど知りもしないであろう、澄んだ紫。――ああ、苛々する。私は他でもない、お前の側にいたくないのだというのに。
「夕食、召し上がりました?」
「いや……」
「じゃあ、お持ちします」
 私は顔を上げた。はっとしたように、ユリアの顔が強張ったのが、夜目にも見えた。
「あの、ご迷惑ですか?」
「そうじゃない。……私には構わないでくれ」
「でも、シャナン様――」
「いいから、放っておけ!」
 辺りが静まり返った。視線が、一気にこちらに向くのが感じられた。だが私はそれよりも、一瞬閃いたユリアの表情に気を取られた。それは、完全に傷つけられた者の表情だった。軽い後悔が胸を滑った。彼女は泣き出すだろう。普段から、おどおどと人を見ていた彼女だ。こんな風に怒鳴られてしまえばきっと……。
 しかし、私の予想は外れた。
 ユリアは泣かなかった。困ったように、淡く微笑んだだけだった。
「……すみません」
 謝るべきは私だった。だが何も言えずにいるうちに、彼女は白金の髪を翻し駆け去った。そのまま、時が止まってしまっている人々の輪へ埋没していく。止まっていた時が動き出し、世界に音が戻った。
 私は、しばし呆然と、その様を眺めた。無意識のうちに口元を拭い、ため息をつく。
 大人げないと思った。苛立ちを彼女にぶつけてしまったことが悔しかった。すまないと、思った。
 何より、あんな顔を見たいのではなかったのだと、そう思った。夜を透かすように、いっそうの悲しみに染まった紫。あんな色を見たいのではなかったのに。
 不意に、私は寒気を覚えた。あの色に、何処かで見覚えがあると思い……不吉さに胸が震えた。
 あの色は――そう、ディアドラが姿を消す前に見せた表情に、とてもよく似ていたのだ。
 放してはいけない。
 伝えるべき事を怠れば、私はまた、後悔に溺れることになる。
 それだけは、絶対に嫌だ。

 ユリアを捜すのは、苦ではなかった。彼女のいる場所は、セリスの側か、ラナの側と決まっていたからだ。
 それと知っている自分に、若干の自嘲が零れた。何のことはない、私は――私は、彼女をずっと気にかけていたのだ。視界に入らずとも、心の地平に、常に置いていたのだ。形ばかり目の前から消したところで、意味を成さない。
 果たして、彼女はセリスの側にいた。先に私に気がついたのは、セリスの方だった。
「あ、シャナン。どうかした?」
 私は、彼女が目を逸らすと思った。あるいは、目も合わせないと思っていた。だが、またしてもユリアは私の予想を裏切った。セリスの隣で、淡い、消えそうな笑みを見せた。
「……ユリアに、話があるのだが」
 セリスは私とユリアの顔を見比べた。そして何か感じるところがあったのだろう。ユリアの肩に手を載せ、
「ぼくは向こうにいるから」
 セリスが立ち去る音を、私は背中から聞いていた。目を上げると、ユリアが、じっと私を見つめていた。
「さっきは、すまなかった」
 そう言うと、ユリアは勢い良く首を振った。
「わたしこそ余計なことをして……すみませんでした」
「いや、悪かったのは私の方だ」
「シャナン様は悪くありません。わたしが」
 違う、と言いかけ、私は無性におかしいような気に捕らわれた。必死になって抗弁するユリアが、とても新鮮に感じられた。いつも曖昧に、微笑んでいるだけだった彼女なのに。
「……シャナン様?」
 笑いを堪える私を、怪訝そうな瞳が見ている。
「少し話をしよう。……昔話だ」

 ディアドラとのことは、ティルナノグにいた者なら誰でも知っていた。それとなく耳に入る事だった。私とセリスの関係を語る時、欠かせないのがシグルドとディアドラであったのだから。
 だが、後に軍に参加した者は、まず知らないのだ。私が、どんな思いでセリスを見続けてきたか、守り続けてきたかを。
 ユリアに対する苛立ちがそこに根ざす以上、ユリアが知らずにいて良い筈はない。私は、乾ききった古い傷を――それでも、ふとした拍子に痛むそれを、ユリアに語って聞かせた。シグルドとの出会い、ディアドラとの出会い、セリスとの出会い……そして、別れを。
 ユリアは終始、黙ったままだった。胸元で手を組み合わせ、じっと私の話に耳を傾けていた。話が今のことに及び私が口を閉ざすと、静かに私を呼んだ。
「シャナン様」
 返答の変わりに、その瞳を見つめ返す。深い色合いが、そこにあった。白い手が伸ばされ、次の瞬間、私の頭を抱いていた。
「ユリア……?」
「……どうして」
 腕を緩めて、ユリアは私を見た。その目からは、涙が溢れていた。
「どうして、泣かないのですか?」
「な、に?」
「こんなにも心が……心が痛いのに、悲鳴を上げているのに、何故……」
 ユリアは自分の涙を拭い、ひたと私を見据えた。
「涙は、心を洗い流してくれます。傷の痛みを和らげてくれるんです。泣くべき時に泣かないと、痛みは深く、重くなるんです。少しは染みるかも知れませんけれど……でも、受け止めてくれる人があるなら、泣いた方がいいんです」
 受け止めて、くれる人……?
「わたしがいます、セリスさまも。だからどうか、シャナン様」
 冷たい手が、私の手を握った。
「辛かった日のあなたの為に、泣いてあげてください」
 不覚にも、と言おうか、情けなくも、と言おうか。
 私は涙を落としていた。白い、滑らかな手の上に、いくつも、いくつも。
 ……私は、ずっと、誰かに言って欲しかったのかも知れない。泣いてもいいのだと。悔やんでも、いいのだと。
 ユリアは罪の証ではない、許しの前触れであったのだと。
 泣き続ける心の何処かで、そう思った。


update:2001.01.11/1999.09.03 written by Onino Misumi

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