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追想庭園
The garden's dream


 グランベル王国シアルフィ公領。
 解放軍はグランベル帝国内まで侵攻を果たし、今は一時の休息を得ていた。

 そのシアルフィ城、庭園の一角。暮色も濃く薄闇が広がるそこで、彼は弓を引き絞った。風を切る音に続く、とんっという的に当たる音。これが正確に、ほぼ同じ間隔で繰り返されていた。
「……よく見えるわね、こんな暗いのに」
 縁石に腰掛けた少女が言う。彼はそれにちらと視線を向け、また的を見つめ直した。
「見えているわけじゃないと思う、多分」
 一瞬、自分に言われたものと解りかね、少女の返答は半瞬遅れた。
「じゃあ、どうして当てられるのよ」
「明るいうちに場所を見たからな、何となく。それに動いているわけじゃなし」
 それでも、この薄闇の中で当てられる、というは並大抵の腕ではない。その身に流れる血もさることながら、本人の努力もあるのだろう。少女は少し、誇らしいような気持ちで彼を見守った。
 とんっ……。
 静かな庭に、その音だけが続く。
「飽きないか?」
「うん。レスター見てるから」
 一瞬だけ、彼は動きを止めた。
 とんっ……。
 レスターは矢筒に手を伸ばし、矢がなくなってしまっているのに気がついた。的に向かって歩きだそうとするのを、少女が止める。
「あ、あたし取ってくる」
 薄闇の中でも金色の髪は沈まず、その存在を主張する。レスターはそれを何とはなしに見送ってから、少女が座っていた縁石に腰を下ろした。
「レスター」
 そこに面した回廊から声がかかる。
「ファバルか。何だ?」
「矢、余ってないか?」
 レスターがそれに答えるより先に、少女の甲高い声が怒鳴った。
「お兄ちゃん! ムダ撃ちのツケをレスターに回さないで!」
「無駄とは何だよ! ちょっと心許ないから、余ってたらと思っただけじゃないか」
「だから言ったじゃない、補充はしっかりねって。レスターは折れたりした矢を直して、その上で使い回してるのに。少し見習いなさいよっ」
 おいおい、と呆気にとられている前で、兄妹はぎゃんぎゃんと言い争いを繰り広げる。その間隙を縫って、くすくすと笑う声が届いた。
「どうしたの? 二人とも」
「聞いてよ、ラナ。お兄ちゃんたら、またレスターに迷惑かけようとしてて――」
「人聞きが悪いこと言うなっ!」
 騒ぐ従弟妹達を余所に、レスターは妹に向かって身を乗り出した。
「アーサーの具合は?」
「もう、大分いいみたい。戦うのはちょっと無理だけど、日常生活に支障はないわ」
「そうか。もう少しだな」
 頷いてから、ラナはひっそりと笑った。
「パティ、あまりファバルを悪く言わないであげて。一生懸命に頑張ってる証拠じゃない」
「でもぉ……」
 パティは不満そうだったが、レスターが矢を分けると言えば、文句を言うのも変なものだ。じろりと兄を睨めつける。
「何だよ」
「べーつにっ」
 ふいっと顔を背けたその時、パティの耳が、何かを捕らえた。
「……声」
「えっ?」
「ほら、声が聞こえない? 泣いてるみたいな……」
 ラナも庭へと降りる。パティに並んで、耳を澄ませた。
「子供みたいね。あっちからだわ」
 ラナが爪先を向けたその方角から、声が一際高まった。気をつけろ、という兄の声を受けて、静かにそちらへ歩み寄る。植え込みが微かに揺れて、三、四歳くらいの男の子が姿を現した。顔を覆い、泣きじゃくっている。
「どうしたの?」
 身を屈めて、ラナが尋ねる。パティもその隣に立ち、男の子を覗き込んだ。
「泣いてちゃダメだよ。ほら」
 パティは手を差し伸べ――空を抱いた。
「えっ? あれ?」
 男の子は確かにそこにいるのに、抱き上げることができない。いや、そもそも触れることができないのだ。
「うっ……きゃー! お化けーッ!」
 パティは走って戻ってくるや、レスターの腕にしがみついた。ラナが一歩後退ったそこに、男の子が歩を進める。

「えっ……えっ……」

 泣きじゃくる声も、その姿もはっきりと感じることができるのに……。呆然とするレスターとファバルは、ほぼ同時に人の気配を感じて振り返った。振り返りつつある視界を金色の光が掠め、慌ててそちらを見る。光と思ったそれは、波打つ金髪。何処から入り込んだものか、五歳くらいの女の子だった。

「何を泣いてるの?」

 女の子は、ととっと男の子に近づいた。なでなで、という感じに、頭を撫でる。

「泣かないで、アンドレイ」

 パティが悲鳴を飲み込んだ。あの男の子に触れる、ということは、あの女の子も……。
「……ファバル」
 二人の子供を見据えたまま、レスターが呼んだ。
「何だ?」
「何か……似てないか」
 言われて、ファバルは子供を注意深く見つめた。言われてみれば……そう、パティに少し、似ているような気もする。そこまで思って気がついた。この黄昏の中、容貌が見分けられるというのは、おかしくないか?

「あのね、あのね、矢がないの」
「矢が?」

 こく、と男の子が頷く。そしてまた、しくしくと泣き出した。

「泣かないの。アンドレイはウルの血を引く立派な戦士なんだから」

 女の子は、ぱたぱたとファバルの方に駆け寄った。思わず避けてしまったそこに、いつの間にか小さな矢筒が置かれている。女の子はそれを抱え上げると、急いで男の子の側に戻った。

「ほら、わたしの分けてあげる。だから泣かないで」

 途端に、男の子が嬉しそうに笑った。うん、と元気良く頷く。

「一緒に練習しよう、ね?」
「うん! 教えてね、ブリギッド姉さま」

 ――えっ!?
 四人は、等しく互いの顔を見合わせた。今、ブリギッド姉さまとか言ったか?

「お姉さまぁ」

 その場に、また一人女の子が現れた。もう一人にとてもよく似た、愛らしい女の子だ。彼らより年嵩の少年の手を引き、引きずるように連れてくる。

「おじさまがね、お茶にしようって。あっちでエスリンも待ってるよ」

 うわぁい、とさっきまで泣いていたはずの男の子がはしゃぐ。連れてこられた少年の手を、甘えるように握りしめた。

「的はお気に召したかい? 小さな弓使いさん達」
「とっても! ありがとう、シグルドにいさま」

 呆気にとられている四人に構わず、子供達は笑いさざめきながら植え込みの向こうに消える。ラナは咄嗟に手を伸ばしかけたが、果たせずに宙を泳いだだけであった。
「今、の……何?」
 至極もっともな、だが明確な答えなど得られない問いを、パティがぽつんと呟いた。ぎゅっと、レスターの腕を抱きしめる。レスターはファバルと顔を見合わせ、ラナはしばらく、植え込みの側に佇んでいた。
「夢……を、見ていたみたい」
 ラナはそう言い、他の三人の所へ戻ってきた。
 それと入れ違いに、レスターはパティの手を外し、的へと歩み寄った。ついてくるような格好で、ファバルが続く。
「……ああ、確かにかなり古い」
 徐々に視界が悪くなる中、レスターは的に触れ、具合を確かめた。
「変だと思ったんだ。弓兵のいないシアルフィに、何で練習場があるのかって」
 ファバルはレスターを見、空を仰いだ。
「この庭で、練習したりしたんだな」
 そう言ってから、ファバルはもう一度、レスターを見た。もはや表情を見分けることができなかった。
「さっきのさ、オレ達の会話みたいだったよな。矢があるのないのって」
「そう言えば、そうだな」
 何か――誰かが、見せてくれたのだろうか。かつてこの庭であった、幼い姉弟達の事を。まるで思い出すように、夢でも見るように。
「ここに、いたんだ」
 確認するかのように、ファバルは呟いていた。
「そして、きっと幸せだったんだよ」
 ぽん、とその肩を叩いてレスターが言う。多分、笑っているのだろうとファバルは思った。
「よしっと。そろそろ腹も減ったし、飯でも食いに行くかぁ」

「何だお前は?」
 そう言って立ちふさがった弓騎士を、何処かで見たように思った。バイゲリッターを率いるユングヴィの現当主、スコピオ。自分達にとっては従兄弟にあたる彼が、あのアンドレイの息子であると気がついたのは、それから間もなくだった。
 あの庭で。
 アンドレイと母達は幸せだったのだ。だが、何かが違った。母達はアンドレイを討ち、そして今、自分達は彼を倒そうとしている。
 感傷には浸らない、そんな余裕もない。しかし……そう、何が違ったのか考える必要はあるだろう。彼らの血で手を染め、これからも生きていく者として。

 あの庭の幻は、本当に優しいものだったから。


update:1999.09.21/written by Onino Misumi

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