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夏の門
The summer gate Eve


side:T

 明日は『夏の門』が開かれる。フリージのお城は、その準備で大忙しだった。『夏の門』というのは、立夏の日に開かれるお祭り。この日にトードが祀られるので、フリージで開かれるものが一番盛大。あちこちから見物に来る人もあって、収穫祭とどっちが賑やかだろう、という感じになる。
「ティニー様」
 はい、と返事をするのも、もう何度目かわからなくなってしまう。今日は何度も名前を呼ばれて、そしてそれと同じだけ、返事をしてきた。こう言っては悪いのだけれども、ちょっとうんざりしてしまう。
「警備兵の数が足りませんが、いかが致しましょう」
「そうですね……城の警備を向けましょう。それで足りなければ、セリス様にお願いしてヴァイスリッターをお借りしなくては」
「かしこまりました」
「ティニー様」
「はいっ!」
「こちらが祭りの日程でございます。お目をお通し下さいませ」
 受け取った書類に、封筒がひとつ、挟まっていた。預けていった人を呼び止めようとしたのだけれども、気づかずに行ってしまう。
 宛名は、わたしだった。誰だろう。真っ白の封筒は、少し目に痛い。流れるような文字は何処かで見たような気がするけれども……思い出せなかった。署名はない。代わりに、勿忘草色のインクで微かに『君へ』とだけ読みとれた。
 ――もしかして。
 わたしは逸る気持ちを抑えて、そっとペーパーナイフを手に取った。そろそろと刃を走らせる。中にあったのは一枚のカード。そこには見慣れた優しい字で、こう記されていた。
『会いに来たよ』
 羽ばたきが耳に届く。わたしは慌てて窓に張りついた。押し開けると、露台ぎりぎりの所に、一頭のペガサス。あの方が、何とか、という感じで降り立たれるところだった。
「セティ様!」
「あ」
 そう言って、セティ様は少しばつの悪いような顔をされた。
「もう少し格好良く迎えに来たかったのだけれども……久しぶりだね」
「……はい」
 セティ様は少し目を細められて、優しく微笑まれる。わたしは、どきどきする心臓を押さえるのに、握った手を押しつけるしかなくて、うつむいてしまった。
 聖戦から二年が経つ。あれから一度もお会いすることがなかったセティ様は、前よりもずっと、大人になられた感じがした。顔立ちも、背格好も、新緑を思わせる深い緑の瞳も……。
 そう言えばセティ様、どうしてフリージにいらっしゃるのかしら?
「さ、行くよ」
 え? とわたしは顔を上げた。セティ様は、わたしに向かって手を差し伸べている。
「あの……行くって、どちらにですか?」
「決まっているだろう。『夏の門』の宵祭りを見に、だよ」
 セティ様は露台から身を乗り出して、下に向かって何か合図をされた。さっきの天馬騎士がこちらへ飛んで来る。
「知りませんよ、セティ様」
「責任は私がとる。早く……見つかると厄介だ」
 そう言って、わたしを抱き上げてペガサスに乗せてしまう。ぽかんとしているわたしを乗せて、ペガサスは城壁の外へと降り立った。そこには一人の魔導士が待っていて、わたしを見ると軽く会釈をしてくれた。慌てて、会釈を返す。
 この方達、何処かで見たことがあるような気がするのだけれど……。
 天馬騎士は、わたしを下ろすとすぐに城に戻って、間もなくセティ様を連れて戻ってきた。どうやら天馬騎士も魔導士も、シレジアの人らしい。どちらも、微妙に色合いが違ったけれども、綺麗な緑の瞳と髪をしていた。
「ありがとう、フェミナ」
 セティ様は天馬騎士に向かってそう言うと、魔導士に向かって目配せられる。頷いた彼は、一着のフードを、わたしに差し出した。
「その銀髪は目立ってしまうからね」
 わたしは示されるままにそれを着て、フードを被った。セティ様が軽く頷く。
「アミッド、フェミナ、あとは自由にしてくれ。そうだな……七つの鐘が鳴る頃に、ここで」
 あ。
 アミッドさんとフェミナさんて、シレジアの――。
 つい、とセティ様の手が、わたしの肩を抱かれた。大きな手の感触に、心臓が跳ねる。
「何処を見て歩こうか?」
 どきどきしながら、わたしは足下に目を落とした。

side:S

 せっかくグランベルまで足を伸ばすのだから、とアミッド達を説き伏せただけの甲斐はあったように思う。事前の根回しも功を奏したことだし、と私はいささか浮ついた気持ちでいた。
 グランベルを公的に訪問するのには、それなりに訳があった。ひとつはシレジアとグランベルの正式な国交の樹立(今までは、私とセリス様との個人的な繋がりで成り立っていたのだ)。もうひとつは、今、私の隣にいるティニーのことだ。私は彼女をどうしても王妃に迎えたかったのだが、彼女は今、フリージの公爵閣下である。かなり復興が進んだとは言え、公領に公爵不在というのはいい形ではない。幸い、アミッドがフリージに行ってくれると言っているし、何とかティニーの退位を認めさせ、連れ帰りたいところだった。
 問題は。
 セリス様よりも、あの兄上の方だな……。
「随分と復興が進んだようだ。ティニーも頑張ったんだね」
 私がそう言うと、ティニーは嬉しそうな笑顔を見せた。
「はい。でも、わたし一人の力じゃありません。皆さんが……フリージに住むたくさんの人が協力してくださったから」
 君主としての器、とでも言うのだろうか。ティニーは素直に人の意見を受け止め、最善と思える方法を模索し、進んできたようだった。遠く離れても、彼女の動向は気に懸けている。大丈夫だと思ったからこそ、退位も求めているのだ。
 それにしても。
 この二年で、ティニーは本当に美しくなった。流れる銀紫の髪も、白磁の肌も変わりがないだけに、変わった所が一層目につく。唇は、あんなに赤かっただろうか。私を見上げる視線は、こんなにも切ないものだったろうか。
「セティ様」
 私を呼ぶ、この声も――。
「セティ様?」
 はっと、私は我に返った。ティニーが、訝しげに私を見つめている。
「どうかなさったのですか?」
「……ティニーに、見とれていた」
 ぱぱっと、ティニーの頬が赤く染まった。うん、この反応は変わりがない。何となく嬉しいような気がする。
「露店でも覗いてみようか」
 小さく頷くのを見てから、私は適当な露店を覗いてみた。祭りとなれば行商も集まってくる。様々な物品が並べられ、声高な客寄せが頭上を飛び交った。
「兄ちゃん、シレジア人かい?」
「ええ」
 軽く応じると、店の男は「遠くからようこそ」と、少しおどけた感じに言った。本人の人柄もあるだろうが、客に警戒心を抱かずに済むというのは、治安の高さを物語る。
「可愛いコを連れてるね。でもウチの公爵様も愛らしい方だよ。祭りにお見えになるそうだから、一度、見に行くといい」
 私とティニーは顔を見合わせた。普通の民というものは、公爵を間近でなど見ない。ティニーが当の公爵だとは、思いもしていないのだろう。私達は小さく笑いあった。
「どれ、そのコに似合うのは……こんなのはどうだい?」
 そう言って差し出されたのは、色水晶の細工物だった。葡萄を象った小さいものだ。なるほど、ティニーの瞳の色に似ているかも知れない。水晶だけに値段も安い。軽い気持ちで、私はそれをティニーに買い与えた。
「ありがとうございます、セティ様」
 極上の笑顔を向けられたことの方が、余程有り難い。
 胸の内に灯が点ったような暖かさを覚え、私は再び、ティニーの肩を抱いて歩き出した。華奢な肩は、私の腕にすっぽり収まってしまう。この双肩にフリージの全てがのしかかっているかと思うと、少々気の毒なようにも思う。
 シレジアとて、簡単に平定できた訳ではない。まして、この地はイシュタル公女の影響が強かった土地だ。『裏切り者』と称された彼女が、どれほど力を尽くして認められたか。それを思うと、胸が痛む。
「セティ様?」
 自然、力がこもっていたらしい。私はゆっくりとだが、手の力を抜いた。
「……何でもない。ああ、あれがトードの祭壇だね」
 露店が建ち並ぶ通りを抜けると、広場が開けた。ちょうど、城の正面に当たる。中央に大きな祭壇がしつらえられており、まだ、何人かが作業を続けていた。時折、大声で何かを連絡しあっている。今日明日という時間のないところだ。必死になっているのだろう。
「明日、わたしがあそこに立って、祭りの宣言をするんです」
 ティニーがいろいろと説明をしてくれるのを、私は感心しながら聞いていた。彼女はしっかりとフリージの公爵を務めている。アミッドにそれが務まるだろうか、などという、少し意地悪な考えが頭を掠めた。……もっとも、アミッドには頑張って貰わねばならないのだが(そうでなくては、ティニーを連れて帰ることなどできなくなる)。
 あらかた説明も終わると、ティニーが城下町を案内してくれると言い出した。トードの史跡などがいろいろと残っているらしい。史跡には興味があったが、戦中はゆっくり見る余裕などなかった。これもいい機会だと、私はその提案を受けた。ティニーが私を振り返りながら歩きだしたそこに、同じように振り返りつつ歩いていた人がぶつかる。
「あ、すみません」
「いいえ、こちらこそ」
 ティニーと同じように被ったフードから、さらりと銀の髪が零れる。私は思わず、あっと声を上げていた。ティニーも、目を丸くして相手を見つめている。
「まぁ……ティニーさんにセティ様、どうしてこんな所に?」

side:Y

「何処の世界に、余所の国の公爵攫ってく王がいるんだよっ!?」
 アーサーが怒りを露わにして怒鳴っている。わたしは身を小さくして、事の成り行きを見守るしかなかった。
 わたしとアーサーは、この秋に結婚することが決まった。アーサーはたった一人の身内であるティニーさんにその事を伝えようと、『夏の門』に合わせてフリージを訪れることにしていた。祭りに合わせたのは、わたしに見せてくれようという心遣いだったのだと思う。
 予定通りにお城に行ったならば、何故かティニーさんの姿はなく、お城の人に聞いても曖昧な返事ばかり。業を煮やしてしまったアーサーと二人、城下町の散策に出かけて……運良くと言おうか悪くと言おうか、ティニーさんとセティ様を見つけてしまったのだった。
「大体お前、公務でバーハラに行かなきゃならんのだろうが!」
「それはまぁ、そうなんだけれど……」
「『だけど』じゃないっ!」
 ばん、と卓を叩いて。
「アーサー、少し落ち着いて」
 見かねてそう言うと、アーサーはわたしを見て、深いため息をついた。
「……で、何しに来たんだ? セティ」
「何って?」
「このフリージまで、そっちのお付きまで連れて、何しに来たんだと訊いているんだよ」
「決まっているんじゃないか? 二年も恋人に会えなかったんだよ、私は」
 ……ふぅっと。
 シレジアの冷たい風が吹いたみたいだった。そう感じたのは、どうもわたしだけではないらしい。アミッド様もフェミナさんも、うそ寒そうに顔を見合わせている。
「オレ、前にも言ったな。お前に妹はやれないって」
「二年も経てば心境の変化というものは」
「あるかっ!」
 ……アーサーったら。
 ティニーさんが不安そうに見ているのにも、全然気づいてない。泣き出しそうよ。気づいてあげないとダメじゃない、アーサー。
 わたしが心から祈っても、気づく気配さえない。セティ様はアーサーが怒るのを半ば楽しんでいるみたいだし、こっちもあてになりそうにない。
「ティニーさん」
 恐る恐る、わたしは声をかけてみた。泣き出さないでくれるように祈りながら。
「お話、まだ続くみたいだから、少し向こうに行きませんか?」
 わたしはアミッド様とフェミナさんに会釈をしてから、ティニーさんをその場から連れだした。二人ともしっかりした人だから、きっと折を見て二人を止めてくれると思う。もしダメだったら……その時は、後で考えよう。
「アーサーも、本当はわかっていると思うの。でも、きっと素直になれないのよ」
 わたしがそう言うと、ティニーさんはひっそりと笑った。
「ありがとう、ユリアさん……ううん、お義姉様とお呼びすべき?」
 わたしは、目を瞬かせてティニーさんを見た。
「アーサーから?」
「いいえ。でも、お二人でいらっしゃると聞いていたから、もしかしたら、と思って」
 そっとわたしの手を取って、にこりと笑う。
「おめでとうと言わせてもらえるんですよね?」
「ありがとう、ティニーさん」
 小さく笑いあってから、わたしは今出てきた扉を見遣った。
「セティ様とは親友だし……照れているだけだと思うの。だからきっと」
 ティニーさんは少し困ったみたいな笑顔を浮かべた。
 アーサーからは、はっきりくっきりとした印象を受けるのだけれども、ティニーさんからは曖昧な、柔らかな感じを受ける。似ていると言えるかも知れないし、似ていないとも言えるかも知れない。
「わたし……兄様にも祝福してほしいのに」
「大丈夫、きっと祝福してくれるわ」
 わたしが力いっぱい言うと、ティニーさんは、ふわっと花が開くように笑った。女のわたしでも、可愛いと思った。
「ユリアさんがそう言ってくれると、何だか元気が出ます」
 ……アーサーも、少しはティニーさんの気持ちを察してあげたらいいのに。
「ね、ユリアさん」
 小首を傾げるようにして、わたしを見つめて。
「今夜、よろしかったらわたしの部屋に泊まりませんか? 夜通し、お話ししましょうよ」
「まぁ」
 くすくす笑い合うわたし達の後ろからは、まだアーサーの怒鳴り声とセティ様の静かな声が、交互に聞こえていた。

side:A

「アーサー」
 寝入りばなだったオレは、かなり不機嫌に扉を開けた。『にっこり』としか表現しようのない笑みをたたえて、シレジアの若き国王が立っている。
「入れてくれる?」
「……勝手にしろ」
「ありがとう」
 蝋燭に火をつける。セティの目と髪が、不思議な色合いに染まった。
「ケンカの続きか?」
「そうじゃないよ」
 言って、セティは寝台に腰掛ける。オレは椅子に跨るように座ると、背凭れに組んだ腕を乗せ、セティを見遣った。
「じゃ何? オレ、眠いんだけど」
 セティは少し目を伏せただけで、何も言わない。オレは壁と天井の境を睨んで、同じように口を閉ざした。ケンカしたりないというのであれば相手のしようというものもあるが、黙り込まれると手の出しようがない。鼻でわざとらしいため息をついたが、さしたる反応はなかった。
 どさ、と。
 不意に、セティの体が傾いだ。寝台の上に横になる。
「……どうしても駄目かな」
 オレはセティを見た。言い様のない色の瞳が、じっとオレを見ていた。何となく、目を逸らす。
「ぼくには託せない?」
「国と両天秤かけるような奴にはな」
「根に持ってるし」
 低い笑いが空気を震わせ、すぐにため息に変わった。
「二年って、短いようで長いね」
 特に返答せずにいると、セティはそのまま続けた。
「ティニー程じゃないけれども、それなりに苦労しながらさ、やってみたよ。国王は大変だけれど……民が笑ってくれるのが、いいなと思った。苦労した甲斐があるなと。
 守りたいものが増えると臆病になるって言うけれど、あれは嘘だとも思ったな。少なくとも、ぼくは……国も民も守りたいと思った。その為に、もっと強くなりたいと思ったし、少しはなったと思う。だから……」
 だんだんと不明瞭になる声に、オレはもう一度、セティを見た。セティは両目を閉ざして、微睡んでいるようだった。
「……ティニーも守れると思う、よ……だって、その為に、強く……」
 オレは椅子から立ち上がった。
「セティ?」
 反応がない。静かな、気をつけていなければ止まっていると誤解しそうなほどの呼吸音が、聞こえた。
「眠ったのか?」
 無理もないかも知れない。シレジアからフリージまでは、海を越えればすぐと言っても結構な距離だ。疲れていたんだろう。
「……仕方ないな」
 少し姿勢を直してやって、掛布をかける。
 ――二年、か。
「解るのに二年もかかったのかよ、セティ」
 賢者の名が泣くんじゃないか?
 オレは、両天秤かけるような奴にはやれないって言ったんだ。国を選べとも、ティニーを選べとも言っていない。どっちかを選ぶようならば、無責任と一言言って、絶対に認めなかっただろう。
 両方守れるくらいの甲斐性がなければ、大事な妹を渡せない。
「……取り敢えず、及第点はくれてやるよ」
 どうせ聞こえちゃいないだろうけど。
 ――さて。
 オレは今夜、何処で寝たらいいんだろう?


 フリージ公爵が代替わりしたのは、それから一年程後のこと。
 グランベルとシレジアは、血の縁で結ばれることになる。


update:1999.10.02/written by Onino Misumi

Background:Studio Blue Moon

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