TOP > Site map > 記念企画 / FE聖戦の系譜【企画】

汝、再びの地に
bear thy light


「強い剣士がいました」
 戻って来た騎士は、まだ子供っぽさの残る頬を上気させていた。歳に合わない落ち着きを身につけようとしている彼には、珍しい事だった。

 エバンスでの、何とは無い平和な時間での話だ。城主たるシグルド公子が結婚し、事態としては不安定この上ない時期であったにも関わらず、城内は奇妙に思えるほど、平和で穏やかだった。
 そんな中で私は、どうにも落ち着かない日々を送っていた。シグルド公子は信用できる人間だと思ってはいたし、キュアン王子の口添えもあって、私の立場が危ういものになる事はなかったのだが、如何せん、ここは敵国グランベル。落ち着けと言う方が無理かも知れなかった。
 剣の腕が落ちる事も、心配を掻き立てる要因のひとつだった。私の相手が出来るのは、シグルド公子だけだったのだ。彼の軍を示し、一国の騎士にしては惰弱すぎる、と言う私に、シグルド公子は苦笑してこう言った。
「イザークの剣技は、速さが主体だからね。慣れるのに時間がかかるのだと思う」
 かく言うシグルド公子が私の剣を受けられるのは、継承者という、何にも変えがたい資質が多分にあるのだと、本人は言う。私は、それだけではないような気がしているのだが。
 ともあれ、一人だけを相手にしていては癖がつく。シグルド公子は申し分ない使い手であるのだが、公子の癖に対応する『癖』が、遠からず私についてしまうだろう。それは憂うべき事態だった。そしてそれは騎士達も抱く不安であったらしく、やがて闘技場へ行く事が流行り始めた。
 一番年若い彼が闘技場に足を踏み入れたのは、その流れであったのだろう。そこまでならば、私には関係の無い話だった。せいぜい、では行ってみようか、と思う程度で済んだ筈だ。それで済まなかったのは、彼が、敢えて私に話しかけたからだった。
「イザークの剣でした」
 たった一言。
 この場合、剣とは物としての『剣』ではない。技としてのものだ。私はしばし、彼が気まずさで目を逸らすほど、彼を凝視した。
 あのような戦乱の中だ。流れる民がいるのは当然であるし、剣に優れているとされるイザークの民だ。闘技場で生計を立てるのは、ありえない話ではない。だが、それが今の時期のアグストリア、それもエバンスでとなると、多い話ではないような気がする。少なくとも私は、その奇遇さに心を惹かれた。
 闘技場で一番の使い手なのだと、かの騎士は言う。普段は口数の多い方ではない見習い騎士の言葉は、シグルド公子の興味も惹いたようだった。
 ――会ってみたい。どんな男なのだろう。

 そんな事のあった翌日。日常の些末な事を片付けた後の、日が傾き始めた時間だった。修練場に向かっていた私は、シグルド公子に呼び止められた。
「シグルドっ」
 シャナンが私の手を振り切って駆け出す。
「シグルドもこれから稽古? アイラとやるの?」
 シャナンは酷くシグルド公子に懐いており、この時も一生懸命に彼に語りかけていた。シグルド公子もシャナンに目をかけてくれ、いちいち真面目に対応する。私はいつしか、それを微笑ましい気持ちで眺めていたものなのだが。
 この時の私の視線は、シグルド公子の後ろに集中していた。見慣れない男がいた。金髪に青い瞳――アグストリアに多い風貌。私を見る目に、何だろう、僅かな驚き(あるいは狼狽?)があった。
「シグルド、この人は?」
 シャナンがその男を見上げる。ああ、とシグルド公子は屈め気味の背を起こした。
「紹介するよ、ホリンだ。今日からこの軍に加わる」
 私は直感した。この男が、昨日語られた『剣士』なのだと。どういう経緯でここに来たかは判らないが、闘技場で剣を振るうことを止め、おそらくはシグルド公子に剣を捧げたのだ。
「ホリン、こっちはアイラとシャナン。イザークから来たんだ」
 過不足無い短い紹介。聞く者が聞けば、私達が王族であると知れるだろう。だが、その男は別段、表情を揺らすでもなかった。むしろ、私を見たあの瞬間こそが驚きの頂点であったようで、今は静かな事この上ない。
「アイラ、ホリンは腕のいい剣士だよ。きっと君の稽古になると思う」
 ここまでの賞賛を、実は聞いたことが無い。シグルド公子は甘いと思えるほど温和な人物だったが、剣に関しては厳しい人であったから。
「……期待はしていない」
 ここでそう応えてしまうところが、私の可愛くない部分であっただろう。シグルド公子は苦笑し、かの男は無言無表情を通していた。
「まぁ、一度手合わせをしてみるのもいいだろう? これからかい?」
 ちょうど修練をするつもりではあった。私は公子の勧めのとおり、その男と剣を合わせ――信じ難い事に、一本取られてしまったのである。……私の自尊心を打ち砕くには充分だった。

 私が負けた、という話は、あっという間に城内に広まった。その一事だけで宴席は盛り上がったらしい。……歓迎の宴など設けている辺り、かなり平和ボケしていたと言えるだろう。
 しかし不思議な事に、彼に師事を請う者はなかった――二人を除いて。件の見習騎士とシャナンが、彼に師事を願ったのだと、人伝に聞いた。
「どうして習おうと思ったの?」
 私の問いに、シャナンは唇を尖らせ、だって、と言った。
「アイラより強くなるんなら、アイラに習っちゃ駄目じゃないか」
 見習い騎士の方は、どう思って師事を請うたものやら。案外、シャナンと似たような心境だったのかも知れない。
 私は、あの男が他人に剣を教えるとは、何故か思えなかった。だが予想に反し、彼は剣を教え始めたのだ。

 私はシャナンに、イザークの剣を教えたかった。だからシグルド公子にも他の騎士達にも、シャナンに剣を教えぬように言ってあった。純然たるイザークの剣を受け継げるように。シャナンはいずれ王になる。それだけが私の希望であったのだから。
 そういうつもりであったのだから、本来なら、ホリンの行動は迷惑以外の何ものでもなかっただろう。
 風貌はアグストリアの民そのままでありながら、剣も動きも、イザークのもの。それだけでも、ホリンという男は変わっている。その上、おそらく私にしか解らなかったであろう。彼の剣は非常に洗練されたオードの剣。即ち、独学や市井で身につけられる類のものではなかったのだ。
 これでイザークの民の風貌であれば、流れてきた豪族の子弟と思っただろう。だが、外見が全ての予想を裏切る。イザークにも金髪の民は皆無ではなく青い瞳の者もいたが、その両方を兼ね備える者は極めて少ない。宝玉の青は、アグストリア特有のものだ。
 あの、冴えた宝玉の青。
 冷たいイザークの空気を思い出させる、あの青。
「何か用か」
 思わずびくりとしてしまったのは、気づかれているとは思わなかったから。一心不乱に剣を磨いていたと思った男は、その手を止めないまま、視線さえもこちらには向けていない。
「いや……」
 気まずい沈黙が流れる。いや、気まずいと思うこと自体、おかしいのだろうか。私とこの男は、そもそも言葉を交わすような間柄でさえないものを。
「シャナンに、どうして剣を教えた?」
 そこで初めて、彼は振り返った。磨かれた剣が、きらりと光る。
「強くなりたいと思うのなら、構わないと思った」
「あれはまだ子供だ」
「欲する事に歳など関係ない」
 それに対するだけの言葉が無い。黙り込んだ私を、あの冷たい青が見つめている。
「フィンもシャナンも、同じだ。強くしてやれるだけの力が俺にあるなら手を貸す」
 ……何だろう。
 私は、何とも言い難い気持ちになった。私は片肘を張っていただろうか。私は自分の剣は、イザークの為、シャナンの為だけのものだと思っていた。力だけでも貸そうなどと、思った事はなかった。
 ――違う。
 違うと思った。けれど、何が違うのか。
 シグルド公子に会った時も、何かが違うと思った。あれとはまた、少し違う。
 再び剣を磨き始めた男を、私は見下ろし続けていた。時折、剣の照り返しが入り、宝玉をいっそう冴えた色味に輝かせた。

 シグルド公子の予想を裏切り(そして大半の予想通り)、アグストリアの反グランベル勢力が動き出した。ホリンが軍に加わって、間もない頃だ。
 シグルド公子の、そしてキュアン王子の友人が治めるノディオンが危ないのだと、軍は騎兵を中心にした迅速な行動を求められた。
 私はシグルド公子に勧められ、シャナンを同行させていた。騎兵が前線を維持する形であったため、歩兵は殆ど戦いに参加する事が無いであろうとの判断からだった。
 ノディオンを越えハイラインを陥とすまで、私は前線の様子を全くと言っていいほど知らずに過ごした。情報が錯綜していたと言うのもあったが、前線との距離があまりに離れ、軍の間でさえ連絡が滞ったからだった。
 当然ながら野営ばかりが続いたのだが、シャナンは元気が良かった。同じく同行していたディアドラと話をしたり、私やホリンから剣を学んだり、年若い騎士達に遊んでもらったりと、不謹慎なほどに楽しそうだった。シャナンにとって不満があるとすれば、仲良くなりかけていたかの見習い騎士がノディオンに据え置かれ、別行動になってしまった事くらいだったろう。私自身も、シャナンと少しでも長くいられるのは有り難かった。
 ハイラインを越える辺りには、進軍速度も緩やかになり、軍はまた一つのまとまりとして動くよう整えられてきた。私はシャナンを一旦ハイライン城に置き、前線へと戻る事になった。
「貴女がいないと大変なのよ。来てくれて助かるわ」
 苦笑混じりにエスリン王子妃に言われた時には、周りの騎士が渋面を浮かべた。こう言っては自惚れに聞こえるかも知れないが、私は軍の主力として欠く事のできない地位を、確立しつつあるようだった。
 そして非常に今更だが、私はホリンが前線に立つのを、初めて見る事になった。

 息を切らせる私と背中合わせに、あの男がいる。こちらは全く普通どおりであるのが、妙に面憎い。
 戦況はどうなっているのだろう。
 前線は維持されている筈だし、ハイラインには守備兵もいる。シャナンに危険が迫るとは思わなかったが、こうも乱戦になると、自分のいる場所さえ掴めず不安になる。相手はアンフォニーの傭兵部隊。シグルド公子が負けるとは思わないのだが。
「来るぞ」
 低い声に、はっとする。睨み合っていた騎兵が切り込んで来るのが見えた。ぶつかり合う音は、最初、後ろから。
 完全に背中を預けて戦うのは、これが初めてだった。私はいつも一人だった。誰の力もあてにはしなかった。
 なのに。
 気がつけばこの戦い、ずっとホリンが後ろにいたように思う。同じ歩兵であり、同じ剣士だ。配置も一緒であるために当然と言えたかも知れないが、それとは別に。
 彼の力量は抜きん出ており、倒れるなど想像もできない事だった。だから気遣いなど無用だった。彼はそれを、行動をもって示し続けている。前だけを見ていろ、と。
 あれから後も、私と彼はまともに会話することがなかった。シャナンが語る『ホリン』だけが、私の知っている彼だった。それは以前と変わりがない。
 ただ、共に戦うだけ。互いに背を預けて戦うだけ。それだけが、私と彼の間にある全てだった。
 会話だけなら、シグルド公子との方が余程多い。一緒にいる時間だけなら、エスリン王子妃やエーディン公女が多い。にも関わらず、私はずっと前から、彼を知っているような気がしてならなかった。誰より――ともすればシャナンよりも――近いような気さえした。
 ただ、共に戦っただけ。それも、たった一度の会戦。
「剣に生きる者は剣で語る」
 かつて兄の言った言葉だ。それが妙に思い出されてならず、私はホリンの『語る言葉』に、耳を傾けているような気になった。
 青い燐光を放つ剣。
 私はそこに、兄を見たのかも知れない。見慣れない筈の、その剣技の中に。だからこんなにも、思い出されたのかも知れない。

 アンフォニーとの戦いの後。
 シャナンを介し、私達は少しずつ、会話をするようになった。元々が同じ剣士。会話といっても剣のことに終始し、彼はいつも口数少なくあったのだが。
 そんな中で、私もシャナンやフィンと同様、彼と稽古を始めた。
「シグルド公子の癖がうつっている」
 淡々とホリンに言われ、思うところがあったのだ。

 太刀筋が変わったね、と。
 シグルド公子が笑って言った。アグスティを陥とし、再び訪れた束の間の平和。
 私の、何が変わったのだろう。

 弾かれた剣が、陽光を受けて煌めく。私はそれを、呆然と見上げた。乾いた、そして意外に軽い音を立てて、剣が転がる。
 息を切らせた騎士が、目の前にいる。彼は最初、信じられないという顔で私を見、次いでホリンを見て破顔した。
「すごぉい!」
 はしゃいだ声で、シャナンが彼に抱きつく。それでもまだ、私は呆けたままでいた。
「強くなったね、フィン」
「……ホリン殿の指導が良かったんですよ」
 そう賞されたホリンはと言えば、微かな笑みでそれに応えていた。私はようよう立ち上がると、剣を拾い上げた。
「怪我は」
「ない。大丈夫だ」
 ……手が、少し痺れていた。
 信じられない、という思いが払拭できない。フィンは騎士だが、槍を主体とする訓練を受けているランスリッターだ。剣を主体としているシグルド公子の騎士達とは違う。その彼に、この私が剣で負けるなどと。
「貸せ」
 不意に手を引かれ、私は我に返った。ホリンが手際よく、私の手首を固定していく。
「無理をするな」
 出かけた文句は、喉元で止まった。痛めたかも、という思いは、確かにあった。
「すみません」
 フィンが恐縮する。必要ない、と何故か異口同音の返答。私とホリンは、一瞬、目を見合わせてしまった。
「しかし、痛めたのであれば――」
「私が未熟なだけだ」
 そういう言い方で、私は彼に、それ以上の言葉を許さなかった。
「アイラ、大丈夫?」
 シャナンに対しては、ホリンが答えた。
「ああ、明日には痛みも引くだろう。だが、今日は無理だな」
「えーっ? ぼくもアイラに見てほしかったのに」
「俺が相手をしよう。不服か」
 シャナンは、首が回ってしまうかと思うほど、頭を振った。
「全然! ホリンが見てくれるなら、いいよ」
 それはそれで、私を複雑な気持ちにさせたのだが。
「……アイラ」
 怪訝そうな、シャナンの瞳。
「どうかした?」
「え?」
「今、笑ったよ」
 ――私の。
 一体、私の何が変わったのだろう。

 いつでも守ってやれるとは限らない、と。
 その言葉に、私は反発を覚えた。守られてばかりではない、誰が守ってくれと頼んだのだ、と瞬時に思った。
 美しい曲線を描く、稀に見る名剣――勇者の剣。
 反発しながらも受け取ったのは、何故だろう。剣の美しさばかりではない。それだけではなかったのは、確かなのに。
 私は、自分が解らなくなってきた。
「綺麗な剣だね」
 寝台に腰掛け足をぶらつかせながら、興味津々の体でこちらを見る。私は剣を収め、シャナンに渡した。
「見ていいの?」
「いいから渡したの」
 シャナンは目を輝かせ、剣を抜き放った。
「……持ちやすいね」
 長さといい重さといい絶妙であり、名工の手によるものであるのは明らかだった。しっくりとくる重さ、振った時の、言いようの無い感触。……これを手放したホリンの気が、私には知れない。
 ――何故? 何故、私に?
 すい、と剣が目の前に滑る。自失していた私は、慌てて身を引いてしまった。
「危ないじゃない」
「ごめんっ! でも、あんまり綺麗だから振ってみたくて……びっくりさせたなら、ごめん」
 私はため息をついて――目を留めた。
「シャナン」
「ごっごめんなさいっ! すぐしまうね」
「違うの。……動かないで」
 手入れをしている時には気がつかなかった。反射の具合だろうか。刀身に文字が見える。
「『汝が――』」
 私は、息を止めた。
「アイラ? アイラ、どうしたの?」
 何でもない、とだけ言って、私はシャナンから剣を受け取った。半ば、奪うほどに強引に。
「ホリンの所に行ってくる……ここで待っていて」

――汝が血、再び彼の地に戻らん――

 この剣に記された言葉にどんな意味があるのか、私には判らない。判りようもない。だが。
 彼の地――私のイザーク。
 この言葉を、ホリンは知っていたのだろうか。知っていた上で、私に渡したのだろうか。
 ……ホリンは、修練場にいた。何をするでもない、静かにただ、立ち尽くしていた。私は声をかけようとし、その静謐さに果たすことができず、しばしその姿を見つめた。
 月のような男だと思う。見た目ではない。振り返ればそこにいる。気がつけば見守っていてくれる。他人を導き教える様。ああやって、静かに佇む様も。
 兄は星だった。煌めき輝き、人々の畏敬を受ける星。民の希望でありつづける光。それはどこか、シグルド公子にも通じるものだ。あの人もまた、人々の希望を集める何かがある。
 ホリンの光は、それとは違った。自ら輝くのではない、自らの為に輝くのではない光。導き照らす為の光。見守る為の光。……そんな気がする。
 不意に、ホリンがこちらを見た。私も驚いたが、彼もまた、驚いたようだった。
「……修練か」
 言葉を発する刹那、ホリンの表情が和らいだ。それはシャナンを褒める時や、フィンが私に勝った時に浮かべた表情に似ていた。
「いや、そうじゃない……」
 そうは言ったものの、私は続けるべき言葉が浮かばず、黙り込んだ。ホリンはひとつ瞬き、私の、次の言葉を待っている。
「この剣のことなんだが」
 やっとのことでそう言うと、ホリンは常のように、淡々とした口調で
「気に入らなかったか」
「そうじゃない」
 私は間髪入れずに答えた。ホリンの表情は動かなかったが、では何だ、という空気に支配される。
「この剣の事を訊きたい」
 はっきりとした、訝る表情。常の私なら、剣の出所など気にかけはしない。良い剣である事がすべてだ。それを、ホリンはわかっていたのだろう。それだけに、私の問いが不思議だったに違いない。
「字が書かれているのを知っていたか?」
 浮かべられた表情から、私は彼が、気づかぬままに渡したのだと知った。
「何と?」
「『汝が血、再び彼の地に戻らん』」
 そう言った時のホリンの表情は、何と言ったらいいのだろう、失笑を堪えるような、そんな表情だった。
「ホリン?」
「……そう書いてあったのか」
「ああ、反射の具合で見えたんだ。普通に刻んだものではないようだったが」
「そうか」
 ホリンは一呼吸、天井を仰いだ。何か、もっと遠くを見る眼だった。
「妹が、一人いる」
 私はその時になって、初めて気がついた。ホリンは、自分の事を話さない。何処の生まれで、何処で育ち、どうやってその剣技を身につけたのか、一言も語らなかった。必然、家族の事も。
「昔から不思議なところのある妹だった。二度と戻らぬ覚悟で国を出る時、あいつは俺に向かってこう言った。『貴方の血は、必ず帰って来る』と。その妹が餞別にと寄越したのが、その剣だ」
「そんな大事な物を」
「そうするべきだと思ったから、そうしたまでだ」
「……何故?」
 自嘲するような笑みが浮かぶ。
「俺は、イザークの出なんだ」
 それは、私が何度も思った事の、答えだった。
「王家への忠義を思ったわけじゃない。だが、ここでお前に会ったのも何かの縁だと思った。それだけだ」
 そう言われた時の気持ちを、何と言ったらいいのだろう。
 私は、ずっと疑問に思っていたことに答えが得られてほっとしたのと同時に、何処かで酷く落胆した。
 ……何を期待したのだろう。どんな言葉が欲しかったのだろう。

 漠然とした気持ちがはっきりと輪郭を取るまで、時間がかかった方なのかどうなのか、私には判断できない。ただ言えるのは、その言葉を知らないほど、私は子供ではなかったということ。
 ――惹かれているのだと、思った。
 肩を並べ、背を預け、戦えば戦うほど、私は彼に惹かれるのを感じた。包み、守ってくれる気配。それは煩いものではなく、私が本当に必要な時にだけ差し伸べられるものだった。ひとつ不満があるとすれば、それが私に対してだけではなく、シャナンにも、フィンにも向けられる事があったというくらいだろう。特別ではないのだと思い知らされているようで、切なかった。
「アイラは、ホリンが好き?」
 アグストリアからシレジアへと落ち延び、不安に苛まれる毎日。むず痒いほど静かな日々の中で、シャナンがそう尋ねてきた。
「どうして?」
「訊いたのはぼくだよ。ホリンのこと好き? 結婚したいと思う?」
 私は笑って、シャナンの頭を撫でた。ジャムカ王子とエーディン公女の婚礼が近づいていた。彼女と年近い私も、とでも思ったのだろう。それが不安からなのか期待からなのかは、判らなかったけれども。
「シャナンが立派な剣士になるまで、私は結婚しないから」
「えーっ?」
 不満げな返答から、質問が期待によるものだと知れる。私はシャナンを抱きしめた。国を落ちてから数年、シャナンは随分大きくなっていた。
「シャナンの次に好きよ」
 笑いながら言うと、シャナンはむずがるようにもがきながら、
「ぼくはアイラと結婚しないってば!」
 と喚いた。私はますます笑いながら、いっそう強く、シャナンを抱きしめた。
 ……笑い話で、済む筈だったのだ。
 その後の事はあまりにあまりで、私が詳しく語る事ではないような気がする。私はシャナン達に……その、何と言うか、『はめられて』婚礼衣装を着せられ、ホリンと式を上げるよう仕立てられてしまったのだ。エーディン公女達と同じ、その日に。
 私と同様に正装させられ連れて来られたホリンは、今更卑怯だが、と前置きして、こう言った。
「俺だけの光であって欲しい」
 それは、私が思ったのと同じだった。彼に対して、何度も思った言葉だった。胸が痛くて、喉の奥が熱くて、涙が零れてきそうだった。
「……本当に、今更だ」
「ああ」
「いつから、そう思っていたんだ?」
「初めて会った時から」
 淀みのない答え。私は、その冷たい青を、思い切り睨みつけた。
「バカ」
 それに対する答えは、深いため息。
「……返事は? アイラ」
 私は瞬いて、彼を見つめた。
「え?」
「まだ返事を貰っていない」
 憮然とした口調と面持ちで。
 私は泣いたらいいのか笑ったらいいのか、判らなくなった。

 それからの時間は、充分に幸せだったと思う。私達は間もなく子宝に恵まれて、二人の子を産み落とした。男女の双子で、私に似た黒髪と、私達のを混ぜ合わせたような濃紺の瞳を持っていた。
「二人の子供なら、さぞ強い剣士になるな」
 シグルド公子が我が事のように喜んでくれたのが、嬉しかった。本来なら、憎み合って然るべき敵国の人間同士。それがこうやって笑い合えるというのが、不思議で……嬉しかった。
 国を追われて、私はささくれた心で生きていた。シャナンの為だけに、イザークの為だけに生きようと心に決めていた。けれど、今は違う。愛した男の為に、愛しい我が子の為にも、生き延びていたいと思う。
 この乱世で、贅沢な望みだろうか。私はそうは思わない。幸せに生きていたいと思うのは、生きていく上での自然な気持ちだ。それさえも奪われるような世界は、何処かが間違っていると思う。

 子供達をシャナンとオイフェの手に預けたその時、ホリンは、私も一緒に行くようにと言った。私はそれを固辞し、代わりにと、勇者の剣を共に預けた。
「帰る時は、二人一緒」
 そう言うと、ホリンは困ったような顔をし、薄く苦笑した。
「強情だな」
「それがなくなったら、私じゃない」
「……そうだな」
 遠ざかる子供達を見送りながら、私はふと、あの剣に記された言葉を思い出した。
 ――汝が血、再び彼の地に戻らん――
 きっとあの子達は、無事にイザークへ着くだろう。根拠もなく、だが確信めいた何かと共に、私は思った。私とホリンの血は、きっと彼の地へ戻る。あの剣は、その証なのだ。
「戦いが終わったら、ホリンの妹に会ってみたいな」
 ホリンはきょとんとし、次いで、思い切った風に口を開いた。
「話していない、事がある」
 問いかける視線に促されて、彼はゆっくりと話し始めた。私達の出会いが、ずっとずっと以前であった事を。


update:2000.11.14/written by Onino Misumi

Background:Studio Blue Moon

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