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心よりの言葉
heart to heart


 明け方だった。空は夜明けの暗さを消し、けれどまだ色を取り戻さずに、どこか白っぽいままで広がっている。そんな時間だった。
 ちょっといいかな、と。
 優しい声音は、人を包む何かがある。決して強くは言わない。頼む形でしか、言わない。
「はい」
「ありがとう」
 ひょい、と隣に座る。未だに、ちょっととは言え緊張してしまうのは、この人が解放軍の盟主だから……だけでもないような気がしている。
「随分、早いね。見張り?」
「はい」
「……さすがに、少し寒いかな」
「はい……」
 風は確かに冷たかったけれど、故郷のシレジアに比べれば、耐えられないものじゃなかった。それに、セリス様が隣にいると思うだけで、顔が火照るような気さえする。本当は、寒いなんて少しも思わない。
 セリス様は。
 ずっとわたしの憧れだった。

 小さい頃は、お父さんが大好きだった……ような気がする。正直なところ、わたしはお父さんの事は、よく覚えていない。十歳くらいまで、出かけがちではあったけれど一緒に住んでいた筈なのに、思い出そうとしても出てこない。曖昧な輪郭は、捕まえようとすればするほどぼやけていって、どんどん見えなくしてしまう。
 帰って来なくなったお父さんを、お母さんは決して悪く言わなかった。誰が何を言っても耳を貸さないで、変わらない表情で待ちつづけた。そんなお母さんに、わたしは訊けなかった。……お父さんの影は、ますます遠くなった。
 替わりに、毎日のように聞いたのが、シグルド様のお話だった。美しいディアドラ様との恋のお話や、戦いの事、シグルド様がどれだけ強くて優しい方だったか。そのお話は、お伽話と一緒で何処か遠くて……けれど、ある時お兄ちゃんが教えてくれた。そのシグルド様と一緒に戦ったのが、お父さんであり、お母さんなんだと。どきどきして眠れなかった。
 ……お父さんを探しにお兄ちゃんまでいなくなって、挙句お母さんが亡くなってしまうと、わたしはトーヴェを出ることに決めた。姫様まで、と皆が止めた。
「せめてカリンが戻るまでは」
 と言うのだけれど、わたしは、じっと待っているのは嫌だった。
 国境を目指した旅の途中で、わたしはびっくりする話を聞いた。シグルド様のご子息が、打倒帝国を掲げて挙兵したと言うのだ。
 あの時と同じに、胸がどきどきした。
 お伽話の先が、わたしの目の前に広がろうとしている。
 ――行きたい。会ってみたい。
 走っていく気持ちそのままに出会ったセリス様は、思ったよりずっと線が細くて優しげで、そして、とても強い光を秘めた人だった。よく通る声を聞くと、奮い立つ気持ちにさせられた。ふとした拍子に微笑まれると、嬉しくて、もっともっとお役に立ちたいと思った。
 側にいるだけで、どきどきする。
 あの時以上に、胸の奥が踊る。

「さっきから、『はい』ばっかりだね」
 くす、とセリス様が笑う。わたしはいっそう、頬が熱くなるのを感じた。
「……すみません」
「いや、別に咎めたわけじゃないんだけどさ」
 それきり、セリス様は黙ってしまった。わたしは、何か話さなくちゃいけない気はしたのだけれども、何を話していいか判らなくて、同じように黙り込んでしまった。
 風の音が、妙に大きく聞こえる。
 お兄ちゃんなら風の声を聞くことができるけれど、わたしは何となくしか解らない。今朝の風は……少し寂しくて、少し悲しくて……ちょっと怒ってるみたい。
「……昨日、さ」
 風の音がセリス様の声をかき消す。
「え?」
「昨日、君のお兄さんに会ったんだ」
 お兄ちゃんは、ここマンスターで、勇者なんて呼ばれていた。帝国の圧政と戦い、トラキアの侵攻を食い止め、お兄ちゃんらしくちょっと不器用に、けれど一生懸命に頑張っていたらしい。解放軍がここに到着した時、お兄ちゃんは一緒に戦ってくれると約束してくれた。お母さんの死に目に会えなかった事を、とても悲しんでいた……。
「それで、聞いたんだ」
「何を、ですか?」
「君が……君達がレヴィンの子供だって」
 ひときわ強い風が、塊みたいに押し寄せた。
「知らなかったとは言え、悪い事をしたと思ってる」
 セリス様の声は、いつもと違っていた。重く沈んで、本当にすまなそうで。わたしは、セリス様がそのまま泣いてしまうのではないかとさえ思った。
「セリス様が悪いんじゃありません」
「でも、レヴィンがシレジアに戻らなくなったのは、私が原因なんだ」
 思いもかけない言葉だった。
「セリス様が……?」
 深い青が翳る。そんな顔をされると、わたしも切なくなってしまう。
「レヴィンは、今までずっと、私の為に骨を折ってくれた。イザークだけではなくて、レンスターやトラキア、グランベルにまで足を運んでくれたんだ」
「でも、それはセリス様の所為とは違います」
「違わないよ」
「違います! それは帝国を討つ為の……」
 言って、わたしは何かに打たれた気分になった。
『私には妻も子もない』
 お父さんがそう言ったのだと、お兄ちゃんは話してくれた。お母さんの死を聞いても、涙ひとつ見せなかった、と。なんて薄情な人だろうと、その時は思ったのだけれども。
 もしかしたら、お父さんは……それだけの覚悟をしろ、と言いたかったんだろうか。親や子だけじゃなくて、もっと大きな、この世界全体を救う為にしなくてはならない事があるんだ、って。
「フィー?」
 再び黙り込んだわたしを、セリス様が怪訝そうに見る。
「セリス様」
 わたしは顔を上げ、その海の青を見つめた。
「わたし、こう思うんです。父はセリス様の為だけに動いていたんじゃない、世界を救う為だったって」
 セリス様は、黙ってわたしの話を聞いている。
「今、世界中のみんなが、苦しんでいるじゃないですか。これを救えるのは、セリス様だけなんです。だから父は、セリス様の側にいたんだと思います。それを悪く思うのは、おかしいです」
「おかしい、かな」
「はいっ!」
 わたしは力いっぱい頷いた。
「父がいて、セリス様は迷惑でしたか?」
「そんな事はないよ!」
 不意に声を荒げられ、わたしはびっくりしてしまった。
「レヴィンがいてくれて、私はとても助けられた。レヴィンがいなかったなら、今、こうして軍を進めることなんて、できなかったと思う」
「なら」
 わたしは声を強めた。
「わたしは、そういう父を誇りに思います。セリス様が悪く思われる事なんて、何もないんです」
 セリス様は、じっとわたしを見つめていた。表情を崩して、俯いてしまう。長い前髪が視界を遮って、セリス様の表情は、すっかり見えなくなってしまった。
「……ありがとう」
 噛みしめるような、一言。わたしはまた、切なくなった。

 わたしは沈黙も出来ず、かと言って何を言ったらいいかも判らなくて、ええと、とか、あの、とか繰り返す。
 おもむろに顔を上げたセリス様は――微笑っていた。
「フィーは、届くように話すんだね」
「届くように、ですか?」
 首を傾げるわたしに、セリス様は、そうだよ、と笑う。
「心からの言葉は、心に届くから」
 ちゃんと届いたよ、と胸に手を当てて。わたしは、何だか急に恥ずかしくなった。わたしの心が、セリス様に……何も変な事や恥ずかしがる事はないのだけれども。
 セリス様は立ち上がり、大きく伸びをして、空を見上げた。
「私は、レヴィンが期待するだけの人間になれるかな」
 つられて、座ったままで見上げる。トラキアの鮮やかな空。目に染みるような青。
「父もきっと、セリス様に光を見たんです」
 見下ろすセリス様の笑顔は、空と同じ位に眩しくて、鮮やかで……心に染みた。
「ありがとう」
 『も』の意味は、セリス様にちゃんと伝わったみたいだった。


update:2000.11.28/written by Onino Misumi

Background:トリスの市場

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