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夏の幻
The sound of a voice that is still


 アグストリア王の名代が新トラキアを訪れたのは、収穫祭も終わり新年までは何もない、ちょっとした空白時期であった。歴訪の理由は、とある貴族の相続問題について。アグストリアの重臣と、新トラキアの重鎮の息子が同一人物であるのだ。一方に封じられている以上、今一方の国政に関わるような場所に位置してしまうのは、どちらの国にとっても良い事とは言えない。そういった「外に住む自国の貴族」が国を傾けた例は意外に多く、今の代は良くとも、後年禍根にならぬとも言い切れないのだ。
 ……とまぁ、表向きは非常に政治色の強い訪問であるのだが、アグストリア王が臣を送り出す際の言葉に象徴されるように、多分に私的な意味合いが強かった。
「ま、せいぜい親孝行してくるんだな」
 かくして、ノディオン公デルムッドは妻子と幾人かの従属を連れ、新トラキアの土を踏んだのである。

 夕刻、王城の一角に何台かの馬車が停まった。人が降りるよりも先に、待ちかねた王妃が駆け寄る。
「お兄さま、お義姉さま!」
「ナンナ!」
 兄妹はひしと抱き合い、再会を喜んだ。長く離れて育ち、平和になった後も再び別れ、一緒にいた時間の方が遥かに少ない兄妹だ。多少の愛情表現の過剰さは仕方な……いや、多分に公妃の影響だろうか。
「元気そうで良かったわ」
「お義姉さまも、お元気そうで」
 笑いかけてから、ナンナは視線を下方に転じ、まぁ、と更なる笑顔を浮かべた。
「なんて愛らしい……」
 レイリアの後ろに隠れるようにして、二人の幼児がいた。年嵩の方は女児で、空色の髪に空色の瞳。もう一方は男児で、黒い髪に黒い瞳。互いに手を繋ぎ、女児はレイリアの手を取っていた。
「リーヤ、アルティオ、ご挨拶を」
 揃ってぺこりと頭を下げる。
「エクリーヤですっ」
「アぅティオです」
 くすくす笑いながら、ナンナは後ろに向かって呼ばう。
「ラヴァ、いらっしゃいな。あなたの従妹弟ですよ」
 呼ばれるのを待っていたのだろう。元気良く駆けて来る小さな影。大地色の髪を揺らし、空色の瞳は期待で輝いて。
「ぼく、ラヴァ。四歳だよ」
「リーヤも四歳なの。アルティオは二歳」
「一緒だね」
「うん」
 ただそれだけで、子供は仲良くなれるものらしい。早速、あっちで遊ぼう、というような話になる。
「ねぇ、いいでしょう? お母さま」
 期待に満ち満ちた三対の瞳に見上げられ、二人の母親は笑みを交し合う。
「気をつけていってらっしゃいね。危ないことは駄目よ」
「はぁい。行こ、リーヤ、アルティオ」
 駆け去る背中を見送って、ナンナは兄に向き直った。
「ご案内します。あいにく、リーフさまもお父さまも、まだ御公務ですけれども」
「ああ、わかってる」
 こちらも子供達を見送ってから、にこりと笑う。
「急ぎの用などないからな。ゆっくりで構わないよ」
「そうですね。どうぞゆっくりなさって」
 王妃の目配せで荷物が運ばれ、従属が導かれる。ああ、とデルムッドは思い出したような声を上げた。
「ナンナ、例の件で」
 レイリアが、心得顔で呼ぶ。連れて来られた人物を見て、ナンナは軽い驚きを見せた。

 聖戦、及び統一戦争後、旧レンスター王国領内に大公家が作られた。バスクという名の大公家は、もともと王家に連なる名家、バスク侯爵家の流れをくむ。かの侯爵家は血の縁に薄く、現在その血を受け継ぐ者は、確認されているだけでも六人。
 新トラキア王子ラヴァ。
 ノディオン公女エクリーヤと、同公子アルティオ。
 彼らの親であるデルムッドとナンナの兄妹。
 そして――大公本人。
 今のところ、大公から座を相続する者がなく、一代限りで終わらせたくないと考える国王の、頭の痛い問題となっていた。何も急いで決める必要は、と王自身も思うのだが、こういう事をはっきりさせたがる輩も多いものだ。
「義兄上、いっそエクリーヤを養女に出さないか? これだけフィンに似ていれば、民の人気も上がるんだが」
「お断りしますよ。子供は全部、手許で育てたいのです」
 にっこり返され、リーフも「そうだよな」と苦笑する。
 話の種にされている子供達は、絨毯の上に直座りし、絵本を開いている。ラヴァが指し示しながら読み上げ、いちいち頷いているエクリーヤと、それに寄りかかるようにして、こっくりこっくり船を漕いぐアルティオがいる。それを見る目には、どれも慈しみが深い。
「ラヴァ」
「リーヤ、アルティオ」
 こてん、とアルティオが転ぶ。エクリーヤが振り返ったからだ。小さく泣き出すのを、レイリアが抱き上げる。
「寝かせてきましょうか」
「そうしましょうか」
 ラヴァとエクリーヤが、先を争うようにして自分の母と手を繋ぎたがった。促され、それぞれ父親と祖父に、おやすみなさいの挨拶をする。
 手を振るのを見送って、リーフが軽くため息をついた。
「次は娘がいいな。女の子もいいよ」
 フィンとナンナの関係に憧れたんだよなぁ、との言に、フィンが何とも言い難い表情になる。うっかり失笑したデルムッドに、リーフはやや慌てた。
「すまない」
「いいえ。離れても愛されていたのだと、今は知っていますから。ですが、私は手離す気になれないだけで」
「……その件は忘れてくれ」
 不用意な発言だったと、リーフは反省する事しきりらしい。フィンとデルムッドは軽く目を見合わせ、揃って苦笑した。あまり似ていないと思われがちな親子だが、こんな風に笑う様はよく似ている。
「いずれにせよ」
 と、デルムッドが話を軌道に戻した。
「私は、こう言ってはなんですが、トラキアに執着はありません。課せられた役目を果たす為には、他国の相続など、とても手の回るものでは」
「そうだな」
 と、フィン。
「私も土地で縛るつもりはない。世襲が必ずしも良いとは言えない事もある。絶対でもない」
 それを言ってしまうと、そもそも話が成り立たなくなる。リーフは苦い顔をした。
「だが、民はお前に期待しているんだ。私がキュアンの子として期待されたように、フィンの血もまた期待されるのは道理。杓子定規に否定することもないだろう」
 否定しきれない事実でもある。今度は、フィンが苦い顔をする番だった。
「しかし……」
「義兄上は大公位を継げないと言う。エクリーヤもアルティオも一緒。ラヴァについては論外」
 リーフは列挙してみせる。
「となると、候補者は皆いなくなってしまうな」
 何も血縁でなくても、となるといくらか選択肢は増える。ハンニバルの後継者が、カリオンとシャルローであるように。だが、フィンにはそういった面での後継者もいないのだ。強いて言ってリーフであろうか。しかしラヴァが論外であるように、リーフもまた論外中の論外だ。
「そこで、フィン」
 リーフが心持ち身を乗り出す。フィンは何事か、と首を傾げた。
「再婚する気はないか」
 数秒の自失がフィンを襲った。爪の先さえ予想していなかった言葉。
「……何故」
 辛うじてそう言えば
「要するに、フィンの子供がもう一人いれば話が早いじゃないか」
 と切り返される。
「フィンもまだ若いことだし、考えるだけでもどうだ?」
「いや、しかしですね」
 そこにナンナとレイリアが戻ってくる。リーフが簡単な説明をしたのだが、二人とも露ほども驚かなかったところから察するに、子供たちの間では既に話がついていたのだろう。
「会ってみるだけでも良いのでは?」
 とはレイリアの弁で
「お父さまがお一人だと思うと、心配でなりません」
 とはナンナの弁だった。
「相手がいないではないか」
 などというささやかな抵抗は
「実は、義兄上に頼んで、候補者を連れてきてもらっている」
 という台詞に、ものの見事に粉砕されてしまった。
 ――……なんて用意周到な。
 すべてが仕組まれていたのだと、遅まきながらフィンは悟った。後継や相続問題にかこつけて再婚話を持ちかけるのが、この歴訪の主目的であったのだ。
「今日は疲れただろうから休んでもらったが、明日にでも」
「ま、待ってください」
 たとえ不利を悟っても、前線から退けない局面も存在する。
「私は再婚するつもりなど。生涯、唯一人を想って朽ちた――」
 ばん、と。
 勢い良く卓を叩かれて、フィンは口を噤んだ。視線が、全てその音の発生者――ナンナに集中する。
「お父さまの……お父さまのバカっ!」
 子供じみた口調で言うなり、部屋を飛び出してしまう。リーフはデルムッドに半歩遅れ、後を追うタイミングを逸してしまった。

 庭まで出たところでようやく捕まえる。ナンナは振り向くや、勢い良く兄の腕に飛び込んだ。
「お父さま、あんまりよ……あんな言い方、お母さまが可哀想だわ」
 デルムッドは戸惑ったように両手を彷徨わせたが、ややあって、そっと抱く。
「……そうだな。ナンナの言いたい事は、何となく解る」
「ほんとう?」
「ああ」
 泣きじゃくる妹の背を撫で、宥めながら。
「母上はきっと、父上の幸せを願っているに違いない。朽ちられる事など望んでいない。……そう言いたかったんだろう?」
 ナンナは無言だった。無言のまま、兄の胸に凭れる。
「リーフ様が心配される。戻ろう」
 頷いて顔を上げる。涙を拭ってくれる兄が、月光の下、懐かしい影と重なった。

 君なら、と。
 低い問いかけに、レイリアは動きを止めた。子供達は長旅での疲れか、ぐっすりと眠っている。
「私が死んだら、どうする?」
「どうするって?」
「私を想って生きるか、新しい生き方を見つけるか」
 そうね、と首を傾げる。
「死んじゃったら、永遠になるわね。大事にしまっておくわ」
 それは言外に、後者を選ぶと言っているわけで。
「……ありがとう」
 小さく笑って、夫の髪を撫でる。
「恋に生き死になんて、本当は関係ないの。相手が生きていようと死んでいようと、お構いなし。あきらめた瞬間に恋は死ぬのよ。……今のままならあたし、この恋を一生にできる自信、あるわ」
 デルムッドは、常になく真剣な妻の眼差しに戸惑いを感じ、そして同時に、解しがたい何かを覚えた。
「……ごめん、よく解らないんだが」
「つまりね、いつまでもあたしをドキドキさせる、いい男でいてねって事」

 朝食後に連れて来られたのは、意外に歳若い女性だった。フィンとは十歳程も違うだろうか。フィンよりはむしろ、デルムッドの方が歳が近いかも知れない。
 明るい茶色の髪は、日光の下では金髪にも見える。伏せがちな瞳の色は、アグストリアに多い宝玉の青。何処かひっそりとした印象の強い女性で、フィンは誰かに似ていると感じ、すぐに思い至った。記憶の中、おぼろげに残る旧ノディオン王妃グラーニェ――アレスの母なる人が嫁ぐ前の印象だ。もっとも、せいぜい二度か三度しか会った事はないのだが。
 デルフォイ伯爵未亡人。それが、フィンの見合いの相手だった。
「貴女は、承知の上でトラキアへ?」
 引き合わせるや、息子達は姿を消してしまっている。後は若い二人に、とでも言わんばかりだ。
「はい。公爵からのお申し出で」
 たおやかに応じてから、彼女は「ですが」と続けた。
「わたくしに再婚の意思はありません。閣下には申し訳なく思うのですが」
 どうやって断ろうかと考えていただけに、ほっとしたのは否めない。
「私も同じです」
 そう言うと、伯爵未亡人はにこりと笑った。
「では、少しご案内くださいませ」
 フィンは意味を図りかね、二度瞬いて彼女を見た。
「あちらで両陛下も公爵も、期待をしてお待ちですの」
 指し示され、振り返る。さっと隠れたのが(多分本人達が思っているよりも)見えてしまった。
「……少し歩きましょうか」
「そういたしましょう」

 きゃーっ、とはしゃぎ騒ぐ声が聞こえる。三人の幼児が、もつれるように遊んでいた。
「……わたくしにも、子がありましたの」
 ぽつりと呟く。
「子供狩りで連れて行かれて……ちょうど、あのくらいの――」
 か弱い泣き声がした。転んでしまったのだろう。フィンよりも早く彼女が動き、抱き起こす。
「痛い?」
「ぃーヤ、ぃーヤぁ」
 彼女は首を傾げ、フィンを見上げる。フィンはああ、と頷いた。
「リーヤ、エクリーヤ」
「あ、お祖父様だ」
「お祖父さまーっ!」
 駆けつける二人の前に、抱き取ったアルティオを下ろす。
「ぃーヤ、ぁヴァっ!」
 泣きながら抱きつく弟の背を、エクリーヤがぽんぽんと撫でる。
「男の子が泣いちゃダメでしょ」
「仕方ないよ、アルティオちっちゃいもん」
「……二人とも、ちゃんと面倒を見ていなさい」
「はぁーい」
 手を振って駆けて行くのを、彼女は手を振って見送った。
「まだ、二つでしたわ」
 それはちょうど、アルティオと同じ歳だ。
「生きていれば、今年で十五。……未練ですわね。こうして指折り数えて」
 眩しそうに子供達を見る。その眼は、母親のもので。
「人生の夏は、まだ終わっておりませんの」
「夏……」
「最も輝かしく、最も美しい時間。夫といた時間、あの子のいた時間が、わたくしの夏です」
 だが、それは失われたものではないのか。夏はもう、過ぎ去ったものではないのか。それを何故この人は、あたかも側にあるように語るのだろう。
「こうして瞳を閉じると、一番最初に夫とあの子が浮かぶんです」
 幸せそうな笑顔で。
「愛していますもの、今までも、これからも。ですからまだ、他の誰の妻にもなれませんの」
 そう言って笑うこの人を――羨ましいと感じたその瞬間に、フィンは愕然とした。

 この目を閉ざして思い出す、一番最初。

 ――思い、出せない――

 いつからだったろう。いつから、思い出せなくなっていたのだろう。振り返った瞬間に笑う癖、髪の匂い、腕に抱いた感触も……声も。思い出そうとしても、別な面影にかき消される。成長していくナンナが、ひとつひとつ消してしまう。
 違うのに。
 似てはいても、ラケシスとナンナは違った。あんな風には笑わなかった。あんな風に喋らなかった。それは判るのに、何ひとつ思い出せない。

 思い出せない自分がいる。

「閣下?」
 よほど酷い顔をしていたのだろう。宝玉の青が、心配げに翳っていた。
「ご主人を、愛されていたのですね」
 消えない限り、消さない限り、その人は生き続けるのだと自分も思っていた。
 手を放してしまう。
 あれほど愛していた筈なのに!
「閣下には、証がおありでしょう? 王妃陛下と、公爵閣下が」
「私は」
 今、自分はどんな表情をしているだろう?
「私は、貴女に言われるまで、妻の顔が思い出せないのに気がつかなかった」
 愛した筈の、愛している筈だった、かの人が。
「貴女ほど、想えていなかったのかも知れない」
「……それは違いますわ」
 それは宥めるものでも咎めるものでもなく、ただ真実を告げる響きがあった。
「だって奥様は今でも、閣下を愛していらっしゃるのに」
 白い指が示す先。
 それは、無邪気にはしゃぐ孫達だった。祖父がこちらを見ているのに気がつくと、一生懸命に手を振る。
「感情というものは、何もないところには生まれませんもの。誰があの子達に、人を慈しむ心を教えたのでしょう。それは何処から来た感情だったのか……閣下には、お判りでしょう?」
「お祖父様っ!」
 勢いよく走ってきたラヴァが、膝元に抱きつく。
「ねぇ、一緒に遊びましょう? リーヤもアルティオも遊ぼうって」
「しかし……」
「行ってらして、閣下」
「お客様も一緒に遊ぼうよ」
 ラヴァは、半ば強引に彼女の手を取って駆け出す。
「ぼくはラヴァ。お客様のお名前は?」
「わたくしはクリュティエと申します、王子」
 仕方なくついて行くフィンを、ラヴァが大きな声で呼んだ。その声が何故か、懐かしく響いて。

「お祖父様ーっ!」
『フィン』
「『早く早くーっ!』」

 気に入らなかったのか、とリーフは深々とため息をついた。
「そういうわけではないのですが」
「じゃあ、何だ?」
「私もあの方も、心の唯一人が健在でありますので」
 それを後にリーフから聞き、ナンナが満面の笑みを浮かべたというのは……あくまで余談である。


update:2000.11.28/written by Onino Misumi

Background:Cloister Arts

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この創作は、ガーネットクロウの『夏の幻』をモチーフにしており、タイトルもそれからいただきました。